第2話 新たな勇者の誕生②

「勇者プログラム?」


「はい。詳しい説明は端折りますが、簡単に言えば彼に世界を救うという使命と魔王を用意し、世界中を巡り仲間を集めさせ、成長させながら最終的に魔王を討伐させるというものです」


 意味が理解できない小太りな少年は口をぽかんと開けて考えている。


「いや、ちょっと何言ってんのかわかんない。魔王を討伐させる? お前、自殺願望があるの? というか成長させたらもっとヤバい奴になっちゃうだろ!」


「自殺願望なんてありません。魔王に見立てた者をあてがって、討伐させたように見せかけるんです。要は大掛かりなヤラセです。成長に関しても問題ありません。世界を見て回った勇者プログラムの経験者は多くを見て多くを知ります。他の場所を気に入って移り住んだり、恋人や子供を作ったり、世界各地に愛人を作ったりと様々ですが、高確率で生まれ育った町では満足できずに故郷を離れます。おそらく戻ってくることはないでしょう。確かにもっとヤバい人間になるでしょうが、私どもの依頼者は貴方であり、依頼内容はあの少年をこの町から追い出す事。他の町で化け物が生まれようと暴れようと私どもには関係のない事です」


「ヤラセって……まぁいいや。追い出してくれるんなら。じゃあそれをやってくれ」


 小太りな少年はまだよく理解していない様子だが雰囲気で合意した。


「ありがとうございます。それでは料金ですが――」


「おい」


「はい?」


 急に目つきや声のトーンが変わった小太りな少年は別人になったように凄んで見せる。


「その勇者プログラムっていうのをやるのはアンタらが失敗したのが原因だよな?」


「え? まぁ確かに先ほどの作戦は失敗でしたが、この依頼は彼をこの町から追い出すことでありトライアンドエラーは普通のことです。それに、そもそもこのご依頼の料金は五百ゴール――」


「つまりアンタらが失敗しなければすでに終わっていたんだろ? その尻拭いをい俺にやれっていうのか? 俺が子供だからってなめてるのか?」


「い、いや、勇者プログラムは莫大な予算が掛かります。安いプランでも一万ゴールドは以上必要で流石に五百円では。そうでなくても今回の依頼は数人の部下と共に赴き、人件費だけでもそれなりに掛かっています。それに貴方さっき子供だからわからないって――」


「あ゛?」


「……わかりました」(あー、もうコイツ嫌だ……。帰りたい)


 人間の身勝手には慣れているがやはりこういう時は頭に血が上る。私は大きく息を吸い込み気持ちを落ち着かせて話を続ける。


「ただし、本来の勇者プログラムの目的は人々の生活を脅かし、苦しめる魔物を討伐した勇者を讃えさせるのが目的ですが、今回は一般人には何も起こってないと思わせる形で進ませてただきます。人間を操ったり、モンスターをこの世界の人間や虫や動物などに化けさせ、違和感のない形で溶け込ませて、あくまでターゲットとその周りの人物だけに平和が脅かされているという演出をします。さらに、新たに城や塔を建設することは出来ませんので、通常のやり方と異なりこの世界にある建物や場所を利用させていただきます。地域も限定して基本的にはこの大陸のみ。演出は……例えばそうですね……魔物ではリアリティに欠けるので未来人か宇宙人の侵略から世界を救うために旅立たせると言ったところで如何でしょうか?」


「リアリティーって……それを魔族のアンタが言うのか? よくわからないけど奴がこの町から追い出せるならそれでいいや。任せるよ」


「ありがとうございます。ではこちらの契約書にサインを――」


――


「こうしてその日、新たな勇者が誕生したんだ」


 のむさんは遠い目をしながら目に涙を浮かべている。


「そうやって勇者プログラムの対象となった少年は旅に出た。人間ってホントに怖いよね。あの少年がどうやって魔界への依頼方法を知ったのかはわからないけど、魔界としちゃあ正式な方法での依頼だったから無下にできず最後まで遂行したんだ。この依頼には魔王様もかなり頭を悩ませていたらしいよ。でもそこはさすがの魔王様。低予算で抑えたり短期間で終わらせたり工夫して見事に依頼を達成された。まぁそれでも大赤字だったみたいだけどね。魔法の無い世界で魔法は覚えさせれらないから代わりに超能力を目覚めさせたり、新しい施設を作る程の予算はないからその世界の建物を利用したり、既にあるそれっぽい場所に力を目覚めさせるための細工をしたりとてんやわんやだったんだって。目障りだからって理由で依頼をしてくる人間も、人間の姿に化けてる魔物を後ろから全力で殴ってくる人間も頭いっちゃってるよね」


「何かよくわかんないですけどそんな人間なんてほっといたらいいじゃないですか。というか、そもそもなんで人間相手にそんな仕事やってるんですか? 勇者プログラムって何ですか?」


