第3話 新たな勇者の誕生③
「ちっ……思った通り何にもないな。モンスターの骨の一つや二つ残っていれば証拠になるってのに。まるで掃除でもしたかのように小奇麗だったぞ? まぁ今となっては葉っぱと枝だらけだけどな。計画通りここを燃やしてモンスターの復活を国王に示唆すれば、塔に巣食った魔物を退治した勇者として俺を祀り上げるだろう」
何やら物騒な言葉が聞こえてきた。まさか……。そう思った矢先に人間は魔法を使い塔に火を放った。
「え?」
その人間が放った魔法の炎はまるで導火線に火をつけたように塔に向かって延焼し、見る見るうちに塔の入り口の中に吸い込まれていった。
「それにしてもひいばあちゃんが残したこの袋はホントに便利だな。これさえ有れば大量の荷物を運んで世界中を旅できる。あれだけ大量の枯れ葉や枝を詰められるんだから大したもんだぜ。まさか一回で全ての部屋に枯れ葉や枝を撒けるとは思わなかった」
猛烈な勢いで塔が燃え上がっていく。全体が炎に包まれ、あっという間に塔全体に炎が燃え広がった。そして、もろくなった塔は下部からひび割れ、崩れ落ちた。
塔が崩れた勢いで乾いた森にも延焼し、森は勢いよく燃え広がっていく。赤く色づいていた森は別の意味で赤く染まっていく。それを確認した人間は満足そうに笑みを浮かべながら転移アイテムを使ってその場を去った。人間は俺の直ぐ傍を通り過ぎる。その瞬間、人間と目が合った気がしたが、転移アイテムの効果でそのまま飛び去ってしまった。
「あっぶなー。危うくぶつかるところだった! というか、な、なんで!? なんで人間が放火するの!? 森が……どうしよう!」
混乱した俺は森に広がる炎の煙に包まれながら上空をグルグルと旋回した。すると、下から俺を呼ぶ声が聞こえた。眼下を確認すると、塔の裏の広場の真ん中でのむさんがこっちに向かってヘルメットを振っていた。俺は慌ててのむさんの許に向かった。
「これどういうこと!? 何があったの? 説明して!」
「そ、それが――」
俺は人間が言い放った言葉や行動を出来るだけ正確にのむさんに伝えた。その間に他の魔物たちは魔法で消火活動に勤しんでいた。
「うーん。それだけだと何とも言えないな……。よし、君はこれから魔界に戻って魔王様にこのことを出来るだけ正確に伝えて。ボクは後から他の魔物たちと一緒に、収穫した作物を持ってDQ地区に避難するから君は今後の指示を聞いてきてほしい。この土地は前回の勇者プログラムの報酬の一部としてこの国の国王から貸し与えられている場所だから人間が手を出すのは盟約違反なんだよ。魔族との盟約違反は重罪だから、魔王様に知らせれば国王と連絡を取って詳細を確認してくれるはずだよ」
「お、俺が行くんですか!? 来たばっかりなのに!? それに俺は本社に行ったことはないですよ!? 直接転移魔法では行けません!」
「ボク達だって本社には行ったことないよ。それにこの中で飛べるの君だけだもん。これを使って。DQ地区の転移門近くまで一気に移動できるから。そこから転移門を利用して大急ぎで魔王城本社に飛んで直接魔王様に報告して。これを見せればアポが無くても魔王様に謁見できるから」
「わ、わかりました」
俺はのむさんから受け取った書類を左手に握りしめ、右手で転移アイテムを使ってすぐさま魔界に転移した。こうしてたった数時間の俺の最初の人間界での生活は終わりを迎えた。
転移アイテムを使用して魔界に異動した俺は直ぐに魔王城本社のあるSS地区に移動する為の転移門に急いだ。魔界は恐ろしく広い。音速で飛行できる俺でも直接魔王城本社に異動しようとすると丸一日以上かかる。まずはDQ地区の転移門まで移動して、そこからSS地区に移動だ。急がないと。
薄暗い道を大急ぎで飛ぶ。魔界には太陽がない。昼でも暗く、魔法の灯りが無ければ完全な暗闇に包まれる。色違いの魔法の灯りで方角や大地の位置を示している。魔界は巨大な一本の松の木の様になっていて、中央の幹から枝分かれして大地が出来ている。それぞれの大地は盃の様になっており、その巨大さに似つかわしくない細い枝の様な岩で支えられている。下の大地ほど巨大で古く、上に行くほど小さく新しい大地になっていて、この大樹はずっと成長を続けている。大樹とはいっても木ではない。どちらかと言えば岩に近い。成長を続ける岩の松。これは通称、魔積岳(まつたけ)と呼ばれている。
この岩枝から伸びるそれぞれの大地を支えている太い幹の先端にあるのがSS地区であり、最も上層にある魔王城本社がある場所だ。それぞれの盃型の大地同士は空を飛ぶか、転移門を利用しないと移動できない。全ての大地にある転移門は中央のSS地区に繋がっていて、そこから各大地に移動できるようになっている。
この魔積岳を創造したのは他でもない魔王様だ。元々何もない真っ暗な虚数空間の海に魔王様は数粒の種をまいた。その種の中で唯一成長したのがこの魔積岳だと言われている。魔積岳を支えている幹は何万年という時間を掛けてほんの少しずつ闇の海に飲み込まれているそうだ。今いるDQ地区はこの魔積岳の中ではかなり深い位置に存在していてとてつもなく大きいが、いずれはこの闇の中に飲み込まれると言われている。
