第28話 運命の日

 西暦二〇二五年 十二月二日 火曜日


空手からてちゃん、わたし盾騎士たてきしくん迎えに行って来るね!」

 わたしは革製のスクールバックに教科書を詰めて帰り支度をする。

 私立川乃北高校しりつかわのきたこうこう

 レンガの壁に木の床、格子の入った両開きの窓。

 西洋建築と東洋建築がまざったような古い校舎の教室。

 わたしの大好きな学校。

 制服は臙脂えんじラインの入った黒のセーラー服。

「時子ちゃん、先に帰ってていいよ、刀剣は担任に捕まったから!」

 担任教師の規律護正義きりつまもるせいぎ先生はとっても真面目で規律正しい。

 校則では髪を染めてはいけないとあるが刀剣くんは地毛が赤い。

 鬼の血を引いているからだとか言われているが、刀剣くんは入学のさいその事を隠して入学した。

 それが十二月まで尾を引いているのだ。

「刀剣くん、髪の事隠して入学したから、揉めるんだよ」

 正直が一番!

「時子ちゃんの言う通りね、最初から赤かったら地毛だっていいやすかったのに、髪黒く染めたりするから」

「先生はきっと騙そうとしたのが気に入らないんだよ」

「あり得るわね、あの先生、正しい事したいマンだから」

「カラテちゃんじゃねーー!」

 わたしが教室うしろの格子ガラスの入った入れ違い引き戸を開開けようと引手金具ひきてかなくに手をかけて廊下に出ると八花真帆子はっかまほこさんがいた。

「あっ、八花さん!」

「おっ、迷路まよいみちさん」

「八花さんも帰るとこ?」

「うん、アタシも帰るところだよ、」

「ねー八花さん、わたしワールドシミュレーター・マジカルアースってゲームしてるんだけど八花さんもしない? わたし教えるよ」

「ワールドシミュレーターね……、遠慮しておくわ、アタシ今別のゲームしてるの」

「ふーん、どんなの? わたしにも出来る?」

「そうね、マジカルアースが出来てるならできるかもね」

「本当?」

「まあ、そのうち教えるわ迷路さん」

「うん、わかった! わたし今日は盾騎士くんと空手ちゃんと刀剣くんとゲームするから今度教えてね、バイバイ八花さん!」


 *


「盾騎士くーん!」

 わたしは全速力でセーラー服をゆらし橋を渡り盾騎士くんの通う川向の県立南川高校に来ていた。

 建て替えられたばかりのコンクリート校舎がピカピカ綺麗で、そしてわたしには少しだけ懐かしい。

「オマエは飼い主を玄関で待つイヌですか? 会いたくて必死ですか!」

 盾騎士は相変わらずの口ぶりだ。

「盾騎士くんに会いたいよ、で今日もゲームしよゲーム‼」

 わたしは手をブンブン振りながら楽しそうに話す。

「あっ、南川野みなみかわのさんさよならーー」

 わたしは親切で優しい南川野優子さんに挨拶。


「あっ、さよなら」

「誰?」

「知らない、でも挨拶してくれるから」

「変な?」

「少しだけね」

 南川野さんは友達と帰って行く。

 南川野さんは今日も優しい。


「時子、オマエは元クラスメイトだからって気軽に声をかけるな!」

「でも南川野さん親切にしてもらったし、挨拶しないと……」

「相手はオマエの事を覚えてないんだろ?」

「そうだけど……」

「盾騎士くんはわたしの話、信じてくれるようになったの?」

「お前がβベータテスターじゃない限り、発売したばかりのゲームに詳しすぎたからな、弱っちいけど……」

「弱っちくったって、ゲームは楽しめるよ、楽しいが一番だよ!」

 わたしは盾騎士くんの前でくるりと回る。

 スカートがフワリ。

「まあ、いいさ、時子が楽しいなら……」

「わたし楽しい!」


 *


 橋向こうの私立川乃北高校を横目に駅へと向かう。

「刀剣くんまだ絞られてるの……」

「赤い髪の事か」

「そ、入学以来ずっと」

「地毛なんだろ?」

「相手は人間だもの、こじれると感情が先に立つ」

「先生なのに?」

「先生も人間だよ……」

「……そうだな」

 わたしは革のカバンを両手で持ち、

 盾騎士くんは大きなスポーツバックを肩からかけてた。

「それ部活の?」

「そう、バスケットボールだ」

「大っきいと有利そう」

「みんなゲーム下手すぎる」

「ゲーム?」

「バスケは相手の居ないところの味方にボール投げるゲームだ」

「初めて聞いたけど……」

「あとは一人で無理やり突破する!」

「ただの力技だよそれ」

 十二月になるころには盾騎士くんと過ごす時間がどんどんと増えていた。


 *


「じゃ、俺はバスだから」

「じゃわたしは電車だから」

「マジカルアースで」

「マジカルアースで」

 わたしはバスターミナルの盾騎士くんといつもの挨拶をしてその日もわかれた。


 *


 電車はガタンガタンと音をたてる。

 まだ明るいうちに帰れるのはいい事だ。

 暗くなると寒くなるし、寒くなると寂しくなる。

 みんなといると明るくなれる。

 みんながいると幸せだ。

 電車にお客さんはあんまりいないけど、最近さみしくない。


 *


 フゥーーン!

 電車が止まり定期券を見せて駅舎から出る。

 アスファルトの小さな駐車場と目の前には小さな郵便局と地元のスーパーマーケット。

 おばあちゃんとわたし、おじいちゃんとわたし、おじいちゃんとおばあちゃん、おばあちゃんとおじいちゃんわたし、何度もスーパーに買い物に行った。

 お母さんとお父さんがコッチにいた時は遊びに来てお母さんとお父さんとスーパーに行った。

 わたしはいつもの道を歩いておじいちゃんとおばあちゃんのウチに帰る。

 少し駅前から離れるだけで、細く少し傷んだアスファルトの道になり車とあまり通らなくなる。

 あるのは田んぼと畑、またにカラスの鳴き声が聞こえる。

 わたしは独り占めのんだ空気を吸いながらおじいちゃんとおばあちゃんのウチへと歩く。


 *


「おばあちゃんただいまー」

「おかえり時子ちゃん、今日はおいもさんのご飯だよ」

「おお帰ったか時子、怪我とかしとらんか」

「してないよ、わたし歩きスマートフォンとかとしない良い子だから」

「そうかそうか、それはいい心がけだ」

「ほうとうに最近の時子ちゃんは少しだけ落ち着いたね、動物さんがいてもあんまり走らなくなった」

「わたしちっちゃい子じゃないんだよ、走らないよー」

(ゲームの中でしか……)

「あっ、お芋の豚汁! わたし大好きー」

「時子、カバン置いて鯉のところに行って手を洗って来なさい」

「はーい、おじいちゃん! おばあちゃんお芋の多いところよそってねー」

「はいはい、わかってますよ時子ちゃん」

 出目金のデメちゃんは今日も元気でした。

 わたしはおじいちゃんとおばあちゃんとサツマイモのご飯とサツマイモの豚汁をモリモリ食べた。


 *


「お風呂行ってきまーす」

「ただいまー!」


 *


 今夜も着ぐるみパジャマのくまさん登場!

 わたしはいつものように、むぎ茶を持って二階の自分の部屋に。

 これからいつものゲームの時間。

 わたしと盾騎士くんと空手ちゃんと刀剣くんとの冒険の時間……。

 いつもの時間。


 *


 盾騎士:時子、ニュース見ろ、刀剣が事故にあった。

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