第24話 試験の日(一)

 西暦二〇二五年 一月二三日 木曜日


「大丈夫だよおばあちゃん、駅で空手からてちゃんと刀剣とうけんくんが待っててくれてるから」

 わたしは鉱山町中学こうざんちょうちゅうがくの黒に青いラインのセーラー服を着て白いリボンを綺麗に結び髪型を整え玄関でおばあちゃんを振り返る。

「忘れ物はないかい?」

「受験票も学生証も筆記用具も持った、時計はおじいちゃんに借りたし、マスクもハンカチもポケットティッシュも持った、なんかあった時のお金も財布に入ってるしスマホも充電して学生カバンに入れた」

「コレお弁当とお菓子、あまいもんは頭にいいから、それと雨降ったらダメだろ、おばあちゃんの折りたたみの傘も持っておいき、スマートフォンは試験の時、電源きってカバンの中にしまうんだよ」

「うん、ありがとうおばあちゃん」

 試験当日、わたしはおばあちゃんとそんな会話をして玄関の扉を開ける、鉱山町駅こうざんちょうえきまではおじいちゃんが軽トラックで送ってくれる。

「おじいちゃんもういいよ」

 田舎の大きな古い家、車も入れる広い土の庭、鯉と鯉のエサを一緒に食べて育ったおっきな出目金のデメちゃんのいる小さな池、扉の前にネズミ返しを置かれた倉と玄関の引き戸の前にまで入って待っててくれてたおじいちゃんの軽トラック。

「ほうとうに一人で大丈夫か時子?」

 おじいちゃんが心配してくれる。

 お母さんは東京だしおじいちゃんとおばあちゃんは畑で忙しい。

「大丈夫だよ、お母さんも面接の日には来てくれるし空手ちゃんも刀剣くんもいるもの」

 わたしはその日、私立川乃北高校しりつかわのきたこうこうの入学試験をうける。

 おじいちゃんの軽トラックがプチプチと庭の土を踏みしめおばあちゃんとおじいちゃんの家を出る、おばあちゃんは靴を履いて外まで出て見送ってくれた。


 *


 ゆっくり丁寧におじいちゃんの軽トラックがとまる。

 小さな木造の駅舎。

 鉱山町駅。

 わたしは忘れないように学生カバンとおばあちゃんが持たせてくれたビニール袋には入ったお弁当とお菓子、折りたたみ傘を持っておじいちゃんの軽トラックからおりる。

 一息すると、息は白く、学生カバンは緊張で震えた。

「行ってきますおじいちゃん、おばあちゃんと待っててね」

「試験がんばんだぞ時子、ばあさんごちそう作って待ってるから」

 車の中でおじいちゃんがそう返す。

「ごちそう? 気が早くない?」

「時子がへこんで返ってくるかもしれねーって…………いけねいけね試験日なのに縁起がワリーや」

「ははは、大丈夫だよおじいちゃん」

「忘れもんはねーか?」

「うん」

 わたしは「うん」と言い学生カバンとビニール袋を持ち上げておじいちゃんに見せる。

「おう」

 おじいちゃんは「おう」と返事をして軽トラックのシートに忘れ物が無いか確認する。

「じゃあねおじいちゃん、夕方迎えに来てね」

「まかせろ時子」

 わたしは駅舎に入って行った。

 少し後ろを振り返ると、おじいちゃんが軽トラックから出て手を振っていてくれた。

 わたしも少しだけ手を振った。


 *


 電車には同じ中学の子がたくさん乗って来るかと思ったけど意外に学生さんはほとんどいなかった。

 それはわたしが迷った時の為に早い電車に乗った事と他の子たちがお父さんやお母さんの車で隣町の試験会場、私立川乃北高校に送ってもらえるからだった。

 わたしは少し、寂しくなる、わたしはふと電車の窓から外を見つめる。

 わたしは景色を見るのではなく、人影を探す。

 車が何台か川向の細い道を通っている。


 *


「あっ、カメ……」

 わたしの乗る電車が駅にとまる。

 扉の前に、大きなクサガメが歩いている。

(真冬なのに……)

 カメは冬に冬眠する、だから一月のこの季節に見かけるなんて事はない。

 わたしは何かがおかしくなっているんだと思った。

 わたしはカメを追いかけない。

 今日は大切な試験の日なのだから……。

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