第29話 未来を変えるために

 西暦二〇二五年 一二月三日 水曜日


 その日の朝は生徒向けに緊急の朝礼があり事故の説明と注意喚起があった。

 赤神刀剣あかがみとうけんくんのトラック事故についてだ。

 講堂の壇上に立った校長先生が事故の経緯を説明してくれた。

 昨日夕方、生徒指導で遅くなった赤神刀剣くんは同級生の女子と帰宅中に横断歩道にいる猫を発見、その猫を横断歩道から出すために横断歩道に進入、信号機は青だったとの事だが赤信号を無視し横断歩道に進入した大型トラックに衝突、赤神刀剣くんは意識不明の重体、同級生の女子は赤神刀剣くんが守ったため軽症で済んだ、大型トラックの運転手は軽症、超過労働による睡眠不足が事故の原因の可能性があると警察からの発表があった。

 赤神刀剣くんに生徒指導を行った規律護正義きりつまもるせいぎ先生は生徒指導の内容が生徒の人格を無視したものだったとされた事とその生徒指導の期間が長期かつ執拗に繰り返された事、帰宅時間の考慮がなされていなかった指導が行われていた事から、三ヶ月の職務停止処分が決定され、本人の強い意志により辞表が提出された。

 一年A組の担当教員は副担任の佐々江崎水連ささえざきすいれん先生が引き継ぎ、新しい副担任は人員が決まり次第その業務を開始するものとした。

 保護者説明会の事はメディアに取り上げられたものしか知らないが赤神刀剣くんがこの街の古い神社の後継であり、髪の色等は神の系譜としてあがめられていたため、地元有権者と有権者が地元政治家に詰め寄り、この件が城下町市市議会を巻き込み人権問題に発展、学校側は校則の変更を行うこととなった。


 *


「赤神君の件は大変残念な事ですが、みなさんにはみなさんの生活があります、学校は皆さんの教育の機会を奪うわけには行きません、授業は通常どうり行われますが、体調がわるい生徒や心の整理がつかない生徒の為に保健室にカウンセラーが常駐する事となりました、気分や心情的に何かある時は授業中でも構いません、先生に言って保健室で休んで下さい、その際遅れた授業については在宅授業や補習授業よって対応いたします」

 佐々江崎先生はそう言うとわたしたちの顔を見回して退席を求める生徒が居ないと確認したのち、静かに授業を開始した。

 わたしたちの中には交通事故の当事者、赤神刀剣くんとその場所に居合わせた女子、瘉水空手いやしみずからてさんの姿は無かった。


 *


「時子……来たのか?」

「うん……」

 わたしは斧田盾騎士おのだたてきしくんの通う、県立川南高校けんりつかわみなみこうこうを来ていつものように校門野前で彼を待っていた。

「病院は?」

「面会謝絶だから来てもしょうがないって、空手ちゃんが……」

 空手ちゃんにメールしたら病院に来ても家族以外刀剣くんには会えないと返信が帰って来た。

 でも空手ちゃんは会えなくても病院に通ってる。

「あのね盾騎士くん……」

 わたしは静かにつぶやく。

「なに考えてるか当ててやろうか?」

 わたしは目を見開き彼を見る。

「協力してやるよ」

「なんで……」

「お前、今は一人にならないほうがいい……」

 わたしは今、壊れかけている。

 わたしは自分の責任だと思っている。

 わたしは自分を責めている。

 そして彼はそれに気づいている……。

「うん」

 声が涙ぐむ。

「俺はお前のたわごとを信じる、だから行こう、過去を変えるために」

「うぅっうん‼」

 わたしは震える声でそう言った。


 *


「時子、鼻」

 盾騎士くんがわたしにポケットティッシュをくれた。

 チーン!

 わたしは鼻をかんでスカートのポケットに。

「まずこれ食ってろ」

 盾騎士くんが肩かけのスポーツバックから板チョコを取り出しわたしにくれた。

 わたしは銀紙を剥がし無造作にバリバリと板チョコを噛み砕き飲み込む。

 盾騎士くんは川南高校目の前のコンビニに、そして出て来た時は袋いっぱいのお菓子と温かい肉まんを二つ持っていた。

「まず食べる、そして休んでから動く!」

「……うん」

「いいか時子、今日は風呂に入って寝ろ!」

「うん」

「約束だからな!」

「うん、約束!」

 わたしと盾騎士くんはその場で肉まんを食べ盾騎士くんが肉まんと一緒に買って来てくれた温かいお茶を二人で飲んだ。


 *


 わたしと盾騎士くんは駅へと向かう。

 わたしが手を伸ばすと盾騎士くんが袋の口を開けて甘いお菓子をくれる。

 クッキーチョコ。

 ミニどら焼き。

 ようかん。

 バームクーヘン。

 アーモンドチョコ。

 抹茶チョコ。

 動物ビクッキー。

 いちごチョコ。

 ミニドーナツ。

 盾騎士くんはわたしが悩み、食べる事もせず自分を責め一人でなんとかしようなんて事を許さない。

 盾騎士くんはわたしに食べろと言う、わたしに休めと言う。

 そして盾騎士くんはわたしに動けと言ってくれた。

 今日は休む、そして明日から動くんだ!

 わたしは動かなければいけないんだ‼


 *


「おばあちゃん、ただいま」

 わたしは盾騎士くんに残りのお菓子を全部貰いおばあちゃんとおじいちゃんのウチに帰って来た。

「時子、大丈夫かい?」

 おばあちゃんは朝、心ココにあらずって感じだったわたしの事をずっと心配していてくれた。

「大丈夫! おじいちゃん迎えに来てくれた」

 おじいちゃんも駅まで迎えに来てくれた。

「そうかい、ご飯食べれるかい? 一応時子ちゃんの好きなカボチャの煮物なんだけど……食べれなかったらいけないだろ、カボチャのスープとお粥さんも作ったておいたよ……」

 食卓にはわたしの為に作ってくれたお粥さんとカボチャのスープ、わたしのこうぶつのカボチャ野煮物があった。

「わたし全部食べる、食べて元気出す!」

 わたしは無理して少し笑う。

「そうか時子、元気出せ、元気」

 おじいちゃんがわたしを励ましでくれる。

「じゃあカバン置いて、デメちゃんにご飯あげて来るから」

「ちゃんと手洗うんだよ」

 おばあちゃんがいつものように声をかけてくれる。

「ありがとう、おじいちゃん、おばあちゃん」

 わたしはせっかくだからお粥さんを食べてカボチャスープも飲んだ。

 そしてカボチャの煮物を二つつまんでお風呂に向かった。

(元気出さなきゃ‼)


 *


 お風呂をから出て、お台所でむぎ茶を一杯、今日は持って上がらない。

 わたしはすぐにでも行動するつもりだった、でも盾騎士と約束した。

(まずは休んで元気をだす!)

「元気出さなきゃ‼」

 わたしはその日は早く眠った。

 たくさん眠ろうと思った。

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