第6話 新たな勇者の誕生⑥

「もしもし。私、株式会社魔界の代表を務めるサタンと申します。 お約束の時間になったのでお電話いたしました。ジョージ五世国王陛下にお取次ぎ願います」


 スクリーンには前回と同様に玉座に駆け寄る大臣らしき人物が現れ、国王に電話を手渡した。


「あー、もしもし。ジョージ五世である」


 盟約書を確認して意気消沈しているかと思いきや、先ほどとは別人のように偉そうに玉座にふんぞり返っている。


「私は株式会社魔界の代表サタンです。先程は突然のお電話失礼いたしました。さて、先ほどの盟約書の件ですが目を通していただけましたでしょうか?」


「ああ。盟約書ね。確認しましたよ。それにしても我が祖父は何ともくだらない事を願ったようで誠にお恥ずかしい限りだ」


「滅相もない。どんな小さなご依頼でも盟約に従い実行するのが我々の役割でございますので――」


「なるほど。そうですな盟約は大事だ。ならば盟約に従ってもらわないといけませんなぁ。ところで、その盟約書によると、あの土地は盟約期間が過ぎて既に私たちに返還されたはず。先程の口ぶりでは未だに魔族が住んでいたように聞こえたが、盟約期間が過ぎているのに魔族がいるというのはどういうことでしょうな? しかも、先ほどは、まるでこちらが盟約違反を犯したかのような物言いに聞こえましたが?」


 やはりバレてしまった。国王の勝ち誇った様な尊大な態度はそのせいか。逆に隣のダークネスは意気消沈している。


「それに関してですが、誠に申し訳ございません。こちらの手違いで盟約期間に齟齬が発生しておりました。私の不手際でございます」


「いやいや、素直に謝ってもらえるならこちらとしては問題にする気はない。あの土地が魔族に貸し出されていたことも知らなかったのだからな。ただ……」


「ただ?」


「あの盟約書にはそちらが盟約違反をした場合の内容も書かれておりましたな? 何でも、勇者プログラムとやらを無料でサービスするとか? まぁワシらとしては別にそんなもの無くても良いのだがね? 魔族との盟約は命の盟約でしたかな? こちらとしては大切な取引相手の命に係るというのであれば、協力せねばならんと考えておりましてな。おや? 誰かが来たようだ。魔族との会話を聞かれてはマズいですので電話は一旦切らせてもらいますよ」


 電話を切った直後、一人の男が謁見の間に姿を現した。見覚えのある鎧を着た兵士だった。


「あ! こいつです! こいつが塔を燃やした犯人です!」


 その男は城の兵士の鎧を身に付け、槍を携えていた。男はその槍を謁見の間の出入り口付近の衛兵に渡し、玉座に近づいた。そして、王の御前に跪き挨拶をした。


「陛下。兵士マーシャ、ここに参上しました。早速ですがご報告がございます。城の外に見える島の塔に魔物がいるとの報告を受け、単身で調査に向かったところ、塔に複数の魔物が巣くっているのを確認し、これを退治してまいりました。しかし、追い詰められた魔物が炎の魔法で塔を燃やし、歴史的に貴重な塔の焼失を防ぐことが出来ませんでした。申し訳ございません」


「なっ!?」


 魔王達一同は虚を突かれた。真っ直ぐな瞳で流暢に虚言を吐くその男は、まるで自分の言葉が真実であるかのように雄弁に語る。


「なんと、誠か? しかし魔物は魔王が討伐されて以来一度も現れたことはないはずだ。本当に魔族がおったのか?」


「はい。確かに確認いたしました。実は、私は約百年前に魔王を討伐した勇者とその仲間の間に生まれた子供の孫にあたります。勇者は魔王討伐後、一人で雲上の城とともに姿を消したと言い伝えられておりますが、魔王討伐前に勇者との子を身籠っていた我が曽祖母は、地上で我が祖父を育てたと聞いております」


