第20章 報復の波紋

 結局、交渉役の風師ふうしイレキュモスを先頭に、ディリーヌとビンチャオが先方へ出向くこととなり、キゼアとエティックの二人は兵士たちと共に漁港に残された。

 ていのいい人質である。

「ちぇっ。こんな時だけ子供あつかいかよ」

 ほほふくらませるエティックの横で、キゼアは黙々と船員たちの荷下におろしを手伝っている。

 体を動かしている方が気がらくなのであろう。

 が、キゼア以外に働いているのはぎ手の船奴せんどたち十人だけであり、兵士五名は抜きの剣を片手に持ち、その作業を見張っている。

「腹立つなあ。あいつら、覇気はきってもんがねえのかよ」

 エティックがおこっているのは、働かない兵士よりも、反抗の素振そぶりも見せない船奴たちに対してであるようだ。

 元々敵対勢力の兵士であったという船奴たちは全員去勢きょせいされており、そのためか異様に従順であった。

 と、その時。

 ディリーヌたちが向かった方向とは逆の森の中から、大勢おおぜいの話し声が聞こえて来た。

 兵士たちに緊張が走り、剣を構えなおす。

 が、向こうから声を掛けて来た。

「待ってくれ、旦那方だんながた! おれたちゃ、あやしいもんじゃねえ!」

 怪しくないと宣言したが、森の中からゾロゾロとあらわれた男たちは皆一癖ひとくせ二癖ふたくせもありそうな面構つらがまえをしている。

 しかも、総勢そうぜい十名以上はいるであろう。

 兵士のうち一番年嵩としかさの男が、かたい表情のまま「何者だ?」と誰何すいかした。

 男たちの方も、比較的年配の黒鬚くろひげの一人が代表して答えた。

「おれたちは、フェケルノ帝国の輸送船オルジボセ号の乗組員でさあ」

 それを聞いた瞬間、キゼアとエティックは顔をせたが、黒鬚は気づかなかったらしく、そのまま話を続けた。

「実は、いつもの寄港地きこうちへ到着したら、何故なぜかけんもほろろにあしらわれちまってね。どこにも上陸できず、北大陸の周辺を行ったり来たりしてたんでさ。そしたら、お宅らの船がこの漁港に入るのが見えて、じゃあおれたちもと思ったんだが、水深が浅すぎて港まで入れねえ。そこで先発隊としておれたちが小舟こぶねに乗り込んだ。ところがうん悪く、途中でしおに流され、岩礁がんしょうにブチ当たって舟が大破しちまった。海に放り出されたおれたちは、命辛々いのちからがら泳いで岸に渡り、ここまで歩いて来た、ってわけでさあ」

 年嵩の兵士は、胡散臭うさんくさそうな表情になった。

「事情はわかった。が、われらはヤンルー連合王国の者。フェケルノ帝国の民間人を助けるようなわれはない。他所よそを当たれ」

 代表してペラペラしゃべっていた黒鬚は、ちょっと仲間たちを振り返って「でも、もう歩き草臥くたびれたんだよなあ」と笑い、ガラリと口調くちょうを変えておそるべきことを告げた。

「おれたちがオルジボセ号に戻るには、どうしたって船がる。それがどうでえ、おあつらえ向きのもんがここにあるじゃねえか。フェケルノの敵国のヤンルーの船なら、あとでおかみからしかられる心配しんぺえもねえしな。しかも、見たところ兵隊の人数はおれたちの半分で、残りは奴隷どれいと子供だ。こんな絶好の機会をのがしたら、ケスの女神さまに申し訳ねえやな」

 ちなみに、フェケルノの海運の守護神である女神ケスは、同時に海賊の神でもある。

 オルジボセ号は商船ではあるが、長年海賊と戦ううちに、自分たちもなかば海賊化したのだろう。

 が、ヤンルーの兵士は鼻でわらった。

「ど素人しろうとが! ヤンルーの兵士をめるな! おまえらごと海蛆ふなむしは、われ一人で充分! さあ、かかって……」

 鈍い打撲音だぼくおんと共に不意ふいに言葉が途切とぎれ、兵士が糸の切れた傀儡くぐつのように倒れると、その背後にかいを握った船奴が立っていた。

 ほぼ同時に打撲音が次々に聞こえ、残る四人の兵士たちも倒された。

 思わぬ展開に唖然あぜんとしているオルジボセ号の船員たちに、最初に櫂で兵士をなぐり倒した船奴が話し掛けた。

「船はおぬしたちにやる。そのわり、わしらをフェケルノ帝国に亡命させてくれ」

 黒鬚はあせってうなずいた。

「お、おお。いいともさ。じゃあ、早いとこ行こうぜ。確か、さっき仲間が森の奥へ行くのが見えた。魔道師も一緒みてえだったから、戻って来ると厄介やっかいだ。で、ガキ二人は、どうする?」