ちなみに、魔積岳はここ以外にも存在しているとも言われているが実際は確認した者はいないらしい。この不安定な形状の魔積岳を支えているのは魔王様の強大な魔力だという噂だが、これも真相は定かではない。
「よし着いた」
目の前には神秘的な祠が見える。魔界には似つかわしくない神聖で神秘的なその祠はひっそりとその場所に存在している。中には青く光り輝きながら渦を巻いている泉がポツンとあるだけ。これが転移門だ。その呼び方は様々あるが、俺が気に入っているのは水洗便器。何でも本当にトイレの形に造り変えた大地もあるとかないとか。もし本当にあるのであればぜひ一度見てみたいものだ。俺は急いで転移門に飛び込みSS地区に移動した。 転移門に飛び込むと、視界が歪み、あっという間に全く違う景色が眼窩に飛び込んで来た。
「到着。ってうわ! 凄っ! これがSS地区中央都市ディストピアかぁ。ってか魔物多っ」
転移門の祠を一歩出ると縦横無尽に行き交う様々な魔物が行く手を塞ぐ。様々な大地から様々な種類の魔物が一堂に集まる都市がこのディストピアだ。この都市は全部で五つの区画に分かれていて、一つは商業区、一つは産業区、一つは観光区、一つは教育区、そして、中央には魔王城本社がある統括区だ。この都市には住宅は存在していない。多くの魔物がそれぞれの大陸からこの都市に出稼ぎに来たり、休日をショッピングや食事、テーマパークを楽しむために訪れる。というわけで普通に歩けないほどの魔物が集まってくるのだ。
「うー……遊びに行きたいー! でも、今は報告が先だ。それが終わったら今日は目一杯遊ぶぞ! って給料まだもらってないけど……」
俺は羽を素早く動かし魔物の群衆から空に逃れる。実は上級魔族を除けば魔物の中で空を飛べる種族は全体から見るとごく少数なのだ。その中でも音速で飛行できるのは一握り。つまり俺はエリートと言うわけだ。
転移門から真っ直ぐ魔王城本社に向かって飛ぶと、ものの数分で到着した。
「でっけー。流石魔王城。……っていうか、これ城っつーよりビルじゃん」
ガラス張りの光り輝く超高層ビルに映る自分の姿をウットリと見つめながら、降下し正門に向かう。ビルの一階の正門は全面ガラス張りで、中の様子がはっきりと見える。その中央にある巨大なガラスの自動ドアが正門だ。前に立つと自動ドアが開き、真正面のエントランスの奥にインフォメーションデスクが見える。俺は真っ直ぐそこに居る魔物の許に向かう。
「あのーすいません。魔王様に会いたいんですけど」
そう言ってのむさんに渡された紙を渡す。
「はい。拝見いたしますのでしばらくお待ちください。……緊急事態報告証ですか。それではこちらを首に下げてください。奥のゲートの通行許可書になっておりますので、かざしていただければゲートが開きます。通路で身分の確認をスキャンさせていただきます。問題がなければ奥にある魔王フロア直通エレベーターに通されますので、そこから最上階の六百六十六階に移動していただきます。フロアに到着された後は別の案内係が魔王様の許に案内いたします」
そう言って案内係の魔物は俺に通行許可証と書かれたパスケースを渡してくれた。厳重な警備体制かと思いきやすんなり通行許可をもらった俺は、言われた通りにゲートの前に立ち、パスケースをかざす。すると右端のゲートが開き俺を誘う。そのまま歩いていくと四角いトンネルの様な通路に続いている。その中を通ると赤く四角い光の枠が俺と並走するように動く。そしてその光が緑色に変わると、目の前の通路の奥にドアが出現した。
ドアの前に立つと自動でドアが開く。誘われるままに俺はその中に入る。誰もいないその無機質な白い箱の中にはボタンもなければ窓もない。ただ、パネルが一つだけあり、そこに数字が[1]と表示されている。その数字をじっと見つめていると自動でドアが閉まり、そのまま勝手に動き出す。すると、表示の数字は見る見るうちに桁が大きくなりあっという間に[666]という数字に変わった。そして再びドアが自動で開く。目の前には女性の姿の魔物が立っていた。人型のその魔物はいわゆるナイスバディの綺麗な女性。人間なら鼻の下を伸ばしてハァハァするところだろう。……だが、崇高な魔族の俺の趣味ではない。
「お待ちしておりました。魔王様の所にご案内します。こちらへどうぞ」
そう言って深々とお辞儀をする女性は俺に笑顔を向けながら振り返り前を歩き出した。ファッションモデルの様に背筋をまっすぐ伸ばし、引き締まった臀部を上下に揺らしながら、真っ直ぐに続くランウェイもとい、廊下を歩く。その先にはドアが見える。きっとあのドアの奥に魔王様は居るのだろう。そう思って歩き続けているが一向にドアに着かない。その時ようやく気が付いた。とんでもなくでかいドアだ。近くに見えていたのではなくずっと遠くにある巨大なドアが小さく見えていただけだったんだ。さらにしばらく歩くと漸くドアの前に辿りついた。目の前にすると恐ろしくでかい……。
「このドアの奥に魔王様がおられます。現在魔王会議中ですが、気にせずお入りください」
そう言うと案内してくれた女性は華奢な身体でその馬鹿でかいドアを軽々と開いた。
ギィィィゴゴゴゴゴゴ……
軽々と開けるのでドアが軽いのかと思ったが、その音は非常に重々しく響き渡り、その重さを演出する。どっちなの? ドアが軽いの? この女が強いの?
