第18章 海賊の裔

「妙だな……」

 そうつぶやいたのはブルシモンである。

 思わぬ敵の出現と部下の暴走に苛立いらだつカランが、逆上気味ぎゃくじょうぎみに聞き返した。

「何がですかっ!」

 ブルシモンはそれが聞こえなかったように考え込んでいたが、もう一度聞かれる前に「うむ」とうなずき、岩のようなあご桟橋さんばしの向こうにいる原住民の方へしゃくった。

「見てみろ、連中の服装を。輿こしに乗ってるじじいと交渉役の中年男は民族衣装だが、騎馬の兵たちはみんな動きやすい簡易甲冑かんいかっちゅうてる。しかも、見たところ乗馬や騎射きしゃの技術が素人しろうとじゃなさそうだ」

「だから何なんです!」

「爺いと中年男以外、贋者にせものってことさ」

 カランのれぼったい目が、いぶかしげに見開みひらかれた。

「贋者? どういう意味です?」

「言ったとおりの意味さ。遠くて良く見えんが、兵士の顔立ちも北大陸のものとは違うようだ」

「はあ? じゃ、どこの人間だと言うのです?」

「北大陸でなけりゃ、南大陸ってことになるな」

「えっ。じゃ、ヤンルー連合王国ですか?」

 カランは反射的に、現在も小競こぜり合いを続けている敵国の名をげたが、ブルシモンはすぐに首を振った。

「いや。ヤンルー人ならもっと大柄だ。爺いと中年男に比べてもやや小柄だから、南大陸西部の人間だろう」

「と、いうことは、シーグ酋長しゅうちょう国連邦……。でも、何故なぜです?」

 ブルシモンは鼻で笑った。

「決まってるだろう。フェケルノ帝国が北大陸へ向けて小隊規模の派兵をしようとしてるんだぜ。ヤンルーもシーグも何事なにごとだろうと調べるさ。特にシーグは元海賊だから優秀な船も持ってるし、タシュルム海流に乗りさえすりゃ、西から東へはアッというだ。先回りされたのさ」

「そんな……」

 カランの言葉をさえぎるようにして、銀髪の壮年が再び良く通る声で通告して来た。

「聞こえぬのか! く去れ、フェケルノの者ども! 神のいかりをおそれよ!」

 口籠くちごもるカランを横目に、ブルシモンが船縁ふなべりからを乗り出すようにして応じた。

「その神が北天ほくてん雷神らいじんターレなら畏れもしようが、本当は南洋なんよう海神かいじんノッペンテンじゃないのか!」

 相手側の声がまり、異様な静かさに包まれた。

 壮年の男は輿こしに乗った老人と小声でしゃべっているようであったが、こちらに向きなおると、意外なことを告げた。

「話し合いがしたい! そちらの代表二名のみ、武器を持たずに桟橋さんばしりよ! こちらも二人だけで行く!」

「了解した!」

 即答してしまったブルシモンは、苦笑しつつカランに聞いた。

「おれは行くが、おまえはどうする?」

 カランは憤然ふんぜんとして「行くに決まってるでしょう!」と答えると、部下たちにめいじた。

「これから副隊長と二人で話し合いにのぞみます! 相手に少しでもあやしい素振そぶりがあったら手をげますから、わたしたちに構わず一斉に射掛いかけなさい!」


 桟橋に横付けした船から縄梯子なわばしごを渡し、二人が下へ降りるのと並行へいこうして、老人を背負せおった壮年の男が歩いて来た。

 ちょうど桟橋の中央あたりで落ち合うと、壮年の男は持参していた床几しょうぎを開き、老人を座らせた。

 改めて向き合うと、壮年の男が「ほう」と声を上げた。

「やはりな。遠目とおめでもわれらに似ていると思ったが、おぬしも北大陸の人間だな?」

 多少したしみを感じたからか、呼び掛けて来た時と違って特有のなまりがハッキリわかるしゃべかたであった。

 ブルシモンは笑顔を見せず、軽くうなずいた。

「ああ。この見た目では誤魔化ごまかすこともできんだろう。が、五歳の時に両親と共に南大陸へ渡ったから、今更いまさら同胞どうほうじょうを期待されても困るぞ。おれは心底しんそこフェケルノ帝国の人間だ」

 すると、老人が「よいよい」と口をはさんだ。

「南だろうが北だろうが、わしらは皆古代ツェウィナ人の血を引く者。南洋の海賊のすえとは違うわい」

 け者にされぬよう、あせってカランが割り込んだ。

「そうですとも! わたしたちフェケルノ帝国の者も、遠い祖先は北大陸から渡って来たとされています。それに引きえ、故地こちである南洋の島嶼とうしょから、タシュルム海流本流の暗黒潮流あんこくちょうりゅうに乗って南大陸西部に漂着ひょうちゃくし、先住民を追い出して住みいたシーグ人とは違います!」

