第4話 人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない。
御者の言葉でシオン村が只事ではない状態なのを悟り、早めに馬車から降り御者には離れて待機してもらうことにした。万が一、朝になっても私たちが戻ってこなかった場合は冒険者協会に伝えて貰う手筈だ。
ゼロは私たちが村へ走り出した瞬間に御者の方へ振り返り、
「何が何でも村と、その近くの森には近づくじゃねぇぞ!!!!」
と叫んでいたが、森に何かあるのだろうか。いや、もしそうだとしても彼はあまりこの世界について知らないはずじゃ…………。
「…………いや」
違う。違う。そうじゃない。今、シオン村で何かが起きている。私だって性悪じゃない、心配にはなる。今やるべきことは、皆と共になるべく早くシオン村へ向かう事だ。
――――――村に近づけば近づくほど熱気を感じる。何もかも全て無に帰す、そんな意志を感じた気がした。
◇◇◇
「これ、は……」
まず、村の入り口に着いた私たちが目にしたのは『人』だ。いや、人として生きていただろう何か、だ。
頭だけにされた子供や女性が村の入り口付近の柵に突き刺すように、ああこの感じは、装飾しているのだろう。それぞれの顔を見ると、痛みか恐怖かいずれかによって歪んだ表情ばかりだった。
ふと、前方右手の黒い山のような何かが見えた。凄まじい異臭を放っている。
「ヒッ――――」
イーリエの悲鳴が口から漏れる。すぐに、私も察した。
「さっきの柵の被害にあった村人の身体、か」
ゼロは取り乱さずに淡々と、ソレを見ながら言い放った。
ああ、そうだ。それは人の身体だったモノが積み重なっていたのだ。ほら、あそこだって、どうみても足にしか見え――――――
「ゔ、おぇっ…………」
あまりに異常な光景に耐え切れず吐き出してしまうイーリエ。彼女が馬車の中で自慢していた軽装鎧が少し嘔吐物で汚れてしまう。
当然の反応だ。私だっていつ吐いてしまってもおかしくない。
そんな中、アルルは冷静に提案してきた。つい先ほどの様子よりもずっと真剣な顔つきで。
「二手に分かれて調査しましょう」
「村の中の脅威らしき存在の有無を調べるってところか?」
「ええ、そうよぉ。あの焼死体たちは結構時間が経ってるみたいだけど、少しも油断出来ないわ。それに…………」
アルルは大きく息を吸い、吐く。そして歯を食いしばって――
「どんな理由があろうともこんなことをする人たちを許す訳にはいかないわぁ。犯人たちの正体もある程度調べるべきよぉ」
「…………」
本当に大丈夫だろうか。アルルも、もしかしたら冷静ではないのかもしれない。彼女の判断に乗るか、乗らないか。
私には決められなかった。
「じゃあ、私とイーリエ。ローズさんとゼロさんの二人ずつで別れましょう。ちょうど前衛と後衛が一人ずつだからねぇ」
「了解。分かったよ」
「……イーリエは大丈夫なのかい?」
私の言葉を聞いたイーリエは、口を閉じたままブンブン首を縦に振る。身体はまだ震えたままだ。
◇◇◇
アルルは杖を、イーリエは鉄槍を、ゼロはあの珍妙な武器を手に持ち、向かい合う。私は特に手に持つ武器の類は無いので手ぶらだが。
「それじゃ、幸運を祈るわ」
「…………ああ」
アルルとゼロがそう言葉を交わすと、私たちはコンビ同士で村を別々に探索し始めた。
――――――シオン村は村にしてはある程度の大きさを持っていた。これは二手に分かれて正解だったかもしれない。そう思いながらゼロと共に歩くが、そこらじゅうにオブジェのような物が散在していた。
串刺しにされた者。頭を潰され家の壁に磔にされた者。右目を何かで貫かれ、喪失してしまっていた者。もう見ていられなかった。それに…………