 のむさんはどこにあったのかわからない口をあんぐりと開けて驚いた表情で俺を見る。


「呆れた……君、本当にうちの会社の事何も知らないで入社したの? わが社の主要事業だよ? うちの会社は人間の依頼で商売してるんだから。人間はね、基本的にはいい人が多いんだよ。良好な関係も築けてる。ここみたいに土地を借りて農作物を育てさせてもらったり、モンスターの育成を手伝ってもらったりね。でも中にはこういう頭のいかれちゃってる人間もいるんだよ。でも、逆にそういう人間からの正式な依頼は下手に扱うと悪い口コミが直ぐに拡散されてあっという間に炎上だよ。だからそういう依頼は魔王様が自ら指揮を執ってくれるの。この時も必死で依頼者の要望に応えられたからいい評判が広まって色んな人間がオファーをくれるようになったよ。まぁ酷い人間からの依頼も増えたけどね……魔王様は誠実なお方だから」


「知ってますよ。魔王様の人柄の良さを知らない魔物は魔界に居ませんよ。魔王様が代表をしているからホワイト企業だと思って株式会社魔界に入社したんですから」


「……そう思うならせめて会社の概要や業務内容くらい勉強しておきなよ。とにかく、今は目の前の仕事を文句言わずにがんばれ。魔界の食を支えるのはとても大切な仕事なんだよ。魔界にいったいどれだけの魔物がいると思ってるの? 君は若いしどうしてもって言うならそのうち勇者のいる地区に異動もあるだろうさ。ベテランは好んでそんな仕事はしないから」


「はぁ。……ちなみにその依頼は最終的にどうなったんですか?」


 のむさんはまた遠い目をした。


「あー……。 魔王様は街から追い出すことを目的に色々とプランを練っておられたんだけど、依頼した男の子は追い出したいはずの少年の後を追い続けてほとんど一緒に旅をしている状態だったんだって。しかも、ずっと横から依頼した男の子が作戦に口を挟んできたり、時々ターゲットと接触したり、用意してた魔王役の魔物にさんざん命令した挙句、魔王役を横取りしちゃって……。最終的に自分が街から消えちゃったんだ」


「あほですね……」


「あほだよね」


「それにしてもすごく詳しいですね。さすがD――」


「違うっつってんだろ!」


 ものすごく怒られた……。 のむさんは可愛い容姿に似合わずくどくどしい説教をこんこんと続けた。


「――わかった? とにかく、今はここでの農作業を頑張ってね」


 ピーガガガ……その時、先輩の通信機がけたたましく鳴った。


「こちらのむさん。何かあったの? どうぞ」


『こちら偵察の角無し角ウサギです。隊長! 侵入者です! この島に人間が入ってきました。どうぞ』


(角無し角ウサギ?)


「こちらのむさん。人間? この島にどうやって? どうぞ」


『わかりません! 見たところ王国の兵士の様です。鎧を身に付け、鉄槍を持っています。それと、よくわかりませんが、とにかくカッコに似つかわしくないウサギの様な奇妙な形の小さな靴に足を無理やり突っ込んで、かかとを踏んだまま履いてます。な、なんか同胞が口に足をねじ込まれながら踏まれているように見えて居たたまれないです……。どうぞ』


「まさか……と、とにかく今は静観して。それは君の同胞じゃないよ。変な事を考えずに出来るだけ離れて、気付かれない様にしてね。その人間がここを立ち去るのを待つよ。何かあったら随時報告して。どうぞ」


『了解』


 泣きそうになりながらその角無し角ウサギは通信を切った。


「あの……。角無し角ウサギって?」


「ん? ああ。本当は角ウサギなんだけど、角の生えたウサギが見つかったら魔物がいるって噂になるでしょ? だから角を切ってもらって普通のウサギの姿で偵察してもらってるの。って、そんなことより塔に行って各自貴重品を持って塔から離れるように連絡してきて」


「え? あ、はい」(敢えて角無しを言う必要があるのだろうか? 遠回しに抗議してるんじゃ……)


 俺はのむさんの言われた通り、塔に移動して人間が来たから貴重品を持って塔から離れるように伝えた。そして再びのむさんの許に移動して物陰に隠れて人間の動向を探った。しかし、いつまで経っても人間は塔に現れなかった。


「どうなったんでしょう? この島には塔以外に目ぼしいものは何もないのに何でここに来ないんでしょう?」


「そうだね。いくらなんでも遅すぎるね。ちょっと確認してみようか」


 のむさんは通信機で状況を確認する。


「こちらのむさん。その後人間の様子はどう? 何か変わったことは? どうぞ」


『こちら角無し角ウサギ。何をしているのかわかりませんが、島の周りをぐるりと回り、もうすぐ元の位置に戻ります。何やら辺りを伺っているような……。今から森の中に入るようです。どうぞ」


「そうかわかった。引き続き監視を頼むよ」


 のむさんはしばらく考えた後、周辺の魔物達を集めて指令を出した。


「何故島の周りを? 毎朝日の出前に島の外周をジョギングしてるけど特に変わったところは無いはず……。何にしても人間が来るまでたぶんもう少し時間がある。この塔の中から出来るだけの物を運びだそう。この塔に魔物が住んでいる痕跡を可能な限り消すよ」


