第6章 全裸の生贄

 カランからディリーヌが宰相ダナルークのところへ連れて行かれると聞き、ブルシモンの顔色が変わった。

「きさま、どういうつもりだっ!」

 め寄るブルシモンに両手をげ、カランはとぼけたように顔をそむけた。

「よしてくださいな。こう見えてもわたしは刑事官ですよ。指一本でもわたしの体にれたら、即、逮捕します」

 その態度に一層腹を立て、こぶしを振り上げようとするブルシモンの太い腕を、後ろからエティックが押さえた。

「先生、落ち着いてくれよ! ここであんたが暴力なんか振るったら、キゼアまで出て来れなくなっちまう。あの姉ちゃんがあと二三日にさんち取り調べられたとしても、本当に悪いことしてなきゃ、大丈夫でーじょぶさ……」

 振り返ったブルシモンのいかつい顔のおそろしさに、エティックは思わず手を離したが、ブルシモンもそれ以上騒げばキゼアもどうなるかわからないと思いなおしたらしく、太い息をいて肩を落とした。

「わかってる。だが、おまえは知らんのだな、あの宰相のうわさを」

「噂?」

 この場でその話を続けさせるのはまずいと思ったらしく、カランが「とにかく」と割り込んだ。

「キゼアという少年は引き渡しますから、保護責任者代行の署名をしてくださいな」

 エティックが「じゃ、おいらが」と前に出ようとするのを片手でおさえ、ブルシモンはかたい表情のままカランに告げた。

「キゼアはおれが責任を持って実家に送り届けよう。が、ディリーヌに万一のことがあれば、きさまもただではまさん。いいな?」

 カランは両方の眉をクイッと上げて見せた。

「それは脅迫きょうはくですか?」

 ブルシモンはいしばった歯のあいだから押し出すようにして答えた。

「そう受け取ってもらっても構わん」

 が、カランはフッと表情をゆるめ、「おお、怖い怖い」と笑った。

「そんなことが起きぬよう、わたしもいのりますよ。さあさあ、それでは中へ参りましょう。可哀想かわいそうな赤毛の坊やがお待ちかねですよ」


 日没後、一台の馬車がひっそりと警邏庁を出た。

 馬車の客室の窓には鉄格子がませてあり、一見して護送車だとわかる。

 夕闇ゆうやみ迫る中、一般の馬車がけた道路の中央を、風のように中央区へ向かって走って行く。

 行政府の裏門に到着した頃にはすっかり日も暮れており、内側から開けられた門をそのまま通り抜け、護送車は敷地内へ入った。

 建物のよくが不自然に飛び出している部分に横付けすると、客室後方の扉が左右にひらき、バラバラと数人の人影が飛び出して来た。

 薄暗がりの中でも、皆屈強くっきょうそうな男だとわかる。

 周囲を警戒しながら、客室の中から棺桶かんおけのような箱を運び出している。

 と、中の一人が翼の端のとびらに向かい、ささやくような声で「宰相閣下かっかへのお届け物ですよ」と告げた。

 その声は、カランのようだ。

 それにこたえる声はなかったが、扉がスッと開いて室内の明かりがれ、半裸の男が二人出て来た。

 二人ともゴツい体格をしており、目と口以外をおお黒革くろかわの袋を頭からスッポリとかぶっている。

 二人は無言のまま棺桶のような箱をかかえると、れいも言わずに中へ運び入れた。

 カランは小さく舌打ちしたが、仲間の男たちに「帰りますよ」と告げると、真っ先に馬車の客室に乗り込んだ。


 一方、革袋を被った男たちは棺桶のような箱を軽々と持ちながら長い廊下を進み、奥まった一室に入って行った。

 その部屋は明らかに拷問室ごうもんしつであり、燈明とうみょうに照らされた石造いしづくりの室内には、かどとがった木馬、くさりつながった手枷てかせ足枷あしかせ、水の入った木桶きおけむち荒縄あらなわ蝋燭ろうそく、焼きごてなどが所狭ところせましと並べられている。

 革袋の男たちは箱をゆかろし、ふたはずした。

 中には、ディリーヌが横たえられていた。

 後ろ手にしばられ、猿轡さるぐつわまされている。

 しかも、それ以外は下穿したばきすら身にけていない。

 しゃべることができないらしい男たちはけものうなるような声を上げ、乱暴に全裸のディリーヌを箱から引きずり出した。

 いつも馬の尻尾しっぽのようにたばねている長い金髪はざんばらになっており、その髪よりやや色の濃い陰毛も丸見えになっている。

 何か薬を飲まされているのか、ディリーヌの体にはまったく力が入っておらず、男たちに抱えられてかろうじて立っている状態であった。

 しかし、さすがに警邏庁ではそれ以上手荒てあらあつかいは受けなかったようで、そのまばいほどの裸身には傷一つなく、背中の刺青いれずみも一層その美しさが際立きわだっていた。

