第5話 斧田盾騎士

 西暦二〇二五年 一二月二日 火曜日


 わたしは空手からてちゃんと刀剣とうけんくんの間に挟まれ両手を繋いで駅に向かって歩く。

 空手ちゃんの手はわたしより少し大きいくてあったかい、刀剣くんに手はすごく大きくてかたい。

「空手ちゃん、スポーツセンターマッスルあるよ、マフラーあるかな?」

 駅前商店街の道の向こう、楽器のファンファーレの横にスポーツ用具店スポーツセンターマッスルがあった。

 空手ちゃんの空手着とか部活のユニフォームとかも扱う老舗だ。

「時子ちゃん!」

 時子ちゃんはわたしが黒猫まっしぐらだった事まだ怒ってる。

(トラックに引かれそうになったんだし当然かも……)

「刀剣くん、ありがとね」

 わたしは刀剣くんにお礼と共に助けを求める。

 ピシッ!

「痛いっ!」

 刀剣くんのデコピンがアタシのオデコに炸裂した。

 私の眉毛が歪む。

(空手ちゃんも刀剣くんも激おこだよ……)

「マフラーはもっとかわいいの売ってる所に行きましょう」

 空手ちゃんは少し諦めて、話してくれた。

(たしかにスポーツセンターマッスルはかわいい系より、質実剛健店しつじつごうけんてんだもんね)

「今度のおやすみの日に遊びに行くね、それでいい?」

 わたしは空手ちゃんを見上げる。

「そうね、次の日曜日なら道場出ないから買いに行けるわね」

 空手ちゃんは師範代なので教える立場なのだ。

「刀剣くんは?」

「オレは暇だ、ウチの神社はたいてい暇だからな」

(良かった、ん? 良くないのかな?)

 日曜日は空手ちゃんと刀剣くんとお買い物だ。

(あっ、おばあちゃんに買物に行っていいか聞かなきゃ!)

「わたし、買物行ってもいいかおばあちゃんにメールするね」

 わたしはスマートフォンを取り出そうとする。

「「歩きスマホ禁止‼」」

 二人に腕を引っ張られてまた怒られた。


 *


「あれれ? 迷路時子まよいみちときこさんじゃないですか?」

(嫌な奴の声がした)

「お手手繋いでお出かけですか? 迷わないようにですか?」

(せっかく楽しく手を取って歩いてたのに……)

「何よ、文句あるの⁉」

 わたしは空手ちゃんと刀剣くんに両手を後ろに引かれながらもそいつに蹴りを入れようと右足を上げる。

 そいつは鬼のまつえ刀剣くんより背が高かった。

 そいつは軽くわたしの蹴りをかわす。

「やめなさい時子ちゃんはしたない!」

 大丈夫、下はタイツだから見えない‼

 わたしはピンクのかわいいタイツを履いている。

「でもコイツいっつもわたしの事にイジメる!」

 コイツは斧田盾騎士おのだたてきし、小学校時代からのわたしの天敵だ。

「そうかそうか、また迷って俺たちの通う私立川乃北高校しりつかわのきたこくこうまで来ちゃったのか、それで元クラスメイトに保護されたんだー」

 バスターミナルの前の花壇で待ち構えるように立って居たそいつは開口一番わたしに毒づいた。

 秋から春にかけて咲くパンジーやポインセチアも台無しの光景だ。

 空手ちゃんも刀剣くんも『やれやれ』って感じで相手にしない。

「違うわ、わたしは友達を迎えに行ったのよ‼」

 わたしはもう一蹴り。

 手が後ろに引っ張られてわたしの体は倒れそうになるが空手ちゃんと刀剣くんが手をそのまま引っ張り持ち上げる。

(ありがとう空手ちゃん刀剣くん!)

「ああ、いつも校門前に居る挙動不審者ってオマエの事か? あれウワサになってるぞ、刀狩りですか? 弁慶ですか?」

 そいつはいつもわたしを「フッ」って鼻で笑って帰るから知ってるはず。

(でもどうしょう、不審者扱いされてる?)

 何か不安になって来た。

 そいつはわたしの不安な顔に気づいたのか首をかしげる。

「もうやめてやれよ盾騎士、見ててコッチが恥ずかしくなる」

「どういう意味だよ!」

 そいつはなんだか顔を赤くして刀剣くんにくってかかる。

「わかりやす! 盾騎士君……もう少し素直に生きてみない?」

 空手ちゃんがえもいわれないむずかゆい顔でソイツに話す。

(なに?)