「会議中に失礼します。先程連絡があった者をお連れ致しました」
「ああ。ありがとう。通してくれ」
中からはとても爽やかな良く通る男性の声が聞こえてきた。
「はい。では中にお入りください。 私はここで失礼いたします」
「あ、はい。ありがとうございます」
そう言って巨大なドアの隙間を抜けて中に入るとまるで巨人の部屋に迷い込んだような錯覚を覚え……って、本当に巨人じゃん!
ギィィィゴゴゴゴゴゴ……
後ろでドアが閉まる音が響き閉じ込められた。目の前に居るのは一人一人が世界を滅ぼしそうな面の巨大な魔人。それが十二人で円卓を囲むように座している。まさに魔王と言った佇まいだ。格別な威圧感を放っている。ハッキリ言ってちびりそうだ……。その一番奥の上座にとても小さな人型の男性が座っている。
「え? 人間?」
そう言うと強面の魔人が一斉にこちらに目を向ける。
「無礼者! この方をどなたと心得る! 畏れ多くもこの魔積岳を統べるサタン様にあらせられるぞ」
サタンと呼ばれた人間のような姿の男性のほぼ真向かいで俺の一番近くに座っていた凶悪な顔の巨人が大声を荒げて俺を叱責する。その大声に驚き、俺はビクッとなった。……あ、ちょっと漏れた。
「まぁまぁ。私の事を知らない者も大勢いるんだから、そんなことで大声を上げないで。ようこそ。ベル・ゼブル君だったね。遠いところわざわざありがとう。のむさんの所から来たんだよね? 緊急事態だって?」
とても穏やかな口調で話しかけてくるそのサタンと呼ばれた人型の魔人は人間の容姿に興味のない俺でも見惚れる程の美しさと優しい雰囲気である。甘いマスクに全てを吸い込んでしまいそうな漆黒の長髪。一切の無駄のない鍛え抜かれた肉体。一つ一つの所作に気品と色気すらある。にもかかわらず、彼を囲むように座る巨大で凶悪な容姿の魔人たちはそのサタンという男性の言葉に緊張しているように見える。
「あ、はい。実は――」
俺はあの島で起こった一部始終を出来るだけ詳細に伝えた。
「えーっと。あの世界はたしか、当時は君に魔王を任せていたよね? ダークネス。 えっと現在九十九年と九か月か。という事は報告通りギリギリ平和サポート期間中だね? 当時も確認したけど報告に不備はないよね?」
すると、さっき俺に大声で叱りつけた一番近くに座るダークネスと呼ばれた魔人が答えた。
「はい。約百年前に勇者プログラムが実行された折、私ダークネスが魔王の大役を仰せつかりました。報告では当時の勇者は世界を救った後、その世界の雲上の城を気に入り、そちらに移住したと記録されております。その他の勇者パーティーはそれぞれ故郷の地や新天地で英雄と讃えられ皆幸せに生活を送っていたとの報告を受けております」
「なるほど。特に問題はなさそうだね。じゃあまずは当時の勇者プログラムの依頼者である国王に連絡を取ってみようか」
そう言うとサタン様はスマホの様なデバイスを取り出して王国に電話を掛ける。すると俺の背後から光が溢れだした。驚いた俺は後ろを振り返る。そこには巨大なスクリーンがあり、とある国の国王らしき人物が暇そうに椅子に肩ひじを付いて座り欠伸をしている姿が映し出された。
「もしもし。私、株式会社魔界の代表を務めております魔王サタンと申します。ジョージ三世国王陛下に勇者プログラムの件でお取次ぎを願います」
すると、映像には大臣らしき人物が電話を持って国王の許に近づいて来て王に耳打ちをしている姿が移されていた。
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