魔王様は人類に苦悩する

@Tsu-tone

第1話 新たな勇者の誕生①

 初めて来た人間の町を見る為に小さくなって飛んでいる俺は、町の上空から人間を観察しながら興奮していた。行き交う人々は笑顔に溢れ、子供たちは大声ではしゃいでいる。平和そのものだ。街から少し離れた所には大きなお城も見える。このままそっちにも見学に行きたかったがすでに約束の時間は過ぎていた。俺は後ろ髪をひかれながら塔に向かって飛んだ。

 この町から少し離れた小島の中にポツンと小さな塔が立っている。町からその本来の目的地である塔をみると、赤や黄色に色づいた森からてっぺんがちょこっと顔を覗かせている程度にしか確認できず誰も気にも留める様子はない。なんでもこの塔は昔、魔物に攫われた子供たちを勇者が助けたという逸話があるそうだが、それ以来誰一人この場所に立ち入った者はいないらしい。この島には橋がなく、海から船で川を流れに逆らって上ってくるか、俺の様に空でも飛んでこない限り入ることは出来ないのだ。

 今では人間に忘れら去られて、ただひっそりと建っている。そして勇者がいた時代からおよそ百年後の今、この場所には多くの魔物が生息していた。


「ふぅ。やっと着いた。最悪だよ。人間世界を希望したとはいえ、こんな辺ぴな場所に配属されるなんて。後で絶対に城の見学に行こ」


 小さな羽を素早く動かし、愚痴をこぼしながら塔を目指して飛んでいくと、開けた場所を見つけた。


「へぇー。塔の裏側は空き地になっているのか。ってあれ? 空き地っていうか畑?」


 数体の魔物が土を掘り起こしていた。そして、それに指示を出している様子のヘルメットを被った薄橙色の生物を見つけ、それに近づき声を掛ける。


「あ、あのー……」


 その声に気が付いた薄橙色の小さな生物は身体ごとこちらを振り返る。その勢いで身体のサイズに見合っていない頭の上の小さなヘルメットがクルクルと回る。


「ん? おや? 見かけない顔だね」


「あの、初めまして。今日からここに来るように辞令を受けたベル・ゼアブルと言います」


「あー。君が。ずいぶん遅かったね。話は聞いてるよ。今日は簡単に説明をさせてもらうから作業には明日から加わってくれればいいよ。ちなみにボクはここを任されている土精霊のノームだ。皆からはのむさんって呼ばれてるよ」


 にこやかにそう言って礼儀正しく頭の上に載っているだけの小さなヘルメットを、どこにあったのかわからない小さな手をのばして器用に脱いで挨拶してくれた。ヘルメットの中には、重力に逆らうように真っ直ぐ天を向く髪の毛が一本だけ生えていた。どうやらあの髪がヘルメットを支えている様だ。


「あの、もしかしてどせいs――」


「ちがうよ」


 のむさんはかぶせ気味に否定してくる。


「はぁ。でも――」


「ちがうよ。初対面で失礼だね君は。ボクはここの現場監督。少しでも多くの良質な作物を育てて魔界に送るのがボクたちの仕事なんだから皆と協力して頑張ってもらわないと。チームワークが大切なんだから他の魔物たちにも失礼の無いようにね」


「あ、はい。わかりました。……って、え? 作物を育てる?」


「そうだよ……あれ? 何にも聞いてないの?」


「聞いてませんよ! ただ人間世界での仕事に憧れて希望を出したらここに飛ばされたんですよ!」


「あー。多いんだよね。人間世界への憧れで来る人。でも、今のこの世界は前回の勇者プログラムの保証期間中だから魔物は人に見つからない様に大人しくしてないといけないの。で、その時の報酬として人間が寄り付かない場所を借りて太陽の光がない魔界では育てられない野菜や果物を人間にバレない様にひっそりと育てて魔界に送る。それがボク達の仕事」


 あきれ顔で俺を見るのむさんは丁寧に俺に説明をしてくれた。


「えっ、うっそ!? めっちゃ地味じゃん!」


「いや、君本当に失礼だね。他の魔物さんに聞かれたら怒られちゃうよ」


 そう言われて辺りを確かめる。本当に強そうな魔物さんがいっぱいいる。


「……なんであんなに強そうな人がいっぱいいるのに。のむさんが現場監督なんですか?」


「君もうちょっと黙ろうか。ホントに失礼だね。確かにボクは非戦闘員だけどこの中じゃ一番年上だし、何より土の精霊だから農作物を育てるのに適しているの! 今この世界では戦闘力より農耕力。これでも人望厚いんだよ!」