「何が素直をにだよ!」

 今度は空手ちゃんに絡みだした。

(やめときなよ斧田盾騎士、空手ちゃんも刀剣くんもリアルに強いよ……)

「私が言って良いの?」

「言うのはやめろ!」

「敬語で!」

「言うのはやめて下さいこの野郎!」

(何? 何? 何?)

 チビのわたしの頭上で意味のわかんない空中戦が繰り広げられている。

「と、とりあえず言っとくぞ、俺たちの高校に近づくんじゃねー、テメーは不合格だったたんだからな!」

「うう……」

 それを言われると何も言えない、わたしは川乃北高校の生徒ではないのだ。

(なんか泣きそう……)

「盾騎士、お前だって無理な勉強して入ったから今や落第寸前じゃないか、この前のテストひどかったんだろ?」

「うるせぇ、コッチは補習受けてんだ進級なんてバッチリだオラー‼」

(がんばり屋さんなんだ……)

「そうよ、トキコちゃんは試験日に迷子になって試験受けれなかっただけでアナタより頭良いのよ!」

「カメ追いかけてて迷子になったんだろ、自業自得じゃねーかこの野郎‼」

 確かにあれはまずかった。

 おじいちゃんが試験会場まで車で送ってくれるって言ったのに空手ちゃんと刀剣くんと駅で合流するからって断ってしまった。

 そして途中の駅でもう一月の真冬なのに冬眠してるはずのカメさんがお散歩してて、つい電車から降りて追いかけてしまったのだ。

 わたしは駅の中にある池にそのカメさんが入るまでずっと追いかけてしまった。

 わたしの顔くらいある大きな大きなクサガメだった。

 駅で飼ってるカメさんだった。

 カメさんの可愛さに負けてしまった……。

(わたしのバカ!)

 空手ちゃんと刀剣くんにはスマートフォンで電話して先に行ってもらったけど、わたしは試験自体を受けられなかった……。

「確かに自業自得だが、時子はそういう生き物だ、しょうがないだろ!」

(刀剣くん言い方ひどい……)

「それに盾騎士君こんな所で待ち構えるんなら校門で声かけなさいよ、ストーカー?」

(待ち構え? バスターミナルは斧田盾騎士くんの帰り道だよ?)

「俺はそんな変な生き物のストーカーじゃねー! それに今日コイツ校門に居なかったぞ…………あっ」

 なんか失礼なうえ空手ちゃんがよく見せる可哀想な者を見るような視線を感じる。

 わたしはそいつから目をそらす。

「迷ってたのよ、カラス追いかけてて……」

 空手ちゃんが頭の上でいつもの可哀想な子を見るような視線をわたしに落とす。

 わたしは空手ちゃんからも目をそらす。

「それに時子さっき猫追っかけてトラックに引かれかけてたんだぞ」

 刀剣くんの視線が痛い。

 わたしは下を向き誰とも目が合わないようにした。

「さっき危なっかしい運転のトラックが通ったぞ、コイツ大丈夫だったのかオラ!」

(あれ? なんか心配してくれてる? もしかして斧田盾騎士、良いヤツ?)

「たぶんそれよ」

 空手ちゃんがトラックにグーパンかましたいって勢いでわたしの手を握る。

(痛いです空手ちゃん……)

「なんでお前らがついていながらそんな事になるんだよ! ちゃんと保護しとけ‼」

(保護……)

「じゃお前もやれよ盾騎士、お手手繋いでさ」

(イヤイヤイヤ)

 わたしの手を渡そうとしないで刀剣くん!

 わたしイヤなんですけど!

「ふざけるなそんな恥ずかしい真似ができるか‼」

(わたしの手は恥ずかしくない‼)

 わたしは刀剣くんの手を払い、そいつの手をつかんだ。

「ヤメろバカ‼」

 そいつがわたしの手を振りほどく。

(なんかパタパタと手を振ってばっちいものをふくように学ランのお腹の当たりて手をぬぐった)

「恥ずかしいのはおまえだ盾騎士!」

「ホントね……」

 なんでか呆れる空手ちゃんと刀剣くん。

「俺は帰る‼」

 ソイツは耳まで真っ赤にしてバスターミナルに並ぶ帰りのバスに入って行く。

 わけわかんない!

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