 ダークネスは口をあんぐり開けて驚いた様子だ。直ぐにデバイスを取り出し誰かに電話を掛けた。


「――ああ。そうだ。直ぐに調べてくれ」


 どうやらダークネスは部下に今の話の真相を探るように命令したようだ。


「その曾祖母が残したいくつかの遺品の中には小さな袋と、手記が残されておりました。この袋は一見小さいですが様々なものを大量に納める事が出来る魔法の袋。この中には当時の魔王討伐の際に使ったであろう様々な道具が入っておりました。あの塔に移動する為の靴もその一つ。曾祖母が残した手記によりますと、魔王は百年後に復活すると自ら宣言したそうです」


 兵士はその潰れた靴を王と大臣に見せた。それを見た二人は意味ありげに見つめ合っている。


「な、なんと。百年後に魔王が復活? 宰相よ。そのような記録は残っておるか?」


「いいえ。 わが国の記録では二百年と記されております」


 それを聞いたマーシャと名乗った兵士は自信ありげにその言葉に異を唱えた。


「その記録は間違いです。勇者と共に魔王を討伐した我が曾祖母が残してこの手記にははっきりと百年と記されております。よろしければご覧ください」


 隣にいた大臣はマーシャに近づき、手記と当時の冒険の道具などを受け取った。それをじっくりと確認して王に提唱した。


「この者の言葉は信用に値するかと。彼の手記には当時の旅の記録が記されております。これは我が城に残された記録よりも詳細に記されており当時の旅をした者にしかわからない内容です。先程の靴や魔法の袋などはかつて世界を救った勇者が使用していたという記録は王家にも残っております。彼の言う通り島の塔に魔物が現れたというのであれば魔王復活の兆しかもしれません」


「そ、それは由々しき事態だ。魔王が復活するのであればそれを討伐する勇者が必要だな。奇跡的に目の前には伝説の勇者の血を引く若者がおる。もはやこれは運命としか言いようがない」


 スクリーンには何とも胡散臭い猿芝居が映し出されている。国王のセリフが棒読みなのが気になって仕方がない。この猿芝居の意味が分からない俺とは違い、円卓を囲む魔王達は何かを悟っている様に頭を抱えている。隣に座っているダークネスに至っては膝を抱えて泣いていた。


「では、マーシャよ。お主は勇者として旅立ち、かつての魔族が巣くっていた洞窟や砦を調査せよ。そして魔王城に向かえ。魔物を見つけた場合は、速やかにこれを討伐してくれ。世界の平和をお前に託すぞ」


 そう言われたマーシャは深々と頭を下げる。


「仰せのままに。復活した魔王を見事に討伐してご覧に入れます。つきましては陛下にお願いがございます。 魔王を討伐した暁には姫を妻にすることをお許し致したく存じます」


 国王は何故かニヤリと笑った。


「よかろう! 許す! 世界を救った勇者であれば我が娘の婿に相応しい。魔王を討伐した暁には我が娘をお前にくれてやるぞ。姫と共に末永くこの城を治めるが良い」


 マーシャは深々と頭を下げる。


「身に余る光栄。 私マーシャは王命に従い勇者としてこの世界の平和の為にこの身を捧げる事をここに誓います」


「よく言った。それでは旅の準備金として百ゴールドと木剣を与える。今からお主は我が城の兵士ではなく勇者マーシャだ。町に宿を用意した。今日はそこに泊まり兵士の鎧を脱いで旅支度を整えよ。明日、準備が整ったら再びここに来るが良い。一人での旅は危険だろう。酒場に旅を共にする仲間も用意しよう。気に入った者を連れて行くが良い」


「ありがたく頂戴いたします。ですが、私はこのまま一人でこの国の兵士として出発いたします。この国の兵士が世界を救ったのであればこの国の繁栄にもつながるのでは? それに……」