「やっぱり、知ってる…………? 私はここを……」
こうやって歩くともう確信めいてくる、ここで何年か何十年か暮らしていたような、そんな感覚。よく思い出せなくとも、歩を進める度に心の奥深くがチクりチクりと痛む。その痛みを感じる度に、記憶を失っていると自覚してからずっと抱いていたあの心の喪失感が、じわじわと広がっていく。
「当たり、なのか」
「……多分。まだ詳しくは思い出せないけど」
「なぁ、一応聞いても良いか?」
ゼロは足を止め私にこう聞いた。
「こんな
「…………無いと言えば、嘘にはなる」
「……」
そう、心当たりはある。魔法学校時代でも、冒険者時代の十年間でも、耳が腐るほどに聞いた悪評。リベルティの三大大陸の内一つの大陸、ヴェル大陸を支配する、そう――――――――――――
「帝国。ヴェル帝国の仕業、じゃないかな。それも多分大陸外の交易を担当する連中だと、思う。確証は無いけど」
「は、はぁ? 国がこんな事するかもってか?」
「いやいや、君は帝国を知らないからそんな事が言えるんだ。彼らだったら、こういう虐殺行為はしてもおかしくないよ」
「じゃあ理由は? 分かるのか?」
「本人じゃないんだし、私だってそんなに詳しくない。けど、そういう危うく力を持った集団は帝国以外には、無い」
「…………外も、クソまみれって訳だ」
ゼロはそう吐き捨て、また歩き始めた。
ヴェル帝国。よく皆は『帝国』なんて呼ぶソレは、300年くらい前にこの世界に降臨した『魔王』を殺した国だ。
ある日突然この世界に『魔族や魔物の為の世界を手に入れる』と宣戦布告してきた魔王は、とてつもない脅威だと各国で判断され、ツェー大陸とヨナ大陸で共同会議を開き『勇者パーティ計画』を実行した。二大陸で即戦力かつ有望な人材を勇者――または勇者の仲間としてパーティを組み、魔王を打ち倒す。そんな話があった。
実際に勇者にふさわしい人物が選出され、仲間も優れた人物が集まった。まさに人類(や人類に友好的な魔族)の集大成だった。そして宣戦布告から一年、ようやく魔王が活動しているヴェル大陸へ出発しようとした時、
魔王が死んだという事実をヴェル帝国から告げられた。
しかも、魔王や魔王軍の半数ほどはたった一人の騎士によって殺害されたとの事だった。結局勇者パーティは何もする事なく解散することになった――――
まぁ自分が生まれる前のこの出来事にここまで詳しいのは、私の凄く口下手な姉がその勇者パーティに居たからだったけど。いつも少ない口数で愚痴ってたなぁ。
「意味不明」「全部無駄」「呆れた」「疲れた」そう言いながら里で酒をグビグビ飲んでたっけ。私が19歳の頃だから…………いや数えるの面倒だし、いいや。
魔王を倒した後、帝国はヴェル大陸全体を支配し『純人間種至上主義』を大陸中に広めていって、あっという間に奴隷業のトップになったとかなんとか。因みに他の国との関係は最悪中の最悪。他国の力無くとも、成り立ってしまっている国…………。
とにかく言えるのは、帝国はヤバい。凄い力ある。何やるか分からん。ということだ。だとしても…………あんな所業を他国の領地でするとは思えない。
「家の中片っ端から見てるが、ロクな死体が無いな。それに家の中も荒らされて持ち去られているような感じがするんだが」
「となると、犯人たちの目的は略奪? いや、住民が皆殺しにされているところを考慮するなら……侵略か」
「それによ――――」
ゼロが周りを見渡す。今もなお、私たちの周りでは業火に包まれた家屋が並んでいる。
「俺たちの周りには人っ子一人居ないくせに、人の気配だけはビシビシと感じる」
「え」
嘘だ。私もこっそり簡易的な探知魔法を使っているが、人の反応なんて…………。
あれ?
