第5話 新たな勇者の誕生⑤
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とある時代のとある小さな国、この世界を一言で表すならば長閑に尽きる。争いはなく気候も安定しており、衣食住にも不自由はない。平和そのものである。そんな世界のとある王国の城で国王とその娘は口論をしていた。
「しつこいですわ、お父様。何度も申しますが私は世界一強い殿方でなければ結婚いたしませんわ」
腰に手を当て高飛車な態度の姫が国王に言い放った。
「し、しかし姫。お前ももう十六。そろそろ相手を見つけなければ――」
気の弱そうな国王は自分の娘のその尊大な態度に気圧されている。
「だから! 世界一強いイケメンの殿方であれば喜んで結婚すると言っているんです!」
「さっきはイケメンなんて言ってなかっ――」
姫は国王を睨みつけて黙らせる。
「……そうですわね。最低でもドラゴンを倒せる程度には強い殿方でないと」
「ど、ドラゴン!? そんな空想の生物をどうやって倒すんじゃ!? 一休さんでもあるまいに。それに、仮にドラゴンがおったとしても、それを倒せる者などそうそう――」
「五月蠅い! 誰ですの。一休さんって? 兎に角、何とかなさって!」
「ひ、ひゃい……」
人間は何かに困った時に神に祈る。しかし、神と交信できる人間は極めて稀でありほとんどの神への願いは一方通行になる。そういう時、人間は悪魔や呪いといった力に縋る。悪魔への交信は個人であっても方法さえ知っていれば可能だからだ。姫の要求に困り果てた国王も同様に魔族に縋った。というかわがままな姫を擦り付けようと企んだ。そうしてとある王国の国王に召喚されたサタンは国王の願いを聞いた。
「初めまして。株式会社魔界から参りました。サタンと申します。この度はご依頼有難うございます」
「あ、これはこれはご丁寧に。サタン殿。よく来てくださった。実は――」
国王はいきさつを説明する。
「なるほど。ドラゴンを倒せる人間ですか。しかし、現時点でこの世界にそのような人間は確認できませんね。となると、ドラゴンを倒せるレベルまで経験を詰んで強くなってもらうしかないですね」
「経験を詰むってそんな簡単にドラゴンを倒せるレベルまで経験を詰めるのか?」
「人間同士では難しいでしょうが、魔物相手に経験を詰めば可能でしょう。魔物が相手であれば命のやり取りをしながら全力で戦える。本気で切り付けても魔物は復活できるので問題はありません。これ以上の経験値はなかなか得られないでしょう。弱い魔物から経験を詰んでもらい、強い魔物と戦えるようになっていけばいつかはドラゴンとも戦えるでしょう」
「簡単に言われますが、魔物とかドラゴンって……そんなものはこの世界にはおりませんぞ?」
「ご心配には及びません。全て私共が手配します。この世界に魔物を放って世界征服を目論んでいることにしましょう。ご安心ください。一般人には危害を加えません。演出として魔物に破壊された街を作ったり、魔物に襲われた人間を演じさせたり、魔物が巣くう洞窟や砦を建設させていただきます。そして、魔物から世界を救う勇者を集めるのです。その中から姫が気に入った者を勇者として魔物討伐に送り出せば良いでしょう」
国王は頭の整理が追い付かなかった。とても友好的に話すサタンと名乗るこの男の言葉が逆に怪しくて信用できない。魔物を放つ? そんな口車に乗ったら魔族に世界を乗っ取られるのではないか? だが、もしこれを断ったら姫のわがままを自分で何とかしなければならなくなる。そのほうが嫌だ。ドラゴンを倒せる人間を見つけるなんて馬鹿げているがこのままでは姫に何をされるかわからない。もう少しサタンの話を聞くことにした。
「し、しかし。わざわざ危険な魔物と戦いたい者がそれほど現れるだろうか?」
「ふむ。確かにそうですね。それでは魔物に姫を攫われたことにしましょう。助け出した勇者には姫との結婚を約束させるのです。世界平和に興味がなくとも一国の主になる可能性を餌にすれば欲に眩んだ人間は群がってくるでしょう。その中から姫が気に入った者を勇者として成長させましょう。それ以外の方には舞台から降りて頂きます」
「ほ、本当に大丈夫か? 魔族を世界に放ってその後世界征服を始めたりするのではないか? 勇者がドラゴンを倒したとして魔物はこの世界に残ってしまわぬのか?」