「それに?」


「国を護るだけの兵士が鉄の槍と鉄の鎧を与えられているのに、これから魔物と戦いながら世界中を旅する勇者に木剣はいかがなものでしょう?」


「な!? き、貴様! 以前この国を救った英雄も同じように木剣を与えられ旅立ったのだぞ!」


「存じております。そして、その噂が国民に伝わったのです。ご存じですか? 当時の王が吝嗇(りんしょく)王と呼ばれていたことを。それは私としても心が痛い。しかし私がこの国の兵士として旅に出て魔王を討伐すれば、この国はのちの勇者を育てた王国として世界に轟く事でしょう。勇者の旅立ちに木剣を与えた事が世に知れ渡るより、この国の兵士の装備で旅立った方がこの先優秀な人材も集まりやすく有益なのでは?」


「ぐぬぬ……! よ、よかろう。我が国の兵士として勇者の旅立ちを許可する。行け!」


「はっ」


 魔王様はダークネスが部下に調べさせていた資料を確認した。ほとんど顔色を変える事のなかった魔王様は席を立ち、額に手を当てた。


「……やられたね。どうやら彼らに先手を取られた。しかも今度の勇者は確かに前回の勇者の血を引く者で間違いない。何にしても急がないとヤバい」


「ヤバい? なぜヤバいのですか?」


 思わず口に出していた。


「彼はまだ魔物がいない世界で勇者になってしまった。勇者っていうのは魔物がいて初めて成立するんだよ。魔物がいない世界で勇者を名乗ってしまうと」


「しまうと?」


「ただの頭のいかれた変態だ」

 

――話はこの会談の数時間前に遡る。国王は宰相に言われるがまま他の大臣を退席させて二人だけで密談をしていた。


「陛下。この盟約書にある勇者プログラムとは、本来このようなしょぼい案件に利用する物ではないのです」


「しょぼい言うなし。私の爺さんの依頼だぞ?」


「し、失礼いたしました! ゴホン。この盟約書ではこの国で生産した靴を履いて勝手に遊びに行ったまま帰って来ない子供たちを攫ったことにしてほしいという小規模な依頼になっておりますが、本来の勇者プログラムは世界中を巻き込み、魔物をはびこらせ、魔王による世界の危機を演出した壮大なヤラセなのです」


「ヤラセ? なにそれ?」


「つまり、我々人間は株式会社魔界という会社に魔王を手配して世界を危機に陥れます」


「は? 人間がわざわざ魔族に依頼して世界を危機に陥れる? あほか! そんな事をして何の得がある!?」


「はい。我々が魔族に依頼して魔王を手配し、それをこちらが指定した勇者に討伐させる。そうすることで安全で確実に世界を救った英雄が誕生する。要はマッチポンプなのです。そして、その英雄は国王の子。もしくは王族の婚約者であること。そうすることで依頼した国は世界を救った英雄を有した国として大いに栄える、というのが勇者プログラムの真相です」


 王はしばらく宰相が言った言葉を反芻する。直ぐには意味が理解できないようだ。


「な、なるほど……って、じゃあ娘を勇者にするか娘を勇者に嫁がせなきゃならんではないか!? 嫌じゃ嫌じゃ! 私はまだ娘を嫁がせる気はないぞ」


 (こ、このおやじ……)「御心配なさらなくとも勇者プログラムは一旦始めれば魔王の討伐まで早くとも数年は掛かります。その間は姫殿下は婚約者がいる身として貞操を守られつつ、この城に滞在し続ける事ができます。プログラムが終了する頃には姫殿下も適齢期。下手をすると行き遅れ。どっちにしろ結婚を考えなければいけない年頃になります。しかし、今回、塔を放火したという者は都合がいいことに我が国の兵士。その者を勇者として魔王を討伐させて、姫殿下との結婚を約束させましょう。そうすれば最終的には勇者をこの城に婿として迎え入れることになるでしょうからずっと姫殿下はこの国に居られます。仮に行き遅れても安心です」


