おにぎりを握れる俺は世界最強

綾部まと

スキルの覚醒

太陽が真上に昇る頃。俺は田んぼへ、じいちゃんを呼びに行った。

「おーい、そろそろ昼メシの時間だってー」

じいちゃんは気付かない。田んぼの奥で作業をしているし、耳が遠い。


休憩所では、ばあちゃんたちがおにぎりを配っている。

村のみんなで食べる、幸せなひとときだ。

じいちゃんにも早く加わって欲しくて、俺は身を乗り出した。

すると、足を滑らせて、田んぼに落ちてしまった。


身体を起こそうとするも、びくとも動かない。

それどころか、じわじわと沈んでいく。

「う、うわ!たすけ……」

顔も田んぼの中へ入る。そのまま下へ、下へと降下を続けた。


意識を失う直前、ぎゅるる、という腹の音が聞こえた。

こんな時でも腹は減るらしい。

俺は思った。「おにぎり、食べたかったな」と。



目を開けると、全く覚えのない場所にいた。


横になっていた、質素なベッドから身を起こす。

窓の外には森が広がる。ここは山小屋だろうか。

部屋にはベッドの他に、小さな机のみ。そこに、きらきら光る石が置かれている。

不思議な石を眺めていると、扉が開いた。


ピンク色の髪をした、ツインテールの女の子が入って来た。

「よかった。やっと起きましたね」

かわいらしい顔に似つかず、背中には大きな斧。服装も木こりっぽい。

しかし、木こりのわりに洗練された動作をする。話し方も品がある。

「ここはどこ?」

「迷いの森です。まさか、知らずに来たんですか?」

その、まさかだった。

高校の夏休みに、田舎にあるじいちゃんの家へ行き、田んぼへ落ちただけだ。


女の子は地図を持ってきてくれた。王国の地図だ。森は帝都の北に位置している。

「てっきり、魔法石の密猟業者だと思いました」

「まほうせき?」

「ええ、これです。食べれば魔法を覚えることができるんです」

彼女は机の上にある、きらきら光る石を持ってきて、俺に渡してくれた。

握りこぶしほどの大きさだ。色はピンク色に近い、オレンジ色。

「これは『火』の魔法石です」

「大きいな。このまま食べるの?」

「いえ。まず砕いて、特殊な魔法で調理します。一年くらいかかりますね」

砕くと、イクラみたいだ……。そう思うと、急に腹が空いてきた。


俺の腹の音を聞いて、女の子はぷっと吹き出した。

「良いですね、男の子らしい食欲です。えっと、名前は……」

「おうすけ。君は?」

「クララ。今、あたたかいスープを作りますね」

クララは立ち上がり、「あ。そうそう」と付け加えた。

「自分のスキルが何か、確認した方が良いですよ。スキルを使えないと森を生きて出るのは難しいです。」


クララが部屋から出て行った後、俺はスキルを確かめようとした。

「発動せよ、おうすけのスキルッ!!」

逆立ちをしたり、かっこよく叫んでみたりした。しかし何も起こらない。


手持ちぶさたにあり、魔法石を手に取った。大きなイクラみたいだ。

上にポンポンと投げて遊びながら、ふと、思い出した。

「おにぎり……」

次の瞬間、手から石は消えていた。代わりに、おにぎりが出現していた。



「かわいそうに。異世界から来て、頭がおかしくなったんですか……」

「いや、違うから!」

キッチンに持って行き、クララに報告したら、憐れむような目で見られた。

石をおにぎりにした以上、勝手に食べるのはどうかと思ったのだが。


「もし本当なら、すごいですよ。魔法石を、すぐ食べれる方法を見つけたなら」

「そんなに、すごいことなのか?丸飲みする奴とかいるんじゃないの?」

俺は空腹に耐え切れず、おにぎりを口に入れた。イクラだ。塩辛くて、うまい。


クララはコンロを直そうと、苦心している。火がつかないらしい。

「だめです。正しく調理してから食べないと、大変なことになるんです」

「……もう食べちゃったんだけど」

「え? 火の魔法石をですか?」

これだけゆっくり振り向く子を見たのは、初めてだった。


「うん。でも火の魔法を使えるかは、分かんないな」

俺はコンロに向かって、指を鳴らしてみた。

たちまち、炎が上がった。

消えたので、もう一度やってみた。炎は継続して、燃え続けるようになった。

スープの入った鍋が、コトコトと音を立てている。


「す、すごい。おうすけ、あなたは一体……」

クララは呆然としていたが、すぐに我に返った。

そして俺の腕をつかみ、顔と顔を近付けた。

「え、な、なに?どうしたの?」

「お願いがあります。もし叶えてくれたら、何でもします」

「そんなの良いよ。クララは俺を救ってくれたじゃん。で、何?」