 そう言って怒るのむさんの身体をまじまじと見つめながら疑問に思った。


「農耕力ってその身体で?」


「お前もう帰れよ!」


「あ、いえ。すいません。悪気はないんですが、嘘が付けなくて本音をポロっと口に出しちゃう癖がありまして――」


「今のが一番失礼だわ!」


 しばらく説教された。


「あーあ。どうせなら噂に聞く勇者ってやつに会ってみたかったなー。人間世界を希望すれば会えるかと思ったのに」


「どんな噂を聞いたのか知らないけど悪いことは言わない。止めときなさい。勇者なんかに関わっても碌なことにならないよ」


「え? もしかして会ったことがあるんですか?」


「え? あ、いや。……聞いた話だよ。何でも昔四人組の勇者一行がそいつの村の近くに現れたそうなんだけど、その勇者……。逃げ回る自分より明らかに弱い魔物を執拗に追いかけまわした挙句。『クラーーーッシュ!!』って叫びながら金属バットをフルスイングして滅多打ちしやがったんだ……アイツ、笑ってんのか怒ってんのかよくわからん無表情な顔で追いかけまわすんだよ。元々は敵として奴らの前に現れる予定だったんだけど、あまりの恐怖で魔王様に嘆願して味方の宇宙人という設定に代えてもらったんだ。そしたらやつら、村に入り浸って――」


(今、この人アイツって言ったな……)


「って、聞いたんだよ。恐ろしいよな人間って」


「やっぱりアナタってどせ――」


「ちがうよ」


 さっきより早くかぶせて否定した。


「ホントにもう! ただでさえNGスレスレの裏話なんだから余計な誤解を生むようなこと言わないでよ」


 スレスレどころかのむさんの見た目が既に完全にNGですよ。と、言いかけたがまた怒られそうなので黙っておいた。


「その人間の話は聞いたことありますけど、その人って勇者なんですか?」


「んー。一応勇者プログラム対象者だからね。かなり特殊な事例だけど。実はあの依頼はイレギュラーだったんだよ。表向きは宇宙からの侵略者を倒すために戦っていたことになってるけど、実際は隣の家の少年が嫉妬して魔界に依頼してきただけだしね」


「え? なんですか。その怖い話……」


――

 

 とある世界のとある小さな田舎町。区画整理され、綺麗に舗装された道路には車が行きかう。ドラッグストアや病院。パン屋にピザ屋、バーガーショップ。ホテルに図書館、おもちゃ屋やゲームセンターまである。市役所や警察署もあり治安や経済も安定していて何の不自由もなく暮らせそうなこの平和な田舎町の郊外に大小二軒の家が建っている。その内の大きい方の一軒家のドアを叩く。

 

 コンコン。私はドアを叩く音が家の中に響く。直ぐに室内にバタバタと荒々しい足音が響く。ガチャ! ドアが一切の躊躇なく激しい勢いで開く。


「……誰だ?」


 私は胸元から名刺入れを取り出し、目の前の小太りな少年と目線を合わせて一枚の名刺を差し出さす。 


「はじめまして。私は株式会社魔界から参りました。サタンと申します。ご依頼いただいた件で参りました」


「ふーん。アンタが。……頼りなさそうだな。まあいいや。こっち来て」


「はい。それでは失礼いたします」


 そう言って家のリビングに通される。そして、ソファーの横に案内された。席に案内することもなく、奥から何かを取ってきた少年は私に一枚の写真を差し出し、少年はジュースを片手に向かいのソファーに座った。


「アンタにはソイツを消してもらいたいんだ」


「この方は?」


「隣の家に住んでる奴だよ」


「はぁ。で、この方を殺せと?」


「誰が殺せって言ったんだよ。この町から追い出してくれればいい」


「追い出せですか? それはまたどうして」


「気味悪いんだよ! 何考えてるかわからない顔してるくせに友達に囲まれて家族も仲良くて、犬もいて、秘密基地もあって――」


「それは良いですね」


「良いわけあるか! 俺を誘いもしないし……とにかく目障りなんだよ! この町から追い出してくれ」


「なるほど。何日ぐらいの間、町から追い出せばよろしいでしょうか?」


「ずーっとだよ! 馬鹿なのか? 何でわざわざ俺がお金を払ってアイツを旅行に連れて行けってお願いするんだよ! ちょっとは考えてから話せよ」


 その間ずっと立ったままの私は暴言を吐かれる。


「申し訳ございません。しかし、そうは申されましても、町から永久に追放するとなりますと色々な問題が生じます。えっと……写真をお借りします」


 そう言って胸ポケットから端末を取り出し、写真を読み込ませその人間の情報を調べる。


「ふむ……。もともとこのご家庭はご主人が単身赴任で居られないですね。となると、ご主人が赴任中の家に引っ越しさせるのが最も効率的なのでしょうが、その為には理由が必要です。一人での転居もまだ未成年の彼には難しいでしょう。別の方法でこのご家族ごと引っ越しさせるとなると、それなりに費用も掛かるので住民トラブルとか家に悪霊を……いや、それだとこの近所に引っ越す可能性もありますね。このご家庭だけがこの町に居られなくなる状況を作り出さなければ――」