「人質として連れて行く」

 このかん逃げるすきはあったのだが、キゼアもエティックも船員たちに顔を見られないよう気配を消して推移すいいを見守っていたため、兵士を倒した直後の船奴たちに易々やすやす身柄みがら拘束こうそくされた。

 蒼褪あおざめて声も出ないキゼアに対し、「はなしやがれ、裏切り者!」と大声で叫ぶエティックは注目を集めてしまい、船員たちがざわめいた。

「あっ、あのガキだ!」

「ってことは、もう一人は魔道を使うぞ!」

 勿論もちろん船奴たちもキゼアが魔道をあやつるのは知っており、すぐに首筋くびすじめて気絶させた。

 その手際てぎわの良さに黒鬚も警戒する表情になったが、船奴の代表が「こののちは、すべておぬしたちの指示に従う。わしらに何でもめいじてくれ」と言うと、一斉いっせいに全員が頭を下げた。

 黒鬚もそれで安堵あんどしたのか、なおも騒ぎ続けているエティックに対して底意地そこいじの悪そうなみを向けた。

「そうやって暴れられるのも今のうちだぜ。オルジボセ号に戻りゃ、歯噛はがみしておめえを待ってるやつがいるからな。いや、歯噛みしたくてもできねえか。おお、そうさ。歯なしのチウチニッケ、とおれたちは呼んでるが、おめえも良く知ってるベレゼ三兄弟の長男だ。おめえを連れて帰ったら、泣いて喜ぶだろうなあ。たのしみにしてろよ」

 唇をむエティックを後目しりめに、黒鬚は早速さっそく船奴たちに命じた。

「おい、てめえら! ヤンルーの兵隊どもにちゃんとトドメを刺しておけよ! 子供二人には猿轡さるぐつわを噛ませ、しばり上げろ!」


 仲間がそのような目にっているとも知らず、同じ頃ディリーヌたちはベギン族の村に到着した。

 村の入口付近で警戒していた村民は、先行するイレキュモスを見つけると「何度来ても同じだ。族長のお考えは変わらぬ。帰れ」と追い返そうとしたが、その後ろから現れたディリーヌの姿に絶句した。

 短期間居候いそうろうしていただけとはいえ、金髪碧眼きんぱつへきがんの美女で、しかも剣の達人というディリーヌについては、部族内で知らぬ者はいなかったのであろう。

 ディリーヌは苦笑しながら「どうした、わたしを忘れたのか?」とたずねたが、相手のただならぬ様子に声を低めた。

「村にまだシーグ人がるのか?」

「ど、どうしてそれを……」

 思わず秘密をらした村人は自分の口を押えたが、逆にディリーヌは「わたしの連れには言うなよ」とささやくと、わざと大きな声で告げた。

「族長のダスタニに、昔馴染むかしなじみのディリーヌがいたがっていると伝えてくれ。ああ、そうだ。万がいち断ろうとしたら、昔わたしを口説くどいたことを細君さいくんにバラすぞ、と言えば良い」

 村人は躊躇ためらったが、ディリーヌの表情から何事なにごとかを感じ取ったらしく、「わかった」と合点がってんすると走り去った。

 と、「あやしいな」とつぶやきながら、ビンチャオがかげから出て来た。

「わかっているだろうが、おかしな真似まねをすれば子供二人の命はないぞ」

「わかっているさ。上手うまく交渉せねば、わたしたちも困る。よって、横からゴチャゴチャ言わず、黙って見ていろ」

 ムッとした顔になったビンチャオも、ここはディリーヌにまかせるべきと判断したらしく、そのまま口をつぐんだ。

 一方、かたわらのイレキュモスは、二人の会話も耳に入らぬようにブツブツとひとごとつぶやいていた。


 待つほどもなく、先ほどの村人が戻って来て「族長がお会いになる」と告げた。

 が、四人全員で歩き出したところで振り返り、「会うのはディリーヌ一人、と言われている」と困惑の表情になった。

「わしはここで待っていよう」

 即答したイレキュモスと違い、ビンチャオは一呼吸ひとこきゅう置いてから「駄目だめだ!」と首を振った。

「隊長はわれだ。同席できぬなら、会談もさせぬ」

 ディリーヌは笑って「いいだろう」と勝手に了承し、村人には「わたしが直接ダスタニに頼む。心配するな」と言いながら背中を押した。

 その後ろをついて行きながら、ビンチャオは一人残るというイレキュモスに不審ふしんな目を向けたが、結局何も言わず、先を急いだ。


 村に入ると、集会場らしい場所に案内された。

 集会場といっても、数本の木の柱の上に草葺くさぶきの屋根をせただけの簡単なもので、壁も何もないから中は丸見えである。

 中心の丸い木のたくを囲むように十二きゃくの椅子が並べられており、恐らくはベギン族の各村の代表者が集まって協議するための施設であろう。

 すでに族長のダスタニと長老のタルザノは、椅子に座って待っていた。

 が、村人に付きわれて近づいて来た二人を見て、ダスタニが眉をしかめた。

「ディリーヌだけ、と言ったはずだ」

 何か言おうとするビンチャオを片手で制し、ディリーヌが「わたしが説明する」と断り、ビンチャオと共に椅子に座ると、ここにいたるあらましを話した。

「……という訳で、わたしの今の立場はガルダン王の客分きゃくぶんだ。そして横にいる人相にんそうの悪い男が、今回の任務では直属の上司に当たる。気にわぬ相手だろうが、まあ、我慢がまんしてくれ」