彼女に手を引かれ、地下室へ連れていかれた。



地下室では、クララに似た女性がベッドで寝ていた。

「もうすぐ母さんは石になります。無理やり、魔法石を食べさせられたんです」

「ひどいな。そんな奴がいるのか」

「そんな奴しか帝都にはいません。お願い、母さんを治してください」

俺はうなずいた。クララの大きな瞳からは、今にも涙がこぼれそうだ。

クララが感情らしい感情を見せたのは、これが初めてだった。

今まで親の代わりに働いていて、大人びた態度が板についていたのだろう。


クララはベッドサイドのテーブルの引き出しを開けた。

「この水の魔法石を食べれば、癒しの力を得ることができます」

「分かった。おにぎりにすれば良いんだな」

「……あれ、ない?」

慌てて引き出しをひっくり返すが、結果は芳しくないようだ。

「探し物は、これかい?」

いつの間にか、地下室の入口に男が立っていた。


男は、紺色の石を見せつけている。あれが水の魔法石だろうか。

「お前は、ジュート……!」

「おい、そんな口を聞いていいのか?誰のお陰で仕事できてると思ってるんだ」

「火の魔法石だけじゃ、母さんの薬は買えません」

「他の石の許可証もくれってか?お前みたいな怪力だけが取り柄のバカ娘に?」

クララは悔しそうに唇をかみ締める。何度も繰り返された、慣れた動作に見えた。


「勝手に水の石なんて拾いやがって。金欲しいなら、乞食らしく身体でも売れ!」

俺は指を鳴らした。男の足元に炎が出現した。

「うわ、なんだこれ!?」

次に水の魔法石をめがけ、パチンと指を鳴らす。

「あちちっ!」

男が手放した石をキャッチした。そして「おにぎり!」と、叫んだ。

瞬く間に石はおにぎりに変わった。


「あれ、本当だったんですか。すごい……」

「なんだ、その白い丸っこいの?」

驚く二人を前に、おにぎりに嚙みついた。

「こんぶ味かな、これも美味い。クララ、一口いる?」

「え? あ、ありがとうございます」

小さな手に、一切れ渡す。しかし、おにぎりは手の上で消えてしまった。

「スキルは自分だけのもの。他の人に渡ると消えるんでしょうね……」

悲しそうに呟く彼女を見ていると、ふいに、男の羽交い絞めにされた。


「へへ。お前、良いスキル持ってんな。このガキより売れそうだ」

相手が見えないので、火を起こすのは危険だ。

俺は指で鉄砲の形を造り、男の顔へ向けた。

そして「くらえ、水鉄砲!」と叫んだ。

勢いよく、人差し指の先から水が発射された。


「さすがです、おうすけ」

「いいよ。それより、クララの母さんを治そう」

気を失って床に倒れた男を置いておき、俺はベッドに向かった。

生気のない顔に、ピンク色の豊かな髪がコントラストを描く。

両手を彼女にかざし、俺は言った。

「お願いだ、水の魔法……この人を、治してやってくれ」

完全な沈黙が数秒流れた。もうだめかと思った、次の瞬間。

次第に、彼女の顔色に生気が戻って来た。

「……ん、クララ?」

「お母さん!良かったぁ!」

涙ながらに喜ぶ二人。俺は腹も心も満たされて、幸せだった。



その日の夜。クララの母さんが、ご馳走を作ってくれた。

おにぎりもうまいが、他の物も食べられて嬉しい。


「何てお礼を申し上げたら良いのか……そうだ。帝都の知り合いに連絡するわ」

「あの、クララも帝都に連れて行って良いですか?」

クララはきょとんとしている。俺は続けた。

「この世界がどうか分かんないんですが、俺の世界だと、学校へ行くんです」

恋をしたり、勉強をしたり、友達を作ったり。

楽しいことばかりではない。でも、介護と仕事だけが人生でもない。


「ええ、もちろん。この子も、本来の場所に戻らなくはね」

「本来の場所?」

「あら、聞いてなかった? クララは、帝都一の名門貴族の娘なのよ」

「えええ!木こりじゃないの!?」

「この子は変わっててね、森での暮らしを愛しているの。役になり切りすぎて、変な男の人も惹きつけちゃってたみたいだけど?」

母さんは、とても怒っていらっしゃるようだ。


「はい。じゃあ、おうすけ。一緒に帝都へ行こう」

「おう。まずは迷いの森を抜けないとな」

「大丈夫だ。最強の魔法使い、おうすけがいるからな!」



こうして俺は魔法使いとして、クララと帝都へ向かった。


既に噂は広まっていて、侯爵令嬢はもちろん、精霊や王女まで巻き込んだ、

「最強の魔法使い:おうすけ」の争奪戦が繰り広げられるのだった―――

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