「そんな……はず」
「あ? どうした?」
「私の探知魔法には私自身とゼロの反応しかない。
この村一帯の人の気配を探知しても、私自身とゼロの反応しかないんだ」
心臓の鼓動が速くなる。凄く、嫌な予感がする。記憶とかなんとか、別にどうでも良いんじゃないか? 今日会ったばかりの人たちの事は忘れて、心機一転で人生を歩む為にも引き返した方が良い――――――そんな、警鐘が頭の中に鳴り響く。
「えっとだな、魔法ってのがよく分からんがソレは絶対的な精度なのか? 間違いないのか?」
「あ、ああ。周囲のマナの流れは正常、おかしい点は無い。ちゃんと魔法は作用するはずなんだ。なのに、なのにさ、アルルたちの反応までもが消えているんだ…………」
「あいつらが消えたってか? でも俺はついさっき言ったように人の気配を感じるぞ。村の奥辺りに来てからずっとだ。それも大勢の人間が居るぞ」
頭がボーっとする。心臓はずっとバクバクと躍動している。早く帰れ。早く帰れと、呼びかけてくる。
「…………ッ!? おいッ!! 誰か走ってくるぞ!!」
「え」
彼の指差す方向を見ると、誰かがこっちへ向かってきていた。がむしゃらに走って、こっちに来る。
敵か? 同じことを考えたのかすぐにゼロも臨戦態勢に入ったが、その心配は杞憂だった。
「ハァ……ハァ……」
「あ? お前、イーリエじゃないか?」
距離が詰まって姿がハッキリ見えるようになると確かにその人物はイーリエだった。ゼロに言われないと、分からなかった。
『なんだ。イーリエか』なんて思えない。明らかに、異常だ。だって、
「ど、どうしたんだい、ソレ」
彼女の軽装鎧はあんなに、赤かったっけ。
「ロ、ローズさ……」
肩で息をしながら走る彼女が足のバランスを崩して倒れてしまいそうになる。すぐさまゼロが駆け寄り、受け止めて抱えるが……より一層イーリエの様子が鮮明に分かった。
「怪我は、無いみたいだな…………」
そうゼロは言ったが、彼女は本当に血まみれだった。顔や鎧の前面に思いっきり血が付いている。トマトジュースでも零したのかってくらいに、ドバっと。でも、コレが彼女の血じゃないとするなら――――――
『そう言えばアルルはどこなんだい?』なんて言える訳無かった。だって、アルルは言ってたじゃないか。『今の私にはイーリエ無しでの日常は考えられない。それ程に、大切』って。あんな事を言うほどにイーリエが――好きだった彼女が、こんな血塗れの状態のイーリエを一人にする訳が…………。
「何か、あったんだな」
「…………うぅ……ア、アルルさんが……アルルさんがぁ……」
「良いんだ。無理して言わなくても」
光を失った緑色の瞳からポロポロと涙が、溢れていく。ゼロは、イーリエを手頃な大きい石に座らせ――――
「どんな奴がアルルを殺したんだ?」
話を聞くことにした…………
◇◇◇
ウチとアルルさんはローズさん達とは反対側を調べていましたっス。でも、どんなに歩き回っても目に映るのは死体、いやもう死体ですらない…………そんなモノばかり。
生存者なんて居ないだろうなんてのは、ウチもアルルさんもとっくの昔に察していました。でも、諦めたくなかったっス。もしかしたら誰か、生存者がいるんじゃないか。その人からお話を聞けないだろうか。助けられるんじゃないかって。
「……一旦戻ってローズさんとゼロさんに合流しましょ。あまり長居するのは危険よぉ」
アルルさんがそう言いました。とても悔しそうな顔で。あんな顔見た事も無かった…………っス。
ウチもそれには賛成だったから、返事をして二人で振り返ったら
――――――――――――居たんです。
何処からともなく。全身を白色に塗装され、その上に血を被った甲冑を着ている集団と、一人――――――白色のローブのようなモノ、アレは魔法使いが使うローブというよりは宗教の方々が使うような…………
そんな衣装を身に着けた女性が現れたっス。
