第15話White Day 小話
Lifriend本編の根源を覆す世界線、パラレルワールドでのWD小話。
ぼぅっとしていた初音の肩を青年が掴む。大丈夫ですか?と僅かに挑発も入っていそうな心配していますという表情を浮かべて初音を見上げる。
「へ!?あ!?」
初音は大声を上げてしまい、掴まれた肩ともう片方の肩を浮かせた。
「考えてください、どれがいいか!」
青年は頭を抱える。初音は背丈があり容姿も秀でているためよく目立つ。
「ん~じゃあコレとか?」
図書館の本棚から適当に本を選ぶように初音は並んだ青や水色、緑の箱が並ぶ棚からひとつ薄い箱を手に取る。
「そんなテキトーでいいんですか?」
「だって分からねぇもん俺」
初音が苦笑いを向けると青年は顔を逸らす。
「だから何度も説明しているんです。チョコ貰ったんですよね?返さないと…」
「変な文化だな?貰った後日に返せばいいだろ」
唯一初音にチョコを渡した人物は返しを期待するような者でもなかった。さらにお返しをすることに躊躇いがある、それなりの相手がいる。
「中身なんてないです。形式ですから。でも世間では求められるんです」
青年はカートに箱を入れていく。棚からカートに運ばれる工程を初音は呑気に頭を動かしながら見ている。右へ左へと首が動く。じゃらされている猫のようだ。
「そんなに要るのか?」
「大体貰った数の分でいいんですよ」
青年は流れ作業のように箱を入れていく。
「すげぇな」
「前の仕事先の縦と横の繋がりがなかなか切れずにいるんです」
青年が仕事中に薄いブルーの上下の服を着て、名前の書かれた札を付けた青い紐を首に掛けていたのを見たことがあるが、前の仕事先のことは知らなかった。
「へぇ~。じゃあこれとこれでいいかな」
白いクマのぬいぐるみが青と銀のリボンを首に巻いて、緑のプレゼント箱を抱いている。おそらくプレゼント箱に何かお菓子が入っているのだろう。そして茶色のクマのぬいぐるみは赤と金のリボンを首に巻いて紫のプレゼント箱を抱いていた。
「中身確認した方がいいですよ。なんか返したお菓子によって返事に意味が出来てしまうみたいです」
初音は後ろで数を確認しながら淡々と話す青年を振り返る。
「面倒臭いな?」
「ホントですよ。マシュマロ以外ならハズレなかったと思いますけどね」
青年が初音をホワイトデーの買い出しに誘った。バレンタインデーを知らないようだから、おそらくホワイトデーも知らないだろうと。
「じゃあマシュマロにしよ」
初音が一度手に取ったクマのぬいぐるみのケースを戻す。青年は訝しむ視線を寄越す。
「まぁいちいちお返しに意味を見出されちゃやっていられないですし」
初音が置いたクマのぬいぐるみが入ったケースを青年は一瞥する。
「マシュマロここ売ってます?」
青年が尋ねながら初音が置いたクマのぬいぐるみのケースを手に取って見つめる。クマのぬいぐるみのケースに貼られた成分表を読む。白いクマがバニラ味、茶色のクマがいちご味のマシュマロ。珍しさに青年は二度見した。マシュマロの返事にネガティブな意味合いがあるのだと広まった世間で、内容はチョコレートか、キャンディか、クッキーかと思っていた。
「これマシュマロみたいですよ」
成分表を指して青年が言えば初音は再びその2つを抱えた。
「じゃあこれで決まり」
会計を済ませて、青年の重そうな量の荷物を半分持つ。人間関係を大事にしているらしい。青年の面倒見の良さは初音もよく知っている。そしてそれに助けられた。バイトを紹介されもした。そうしてやっと自分で稼いでバレンタインデーのお返しが出来る。
「返す相手が意味知らないといいですけど。でも厄介ですよね、お互いにお返しに込められたメッセージ分かってなかったら成立しませんもんね」
初音の片手で抱かれたクマのぬいぐるみのケースが2つ入った袋を一瞥して青年が言った。
「俺はマシュマロ好きだけどな」
「好きとか嫌いとかは関係ないんです。オレだってチョコ好きじゃないですから」
初音はふぅん、と興味なさそうに空を仰ぐ。曇天だが溶けたような雲の狭間から太陽が見えた。
「でも俺好きなヤツには俺の好きな物渡したい…っつーか、――には、みんなと同じ物渡すのか?」
初音が青年の黒目がちな双眸を捉えるがすぐに顔ごと逸らされる。
「みかんの飴、買ってあるんです。和風な感じの、ホワイトデーとはちょっと外れてるんですけど」
照れているのか少し様子を変えて話す青年をみて初音は笑う。
「ほぉ」
「もっとなんか、ちょっといいケーキとかにしようと思ったんですけど、カレシ居ますし、あまり出過ぎた真似は出来ないし、形に残る物もなぁ、って思って…」
言い訳をするような青年の口調。初音には分からない事情や背景があるのだろう。
「みかんっぽいよな、分かるわ」
青年の俯き気味な頭が上がって初音を見上げる。お仕置きから赦されたような犬を思わせる。
「初音さんは本当にマシュマロ好きなんですか?なんでマシュマロにしようと…」
「他のやつがどうせチョコとか返す仕組みなんだろ?」
説明された内容的にはそういうことだ。それを教えた青年もチョコレートで返すつもりはないようだが。
