第4話 新たな勇者の誕生④
「も、もしもし。私がパトランプ王国国王のジョージ五世であるが……。どういったご用件かな」
怪訝な顔で電話を受け取った国王は明らかに戸惑っている。
「はじめまして。私、株式会社魔界の代表を務めております魔王サタンと申します。約百年前に当社に依頼された勇者プログラムの件でご確認いただきたいことがございまして、恐れ入りますが、ジョージ三世陛下にお取次ぎ願います」
怯えているのを隠すように虚勢を張って応答する。
「は? ま、魔王? 何の冗談だ? 勇者プログラム? ジョージ三世はワシの祖父で五十年も前に逝去されておるが?」
国王は煩わしそうな態度で電話に応対する。盟約を知らないのであればいたずらと思って当然だ。ましてや魔王と名乗るなんて冗談も甚だしい。百年。それは魔族にとっては刹那の時間だが、人間にとっては悠久に等しい時間だ。ほとんどの人間にとって生まれてから死ぬまでの時間よりも長い。だからこそ人間との盟約は難しい。その盟約が本物であったとしても疑うのは当然だ。
「これは大変失礼いたしました。遅ればせながらお悔やみ申し上げます。それでは勇者プログラムの契約についてご存じの方は居られますでしょうか?」
「五十年も前に死んだ爺さんのことを今更悔やまれてもな……。その勇者プログラムってのはなんだ?」
魔王様は当時の依頼内容や勇者プログラムについての説明。そして、今回の島で起こった事件に関しての説明を行った。国王は長い話に疲れたのか途中から椅子の上で舟を漕いでいる。
「――というわけで、あの島は現在、弊社がジョージ三世様との盟約に基づいてこちらが管理している土地になり、人間様の侵入及び放火は盟約違反となります。先ずは侵入した犯人の特定をお願いいたします。目撃者の証言では恐らく御城の兵士の中の誰かだと推測されます。犯人が特定されない場合は盟約者に償いを求めることになりますが……」
国王はその意味の解らない電話にますます苛立つ。
「おいおい。待て。さっきから訳の分からんことをくだくだと。爺さんがどんな盟約を交わしたのかは知らんが私には関係ないぞ。そもそもなぜ人間が魔族と盟約せねばならん? というか何故魔族が電話を掛けてくる? 本当に魔族というなら今この場に現れて見せろ。いい加減な事ばかり言いおって。もう切るぞ」
だんだんと不機嫌になる国王はそれに比例するように言葉遣いが荒くなっていく。
「お待ちください。我々魔族が急に姿を見せれば人間の皆様にいらぬ不安を与える為、まずはお電話で盟約者様にご挨拶させていただいております。尚、この件に関しては既にジョージ三世陛下との盟約を交わす際に代々引き継がれるという形で取り交わしております。魔族との盟約は命の盟約。現時点ですでに盟約違反となり、本来であれば盟約者とその血統全員の命を頂戴するところですが――」
血の気の引いた国王は慌てて大臣を呼ぶ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「もし先代様から盟約を正しく引き継がれていないという事であれば、一度盟約書をご確認いただいてから再度今回の件についてお話しさせていただく形でもよろしいでしょうか? 魔族の盟約書は決して傷つけることも捨てる事も離れることも出来ません。仮に盟約書に何かが起こっていればすでに貴方はこの世に居られないはずです。盟約書は盟約者の近く、つまりその城のどこかに必ず存在しますので早急にご確認ください」
「わ、わかった。しばらく時間をくれ」
「わかりました。では本日の夕刻に再び連絡を差し上げますのでそれまでに確認を宜しくお願い致します」
魔王様はそう言って通話を切った。スクリーンに映る国王は慌てた様子で大臣と共に画角から消えた。
「さてと、困ったことになったね。ベル君。島に居た魔物たちに怪我はなかったのかい?」
困ったという割に涼しい顔の魔王様は俺達の身を案じる。
「あ、はい。全員無事です。人間が来た時点でのむさんの指示に従って塔を離れていましたし、森が燃えた後は皆で消火活動を行い、その後は収穫した農作物と一緒にDQ地区に移動すると言っていたので今頃はDQ地区に避難していると思います」
「そうか。さすがのむさんだね。じゃあ彼らへ指示は別の魔物にお願いするから、悪いけど君はしばらくここに残ってくれ。放火した人間の確認をしてもらいたいんだ」
「え? あ、はい……」
