第4話 帰り道

 西暦二〇二五年 一二月二日 火曜日


 わたしは校門を背に空手ちゃんとメールをし続けた。


 空手:刀剣開放された。今出るね。

 刀剣:オレも時子の高校行けば良かった。


(それいい‼)

「刀剣くんがウチの高校来たら空手ちゃんもついて来る? 送信」

 わたしは希望に胸をふくらませる。


 空手:高校はそんな簡単に変えられないからね。あと刀剣のオマケみたいに私を言うな‼


(怒られた……)


 *


「時子ちゃーーーーん! おまたせーーーー‼」

 川乃北高校かわのきたこうこう指定の古風な黒い革の学生カバンを持って長い髪を揺らしながら空手ちゃんが走って来る。

 臙脂えんじのラインの入った黒いセーラー服の胸ポケットと学生カバンにはチェスの駒ルーク、西洋のお城みたいなのの上にフクロウが止まってる学校のエンブレムがサンゼンと輝いていた。

 わたしは両手を広げる。

「遅くなってごめーん!」

 空手ちゃんは何時もいいにおい。

(空手ちゃん好きー!)

「全然だよ空手ちゃん! 全然待ってない‼」

 わたしは明らかにウソをついた、でもそんな事はどうでもいい、今日も空手ちゃんに会えた。

「時子、鼻出てんぞ」

 刀剣くんがポケットティッシュを何枚かシュシュって取り出し、わたしの鼻にあてる。

 袖に一本臙脂のラインの入った学ランがカッコイイ。

 チーン‼

「ありがとう刀剣くん」

 わたしは肩からかけたわたしの通う県立川南高校けんりつかわみなみこうこうの三羽のスズメが「チュンチュン」してる刺繍ししゅうの入った白い布製スクールバッグのファスナーを開ける。

 軽さ重視のスクールバッグだ。

「ホイ!」

 刀剣くんがわたしの鼻をかんだポケットティッシュをわたしのスクールバッグへすてる。

「時子ちゃん寒かった?」

 空手ちゃんがあったかいお手手をわたしのほっぺに当ててくれる。

 ズズッ

「ほらまた鼻水!」

「ありがとう刀剣くん」

 チーーン‼

 こうしてわたしのスクールバッグはゴミ屋敷へと変貌してゆく。

「時子ちゃん大丈夫?」

「大丈夫!」

 空手ちゃんが手鏡を取り出しわたしに見せる。

「時子ちゃんほら、お鼻真っ赤」

「ホントだ」

 わたしと空手ちゃんは「ヘヘっ」と笑い、刀剣くんは何やってんだって顔をみせる。

「時子ちゃん、今度マフラーとか買いに行かない?」

「マフラー?」

 わたしと空手ちゃんと刀剣くんは校門を離れ駅へとあるきだす。

 川乃北高校から川沿いを歩いて駅に近い交通量の多い橋を渡り、商店街を抜けて正面にバスターミナルとタクシー乗り場がある城下町駅じょうかまちえきまで三人で歩く。

 わたしはそこから電車で鉱山町こうざんちょうへ、空手ちゃんと刀剣くんは空手ちゃんのウチの小さな整骨院によってから線路を渡り刀剣くんのおウチの鬼神神社おにかみじんじゃとその門前にある空手ちゃんのおウチの空手道場へと帰る。

 ちっちゃいころは空手ちゃん刀剣くんと、空手ちゃんの空手道場や刀剣くんのおウチの神社でよく遊んだ。

 空手ちゃんは今や空手道場の師範代だ。

 空手ちゃんは勉強も出来てキレイで強い。

 空手ちゃんはちっちゃいころ自分の名前好きじゃ無かったみたいたまけど、刀剣くんが「カッケー名前」って言ってから「自分の名前が好きになった」って言ってた。

 川沿いを歩きながらポツポツと灯りがついている昔住んでた街をながめる。

「マフラーいいね、買いに行こ、三人で!」

「オレもかよ‼」

 刀剣くんが事故に巻き込まれたように驚く。

「時子ちゃんは三人がいいんだもんねーー」

 空手ちゃんが嬉しそうにわたしと刀剣くんの頭を両脇にかかえる。

 わたしは空手ちゃんに抱きつき、刀剣くんはかたい革のスクールバッグが顔に当たりそうでイヤな顔をした。


 *


「あっそうだ、時子ダンジョンどうする?」

 橋を渡り始めた所で刀剣くんが話す。

 昨日のやってたオンラインゲームの話だ。

 オンラインゲーム『ワールドシミュレーター・マジカルアース』ファンタジー世界を体験出来るゲームで自動生成AIエーアイNPCエヌピーシー、ノンプレイヤーキャラクターさんがそのファンタジー世界で自由に生きていて、ゲーム自体がまるで現実であるかのように政治や経済が動いている、それにモンスターが絡んで起こる問題にノンプレイヤーキャラクターである魔法世界人『マジカリタ』から、外から来た別世界人、私達、『アナザリアン』が依頼を受けたり、自身で考え冒険したりする。

