第7話 新たな勇者の誕生⑦

 国王との謁見を済ませたマーシャは謁見の間を出て行った。それを見計らって再び電話を掛けた。


「もしもし、ジョージ五世だ。おお、サタン殿か? 先ほどは失礼した。実はな今そなたらの言う塔の島に侵入したという男が現れてな――」


「説明いただかなくても大丈夫です。全て見ておりました。」


「え? 見てた? えっと……どこから?」


 国王と側にいた大臣は青ざめながら互いに顔を見合わせている。


「ご安心ください。カメラはその謁見の間にしかございません。前回の依頼の際に条件の一つとして期間中は一か所だけカメラの設置を承諾いただいております。パトランプ王国の場合はその謁見の間に。個人情報保護の観点から他の部屋には取り付けておりませんのでご安心ください。とはいえ、契約期間は過ぎてしまっておりますのでこれも当方の盟約違反という事になりますね」


「そ、そうか」(あっぶねー……。さっきの計画をここで話していたら筒抜けになるところだったのか)


 国王は悪だくみをしていたと言わんばかりに焦っている。顔じゅうから噴き出した汗をどこからともなく取り出したハンカチで汗を拭った。


「一連の会話から察するに盟約違反をした我々に対して、先ほどの若者を対象に勇者プログラムを実施を要求する。という事でお間違えないでしょうか?」


「そうじゃ! さすがは魔族。察しがいいのう。もちろん無償でやってもらえるんじゃろうな?」


「もちろんです。お任せください。それにしても今回の勇者対象者はなかなかの人物の様ですね。……あの者が勇者役ということで本当によろしですか?」


「もちろん構わん。あの者のいう事も一理あるしな。ケチな国王なんて不名誉より、我が国の兵士として勇者をやってもらった方が我が国に利益があるわ」


 まんまとマーシャという兵士にのせられた国王は機嫌よくそう答えた。


「……なるほど。では、彼を勇者として正式な盟約に進めさせていただきます。これより盟約書を使いに持たせますのでサインをお願いしま――」


「ああ、それから盟約書にはこの勇者プログラムにはオプションがあると書いてあったのだが?」


「え? ああ。そうですね」


「ならばそれもつけてくれ。あの勇者をワシの娘の婿にしたいのだ」


「あの若者を? それは構いませんが、お嬢様ご本人の承諾もお済でしょうか?」


「ん? あー。……もちろんだ。だいたい勇者の妻に成ることを嫌がる女がどこに居る?」


「……。一旦交わされた盟約は変更が出来ませんがよろしいでしょうか?」


「ああ。もちろんじゃ。逆に言えば勇者が世界を救った後で他の娘に惚れたとしても我が娘の婿にできなければ魔族側の盟約違反となるという事だな? 何が何でも勇者を娘の夫にしてくれると」


 国王は魔族の盟約を逆手にとって、何が何でも娘を勇者の妻にしようと考えている様だ。勇者の妻という称号は人間にとってそれだけの価値があるという事だ。


「そうなりますね……」


「よし! では決まりだ。これで勇者は我が世継ぎとなる。ワシは何もせんでもこの国の未来は安泰じゃ」


 ますます上機嫌の国王と隣の大臣の笑顔とは対照に魔王様の目は冷ややかだった。


「……では、それらを踏まえて盟約書を作成いたします。今夜には使いの者が伺いますのでその者が到着次第改めてお電話いたします。その際、改めて内容を確認しながら盟約を交わします。では一旦失礼いたします」


 そう言って魔王様はデバイスをタップして電話を切った。そして、大きくため息を吐いて天を仰いだ。(ああ。また面倒くさいことになりそうだ……)そしてすぐに指示を出し始めた。


「ではまずは今までの経緯を踏まえて盟約書を作る。本来なら姫本人の同意を確認するべきだけど、既に勇者を名乗っているマーシャが何をするかわからない現状では一刻の猶予もない。姫の事は国王に任せてこのまま進める。バルベリト、いつものように頼むよ。それから、魔王役は前回同様ダークネスに託す」


 バルベリトと呼ばれた悪魔はすかさず何かを書き記した紙を魔王様に手渡した。って、もうできたの? 一方小さくなっていたダークネスは一気に元の姿に戻り魔王様に抗議した。


