第23話 強さ

夕方の薄暗いトイレ。

鏡の前に10代後半の少女が立っている。ほとんど坊主なくらいに短い髪、学校(彼女が通っている中学校)指定のジャージを来ている。

少女──矢内典子は鏡を見る。傷だらけの顔、擦り傷、痣。腕にはタバコの火の痕。

典子は呟く。

「俺は私じゃない。俺はワタシじゃない。強くあれ。男は強くあれ。男は肉体を鍛えて、拳で戦え。武器なんか使っちゃダメだ。武器なんか」

典子は自分を男だと認識している。体の傷は男子生徒と喧嘩して出来たものだ。大怪我して、ひどい目にもあい「お前は女で、それが理由で弱いんだ」と言われてる気がして悔しかった。

「俺、おれ、オレ、俺は俺……!」

典子はその場でよろめき、吐いた。しょっちゅうトイレで自問自答し、頭がおかしくなって、その度に吐く。左腕を見る。根性焼きの痕がある。昨日、男子生徒からふっかけられた『ファイト』に負けて屈辱を受けた後にやられた。典子は足下のバックから大きな包丁を取り出した。




「よう、今日も男子トイレにいんのか!」

典子に屈辱を与えた男子生徒──加来と取り巻き二人が男子トイレに入る。

ぼとっ。

加来の前に切断された片腕が投げられる。

典子は加来を押し倒してゲロを吐きかける。

包丁を投げ捨てて片腕で何度も殴る。

典子は顔をゲロと血と涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして──笑いながら言った。「『ファイト』は楽しいなぁッ! 楽しいなぁッ! 楽しいなぁぁぁぁ!」

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