「別にあのダンジョン攻略はマジカリタから『リクエスト』ってわけじゃないし、ほおっておいても問題にはならんけど……」

 リクエストって言うのはアナザリアンズギルドがマジカリタから請け負う依頼の事で、ほおって置くと事態が進み最悪依頼した村が全滅したりマジカリタのアナザリアンに対する信頼度が下がったりするので、できるだけ達成したほうがいいものなのだ。

(自動生成AIだから何が起きるかわからない……)

「でもねでもね、チクタクダンジョンは素早さを上げるライトラビットと素早さを遅くするグラビティタートルが居るから……居るからー」

 時の迷宮『チクタクダンジョン』には時の精霊さんが住んでいるらしく、精霊さんと戦い、強さを認められるとその精霊さんが力を貸してくれるのだ。

 精霊さんを召喚して魔法を使う精霊魔導師のわたしはボス戦で特に役立つライトラビットとヘビータートルの精霊さんはどうしてもほしい精霊さんだった。

「でもバグありダンジョンだしな、普通の人なら大丈夫だけど……時子よく道に迷うから……」

 刀剣くんがわたしをイヤそうな顔で見つめる。

 小さなころからわたしはよく迷子になる子だった、じつのところ空手ちゃんが「刀剣くんと遊ぼう」と言ってくれた最初に遊ん日も、空手ちゃんとの神社までの道のりで二回迷った。

 空手ちゃんに「なんで川の中にいるの?」「鯉が泳いでた」とか「なんで逆に向かうの?」「ムササビ飛んでた」とか言って困らせた。

「うう……」

「刀剣、時子ちゃん可愛そうでしょ、パーティ組んでんだから仲間の為に頑張らないと!」

(空手ちゃん優しい!)

「あのあと運営AIにバグ報告したけど、バグ取りにはしばらくかかるから同じ操作をしないようにってって言って来たぞ」

「そうなの刀剣?」

 空手ちゃんが何時もの可哀想な子を見るような目でわたしを見てくる……。

(何か雲行きが怪しい……)

「でも……」

「そうだ時子ちゃん、先に魔法防御の精霊、鏡アルマジロを取りましょう!」

「そうだな魔法防御の精霊なら物理に強いオレと空手が居るし、魔法攻撃が必須の物理防御の精霊、鉄壁ダンゴムシより簡単に取れそうだ」

(この流れ……覚えがある)

 ちっちゃいころお誕生日プレゼントにおっきな丸いカエル、ベニツノガエル飼いたいって言った時のお父さんとお母さんの反応だ。

 あの時はお母さんがカエル嫌いで絶対反対マンだった。

「でも……でも!」

「時子、今日もウチの高校来る時迷わなかったか?」

(ドキリ)

 刀剣くんの言葉にわたしは橋の終わりの所で立ち止まる。

「迷ったの時子ちゃん?」

「ちょっとカラスが道をずっと歩いてて……珍しいなって思って追いかけてたら……学校通り過ぎてた……」

「毎日のように出迎えしててなぜ迷うんだ時子?」

(それは……)

「あっ、黒猫ちゃんだ‼」

 わたしは商店街へ向かう横断歩道で黒猫を見つけて迷わず駆け出だした。

「時子ちゃん‼」

「大丈夫! 青信号ーー!」

 わたしが黒猫の前に座って黒猫を抱えあげたら大きなトラックが目の前に居た。

 青信号なのに……。

(カエルさんのぬいぐるみがたくさんのってる)

 トラックの運転席の後ろにかわいいカエルのぬいぐるみがあった。

 スゴイ、スローモーションだ。

 刀剣くんがわたしと黒猫をフイッって持ち上げて横断歩道の向こうに渡った。

 後ろを大きなトラックが全力で通り過ぎて行く。

 わたしは横断歩道の信号を確認した。

 やっぱり青信号だった。

 通っていいはずなのに……。

「このバカトラックーー止まれーー! 帰って来いーー! 謝れーー‼」

 刀剣くんがわたしを抱きかかえたままトラックに怒鳴る

「時子ちゃんのバカ‼ 信号青でも回り見て‼」

 空手ちゃんは泣きそうな顔で歩道に降ろされたわたしを抱きしめた。

「ニャー」

 黒猫ちゃんはわたしの手をすり抜け走り去って行った。

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