嘘だろ!? 報告が終わったらディストピアで豪遊する予定だったのにー……。って言っても給料まだもらってないから大して何もできないけど。
人間が盟約書を確認している間に魔人が一堂に会する円卓の下座に異常に背が高い小さなして椅子が用意された。この椅子の足だけで三メートル以上あるんじゃないか? というかよくこんな椅子あったな。火の見やぐらかよ……めっちゃ怖いんですけど。
――
パトランプ王国の国王とその家臣たちは慌てていた。急に電話が鳴り、その相手は魔王と名乗った。いたずら電話にしても怖すぎる。しかし、魔族との血の盟約で自分を含む血統全員の命が掛かっていると言われれば無視するわけにもいかなかった。
「陛下! 本当にありました。盟約書です」
「え? マジであったの? まぁそうか……。では確認してくれ」
「そ、それが何が書かれているのかさっぱり解読できず……」
「なに!? ……ってなんだ。読めるではないか。貴様は何を言っているんだ?」
「そ、そんな。私にはミミズがのたくった様にしか見えません」
「なにを馬鹿な。ちゃんとこの国の文字で書かれているぞ? 仕方がない面倒だが私が読む。えーっとなになに……」
盟約書
最初に、こちらの盟約書は契約した人とその血を引く家族の人間だけが読めます。それ以外の方には情報が漏れるのを防ぐために読めないようになっています。そして、この盟約書は読まれる方に合わせた内容に変化します。お子様には簡単な言葉遣いやふりがなが現れ、お年寄りには文字が大きくなるように魔法が掛かっています。誰でも簡単にわかる内容になっていますのでご安心ください。
「だそうだ」
「な、なんと。そんな便利な魔法が!? 道理で魔族との盟約書にしては小学生の国語レベルの文書校正なわけだ」
おおー。と家臣が一様に頷く。
「おい。お前達。それはどういう意味だ?」
「い、いえ。何でもありません。そ、そんな事よりも時間がございません。続きを読んでいただけますでしょうか?」
「ん? ああ。えー……」
依頼内容
今回のご依頼内容は子供たちを対岸の孤島に攫ったことにして欲しいという内容。
理由は魔法が使えない人でも好きな場所に自由に移動できる空飛ぶ靴を国を挙げて開発したが、対岸の孤島にしか行けない欠陥品になってしまった。その上、作った靴は時間が経つと縮んで子供にしか履けず、面白がった子供たちがそれを履いて塔に行ったまま帰って来ない。多額の資金と時間を投資したのにこの結果だと国民にバレると怒られちゃうから。
弊社の提案としては、魔物が命じて作った靴を履いて何処かに飛ばされた子供たちを救うべく、王宮の兵士の一人を勇者として魔物を討伐し、子供たちを助け出させるというもの。
「「「しょっぼ」」」
その場にいた全員が一斉に声を漏らした。
――
パトランプ王国の人間たちが盟約書を読んでいたちょうど同じ頃、盟約書を読み、内容を確認した魔王様はダークネスに目線を送った。
「――とあるのだが、ダークネス。これはどういうことかな?」
円卓に座る魔人達の視線がダークネスに注がれる。
「あ。そ、そう言えば思い出しました。……この依頼は私が魔王として勇者プログラムを実施していたあの世界で、魔王城建設中に別の依頼がありまして、本来の勇者プログラムと並行で行っていた件です。大した依頼ではなかったですし、私自ら盟約書を作成しました。その後は本来のプログラムの準備で忙しかったので部下に任せました……」
それを聞いた魔王様は頭を抱える。
「……あのね。それ文書偽造だよ? しかも報告受けてないんだけど」
「も、申し訳ございません! 小さな依頼だったので、お忙しい魔王様の手を煩わせるより、自分で盟約書を作成してちゃっちゃと片付けた方がいいのではないかと考え、優秀な部下を使ってほんの数日で片付けさせた件だったので私自身が失念しており報告を怠りました」
「はぁ。ダークネス。気を使ってくれたのはありがたいけど、どんな小さな案件でも事と次第によっては大きな問題につながるんだ。仮に自分でやるにしてもちゃんと報告して情報の共有はしないとダメだよ。こうやって百年という契約期間の間では状況が変化して忘れた頃に問題が発生することもあるんだからね。とはいえもうすぐ百年。ちょうど盟約期間も終わるしこの件は終わりにした方がいいね。相手方に原因があるとはいえこちらも盟約に不備がある可能性があるし――」
そう言いながら魔王様は盟約書に目を通す。