 その体系でジョギング? と、声が漏れそうになったが今はそれどころじゃなさそうなので必死に飲み込んだ。他の魔物たちはその命令に素直にしたがい、私物や農機具、食料品などを持って塔を出た。どうやら本当に人望があるようだ。荷物の運び出しが終わりのむさんの許に向かう。すると、外で通信機を使って人間の動向を確認していたのむさんが全員を率いて塔の真裏に向かって歩き出した。


「こっちに何かあるんですか?」


 俺が尋ねると、のむさんは小声で俺の質問に答えた。


「人間は森で何かを拾った後、塔の真正面に向かって歩いてきているらしい。ボクの勘が正しければ、あの人間はこの後塔に入って全ての部屋を探索するはずだ。そして何も見つからなければ大人しく帰るだろう」


「全ての部屋を探索? 何でそんなことが分かるんですか?」


「ああいう人間にはいくつかのパターンがあるんだよ。一つは目的地に真っ直ぐ向かう速攻タイプ。一つは気分によって攻略に大きな差が出る奔放タイプ。もう一つは見逃しが無いように細部まで確認する慎重タイプ。そして、目的とは無関係でも全てをやりつくさないと気が済まない完璧主義タイプ。今までの動向を見る限り、彼は恐らく慎重タイプだろう。というか完璧主義タイプでないことを祈るよ」


 のむさんは小さな手を伸ばして顔の前で組んだ。あれは手ではなく触手なのだろうか? という疑問が沸いたがまた話が逸れてしまうので胸の中にしまっておいた。


「完璧主義だとダメなんですか?」


「そりゃダメだよ。もしそうなら……」


「もしそうなら?」俺は固唾を吞む。


「……長い」


「ながっえ? は?」


「うん。長い。この後あの人間は塔に侵入するだろうけど、もし完璧主義の人間だったら入った瞬間何もない事が分かる部屋でも仕掛けがないかと探したり、死角に道があるのではないかと壁を調べながら歩き回ったりとそりゃあもう時間が掛かるんだ」


「うわぁ……めんどくさいですね」


「いや、ほんとに。先ずはこの裏手の畑が見つからないことを祈ろう。収穫は粗方終わってるけど明らかに人の手、もとい魔物の手が加わった畑。これが見つかったら誰かが住んでいると警戒して今度は島中を捜索し始めるだろうから」


 それを想像すると背中がぞくっとした。そんな会話をしていると人間が塔の正面扉の前に到着したという連絡が入った。その人間は大きな袋を背負っているらしい。


(あれ? さっきはそんな袋を持っているなんて報告受けてないよな。背負うほど大きな袋なら最初の時点で報告があってもよさそうなものだけど……)


 人間はそのまま塔の正面の扉を開けて塔の中に入っていった。普通なら扉から入って塔のてっぺんまで行って帰って来るのに十分と掛からないはずだ。だが、その人間が塔に入ったという知らせを受けてから裕に一時間が過ぎた。しびれを切らした俺とのむさんは全員を裏手に避難させた後、塔の入り口が見える場所まで移動して木の陰に潜んで様子を伺っていた。何故のむさんが新人の俺を相棒に選んだかというと俺が飛べるからだ。最悪の場合は俺に担がせて逃げようという算段だ。


「長いっすね……」


「長いね。時間はあったから中の荷物は完全に運び出してる。ドアを開けた瞬間に目ぼしいものがないのは分かるはずなんだけどね。全部の部屋を見て回っていたとしても遅すぎるね……これは最悪の場合、出てきた後、塔の裏の捜索を始めるかも。あ、出てきた」


 ようやく正面扉から出てきた人間は入った時に背負っていた袋を持たずに出てきた。


「あれ? 袋なんて背負ってないぞ?」


「俺見てきます」


「え? 危ないよ」


「大丈夫ですよ。俺変身できますから」


 そう言って俺は姿を変える。


「うわぁ。そんなこともできるんだね。……でもその姿はダメだよ。そんなラグビーボールサイズの蠅を見つけちゃったらボクなら迷わず殺しにかかっちゃう」


 そう言ってどこから取り出したかわからない殺虫剤スプレーを俺に向けながら言う。


「うわっ……。ショックです。というか、どこから出したんですか? 効きませんよ。そんなもん。だったら、これでどうです? 小さくなると飛行速度が遅くなるから嫌なんですけどね」


 俺は渋々その姿のまま小さく変身する。


「あ、うん……。 アーモンドサイズならバレないかもだけど、Gに見えちゃうからむしろ殺意は倍増したよ」


 そう言いながら今度はどこからか取り出した新聞紙を小さな手で器用に丸め始めた。


「……のむさんも大概失礼っすね。まぁいいや。行ってきます」


「はーい。絶対に見つからないようにね」


 そう言いながらのむさんは手に持った新聞紙をスイングしながら俺を見送る。俺は空を飛び、塔の正門の方に回り込んだ。そこでは兵士の装いの若い男の人間が何やら呟きながら鞄の中を漁っていた。そして、中から転移アイテムを取り出して手に持った。どうやら帰ってくれるようだ。

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