どんなにその女性の顔を見ようとしても、黒いモヤがかかったように見えなかったっス。多分人の認識を妨害するような効果の魔法――もしくは魔道具を使っていたんだと思うっス……。それでも、何とか認識出来る口元が動き、こう言ったっス。
「お前たちは、
口元が大きく歪む。グニャっと、歯茎が見えそうな程の笑みを浮かべた……っス。ゾワリと、全身に鳥肌が。まるで羊が狼に狙われているかのような、その羊にでもなってしまったんじゃないかってくらいに、あの人の笑みは言葉は仕草は、怖かった。
たべられるんじゃないか。そんな事絶対にないのに、そう思ってしまう。あの人の周りにいる甲冑の人たちが手に持ってる鎚やレイピアで潰され突かれるのではと、嫌な妄想が頭を一杯にしていく…………。
ウチが何も出来ずに立ち尽くしていると、アルルさんが口を開いたっス。
「貴方たちこそ、浄化って言いながら村の人を殺し、遺体を侮辱するような行いをし、家屋を焼いて回ってるなんてぇ。まともではなさそうねぇ」
「アハハハッ!!! まとも! まともねぇ!! 一体ソレは何を基準にしてるの? 倫理? 常識? それとも国によって左右されるような法? 私たちはねぇ、これが常識なの! 勝者は敗者の死体をどんな風に扱っても良くて、大半は無関係な人たちを犠牲にしてオブジェを作る! そのオブジェは勝者の強さ偉大さを示す証であると!」
「郷に入っては郷に従え、なんて言葉知らないかしらぁ? 古くから使われている言葉で、
ああ、二人の会話はなんだか嫌な感じに進んでいく。アルルさんの顔には次第に怒りの感情が浮かんでくるのが分かったっス。ウチも、段々腹が立ってきました。あいつらはひたすらに「自分たちの行いは何もおかしくはない」の一点張り、だからといってウチらがあいつらに敵うかというと人数差がある以上決して簡単に勝てる相手ではないのは分かってたっス。分かっていた……。そのつもりだった。
「面白いこと言うんだね~! お姉さん! そんな言葉があるなんて、もっと勉強しないとだね~。キヒヒッ」
彼女は笑う。笑う。なんで笑うのか分からずウチはただただ怯える。そして次の瞬間――――――
「でもさ、私は質問してるんだよね」
何かが爆発したかのような重い衝撃音。鳥のように素早い何かが近づいてきたかと思ったら、
「グ………ゥ…ッ!?!?」
アルルさんのお腹に、あの人の腕が突き刺さって、貫通していた。アルルさんの背中から、無機質な鉄の籠手が――――――あ゛あ゛っ!! 理解した時にはもう、悲鳴を上げるしか出来なかった。
「な、は……やい…………そんな……」
アルルさんも何が起こったのか理解出来ていない。そりゃそうだ。まだウチらとあの人の距離は十分な程に離れていたはず。距離を詰めるには、何かしらの予備動作があったはず…………なのに、これじゃまるで
ふと、何か音が聞こえてきた。いいやソレは、音では無く『声』だったっス。ついさっきまでの様子から想像も出来ない程に、何かを呪うように低い声で、呟いていて――――
「どうしてここに来たのかどうやってここを嗅ぎつけたのかそれを最初に聞いてたんですけどね第一あの皇帝様に選ばれたこの私に説教だなんて良い度胸だ今自分が置かれている状況を理解出来ていないようだどうせ私を私たちを悪と定義するのだろうお前のような奴とは何度もあってきたし何度も悪と定義されただが私からすればお前の方がお前ら他国の連中こそが悪だあの皇帝様と友好を築かず腫物扱いしているお前らは全員悪だ悪と定義するだからこうなったんだよ質問に質問をしてきた罰が当たったに違いないと考えろよ香水くっさいお姉さん、よォッッッ!!!!」
その瞬間、あの人は……腕を引き抜いた。
勢いよく、アルルさんの身体を何も考慮しないで思い切り、引き抜いた。そして血、鮮やかな赤色の血が出た。アルルさんの穴から、血が内臓が――――命さえも零れてしまっている。