「ん? これ……すでに盟約時期過ぎてるじゃん」
「え? あ! そうか。この件は私が討伐される数年前にすでに片付いていたので……って、あーーー!!」
ダークネスの巨大な身体が見る見るうちに青ざめていく。
「……つまり、盟約違反をしていたのは我々の方という事かい?」
――
国王は盟約書に目を通している。盟約書はこう続いている。
勇者プログラムを始める時の決まりとして、まず盟約者はそのことを他人に話せません。ただし、盟約者が心から信頼できる方には伝えられるようになっています。勇者プログラムの事を教えてもらった人は他人には決して話してはいけません。特に勇者プログラムの対象者とその仲間。そして、その子孫には決してバレないように気を付けてください。もし、このことが勇者プログラムの対象者やその子孫にバレた場合は国ごと消えてもらいます。
この盟約は勇者プログラムが完了した日から百年後の同日までの期間中有効です。盟約の対価として金二十万ゴールド。そして、盟約期間中は対象である島を魔族に貸し出していただきます。期間中は平和保障期間として魔物は出現せず、王国の人間に対して一切迷惑を掛けない事をお約束します。その代わりに人間が島に立ち入ることを禁止します。盟約終了後は速やかにこの土地を王国にお返しし、魔物は退去します。この盟約は命の盟約となります。盟約違反があった場合は契約した人とその血を引く家族の人間の命を頂きます。
「心から信頼できる方には伝えられるって……陛下ったら。ポッ」
側近の大臣たちは揃って頬を赤く染めた。
「国ごと消えてもらうとは、やはり魔族。ぞっとする内容ですね……。おや? 依頼が終了した日時は裕に百年を過ぎていますね」
大臣の中の一人で紅一点の宰相が、国王の口から零れた日付に疑問を持った。国王は日付を確認する。
「ん? ああ、そうだな。百年は過ぎている。ということは……、ん? どういうことだ?」
「つまり、あの島は百年間は我々人間が立ち入ってはいけない土地ではありますが、既に百年を過ぎているのでこの盟約書が正しければ人間が立ち入ることをとやかく言われる謂れはないという事です」
「それは誠か!? もうワシの血統の命は心配ないのか!?」
「はい。それどころか……」
「それどころか?」
宰相は眼鏡をくいっと上げて光らせた。
「盟約違反をしているのは魔族です。百年が過ぎているのに未だに退去せずあの島に魔物が巣食っている。それは先ほどのサタンという魔族が自ら証言しました」
「な、なんと……。で? それはどういう事じゃ?」
(このおっさん本当に察しが悪いな……)「つまり、魔族との盟約は命の盟約。奴らにとってもそれなりにペナルティーがあると考えてよいでしょう。この盟約書には魔族が盟約違反を行った場合の内容は書かれていますか?」
「え? あ、えっと……」
国王は盟約書の続きを読む。
「こ、これかな?」
もし魔族側に盟約違反があった場合、今回の依頼内容である勇者プログラムを無料でサービスさせていただきます。その時は盟約時と状況や環境が変わっていると考えられるのでそれに対応した形でのサービス内容とさせていただきます。
「勇者プログラムを無料でサービスぅ? いらんわこんなじょぼいサービス! こっちは命を懸けてるのに魔族はそんなことで茶を濁すつもりか?」
国王の言葉に反応した宰相は再び眼鏡を光らせて異を唱えた。
「いえ。お待ちください。勇者プログラム……聞いたことがあります。これは非常に使えます……」
――
円卓を囲む魔王達は悩んでいた。ただ一人、ダークネスだけはばつが悪そうに大きな身体を小さくして縮こまっている。
「あのー大丈夫ですか?」
「あ、うん。ゴメンね。ワシのミスで君たちにも迷惑を掛けちゃったね。さっきも大声出して驚かせちゃってゴメンね……」
最初は巨大で怖い印象しかなかったダークネスは申し訳なさそうにとても小さくなっている。というか変身して本当に小さくなっている。なんだかちょっと可愛いとすら思ってしまう。
「あ、いえ。大丈夫です。でもそんなに問題なんですか? 盟約違反って。そもそも勇者プログラムってなんなんですか?」
「え? 君それを知らずにこの会社に入社したの? いいかい。勇者プログラムっていうのは――」
勇者プログラム。それは一人の姫のわがままから始まった。
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