 男たちの一人がたまらずにディリーヌの真っ白な乳房ちぶさみしだいたが、すぐにもう一人がピシリとその手をたたいた。

 主人の持ち物に手をれるな、ということであろう。

 と、きしむような音を立てて奥の扉が開き、黒衣こくいに身を包んだダナルークがあらわれた。

 どろえるような異様に低い声で、少し苛立いらだって二人に告げた。

「何を愚図愚図ぐずぐずしておる。はよるさぬか」

 男たちはガクガクとうなずき、ディリーヌの手のいましめをほどくと部屋の中央にしつらえられた舞台のような場所に連れて行った。

 鎖付きの手錠てじょうをディリーヌの手首に装着して両手を広げ、鎖の端を舞台の左右に立っている鉄の柱の滑車かっしゃに通す。

 その鎖をそれぞれが左右から引くと、ズルズルとディリーヌの体が引き上げられ、案山子かかしのように吊るされた。

 その状態で猿轡がはずされたが、まだ薬がいているのかあおい瞳の焦点は合っておらず、一言ひとことも喋らない。

 ダナルークは胡坐あぐらをかいた鼻で笑うと、「目をまさせてやれ」とめいじた。

 二人は鎖の端を柱に固定して舞台をり、水の入った手桶ておけを持って再び上がると、ディリーヌの顔に向けて交互に水をびせた。

「げほっ!」

 き込んだディリーヌの表情が変わり、ようやく自分の置かれた状況を理解したらしく、真っぐにダナルークを見た。

「……取り調べにしては妙だな。まあ、水にれるからという気遣きづかいかもしれぬが、下穿きまで脱がせる必要があるのか?」

 ダナルークの蛞蝓なめくじのようにヌメッとした分厚ぶあつい唇が皮肉にゆがみ、薄気味うすきみの悪い笑顔になった。

「その理由わけは、いずれ骨身ほねみみてわからせてやろう。が、夜は長いのだ。そうあせるな。まあ、たのしみは先に取って置くとして、これから少し質問をする。その返答によっては、少しはらくに死ねるぞ。心して答えよ」

「ほう。いずれにしろ、生かして帰すつもりはないのだな?」

 濡れた髪から水をしたたらせながら、ディリーヌは碧い瞳でにらんだ。

 が、ダナルークの笑みはますます深くなり、死んだ魚のようなもギラギラと光っている。

「それはおまえの心掛こころが次第しだいだな。わしがうんと気に入れば、すぐに殺すのがしくなり、しばらって置こうという気持ちになるやもしれぬぞ」

 ディリーヌは美しい顔をしかめ、「今すぐ殺せ」とき捨てた。

 ダナルークは「そうくな」と苦笑すると、表情を改め、ディリーヌの左右にひかえている男たちにめいじた。

「わしが呼ぶまで、奥の部屋で待っておれ」

 男たちはうめくような声で返事をして舞台を降り、ダナルークが出て来た扉を開けて出て行った。

 すると、ダナルークは意外に素早すばやい動きで扉にじょうを掛けてしまった。

 吊るされたままのディリーヌは、また「ほう」と声を上げた。

「自分の愉しみは邪魔されたくない、ということか?」

 が、ダナルークは笑顔のまま首を振った。

「言ったろう? それはあとまわしだと。その際には、あの二人にも少し相伴しょうばんさせてやるさ。しかし、わしの質問に対するおまえの返答の内容によっては、あの二人を殺さねばならなくなるやもしれぬ。まだまだ使いみちがあるやつらなのでな」

 ディリーヌは鼻にしわを寄せてわらった。

「それは残念だった。どんな質問をされようと、何も答えるつもりはないからな」

「そうかな? 幸いと言っては何だが、ここには何でも喋りたくなる道具がそろっておるぞ。が、まあ、最初は普通にいてやろう。おまえ、古代ツェウィナ人の秘宝について、何か知らぬか?」

 その瞬間、このような状況下でも余裕を見せていたディリーヌの表情が強張こわばった。

 それを目にしたダナルークの顔に、してやったりという笑みが浮かんだ。

「いきなり鉱脈を掘り当てたようだな。その美しい肉体が無事なうちに、知っていることを洗いざらい喋ってもらおうか」

 が、ディリーヌは顔をそむけ、「何も知らん!」と拒否した。

 すると、むしうれしそうな表情で、ダナルークは拷問道具を物色ぶっしょくし始めた。

「ふむ。常道からえば、まず鞭、次に蝋燭、というところだろうが……おお、良いものがあった」

 ダナルークが取り上げたのは、表面が疣々いぼいぼになった短い棍棒こんぼうであった。

 それを片手に握ったまま振り返り、いやらしく唇をゆがめて笑った。

「普通は相手を殴打おうだするのに使う道具だが、おまえには別の使い方をしてやろう」

 下卑げびた声で笑いながら、ダナルークはディリーヌが吊るされている舞台に上がって来た。

 ディリーヌは自分に近づいて来るダナルークを嫌悪感けんおかんあらわにして見ていたが、何の予備動作もなく不意ふい右脚みぎあしね上げると、あざやかな前蹴まえげりをはなった。