 けな言い方に、ビンチャオはかえってホッとしたように笑った。

「そういうことだ。われらもおまえたちとことかまえる気はない。食料と馬さえ提供してくれれば大人しく出て行く」

 ダスタニの角ばった顔が皮肉なみでゆがんだ。

随分ずいぶんと虫のいい話だな。長年よしみを通じているフェケルノ帝国ならともかく、その敵国であるヤンルーに親切にして、ベギン族に何のとくがある?」

 ビンチャオは笑顔を消し、眉のない目で相手をにらみつけた。

「得はない。が、われらに協力せねば、無事ではまんぞ」

 顔色を変えてさら反撥はんぱつしようと身を乗り出したダスタニの肩を、長老タルザノのしわばんだ細い手が押さえた。

「まあ、待て。ここは正直に話さねばらちが明かぬ。ヤンルーの兵士が何人上陸したのか知らぬが、この村の背後の森には、女子供を人質に取ったシーグの騎兵が十騎かくれておる。それと戦って、おまえたちに勝ち目はあるのか?」

 常識的に考えれば、騎兵は歩兵の倍以上の戦力である上、ヤンルーの派遣部隊十名のうち二人は子供、一人は老人だから勝ち目はない。

 イレキュモスにせよキゼアにせよ魔道で逃げることはできても、攻撃力としては勘定かんじょうに入らないのである。

 ところが、ビンチャオは強い口調くちょうで「勝てる!」と断言した。

「何故なら、われらは地上最強のヤンルーの兵士だからだ。海賊がりのシーグ人など、おそるるにらぬ!」

 ディリーヌが舌打ちして「声が大きいぞ」とたしなめた。

「シーグ人に聞こえては、交渉も何もブチこわしだ。おぬしは黙っていろ」

「何だと、このあま! 図に乗るのも……」

 激昂げっこうして立ち上がろうとしたビンチャオは、自分に突き付けられた剣先を見て愕然がくぜんとした顔になった。

 その剣はビンチャオのものであったが、握っているのはディリーヌである。

「い、いつのに」

 驚くビンチャオの足下あしもとから、小さな銀色の頭が出て来た。

「おっちゃん、油断したね」

 それは五歳ぐらいの男の子であり、何が起きたのか理解したビンチャオが「クソガキ!」と叫びながらつかまえるより早く、スルリと身をかわしてディリーヌの背後に回り、舌を出して見せた。

 ディリーヌが苦笑して「危ないからもう向こうに行っていろ」と告げ、剣は構えたままダスタニの方を見た。

「わたしがここを出る時にはまだ生まれたばかりの赤ん坊だったが、他人ひとの子の大きくなるのは早いな。何という名だ?」

「ダンだ。妙に気がいて困る」

 意外にも親馬鹿おやばかな笑顔を見せるダスタニであったが、剣先を向けられたままのビンチャオは「後悔するぞ!」とおどした。

 ところが、ディリーヌはクルリと剣を回し、つかの方をビンチャオに差し出した。

「おぬしさえ大声を出さぬなら、これは返す。今は仲間だからな。敵はあくまでもシーグ人だ」

 一瞬、わなを警戒するかのように途中で手を止めたものの、結局、ビンチャオは剣を受け取ってさやおさめた。

 無論むろん機嫌きげんは悪い。

「今は気がゆるんでいて思わぬ不覚ふかくを取ったが、ヤンルー兵が地上最強であることはうそではない。おまえたちの子弟していが人質に取られていなければ、目にもの見せてやる。おお、そうだ。こっちには風師イレキュモスがいるから、コッソリ救い出させよう。その後、決戦だ。なあに、海上ならともかく、地上ならシーグ人に負けは……」

 また声が大きくなって来たビンチャオをおさえようとしたディリーヌの視線が、不意に上を向いた。

「おっ、あれは」

 今しもビンチャオが引き合いに出したイレキュモスが、低空飛行で接近して来ていた。

 が、その表情は苦悶くもんに満ちているようだ。

 集会場の直前で地上にりるとそのまま駆け寄り、真っぐビンチャオの前まで来ると、声を低めて報告した。

何故なぜ胸騒むなさわぎがしたので、独断で港に戻ってみたんじゃ。兵士五名は、それぞれ自分の剣で刺し殺されておった。船もくなっている。多数の足跡あしあとは残っていたが、キゼアとエティックの姿は見えぬ。何が起こったかわからぬが、二人をさがすのが先決じゃ」

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