第11章 船上の死闘
フェケルノ帝国のある南大陸と、未開大陸とも
流れの速さは季節によって異なるが、ディリーヌたちが乗り込んだオルジボセ号が出航したのは、かなり速い時期であった。
そのためオルジボセ号は、両の
当然、船は大きく
「大丈夫かよ、キゼア?」
エティックに問われても、
二人がいるのは窓も何もない倉庫の一室で、扉の
と、その光の帯の一部が
「わたしだ」
エティックがサッと動き、最小限だけ扉を
「どうだった?」
「
お互いほぼ同時に質問し合ったが、先にエティックが答えた。
「このまんまじゃキゼアは
「うむ。
「厳しい船長にバレたのかな?」
「いや。それならとっくにここを見つけられているはずだ」
「じゃあ、何だよ?」
「船長に言えない客が、われら以外にもいるのだろうな」
「どういう意味だ?」
その問いには、苦しそうな
「……ベレゼ三兄弟でしょうね」
「何だって! あっ……」
思わず大きな声を出したエティックは、
ディリーヌは、らしくない
「すまぬ。わたしの読みが甘かった。サモゾフめ、
「じゃ、どうすりゃいいんだよ?」
語気を強めるエティックに、ディリーヌは人差し指を自分の唇に当てた。
「おれだ、チウチニッケだ。だいぶ遅くなったが、
前歯の出た小動物のような顔をしたチウチニッケが、三つの
その目が、気の毒なほど泳いでいる。
「申し訳ねえが、今は
「上等だ。世話を掛けるな」
盆を受け取りながら
「晩飯は、みんなが寝静まった頃、もう少しいいものを持って来るよ」
「おお、すまんな」
そそくさとチウチニッケが帰った
「
「ちぇっ。じゃあ、おいらこのまんま
不満そうに言うエティックに、このような場合ではあったが、
「ぼくはどうせ食べられないけど、何だったら
「三兄弟が襲って来るとすれば今夜だ。向こうだって船長に見つかりたくはないだろうからな。それまでは騒ぎを起こさず、ジッと待つんだ」
深夜。
ホトホトと扉が叩かれ、聞き取れぬほど小さな声で「晩飯だぞ」と声がした。
中から返事がないことを確認したのか、チウチニッケが「どうやら薬が
と、
「とりあえじゅ、しゃっしゃとガキ二人を始末してから、ゆっくり金髪姉ちゃんを
その話し声には空気が漏れるような雑音を伴っており、歯が欠けているようだ。
「ちょっと待ってくれ、兄貴。色黒の方のガキはいいが、赤毛の方は残しといてくれよ。どうせ女一人じゃ、順番待ちになっちまう。その
「へっ。おめえも
「よし。じゃあ決まりだな。
扉が開けられ、
が、中には誰もいない。
逆に、揺らめく松明の炎が、
三人とも頭部に髪の毛が一本もなく、
ベレゼ三兄弟であった。
「ちきしょう、どこへ行きやがった?」
「まさか海に飛び込んだんじゃねえだろうな」
「いや、
景気づけに飲んで来たらしく、三人とも酒臭い。
と、部屋の奥の方で「おえっ」とえずく声がした。
同時に
それを見た三兄弟が反応するより早く、
が、直前に口髭が剣を抜いていたため、空中で身を
松明を片手に持った顎髭が横抱きにしているキゼアは、船酔いでグッタリしている。
一方、エティックは揉み上げに激しく抵抗していたが、
その様子を横目で見ながら、油断なく剣を構えたまま口髭は
前歯が何本か抜けているため、空気が漏れる
「
ディリーヌは相手から目を
「これでいいか?」
口髭は両方の眉を上げ、「ふーむ」と
「なあ、おめえたち。この姉ちゃんはまだ武器を
すると顎髭が「ああ、そんな気がするぜ、兄貴」と答え、揉み上げは「念のため、服を脱がせた方がいいんじゃねえか、兄貴?」とふざけた
口髭はニンマリと
抜けた前歯のせいで
「
「脱いだぞ」
が、口髭は
「聞こえなかったのか? おれは、裸になれ、と言ったんだじぇ」
ディリーヌは
抜けるように白い
「どうだ。もうこれ以上脱ぐものはないぞ」
口髭は笑みを深くした。
「ほほう、ちゃんとあしょこの毛も金髪なんだな。ちょっと色は濃いが。だが、まだだな」
「まだ?」
「ああ。服は全部脱いだが、まだ身に
さすがに表情を
「おめえたち、構わねえからガキどもの首を折っちまいな!」
「待ってくれ!」
顔色を変えたチウチニッケが、松明を持ったまま駆け寄って来た。
「騒がないでくれと言ったろう。当直が話し声に気づいて見回りに来るぞ。とにかく、
しかし、口髭は首を振った。
「こんないいとこで
「そ、そんな……」
肉食獣に
「密航者がいると叫べ。今すぐだ」
一瞬何を言われたのかわからず、
「密航者がいるぞーっ! みんな、来てくれーっ!」
その声に反応したざわめきが聞こえて来た時には、駆け寄った口髭の剣が
が、口髭に剣を構え
「あがっ!」
瞬時に
それは
直後、ドサッと音がして、キゼアが床に落ちた。
が、相手の額を割る寸前で
「ぐげっ、この、クソガキめがっ!」
肩から血を
が、その手の上にディリーヌの手が
すぐに剣が肺に達したらしく、揉み上げは口から血の泡を吹いて後ろに倒れた。
それでもまだ震えが止まらない様子のエティックの
「剣を構えた以上、
「わ、わかってるさ」
エティックの目を見て自分を取り戻したことを確認すると、ディリーヌは「逃げるぞ」と宣言し、気絶したらしいキゼアを
「昼間見た時、
「うん!」
幸い、倉庫のあった場所は船尾に近く、階段を駆け上がって
が、暗い。
月もない夜で、見張り用に
しかも、下の方から「死んでるぞ!」「チウチニッケの野郎だ!」「まだ仲間がいるはずだ!」「
救命艇まではさすがに手が届かず、かといって、先に吊り綱を切れば船だけが海面に落ちてしまう。
エティックが「ここまでかよ」と
キゼアの目が
「……ああ、すみません。ぼく、ご迷惑ばかり……」
「聞け。助かる方法は一つしかない。この場から救命艇まで
「え、でも……ああ、いえ、やってみます。エティックもぼくに体をくっつけて」
「わかった!」
三人は身を寄せあったが、その
キゼアは
エティックが「頼むぜ、おい」と
「ああ、もう、間に合わねえ。父ちゃん、母ちゃん、ごめんよ」
松明を前に向け、三人の姿を確認した船員が、勝ち
「そこを動くんじゃねえぞ! おおい、みんな、子供二人と裸の女だけだ! 早く来てくれ!」
その時ようやく、三人の体が
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