「渡しに行きましょうか」
「もう?夜の方がこういうのってロマンティックじゃないのか?」
夜空に上がる花火、夜だが明るい地上を歩き回るゾンビやミイラ、雪の中飾られた木や光る装飾が街中を輝かせ夜に盛り上がっていた。その数日後はやはり夜に寺の鐘が鳴り、日の出を迎える。それから少しして、世間はまたピンクの看板や真っ赤なハート形のポスターに浮足立つが、初音はそれを、見ていながら気にはならなかった。大きなイベントだとは思わなかったから。青年は眉間に皺を寄せた。
「ロマンティックってなんですか。おそらく夜は予定あるでしょうし」
青年の声音はどこか低い。気の回らない初音に呆れているのだろうか。
「なんで知ってるんだ?」
「え、多分ですけどカレシがディナーコースとか予約しているんじゃないですか?」
自棄になっている。初音は疑問符が浮かんだまま。青年はそれを説明するつもりはないらしく、ホワイトデーを渡す相手のアパートへ向かっていく。
「あれ?また片岡くんと遊んでたんだ?仲良いね」
アパートの扉が開き、初音の契約相手が出迎える。青年が初音の後ろへ隠れてしまう。
「なぁ、今日ホワイトデーなんだろ?返すわ」
初音は茶色のクマのぬいぐるみが入ったケースを渡す。恐る恐る初音の契約相手は手を伸ばす。
「初音くんホワイトデー知ってるんだ?ありがとう!」
初音の契約相手は驚いたようだ。ケースの中のクマのぬいぐるみに視線が向く。
「オレからも、お返しです」
青年が小さな薄い紙袋を渡す。開けていい?という問いにこくりと頷く。青年が渡したみかんの飴が気になり、初音も黙って凝視した。
「みかんの飴?ありがとう!みかん好きなんだ」
透明なフィルムに数個入った、みかんのひとつひとつをばらばらにしたような形の飴が入っている。和風なシールで留めてあり、レトロな雰囲気を感じさせる。
「それじゃあ、帰りますね」
「もう帰るのかよ?」
青年が初音の腕を引く。初音が青年に訊ねる。
「ごめんね、今度来た時にきちんともてなすから」
初音に言ったのか青年に言ったのか、それとも2人に言ったのかは分からなかった。おそらく青年に、だろう初音は思った。彼女はあまり初音には気を遣わないのだ。青年は初音を当然のように自宅へ通す。そうするのが自然のように。ファミリー向けのアパートなため、部屋数もあり広い。
リビングにべたっと座り込む初音が、ソファの前の床に行儀良く座る青年に問う。
「他の人たちには配りにいかないのか?」
「昼から出勤です、今日は」
青年は立ち上がっていじけたように言ってリビングの横のキッチンへと向かう。
「あ、そうだ。板チョコの破片みたいなのもらったから、返すわ」
テーブルに白いクマのぬいぐるみが入ったケースを置く。
「あれくらいでお返し用意してくださったんですか」
「いや、色々ご馳走してもらってるし」
「ご馳走していたつもりはないんですけどね」
粉のレモンティーを注ぎながら、テレビを点けだす初音の背を見る。ホワイトデー特集だらけの番組も今日からは。
「マシュマロ初めて食わせてもらったし。みかんも。それから柿ピーだろ、それから…」
今日はテーブルの上に縦長の煎餅が盛ってある。
「まどかのですけどね。初めてだったんですか?そんな珍しい物でもないでしょう」
青年の妹とは休日によく遊ぶ。人見知りが激しいことを心配していた青年も、初音と遊ぶことを若干懸念もしつつ受け入れていた。
「あまり物食わないから」
青年の妹とは様々なことを話した。おやつも気前よく分けてくれた。
「そうでしたか。ありがとうございます」
白いクマのぬいぐるみを青年は見つめる。初音はテレビを見つめていた。
「マシュマロはハズレなんだろ」
「諸説あるみたいですけど、柔らかいですからね。柔らかく包んで返す、だから断るの意味になるそうなんです」
青年はぼそぼそと説明した。
「きちんと守るのか、そういうの」
「面倒だとは思いますけど、少し言葉が足りないだけで、言葉でもないメッセージで隔たりが生まれるんですよ、厄介な人間関係この上ないですけど」
初音は青年を年下に見ていたが、どこか老けたように見えた。
「もうホントに嫌になりますよ、誰か終わらせてください、この謎イベント」
「楽しいじゃねぇか、面白いダジャレ考えてキザに返すの」
はぁ?と青年は一度テーブルに寄りかかり項垂れた顔を上げる。
「柔らかく包むねぇ…何を柔らかく包んだんだ。なら黒幕はイチゴジャム、チョコソース、リンゴジャムだな」
初音が初めて食べたというマシュマロは子どもが食べやすいように中にジャムが入っている。青年は、はいはいと雑に返事をする。
「後悔しているんですか?マシュマロ渡したの」
「いや、後悔はしてないけど、気に入らないだけっすわ」
青年が仕事中にいつも着ていた薄いブルーの上下の服がマシュマロに似ている。青年の妹はそう言って笑っていた。
Lifriend .六条河原おにびんびn @vivid-onibi
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