 が、ディリーヌの爪先つまさきたるんだあごを打ちくだく寸前、ダナルークは上体をスッとらした。

 しかも、くうを切った右脚を戻す前に、棍棒を持っていない方の手でガッチリと足首をつかまれていた。

 ダナルークは声を上げて嘲笑あざわらった。

「知らんのか? わしの前身ぜんしんが旧ウダグス王国の剣奴けんどであったことを。先代の皇帝がウダグスを滅ぼした際に解放され、剣の腕を見込まれてフェケルノ帝国の剣士に採用された。わしはその恩義にむくいるため粉骨砕身ふんこつさいしんし、数えきれないほどの武功ぶこうを上げ、他国出身者としてははじめて宰相にまでのぼめたのだ。老いたりとはいえ、この程度の蹴りをかわすなど容易たやすいこと。しかも、ほれ、ちょうど上手うまい具合に、おまえの股間が丸見えになっておるぞ」

「くそっ!」

 ディリーヌは掴まれていない方の左脚で相手を蹴ろうとしたが、棍棒のの部分でしたたかにたたかれた。

「あうっ」

「これっ、少しは大人しくせよ」

 獲物えもの甚振いたぶるように、さらに柄の先でグリグリとももえぐるように動かした。

「ぐあああっ!」

 ダナルークは喜悦きえつの表情になった。

「おお、いい声を出すではないか。だが、まだまだだぞ。本番はこれからだ。見たところ処女ではあるまいが、多少は血が出るかもしれんなあ」

 棍棒を持ちなおすと、その疣々のある先端部分をディリーヌの股間に近づけた。

「やめろっ!」

 ディリーヌは身をよじるようにして藻掻もがいたが、見かけによらず膂力りょりょくのあるダナルークにおさえ込まれ、棍棒の先端が女陰じょいんれた。

 ダナルークは舌舐したなめずりするような表情でその部分を凝視ぎょうししている。

可哀想かわいそうに。普通の男のものの倍も太いこんなものを突っ込まれては、こわれてしまうかもしれんぞ。さあ、今の内だ。古代ツェウィナ人の秘宝について、知っていることをすべて話せ。さすれば、このような異物ではなく、ちゃんとわしの男根でつらぬいてやろう。さあさ、答えよ!」

「知らぬ!」

強情ごうじょうを張ると後悔するぞ。まあ、わしはうれしいがな……」

 ダナルークが棍棒に力を込めようとした、その時。

 奥の扉の向こうから獣のえるような声が聞こえ、大きなものが倒れたような地響じひびきが二回続いた。

「な、何事なにごとだっ!」

 思わずダナルークが手を離して振り返った刹那せつな、ディリーヌの体が発条ばねのようにね、両脚で相手のくびはさんでいた。

「うぐっ!」

 ディリーヌに渾身こんしんの力でめ上げられ、みるみるダナルークの顔が鬱血うっけつし、死んだ魚のような眼がクルリと白眼しろめになった。

 ど、ダーンという大きな音と共に扉が蹴り開けられ、ブルシモンが飛び込んで来た。

「その男を殺すな、ディリーヌ!」

 いかりに顔を真っ赤にめていたディリーヌも、旧友の顔を見てフッと表情をなごませ、脚の力をゆるめた。

 気絶したダナルークがズルズルと倒れ、裸身が露わになると、今度は羞恥しゅうちに顔を赤らめ、ブルシモンに頼んだ。

「あまりジロジロ見ないでくれ」

「うむ、そうか。しかし、おまえの手錠をはずして、早く脱出せねばならん。なるべく見ないようにするが、子供たちにも手伝ってもらおう」

 ブルシモンは振り返り、押し殺した声で告げた。

「キゼア、エティック、何か着る物を探してくれ。それから、おれがいいと言うまでは、中に入って来るな。のぞいてもいかんぞ」

 二人の応ずる声が聞こえるかんにも、ブルシモンは手早く動いてディリーヌの手錠を外し、気絶しているダナルークを手近にあった縄で縛り上げた。

 キゼアの「これでいいですか?」という声と共に、扉のかげから黒い外套がいとうが差し出された。

「うむ、いいだろう。ディリーヌ、取りえずこれを羽織はおっておけ」

「すまん。しかし、どうやってここへ入ったのだ?」

「キゼアの隠形おんぎょうで建物の中に入り、エティックと手分けしてあのデカい二人を倒した。幸いここは秘密の場所で、魔道師の見張りもいなかったからな。とにかく、こいつが目をます前に、一刻いっこくも早くこの場を離れねばならん」

 外套を羽織ったディリーヌは、気絶したままのダナルークに冷たい視線を向けた。

「いっそ、殺した方が良くないか?」

 ブルシモンは吐息といきして首を振った。

ろくでもない変態野郎だが、今こいつが死んだら帝国が大混乱になる。いずれ機会は来るさ。さあ、逃げるんだ!」

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