「お、お待ちください。何故私が!? 魔王役は一度やれば立候補しない限りは免除されるはずです!」


 魔王様はバルベリトから手渡された書類に目を通しながら応えた。


「いや、だって。君が復活を宣言したんでしょ? 他の魔王が現れたらおかしいじゃないか」


「うっ」


 ダークネスは再び小さくなり消沈し再び屍の様に横たわった。俺は隣の屍に小声で話しかける。


「なんかえらくあっさり人間の依頼引き受けちゃいましたね。盟約違反とはいえ急に塔に放火したのはあの人間なのに」


「……あの手の人間は何言っても時間の無駄なんだ。それに盟約違反を犯したのはこちら側。魔族にとって盟約や法、時間は絶対厳守。相手が人間だろうとこちらにほんの少しでも落ち度があるならさっさと相手のいう事を聞いておいた方がいいって魔王様が一番よくわかってるんだよ。って、その原因は俺なんだけどね……ハハッ」


 ダークネスは話し終えると再び縮んで屍の様になった。この人、面白いけどちょっとめんどくさいな。


「ラスボスはダークネスでいいとして、中ボスはどうしようか? 今現在使えそうな魔物はいるかい?」


「PM地区の魔物たちは非常に多くの人間たちに育てられメキメキと能力を伸ばしております。彼らに任せてはいかがでしょう。ちょうど契約者が死んで魔界に戻ってきている者が居たはずです」


「PM地区か……。あの世界の魔物たちは愛玩動物的な要素を含んでいる魔物が多いし、ほとんどの魔物が人語喋れないでしょ? 何より世界観が合わないよ。あの子たちが世界を滅亡させるの想像できる?」


「……」魔王達は一様に黙った。


「そういえば、DQ地区のテイマーとして有名なテルーという人間が最近亡くなったらしく、育てられていた魔物たちがもうすぐ魔界に戻ってくると報告がきています。彼らなら中ボスに相応しいのでは?」


「テルーさんが亡くなった? 彼はテイマー業界では伝説的な存在。あらゆる大会を総なめして殿堂入りしたほどの人だ。もう引退されていたはず。死因は?」


「えっと……、餅をのどに詰まらせたようですね」


「……おお、人間とはかくも脆いのか。しかし、あれだけの魔物を育ててくれた魔族にとっても恩人と言える方だ。ご冥福を祈ろう」


 魔王達は黙とうを始める。俺は再び横の屍に話しかける。


「テイマーってもしかして魔物使いの事ですか?」


「うん。そう、平たく言えば調教師かな。優れたテイマーほどより強力な魔物を手懐けて強く育ててくれるんだ」


「へぇー。本当にいるんですね。ってか魔物って人間に育ててもらってるんですか?」


「一部の魔物はね。昔、物凄く不運な男の子がいてその子に同情した魔物たちが自分たちの意志で彼に力を貸してあげたんだ。するといつの間にか魔物使いという称号が生まれてそれに憧れを持つ人間が増えたんだ」


「あ、その話は知ってます。幼いころに母親を攫われ、父親を殺された挙句奴隷にさせられ、育った村を同じ人間に襲われた救いようのない少年の話ですよね?」


「辛辣! 何で、君は魔界の事全然知らないのに人間の話は知ってるの? まぁその話が話題になって色んな世界からわが社に魔物を貸してくれっていうオファーが殺到してね。多くの魔物をその世界に貸し出す代わりに魔物たちを育ててもらっているんだ。テイマーに貸し出された魔物は主が死ぬまで付き従い、死んだら魔界に戻ってくる。テイマーに育てられている間の魔物分の食費も浮くから魔界としてはとてもありがたい依頼なんだよ。だからお金は貰っていない。ほとんどの場合ちゃんと可愛がってもらえるしね。というか一旦テイマーになったら死ぬまで大切に育てないと魔物襲われちゃうから人間側も必死みたいだよ。ほとんどの魔物は主より寿命長いからね。だって魔物だもの」


 そう言い終えるとダークネスは再び屍になった。なんだかおもちゃみたいな人だな。


「では、ダークネスをラスボス、テルーさんの魔物たちを中ボスとして、今回の勇者プログラムを実行する。しかし、今度の勇者はなかなかに曲者だ。全体の指揮は私が執る」


 さっきまで屍になっていたダークネスは一気に巨大化して元気を取り戻す。


「やった! 魔王様自らが指揮を執ってくださるのであれば安心だ!」


 嬉々として元気を取り戻したダークネスは子供のようにはしゃいでいる。


「そして、ベル・ゼアブル君。君には勇者の監視役として彼らの旅に同行してもらう」


「はい?」


 突然名前を呼ばれて困惑する。


「先ほどのむさんから連絡が入ってね。君は勇者に会ってみたいそうじゃないか。そんな君の目の前で勇者プログラムが施行されるのは何かしらの巡り合わせかもしれない。長い任務になるけど宜しく頼むよ」