 さっきまでしょぼくれていた国王の顔が一気に華やぐ。最近反抗期で姫との関係がギクシャクしている国王は色々思案を巡らせる。国王の顔は次第に気色の悪い笑みを浮かべ始めた。


「陛下の代になってから急激に衰退した国を立て直す絶好のチャンスです! 政略結婚でどこぞの王国の王子に嫁がせるより勇者を婿に迎え入れる方がずっと安心でこの国の繁栄に繋がるでしょう。反抗期で長らく陛下を無視している姫殿下も勇者の妻に成れるとあらば国王を見直す事でしょう。しかもそれを今回はタダで依頼できるチャンス! 勇者プログラムは本来なら何百万か何千万ゴールドは掛かるはずです。だってあのしょぼい依頼でさえ二十万ゴールドも掛かっているんですよ?」


「だからしょぼいっていうなし。だがそうか。姫はずっとこの城に居られるのか! しかも私を見直すのか! ついでに、この衰退した国を立て直せるのだな! しかもタダで! 一石二鳥いや、四鳥ではないか! よし、早速その兵士を連れてこい!」


 国王の顔は実に晴れやかになり小躍りを始めた。宰相はMPを吸い取られた。


「ご、ご安心ください。その者はすでに城に戻ってきており待たせております」


「そうか! そうか! やはりお前は最高だな! 愛しておるぞ。お前がいてくれて私は幸せだ。では話を付けて来てくれ! 分かっているだろうが勇者プログラムの事は決して伝えてはならんぞ。国が消されては元も子もない」


 宰相は顔を真っ赤にして照れた。宰相は混乱している。


「ポッ。はい、心得ております。それでは行ってまいります」


 宰相は不思議な踊りをしながら部屋を出て行った。


――


 一方、円卓を囲んだ魔王達は兵士の言葉を聞いてダークネスに視線を向ける。


「た、確かに当時復活を名乗るのが流行っていたので私も復活は宣言しましたが、百年後とは言っておりません! ちゃんと二百年後と名乗ったのです! ほ、本当ですよ。保証期間が明けて直ぐに復活なんて宣言するわけないじゃないですか! 魔王城でのやり取りは記録が残っているはず! 確認してください! 私の証言が正しいことがすぐにわかるはずです」


 もはや俺と同じくらいのサイズにまで小さくなったダークネスは机の縁に掴まって今にも泣きだしそうだ。なんだか可哀相になってきた。


「そこまで言うなら見てみようか。 百年前の勇者プログラムの記録を映して」


 魔王様の言葉に従い、約百年前のどこかの魔王城の玉座が映し出される。既に戦闘が終わり、ボロボロの状態で膝を付くダークネスとそれに対峙する勇者一行とのやり取りが鮮明に記録されていた。


「ま、まさか……。この私がお主らの様な小さき人間共にやられようとは……。はぁはぁ、貴様こそ正しく真の勇者だったという事か……。ぐふっ、わ、私の身体が崩れていく……。はぁはぁ。し、しかし、このままでは終わらん。うぐっ。わ、私は必ず復活するぞ。はぁはぁ、に゛っ百年後に復活し、がふっ。こ……の世界をふ、再び闇に覆いつくしてくれる……。わかったか?」


「……」魔王様はそこで映像を止めた。他の魔王達は黙って目を伏せたまま魔王様の顔色を窺った。映像を見た魔王様は不気味な笑みを浮かべている。他の魔王達はその笑みを見て冷や汗をかきながらさらに小さく俯いた。


「……何で、君は年数を言うタイミングで息を詰まらせたの?」


 魔王様にそう問いかけられたがダークネスからは返事がない。ただの屍の様だ。この日を境に株式会社魔界の魔王の心得という規約書に『どんな小さな内容でもホウレンソウは確実に行うこと』という項目と『大切な盟約書は勝手に作らないこと』という項目、そして『復活を告げる場合は年数をはっきりと発言すること』という小学校の校則の様なしょうもない内容が追加された。

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