 壮年の男が苦笑しながら「連中に聞こえるぞ」とたしなめた。

「そこにいる二十騎以外に、われらの村に十騎残っているのだ。交渉をしくじれば、村の者が殺される。ここは大人しく引き下がってくれ」

 文句を言おうとするカランをさえぎり、ブルシモンがたずねた。

「何か代案だいあんがあるんだろう?」

 それには老人の方が答えた。

賢察けんさつよのう。この桟橋がフェケルノ帝国のものであることは連中も知っておる。それゆえここに見張りを立て、逸早いちはやく追い返せとめいじられた。が、東のみさきまわり込めば、われらベギン族の漁港があり、このくらいの船ならギリギリ停泊ていはくできる。そこから北西へ九日ほど歩けば、ヤシュナギールの遺跡いせきだ。もっとも、ヤシュナギール族はわれらと違って好戦的だから、向こうへ着いてからのことまでは責任は持てぬ」

 思いがけぬ提案であったが、ブルシモンはあっさり受け入れた。

かたじけい。特にれいもできぬが、それでおまえたちは良いのか?」

 銀髪の壮年が笑顔で答えた。

「構わぬ。われらベギン族とフェケルノとの交易は、神君アクティヌス帝の治世ちせいよりも古い時代から続いている。一方、海賊どもが来たのは三日前だ。今は人質を取られて逆らえぬが、いずれ目にものを見せてやるさ」

 ブルシモンも莞爾かんじと笑った。

「その時にはおれたちも加勢かせいしよう。おっと、まだ名乗ってもいなかったな。おれは副隊長のブルシモン、そして」

「わ、わたしが隊長のカランです!」

 あせって名乗るカランに苦笑しつつ、壮年の男は「われは族長のダスタニ」と告げ、てのひらで老人をした。

「長老のタルザノさまだ」


 シーグ人たちにあやしまれぬよう、カランは大きく船を迂回うかいさせ、東の岬を目指めざした。

 舳先へさき近くに立ち、寝癖ねぐせの付いた髪を潮風にあおられながら浮かない顔しているカランに、珍しくブルシモンの方から声を掛けた。

「どうした? 心配事しんぱいごとか?」

 カランはわざとらしくめ息をいた。

「心配事ですって? わたしは逆に、何か安心できる材料はないものかと考えていたのですよ」

「ふむ。まあ、おれの見たところ、ダスタニもタルザノも、信用できる人間だと思うが」

「そんなことわかってます。家族や友人が人質に取られている状況で、わたしたちに協力してくれたのですから。しかし、シーグ酋長国連邦の目的は何でしょう?」

「決まってるじゃないか。おれたちと同じさ」

 カランはさりげなく、近くに人がいないことを確認した。

「つまり、古代ツェウィナ人の秘宝、ですね」

「ああ。えて自分たちの正体をかくし、追い返すだけにとどめたのは、時間かせぎがしたかったんだろう。一時的にでもおれたちの足止あしどめができりゃ、先に遺跡に行ける。向こうは馬を持って来てるしな。だから、多少怪しいと思っていても、ダスタニたちに交渉を任せたのさ」

「そ、それじゃ、わたしたちも急がないと!」

 あせるカランの肩を、ブルシモンの手がポンポンとたたいた。

「長老のタルザノが言ってただろう? 一先ひとまずは様子を見た方がいい。シーグの連中がどうするかをな。実は、おれもおぼろげにだが、ヤシュナギール族のうわさを聞いた記憶があるんだ」

「えっ、どんな噂ですか?」

「あいつらは……」

 気を持たせるようにを置いてから、ブルシモンは早口で告げた。

「……人間をうらしいぜ」


 三日掛けて東の岬を廻り、ベギン族の漁港から上陸したブルシモンたちが陸路を行軍し始めた頃、ヤンルー連合王国の船も航程こうていなかばまで達しようとしていた。

「今のところ、航海は順調だね」

 与えられた船室でうれしそうに言うキゼアに、エティックは何故なぜか面白くなさそうに「まあな」とうなずいた。

「途中でビンチャオの眉なし野郎が何か仕掛けて来るんじゃねえかと期待したけど、すっかり大人しくなっちまって、おいら、ちょっくら退屈だぜ」

「それは贅沢ぜいたくな悩みじゃな」

 そう評したのは、風師イレキュモスである。

「おまえもディリーヌを見倣みならって、肉体の鍛錬たんれんをしたらいいではないか?」

 イレキュモスが言うように、ディリーヌは部屋のすみひと黙々もくもくと体を動かしていた。

 が、エティックは鼻を鳴らし、不平を述べた。

「ディリーヌが手取り足取り教えてくれりゃ、おいらだってやるさ。けど、『自分で考えてやれ』としか言わねえんだもん。ブルシモン先生とは大違いさ」

 ディリーヌは見えない相手をなぐり続ける動作をめ、苦笑してこたえた。

「基礎訓練に王道はない。単純な動きをり返すだけだ。その単調さにえられぬ者に進歩はないぞ。ブルシモンの教え方は知らぬが、やらされるよりみずからやる方が成長が速い。分野は違うが、キゼアを見てみろ」