「アンタ魔族だろ!? 魔族らしくやれよ! なんか魔法で消すとか飛ばすとかしろよ!」


「もちろんそれは可能ですが、そうなるとこの町にあらぬうわさが広まり、警察が動きます。そうなるとこの町の平穏が脅かされ別の問題が生じてしまう可能性が……」


「……それを魔族が心配するのか? とにかく、アイツが目障りなんだ! 町から消せないならせめて大人しく家に引き籠らせるとかでもいい! なんかいい方法あるだろ!」


「んー……それでは彼に町の悪者を嗾けましょう。一度痛い目をみてもらい、当分の間、そいつらに彼の家の周りをうろつかせておけば目を付けられたと思い、堂々と町を歩けなくなるでしょう。うまくすれば引きこもりにすることもできる。わざわざ町を追い出すより、町の中でビクビク怯えながら生活しているのを監視する方が貴方のご希望に添えるのではないでしょうか?」


「……なるほどな。じゃあそれでいいや」


「ありがとうございます。それではご契約を結ばせていただきます。今回の依頼の料金は――」


「ん」


 そう言って小太りな少年は銀色のコインを差し出した。


「はい? えっとこれは?」


「五百円だよ」


「え? はい? 五百円? ……円?」(なぜわざわざ異国の通貨である円を? この国の通貨はドルだよな?)


「そうだよ。アンタんとこのチラシに書いてあるじゃないか。邪魔者の排除は五百円って」


「あ、いえ。五百円ではなく、五百ゴールドで、一ゴールドは円に換算すると現在の相場では――」


「僕子供だよ? よくわかんない。五百円って書いてあったからお願いしたのにオジサンの会社は子供のお願いは叶えてくれないの?」


「オジ……あー、そのー」(あ、……これめんどくさいやつだ)

 

 こういう相手には丁寧に説明をしたところで時間の無駄なのはこれまでの経験でさんざん身に染みている。


「……わかりました。それではチャッチャとやっちゃいましょう! わが社のモンスターの一人を……そうですね。このゲームセンターにいるゴロツキに化けさせてボコっちゃいます」


 そう言って勝手にソファーに座り、街の地図を広げて見せながら説明した。


「何か急に態度が雑になったな」


「え、いや。 決してそのようなことは……」


「まぁいいや。じゃあ、やっちゃって」


 小太りな少年は契約書に汚い字でサインした。その文字はスッと紙に吸い込まれるように消えていく。


「承りました。では、五百円頂戴します」


「ん」


 そう言って眼の前の小太りな少年は私に五百円を差し出した。さっさと終わらせてとっとと帰ろう。私は通信機を取り出し情報収集をさせていた部下に連絡を取った。


「では、ちょっと失礼します。『私だ。先程送ったデータの少年を見つけ出し監視しろ。……そうか。わかった。そのまま待機しろ』今、街の情報収集をしている部下が町を歩いているターゲットの少年を既に発見し、尾行しております。このまま実行に移しますがよろしいでしょうか?」


「お、早いな。さすが魔族」


「恐れ入ります。『それでは作戦開始』」


 よし、これで隣の子は肩身を小さくしてこの町で目立たぬように静かに暮らすだろう。依頼は終了。もう二度とこの少年には関わらないと心に誓い報告を待った。


 プルルル……。手に持っていた端末が鳴る。どうやらもう片付いたようだ。私は通話ボタンを押してスピーカーに切り替えた。


「私だ。終わったか?」


『さ、サタン様。申し訳ございません……。し、失敗しました……。奴は……奴はいかれてる!――』


「なっ!? どうした? 何があった!?」


『ターゲットの肩にぶつかったのをきっかけに喧嘩を吹っかけて人気のないゲームセンターの中に連れ込んだのですが、奴は一言も発しないまま俺の頭を後ろからバットで執拗に殴ってきやがりました……。しかも笑いながらフルスイングで……。奴はサイコパスです……』


「ほら見ろ! ほら見ろ!! アイツ、ヤバいんだって! だから言ったじゃないか!」


 小太りな少年は私のスーツの肩を掴んで執拗に揺さぶる。


「……わかった。お前は一度戻って回復してくれ」


『了解。……申し訳ございません』


 そして通信が切れた。


「おい! 失敗したぞ!? どうすんだよ!」


「少々お待ちください。別の方法を考えます」(あー、マジか……。この町ヤバい奴ばっかじゃん。)

 

 どうする? 他の方法……。もっと強い魔物を差し向ける? いや、魔物とはいえ、人間の姿に化けさせていた奴を後ろからバットで殴るサイコパスに強い奴を差し向けたら逆に何をしでかすかわかったもんじゃない。この平和な町に血の雨が降るだろう。それはこの少年の依頼を達成したことになるだろうか? いや、この少年は確実に因縁をつけてくるだろう。それは絶対に避けたい。街から追い出すのが本来の依頼。となると……。


「……。わかりました。こうなったら勇者プログラムを実行します」

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