「ご安心ください。魔族は約束を違えることはありません。ドラゴンを倒した暁には魔物は全て魔界に帰還させます。神々は無償で願いを聞き入れるが気まぐれでそれを叶えるという保証はない。それとは逆に我々魔族は正式に盟約を交わし、どんな形であれ命を懸けてその願いを叶えます。ただし、我々が命を懸けて盟約を叶える代価は頂きます。それは願いの大きさに比例しますが、今回の場合は二千万ゴールドと、この大陸の外にある大陸のどこかの土地をお借りするという事でいかがでしょう」
「か、金を取るのか!? しかも二千万ゴールドとは余りにも高いぞ!?」
「この世界に城や砦を建設する為にはこの世界の金が必要です。それに勇者に魔物を倒した際に報酬を与える必要もある。魔物を倒す冒険だけでは金は稼げないでしょう? 金が稼げなければ武器や防具の入手、食事や宿に困ることになる。魔物にこの世界のお金を持たせておけば倒すだけで金と経験を同時に得られる。勇者育成の時短になるのです。それに最終的にはこの世界に還元されますので損はないでしょう」
腑に落ちない点は多々あったが背に腹は代えられない国王はサタンと盟約を交わした。それほどまでに姫のわがままに嫌気がさしていた。そうして姫の婿探しという依頼は初めての勇者プログラムとなった。
――
「え? 勇者って魔族がわざわざ育成してるんですか!? 衝撃の告白なんですけど!」
「いやいや。この会社じゃ皆が知ってるよ。おかしいと思ったことないかい? 勇者が現れた時なんで弱い敵から順番に強い敵になっていくのかって。大きな城の近くに最弱の魔物が現れるのって変でしょ? 人間にとっての要となる砦なら強い魔物が一斉に襲いに行くべきだと思わない? もし君が魔王なら勇者が現れたと知った時どうする?」
「えーっと。自分の脅威になるなら早い目に潰しちゃいますね」
「でしょ? 勇者が現れたってわかった時点で潰しに行くでしょ? それに装備にしてもそう。旅立つときに大きな城で買えるのが木の棒や銅の剣なのにちょっと進んだ田舎の村で鉄の剣や槍が買えるって変じゃない?」
「あ、確かに……」
「あれは全部勇者を育てる為に担当の魔王が手配してるの。最初から強い武器を与えてしまうと武器の性能に頼り過ぎて経験を詰めなくなるからね。魔物が人間に化けて旅のアシストをしてるんだよ」
俺は火の見やぐらの様な不安定な椅子の上から滑り落ちそうになった。
「し、知りたくなかった……」
「幻想を懐くのは勝手だけど、この会社で働いていたら嫌でもそういう事に関わることになるから」
「……はい。ところでその姫は勇者と結婚できたんですか?」
「あー……まぁ。結婚は出来たんだけどね」
――
集まった戦士の中から姫のお眼鏡にかなう者が勇者と認められ魔王の討伐に旅立ってから既に半年が過ぎていた。
「遅いですわ……」
「姫様……またですか? 何度も言いますが、人間の成長速度はそれほど早くないんですよ。これでも魔物相手に命を懸けて戦っているのですから成長は目覚ましい方なんです。後一年もすればこの城までやってきて魔王役のドラゴンと戦える力が身に付くでしょう」
「はぁ? 後一年ですって!? そんなに待てませんわ! もういいです。今の彼で妥協します。私を城に戻して」
「姫様。それはできません。急に姫が城に戻り魔族が撤退すれば魔族と王族が繋がっていると国民にバレてしまいます。そうなれば王族は権威を失墜してしまい、貴女は姫ではいられないどころか罪に問われ下手すると極刑になりますよ」
「ふ、ふざけないで! だったらさっさとドラゴンを討伐できるように強い装備を彼に与えて!」
そう言われた魔王様は渋々彼にドラゴンに致命的なダメージを与えられる炎の剣やドラゴンの炎が無効化できる水の盾をけっこう序盤の洞窟の宝箱に入れて無理やり入手させた。とはいえ魔王城までの道のりはまだまだ遠い。そこで我がまま姫は城にほど近い洞窟の奥に隠し部屋を用意させてそこに移動した。そして魔王役だったドラゴンを強引に討伐させて、無事姫は救出された。
「よくやってくださいました。これで依頼は完了です。それでは、御機嫌よう」
そうして、依頼は達成された姫はあっさりとした挨拶だけ残して城に帰っていった。しかし、本来魔王として用意していたドラゴンは討伐されたものの魔王が住むはずの城が残されたまま。その城に魔王がいると思い込んだ何も知らない勇者は城に姫を送り届けた後、再び旅に出てしまった。
「おい。コラ……。どうしてくれるんだ……。何とかしろや……」
ドスの利いた声に気圧された魔王様は姫を必死で宥めた。