 急に名前を出されてキゼアが困惑していると、乱暴に部屋のとびらたたかれた。

「われだ、ビンチャオだ! あやしい船が接近して来ている! 最悪、戦闘となる可能性がある! 一時的に武器を渡すから、甲板かんぱんに上がってくれ!」


 ディリーヌとエティックは剣を受け取ったが、イレキュモスとキゼアは素手のまま甲板へ出た。

 すでにビンチャオ配下のヤンルー人五名は弓ややりを構えているが、相手の船影せんえいはまだ遠い。

 が、こちらの船の何倍も大きいようだ。

「どこの船でしょう?」

 いぶかるキゼアに、ビンチャオが説明した。

船旗せんきこそ出していないが、明らかにシーグの船だ」

 エティックが「なんだ、ヤンルーの味方じゃねえか」と笑ったが、ビンチャオはかぶりを振った。

「それなら船旗を出すだろうし、こちらに何か合図を送るはずだ。このままでは航路が交差するからな。最悪、衝突しょうとつするかもしれん。それに、そもそもシーグとの秘密同盟は陸戦を想定したもので、海戦は含まれていない。単純に味方とは言えん」

随分ずいぶん杜撰ずさんな同盟だな」

 そう評したのはディリーヌで、当然ビンチャオは顔色を変えたが、深呼吸して何とかいかりをこらえた。

「ともかく、相手の意図いとがハッキリするまで用心してくれ」

「ならば、わしが行って用件を聞いて来よう」

 すぐにでも飛び立とうとするイレキュモスを、ビンチャオが「駄目だめだ!」と声を荒げた。

「風師に万一のことがあっては、無理をして船出した意味がない」

 イレキュモスは腰の高さまで浮き上がった状態で肩をすくめた。

「じゃが、互いに声が届くまで接近してからでは逃げられんぞ」

「ぼくが行きます!」

 手をげたのはキゼアである。

 エティックが「おいおい、無茶すんな」とめたが、キゼアはもう浮き上がっていた。

「大丈夫だよ。弓矢の射程内しゃていないに入らないように気を付けるから」

 イレキュモスも「いや、わしが」と言い掛けたが、ディリーヌがその腕をつかんだ。

「ここは、キゼアに任せよう」


 なおもブツブツとエティックは反対したが、それを振り切るようにキゼアは飛び立った。

「風師が言われたとおり、あまり接近する前に相手の意図を確認しないと」

 ひとちながら徐々に高度を上げ、シーグ酋長国連邦のものとおぼしき船に向かった。

 ディリーヌが指摘したようにキゼアの魔道は格段に進歩しており、浮身術ふしんじゅつに限っても、高さも速度も見違えるほどであった。

「わあ、でっかいなあ」

 キゼアが驚いたことに相手の船はオルジボセ号の倍ぐらいあり、実をえば、ブルシモンらが乗っている船よりも一回り大きかった。

 矢が届かない上空から見ても、大勢の人影が甲板を行き来している。

「どうしよう? 誰に向かって話しかけたらいいんだろう?」

 指揮官らしき人物をさがそうと不用意に高度を下げた途端とたん、キゼアに気づいた船員たちが騒ぎ出した。

「人だ!」

「魔道師だぞ!」

「いや、子供だ!」

「子供だとしても、敵だ!」

射殺いころしてしまえ!」

「そうだ、みんな矢をつがえろ!」

 たちまち数十本の矢が飛んで来たため、キゼアはあわてて高度を上げつつ、大声で呼び掛けた。

「決して怪しい者ではありません! ぼくたちの船は、ヤンルー連合王国のガルダン陛下へいかから依頼を受け、北大陸へ向かっているだけです! このまま接近すれば、互いの船が衝突するかもしれません! どうか、話を聞いてください!」

 が、返事は前以上の数の矢であった。

 無論キゼアのところまでは届かないが、接近することもできない。

 キゼアは、らしくもない舌打ちをした。

「これじゃ話にならないよ。ぼくはどうしたら……」

 その時、船上で騒ぐ人の群れからスッと一人だけ浮き上がり、真っ直ぐキゼアの方へ向かって来るのが見えた。

「え? 魔道師?」

 そのかんに矢が止まったところを見ると、話し合いに来たのであろう。

 船上から一気に飛んで来た相手は、キゼアの目の前で停止した。

 頭頂部が禿げ、耳の上にわずかに残った髪の毛が赤い、中年すぎの男であった。

「ほう。子供か」

 男はそう言いながら、首をかしげた。

 その顔に何故なぜ見覚みおぼえがあるような気がしたが、今はそれどころではないと思い、キゼアはやや早口で名乗った。

「ぼくは、フェケルノ帝国アナン州アージュ村のキゼアという者です。けれど、今はヤンルー連合王国のガルダン王の依頼で……」

 が、男はキゼアの名を耳にした瞬間、顔色を変えた。

「……おお、キゼアか。大きくなったなあ」

 キゼアも驚いてたずねた。

「ぼくをご存じなのですか?」

 男は深く息を吸ってから、静かに答えた。

「ああ、知っているとも。誰がわが子の名を忘れようか」

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