第7章 旅立ちの時
授業を終えたブルシモンが校門を出ようとした時、スッと
「お早いお帰りですね?」
ブルシモンは「特別早くもないさ」と、赤ん坊の頭ぐらいある肩を
「必要もないのに
カランは
「約束をお忘れですか?」
「約束? はて、おまえと飲みに行く約束などしたかな?」
カランは笑顔のまま
「
ブルシモンはゴツい岩のような顔で苦笑した。
「おお、そのことか。実は、連れて帰る途中、逃げられてしまってな。
カランの作り笑いが消えた。
「そのうち? 約束が違いますね」
「違わないさ。書類には『
「あれからもう、
「ほう。月日が過ぎるのは早いな」
あからさまに
「……ふう。まあ、いいでしょう。あの坊やの件は、われわれとしてはどうでもいいことですから。それより、問題はあの女剣士ですよ。あなた、何か知っているでしょう?」
ブルシモンは平静な顔で答えた。
「いや、知らんな。
カランは疑わしそうに
「正直に申し上げましょう。あなたと話した日の夕暮れ、わたしはあの女を宰相
「きさまっ、それでも刑事官かっ!」
顔色を変えて
「殴って気が
ブルシモンは自分の
「……話せば、いいだろう」
立場が逆転し、今度はカランが皮肉な笑みを浮かべた。
「わたしがここまで明け
ブルシモンは、自分の極端に短く
「ふん。生まれはな。だが、おれが五歳の時に両親と海を渡ってこっちに来てから一度も戻ったことはないから、向こうのことはあんまり
カランは、
「北大陸には文明と呼べるようなものがなく、人も
ブルシモンは鼻に
「
「そうですか。ならば、普通に生活はできるのですね?」
「当たり前だろう。何を
カランは力なく
「本当に夢なら良かったのですが……。実は昨日、宰相閣下に呼び出されましてね。いきなり、刑事官の任を
今度こそブルシモンは、一切の表情を消した。
「知らんなあ」
が、カランはそれ以上追及しなかった。
「まあ、それはもういいのです。
「どういう意味だ?」
問い返されるのは想定内であったらしく、カランはニヤリと笑って
「任命状です。あなたを北大陸
ブルシモンの顔に、
「それは頼みではなく、命令だな」
カランも当然のように
「そういうことですね。出発は
ブルシモンは
「……とても無理だ。それじゃ授業の引き
カランの眠そうな目が、探るように細められた。
「それに、何です? あなたは軍学校の独身職員
ブルシモンは
「いや、そんな者はおらんさ。わかった。何とか
それに対し、カランは謎めいたことを告げた。
「構いません。どうせ、誰にも道案内などできないでしょうから」
カランと別れた
周囲を警戒しつつ市内をグルグルと歩き
夕闇が迫って来ており、荒れ
様子を
そのままブルシモンは、家具も何もない
と、部屋の
「ディリーヌさんは出掛けました。どうも、退屈されたみたいです」
その声はキゼアのようだ。
ブルシモンは小さく舌打ちして「しょうがないやつだな」と
と、その背後から「すまん」という声がして、ブルシモンはハッとして振り返った。
そこには、体にピッタリした
ブルシモンの様子を面白がるように笑っている。
「この数日間でキゼアの
ブルシモンも「それはそれとして」と苦笑した。
「お
「わかってるさ。が、お尋ね者の手配書は、まだ
「ああ。ダナルークめ、カランにも本当のことは
「そうだな。キゼア、
部屋の隅から「はい」と返事があり、キゼアが姿を
キゼアが取っ手を
地下に部屋があるようだ。
「さ、お早く」
キゼアに
そこは、
中は意外なほど広く、普通に
「何か食べますか?」
キゼアに聞かれて「いや」と断ろうとしたブルシモンであったが、反射的に鼻をヒクつかせて「ほう。いい
「肉と野菜の
「ああ、なかなか
そう答えたのはディリーヌであったが、ブルシモンはキゼアに「では、ご
ディリーヌも苦笑して「わたしが作ったとは思わんのか?」と
ブルシモンは、大げさに驚いて見せた。
「おれを殺す気か? いや、すまん。材料を
すると、「その通りですよ」とキゼアも笑った。
「刃物の
ディリーヌは鼻を鳴らした。
「動かない相手では、切っても面白くないからな。そういえば、あの
ブルシモンはフーッと息を
共に食事をしながらブルシモンからひと通りの
「あの変態
「本気?」
聞き返したのはキゼアだが、ブルシモンも首を
「そこはおれも不思議に思った。おまえの件でカランに
ディリーヌは言うべきか迷っているようであったが、軽く首を振って「いずれ話す」と言葉を
ブルシモンもそれ以上は聞かず、話を戻した。
「ともかく三日後には、おれは船に乗って海を渡ることになる。校長も承認してるんじゃ断れないしな。そこで問題なのは、おまえたちのことだ。
ディリーヌは何かを決意したように大きく息を吸った。
「ならば、わたしも北大陸へ渡ろう。ああ、いや、
「うーん、それはどうかな。確かに海峡を渡ってしまえばダナルークの手も
ディリーヌは歯を見せて笑った。
「わかっているさ。こっちが女一人となれば、悪さを仕掛けて来よう。その時には、
と、食器を
「未熟ですが、いざとなればぼくの隠形で……」
皆まで言わせず、ディリーヌが「
「おぬしはもう帰った方がいい。あの飲んだくれとて、まさか
が、キゼアは引き下がらなかった。
「そもそもディリーヌさんがこんなことになってしまったのは、ぼくを助けようとしてくれたからじゃないですか。その恩返しをさせてください。それに、船酔いのことなら、エティックに薬草を持って来るように頼みます。お願いです!」
ディリーヌが何か言う前に、ブルシモンが「案外それがいいかもしれん」と口を
「おれもエティックからキゼアの叔父のことは色々聞いたが、この先一緒に暮らしても、キゼアが幸せになるとは思えん。いっそ家を飛び出して、一人で生きる
ディリーヌは
コツンという乾いた音を立てて扉に突き刺さった包丁の先には、赤い虫のようなものが付いている。
それを目にしたブルシモンの顔色が変わった。
「あ、あれは、密告
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