「お、落ち着いてください、姫様。だから言ったじゃないですか。こんな目と鼻の先に魔王城を建設するのはおススメ出来ないと。『あのど真ん中の高台こそ私の城に相応しいですわ』って聞き分けのない事をおっしゃるから仕方なく建設しましたが、こんな目立つ場所に魔王城があればあなたを救出しても勇者という立場上、無視できないに決まってるでしょう。しかも、このまま魔王城に魔王が存在しないとわかれば国民は不審に思います」
姫の目の色が変わり、顔が人に見せられないほどヤバいことになっている。
「……おい。お前、ワシが悪いって言っとんのか? サタンだか何だか知らねーが偉そうに……誰に説教しとんねん! こっちは客やぞ? 金払って依頼しとるんやぞ? お客様は神様やぞ!」
人間と魔族が使う言語は当然違う。やり取りは魔族が持っている自動翻訳機を利用して行っている。この翻訳機は実に優秀でその人物に合わせた言葉遣いに変換されるのだが、この時、翻訳機は何故か姫の言葉を関西弁に変換した。
「か、代わりの魔王を用意しますので勇者にはその者を討伐してもらい幕引きとしましょう」
「ちっ! さっさとしやがれ! もたもたしてたら……ひき肉にするぞ?」
姫に脅された魔王様は、今度はドラゴンの代わりの魔王を用意する羽目になった。とはいえ、魔王がドラゴンより弱くては不自然なため、魔界で穏やかに暮らしていた竜族の王に白羽の矢を立てた。
「魔王様……。お話は分かりましたが私にもプライドがあります。これでも私は竜族の王。演技であったとしてもか弱い人間にやられたとあっては竜族全体の沽券に関わるのです。ましてや人間は話を吹聴する生き物。演技でも私がやられたら、後でどんな噂が広まるか分かったもんじゃない。魔王様の頼みとはいえ手は抜けません」
「君の言いたいことは分かるよ。だったら君がやられても仕方がない状況を作るからお願いできないかな?」
「……と、言うと?」
「勇者にはこれからさらに経験を詰んで強くなってもらうけど、その上で彼に伝説級の武具を用意するよ。竜族の攻撃を防ぐ防具を身に纏い、竜族に致命的な一撃を与える武器を装備した勇者に討伐されたってことであれば面目は保てるでしょ?」
「まぁ、我々竜族に対して効果的なバフが掛かった伝説級の武具を纏っているのであれば……やられても仕方がないですね。でも、それならその武具も勇者の名声と共に後世に残してくださいね。あ、悪用されると良くないので勇者だけが装備できるエフェクトも掛けておいてください」
「わかった。じゃあそれでよろしく頼むよ。城は自由に使ってくれていいからね」
そうして今度は回復効果やドラゴンの炎や魔法の威力を軽減できる鎧を滅ぼされたように演出する為だけに用意した村の地面に埋めて、それを人間に化けた魔物を使ってあえて勇者に伝えさせたり、もともと姫の寝所として作った部屋を宝物庫に改装して、竜族の王の城に魔族に対して非常に効果的なダメージを与える武器を用意させるなどいろいろとツッコミどころが満載の設定を推し進めて無理やり幕引きを図った。
――
「普通さ、自分の城に自分を倒せる武器をわざわざ宝箱に居れて用意するわけないじゃない? どう考えたってマッチポンプでしょ? そんなものが自分の城にあるなら真っ先に破壊するか隠すでしょ? 装備できるなら自分で使うでしょ? でも勇者は疑うことなくそれらの武具を装備して本来なら倒せるわけがない魔王を討伐した。そして、この噂はたちまち人間のあらゆる世界に広まって、株式会社魔界には多く勇者プログラムの依頼が舞い込むようになったんだ」
火の見やぐらの様な椅子をグラグラと揺らしながらのたうち回る。
「もうやめて! 俺の中の何か、何か大切なモノが音を立てて壊れる! 何で!? 何で魔族がわざわざ人間なんかにそんな事するんですか!?」
「あー……そっか。君たちのような若い魔族はもう知らないのか。魔族の本来の役目を。魔王様はね、元々は天――」
「こら! 君たち。もうすぐ時間だよ。仲良くなるのはいいけどおしゃべりはほどほどにして真剣に会議に参加しなさい」
「も、申し訳ございません!」
ダークネスはさらに小さくなり机から顔が見えなくなった。
「そろそろ約束の時間だ。盟約書を見た彼らの出方次第では面倒なことになるかもしれない。皆集中して聞いてね」
魔王様がそう言うと他の魔王達は背筋をピンと伸ばして気を引き締めた。再び俺の後ろのスクリーンに人間の国の玉座が映し出される。王はさっきと同じように暇そうに肩ひじを付いて欠伸をしている。魔王様は再びデバイスで王国に電話を掛ける。
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