第4話 10月14日 4本目

幼い子供を抱えながら仕事に家事にとするのは本当に大変ですよね。

今でこそ保育施設が増え、遅くまで預かってくれるから、なんとかなってますけど、だからといって頼りきるわけにもいきませんしね。


これは、私が保育園に通っていた幼い時の話なんですけどーー。


私は大人が歩いて15分程の距離にある保育園へ、母と一緒に徒歩で通園をしていました。

15分と聞けば、人によっては近くとも遠くとも言える距離なのでしょうが、まだ幼かった私には随分と遠い場所にあるように感じていたのです。


あとから母に聞いたことなのですが、子供の足は大人とは違うため、実際には倍の時間である30分はかけて通園していたそうです。


ある日の事でした。

いつものように、帰りの時間に友達と遊んでいると、「お母さんが来たよ」と先生が呼ぶ声がしました。わたしは、遊んでいた友達に別れを告げ、母のもとへと駆け寄ったのです。

ですが、そこにいたのは見たこともない女性でした。それなのに、保育園の先生はいつも母にするように、その日あったことを話し、そのまま私を引き渡したのです。

不思議と怖さもなく、子供心に戸惑いながらも、周りが母とする女性とともに、私は園を出ることになりました。


彼女は私の手をつなぎ、まっすぐには家に帰らず、寄り道をしようと話しかけてきました。

それを聞いた私は、「寄り道」という言葉の意味がわかりませんでしたが、ただいつもと違うことをするワクワクで、興奮したのを覚えています。


見知らぬ彼女に手を引かれ、私は歩き続けていました。

それとなく彼女を見ると、髪は長く、表情は疲れているのか母よりも老けているように見えました。

何よりも違うのは、爪を長く伸ばし、真っ赤に塗ってあった事でした。

私はだんだんと、彼女と一緒に歩くのに怖さを覚え、繋がれた手を外そうとしました。

ですが、そのたびに軽く痛みを感じる強さで握られ、結局は彼女が歩くままについていくしかありませんでした。


園を出てからどれくらい歩いたのかは覚えていません。気がつけば、私は彼女と一緒に河川敷に座り込み、日が沈むのを眺めていました。


あと少しで日が沈み切るといった頃に、すっと彼女は立ち上がり、私の手を引いて川の方へとあるき出したのです。

幼いながらも、いよいよ危ないと直感した私は、必死に抵抗しました。

ですが、力及ばずになかば引きずられる形で、私は彼女とともに川の中に足を踏み入れたのです。


恐怖の限界が訪れた私は、無我夢中で母へ助けを求め叫びました。

すると、私の手を引く彼女は立ち止まり、ゆっくりと私の方へと目を向けたのです。

その目は、まるで真っ黒な虚ろのように、空虚な視線を漂わせていました。そして、彼女は「違う」と一言ポツリとつぶやいたのです。


その瞬間、私を掴んていた手が緩み、全力で彼女から離れるよう走りました。

背後から彼女が追いかけてくる気がして、その怖さから「お母さん」と泣きながら繰り返し叫でいました。


それがいけなかったのでしょう、私は足を滑らせ転んでしまったのです。

転んだ痛みと、見知らぬ女性への恐怖で、その場から動けなくなった私は、ただ泣きじゃくるしかありませんでした。


そんな私に、少しずつ近づいてくる足音がしました。

私は彼女か追いかけてきたのではないかと思い、泣き叫びながらも、這いずるように足音から遠ざかろうとしました。


しかし、子供では大人にはかなわず、私は足音に追いつかれ、その主に体を抱えられてしまいました。

その瞬間、それまでの人生で一番の大声で叫んだのを覚えています。


パニックで頭が真っ白になった私が見たのは、制服姿のお巡りさんでした。

お巡りさんは私が落ちくのを待って、わたしの名前を確認し、交番へと連れて行ってくれました。


交番には本当の私の母がおり、私は母へ飛びつくように駆け寄ったのです。


大きくなってから親に聞いた事なのですが、あの日母が保育園へ私を迎えに行くと、園ではすでに母に引渡したと思い込んでおり、大騒ぎになったのだそうですーー。


それは同然ですよね?だって、他人に子供を引き渡してしまったのですから、だたあの時の女性が誰だったのかは、いまだにわかっていません。


ですので私は、子供を預けるときでも、決して保育園に頼り切りならないよう気をつけています。





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