「アルルさんッッッッッ!!!!!!!!!」
ウチはその時、アルルさんに手を指し伸ばしたッス。何とかして助けたくて、あるいはあの女をぶん殴りたくてしょうがなかったのかもしれないッス。でも、その時にアルルさんは見ていたんでしょうね。
ウチの背後から迫る甲冑の姿を。
「危ないッッ!!!!」
そうアルルさんは叫び、ウチの肩を掴み横に突き飛ばした。
「あっ……………………」
ウチが声を出せたときにはもう、頭を…………。
こめかみをレイピアの――――――軽く、反りの無い刃で貫かれる。あの綺麗だった紫色の瞳があらぬ方向へ…………。
「アッハハハハハハァ!!」
高笑い。勝利を宣言するその音が鳴り響くのと同時に、あの女の部下であろう白甲冑がレイピアを引き抜き、アルルさんが人形のようにバタりと頭から倒れた…………ッス。
頭が真っ白になる。ただ、奴らの意識が一瞬ウチから逸れたのを感じた瞬間に駆け出す事しか出来なかった。
前に出て守るはずだったのに、守らないといけなかったのに。
◇◇◇
「そうしてたら俺らの所に偶然辿り着いたってことか」
「……はい。そうッス」
彼女の語りを聞いた私は、もうただただ茫然としていた。心の中がグチャグチャにかき回されたような気分だった。でも、その内容を聞いて確信したことがある。
「とにかくその人たちは帝国の人たちで間違いないよ。勝者が『オブジェ』を飾る話は、私も聞いたことがある。愉快犯にしては団体の規模がおかしい気もするし、本当に帝国の人たちなんだろうね」
「にしても顔を認識出来なくなるって、そんな事出来るのか?」
「不可能じゃないね」
この世界には空気と同様に魔力『マナ』が満ちている。あらゆる生き物は空気とマナを取り込んで生きているし、力にする。
顔を認識出来なくするには、相手の身体中のマナ――――脳の辺りのマナを使うんだ。ほんの少し、視覚を司る器官をマナを媒介にしほんの少しだけ傷つけるんだ。だが、一人の顔をピンポイントにとなると話が変わってくる。脳を傷つけずにリアルタイムでのマナの精密な操作が必要だ。誰かがやったというよりは、魔道具による仕業だろう。無論そんな魔道具は知らないが、相手が帝国ならありえないと考えるのは非常に危険だ。
「それに、私はそのリーダーのような人物の『目に捕らえられずに急接近し腹を貫く』って方が、異様に思える」
「ウチの見間違いじゃなければ、アレは幻覚とかじゃなかったッス……」
「……いや、もしかしたらマナによる身体能力の向上か?」
「あ?? まーた訳の分からんことを言い始めやがって」
マナは空気と同様に生きる為に必要なモノ、そしてマナは身体に取り込まれた際に『定着』する。この定着したマナはしばらくすれば余計な分は外に排出され、魔法使いなどの場合は魔法で放出することになる。だから、魔法を使いすぎると力が抜けたような感覚に陥り、動けなくなる。
因みに身体強化魔法は身体の特定の部位に定着したマナを活性化させることで肉体の一時的な強化を促すものだ。
そして魔族や魔物が人間より力が強いのはマナの『定着率』なるものが異なるからだ。より多くより深く定着する関係で自然治癒能力が向上したり、より強力な身体能力向上が常時見込める。それに魔族魔物――――私のようなエルフなどは魔法に使えるマナの量が多かったり、感覚も研ぎ澄まされる事だろう。
そういった魔族や魔物のような定着率を人でも再現することは出来る。要は定着率が悪く少ない量のマナしか定着しないなら、より多くのマナを身体に入れれば良い。余計な分は自然と排出される以上、継続的な補給が必要だが。
だがマナを得るには一部の貴重な鉱石から採るか、生き物を殺す他ない。魔物は家畜化された例が無い為、継続的にマナを得る方法としては難しい。家畜化されている生物もそこまでマナを保有していない為、これも難しい。じゃあ何が適しているか。
