第12章 それぞれの活路
三人の体は
発見者の船員が好機とみて接近して来たため、ディリーヌはエティックに「剣を貸せ」と頼んだ。
ディリーヌ自身は、剣はおろか
が、エティックは首を振って「おいらに任せな!」と叫ぶなり、剣を片手に飛び出してしまった。
船員の方もそれに気づき、持っていた
「ガキがっ!
北大陸への
防戦一方となったエティックがジリジリと押されて後退する
ディリーヌは舌打ちすると、キゼアに
「このまま二人だけで
「えっ、でも、エティックが……」
「いいから、早く飛べ!」
「友だちを見捨てるなんて、ぼくにはでき、うっ」
ディリーヌの腕がキゼアの
「殺されたくなかったら、言われたとおりにしろ」
薄暗がりの中、キゼアの唇が「ごめん」と動き、念を
すると、エティックと
「女と子供が逃げるぞ! こいつはおれに任せて、あいつらを
わらわらと寄って来ていた船員たちは、そのまま二人の横を駆け抜けて行く。
キゼアも今は必死で
が、ディリーヌもそれ以上は強要せず、ただ
「逃がすかっ!」
下から銛を突き上げて来るのを、ディリーヌは身を
さすがにそれは
と、ディリーヌがキゼアの背中を
「今だ!」
「はいっ!」
力を使い果たしてグッタリしているキゼアに構わず、ディリーヌは立ち上がって叫んだ。
「エティック! 海に飛び込めっ!」
短剣の船員と
ディリーヌたちを追っていた仲間も、半分はそちらに駆け戻って行く。
それを見て取ったディリーヌは、また舌打ちした。
「あの
しかし、ここで
ディリーヌはもう一度「振り切って飛び込むんだ、エティック!」と叫ぶと、救命艇の吊り綱を
「くそっ!」
月もない夜の海ではさすがに飛び込んでまで
が、仲間の勝利を確信しているのか、短剣で闘っている最初の一人以外は手出しせず、グルリと囲んで
「剣を持ってるからって、ガキ一人に何を
「短剣で
「おれの銛を貸してやろうか?」
第一発見者の船員の方が腕は上のようだが、やはりエティックの若さには
と、「てめら、何やってやがる!」と
船員たちより一回り以上
厳しいと評判の船長であろう。
短剣で闘っていた船員が気を取られて目を離した
が、金属同士がぶつかる音が響き、横から突き出された銛の
「取り押さえろ!」
船長の命令を待つまでもなく、
エティックは
その顔を
「おいら子供だぞ! おいら一人に大人が大勢で、これが卑怯でなくて、何だってんだよ!」
船長はフッと鼻で笑った。
「いいだろう。ならば、一対一で存分に殺し合うがいい」
船長は振り返ると、「おいっ、あの男を連れて来い!」と命じた。
船員たちに引き摺られるようにして連れて来られたのは、なんとベレゼ三兄弟の口髭の長男であった。
その
「あのガキッ!」
船長がニヤニヤ笑いながら口髭を
「おめえが一対一であのガキを始末したら、密航の罪は
船長はエティックにも「聞こえたろう? おめえも
「さあ、
ヨロヨロと口髭が近づくと船員たちがエティックを放し、二人が逃げないように丸い
エティックは
が、その笑顔ほどには余裕はないようで、少し震える声で船長に「
身長はともかく、腕も
船長は「
短剣で闘っていた船員が、息を整えつつ
「そいじゃ、おれの短剣かこいつの銛か、選ばせやしょう」
当然、口髭は銛を選んだ。
一対一の闘いなら、間合いの長い武器の方が絶対有利だからだ。
再び剣を構えたエティックと、銛を手にした口髭が向かい合うと、取り囲んだ船員たちがやんやと
「その屁っ
「歯抜けの
「おれは兄ちゃんに
「なら、こっちは禿だ!」
「兄ちゃんに
「禿に百だ!」
負ければ、即死でなくとも、鮫のいる海に投げ込まれるのだ。
だが、短剣の船員と闘ったばかりのエティックと、ディリーヌの強烈な
それどころか、
その時、船の外から「こっちだよ、エティック!」と声がした。
その場の全員がギョッとして声の方を見ると、
口髭の銛を
「
エティックは
船長が「逃がすな!」と
と、口髭が「逃がしゅもんか!」と言いざま、持っていた銛を投じた。
キゼアが「頭っ!」と叫び、走りながらエティックが頭部を下げると、髪の毛を引き
その
が、とてもキゼアの位置までは届かず、銛よりも急角度で落ちて行く。
「うわっ、
それを追うように急降下したキゼアが、エティックの背中に抱き付いた。
「力を抜いて!」
二人が落ちて行く先の海面には、ディリーヌの乗った救命艇が待ち構えている。
その船体に激突寸前、二人の落下速度が急速に
船体は大きく
エティックはさすがに笑い出し、「人使いの荒い姉ちゃんだぜ」と文句を言ったが、キゼアはもう完全に気絶しているため、ディリーヌと二人で
一方、船上に取り残された口髭は、船長の
「てめえ、覚悟しろよ。まんまとガキに逃げられやがって。このまんま、海に飛び込んでもらおう」
口髭は、身を投げ出すようにして、甲板に
「ま、待ってくれ。あ、いや、待ってくだしぇい。この借りは、きっと返しゅから、それだけは
船長はフッと
「まあ、これ以上鮫どもに
口髭は顔を上げ、涙すら浮かべて「
「こうなった以上、北大陸に着くまでは、身を
が、船長は皮肉な
「
口髭は
「わかった。しょうしゃしぇてもらうよ」
不本意な思いをしているのは口髭だけではない。
救命艇を漕ぎながらも、エティックはずっと文句を言い続けていた。
「ひでえじゃねえか。キゼアが捨て身で戻ってくれたからいいようなものの、あんた、おいらを見捨てるつもりだったろう?」
反対側で同じように櫂で水を
「わたしは、海に飛び込めと言ったはずだ」
「ざけんなよ。こんな鮫だらけの海に飛び込んだら、救命艇に泳ぎ着く
「銛で刺し殺されるよりはマシだろう」
「なんだと、この!」
エティックが立ち上がろうとした瞬間、舟底にゴンと衝撃があった。
ディリーヌも
と、水面がブクブクと泡立ち、人間の
「くそっ!」
ディリーヌは
それで
「わわっ!」
エティックは
振り返ったディリーヌが「
偶然それが鮫の目に当たり、血を流しながら沈むと、急にその周囲が激しく波立った。
「今のうちだ!」
ディリーヌは残った一本の櫂で左右交互に忙しく水を掻き、
このような場合であったが、エティックは苦笑した。
「おいおい。暗いからいいけど、それじゃ
ディリーヌは恥ずかしがる様子もなく「黙って漕げ」と命じると、目を閉じた。
その前方では、キゼアが本格的に寝息を立てている。
エティックは鼻を鳴らした。
「なんだよもう。おいらだって眠てえんだぜ。それに腹ペコだし。ってか、この船、どっちに向かって進めばいいんだ?」
すると、目を
「どうせ海流で東に流される。今はともかく、少しでもオルジボセ号から離れればいい。いずれどこかへ漂着するはずだ」
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