 そう言って屈託なく笑う魔王様に俺は「わかりました」としか言えなかった。勇者プログラム対象者が放火する現場を見て、色々聞いた今となってはあんまり勇者に会いたいとは思っていないのだけど。


「君たち二人には今一度あの世界に行ってもらいそれぞれ任務を果たしてもらう。ダークネス。ベル・ゼアブル君はまだまだ新人でこの会社の本来の目的もよくわかっていないようだ。出来るだけ早く同行者を送るからそれまでの間、彼に色々教えてあげて。その後は魔王城の掃除ね。どうやら前回の勇者プログラムの魔物の住処は人間の観光地になってしまっている様だ。盟約を交わした後で魔物を転移させて人間を追い出すから部下と一緒に魔王城や砦、洞窟など人間に荒らされた場所を魔物の住みやすい環境に整えること」


「は、はい……」


 ダークネスは再び小さくなる。この人は感情を体の大きさで表現するのだろうか?


「ベル・ゼアブル君にはこの悪魔の目玉とこの城までの直通の転移魔法を与える。こっちに来ておくれ」


 そう言われて魔王様の直ぐ傍に移動した。魔王様は俺の頭に触れて何やら力を送った。


「私を思い浮かべて転移魔法を使えばいつでもここに来れるから。あとこれね」


 魔王様に手渡されたのは気持ちの悪い目玉だった。するとその目玉はゼリーの様に形状を変えて身体を生やした。そして俺に向かって「おい、『わぁーーー』って、なんだようるせぇな!」としゃべりかけて来た。俺は思わず大声を上げる。


「いや、なんか絶対に言ってはいけないあの人の名前を言いそうな雰囲気だったのでつい。」


「何を言っているのか解らんが、もう一回言うぞ。俺の名前はギョロロだ。宜しく。俺はこうやって形状を変える事が出来る。自分で動くときはこうやって身体を作れるし、液体化すればお前と一体化することも出きる。こうやって」


 今度は目玉を含めた全身をアメーバの様に変形し、俺の身体を這い上がってきた。怖気が立ち、払いのけようかと思ったが魔王様が見ているのでじっと我慢をして待っていると目玉はおでこに移動した。なんだか眉間がぞわざわする。


「ほらな。こうやってお前の第三の目みたいになることもできる。便利だろ? と言っても俺の見た情報はお前ではなくあのスクリーンに投影されるんだけどな」


 そう言われてスクリーンに目を向けると、俺が見ているものと同じものが映っていた。


「その悪魔の目玉は見たものを他の場所に移すことが出来る魔物だ。勇者を監視して彼らをここに映すのが君の主な役目だ。見つからない様に尾行してほしい。人間を知る為にも良い機会になるだろう。もし見つかったら全力で逃げればいい。君は飛べるしね」


 またか……この羽は自慢だがこう面倒事が降りかかってくるとさすがに忌々しい。


「なるほど。それくらいならできるかな」


 魔王様は優しく微笑んだ。


「いい返事だ。宜しくね。それじゃあダークネス。宜しく頼んだよ。指示はその都度するから。目下の目的は三ヶ月間あの国の領土に勇者を閉じ込めておくこと」


「え? なぜそんなことを?」


「あの国での依頼は百年が経過して平和保障期間が終わっているけどそれ以外は前回の勇者プログラムの保証期間だからね。あの国から出て行かれたら手の出しようがなくなるんだよ」


「なるほど」


「幸か不幸か彼は鉄の鎧と鉄の槍を持っている。国境付近に強い魔物を派遣してもなんとか戦えるだろう。簡単には国境を越えられない様にさせてもらおう。近くに地下三階までの洞窟があったね? あの洞窟を不可思議ダンジョンに変更して当分の間あの洞窟に足止めしよう。レベル上げにもちょうどいいだろう」


「不可思議ダンジョン? えっとそれは?」


「出口のないダンジョンだよ。このダンジョンは階段を降りると上に上がる階段が消えて下に降りるしかなくなる。中の転移門から地上に出る以外に脱出方法はない。アイテムや食べ物も出てくるから当分の間足止めできるだろう。魔物を人間に化けさせて彼をサポートさせる。念のため回復の泉も用意しよう」


 中々に手厳しいダンジョンの様だがとても手厚いサポートだった。まさに飴と鞭である。


「御意」


「よし。問題ない。じゃあこの盟約書を持ってパトランプ王国の謁見の間で国王に直接手渡してくれるかい。このスクリーンで確認したら電話するよ」


「わかりました。お任せください」

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