…………彼らには、『奴隷』が居る。どのように扱っても良い人間の資源が豊富なのだ。
主犯格の女もそうだが、恐らく手下の甲冑たちも過剰マナの恩恵を受けているのだろう。
「ゴミだな」
「まぁそうだね。そう言われてもしょうがないと思うよ。ともかくソレがその特異的な身体能力の証明じゃないかな」
となると、相手は『帝国所属』でかつ『資源を注ぎこまれる程の信頼を上層部から得ている』という事になるぞ…………マズい気がする。
「何も…………」
イーリエがゆっくりと口を開ける。その声色は、とても『その場』に居なかった私には理解しきれないであろう数多の感情が彼女を潰していくのが分かった。
「何も…………出来なかった。守りたかったのに、守れなかった…………ウチが……弱いせいで……ウ、チが……」
悔しさ。悲しさ。怒り。絶望。目の前で大切な人を殺されるというのはどんな気分にさせられてしまうのか、理解出来ない方が幸せなハズなのに。彼女は理解させられてしまったのだ。
「分かるよ」
「……え」
ゼロは石に座ったままのイーリエの頭を撫で、声をかける。なんだか、その声色はイーリエと似た感情が乗っている気がした。
「でもな、前を向かなきゃいけない。アルルさんは、お前を何としてでも助けたかったんだ。人が友達の為に命を張って守るなんて…………普通、無いんだ」
「…………」
「アルルさんの分もお前は生きる。でもその救われた命は、お前が使い道を決める。今、一番したいことは何だ?」
「……………………許せない」
ブワッとイーリエの周りのマナの流れが歪む。――――マナは時折、生き物の感情によって流れが変わる。特に、怒りの感情は周囲のマナの流れを自分に寄せる事で一時的な自強化を促す事があるのだ。
「あの女を、絶対に…………」
「そうか」
徐々に怒りに満ち溢れるイーリスの声色は今日初めて会った時からは想像出来ない程に低く、イーリスを見つめるゼロの声色は今日初めて会った時からは想像出来ない程に……優しい声色だった。
「ほら、その女と会った所に案内してくれないか? 俺も行くからさ」
「……ありがとうございます」
「――え? 私もかい?」
ゼロに「ここまで話聞いたら行かないと」とでも言わんとする眼差しを向けられる。ま、まぁ私も着いていくつもりだけどさ。許せないのは、私も同じだから。危ない気しかしないけど、なんとなく大丈夫な気がした。
ゼロの眼差しに頷くと、彼はイーリエに右手を差し伸べる。黒い手袋に黒いコートで素肌を隠した彼の右腕は、何処となく細く見える。
「あ、ありがとうございますっス」
イーリエは彼の手を掴み、立ち上がる。そこには、ついさっきまでの敗走者ではではなく一人の戦士が立っていた。きっとアルルは、復讐目的に挑んで欲しくないだろう。
でも、ゼロも言ってたけどイーリエ本人が望むんだし…………。
出来れば最悪の事態にならないように、私も本気を出したいな。
「え」
イーリエが何かに驚いたような様子を見せる。
「どうしたんだい?」
「い、いや大丈夫ッス」
深く深呼吸する彼女はとても集中している。きっと色んなことを想っているのだろうね。彼女の力になれるよう、全力を尽くしたい。記憶の事は一旦置いておこう。
「そういえば、ゼロはさっき気配がどうのって言ってたよね? 私の探知魔法は未だに機能してないんだけど、今も気配の居場所って分かったりするのかい?」
「ん? ああ、まだあまり動いては無いな。イーリエが来た道を戻っていけば連中と出会うかもな」
なら、まず浮遊魔法で飛んで目視で索敵するか……? でもこの辺り一帯は火の海。上から見て状況把握なんて出来るのかどうか……。
と、そんな事を考えていたら途端にイーリエが駆けだす。獲物を見つけた獣のような足取りの早さだった。
「あ、おい!!」
頭をかきながらゼロは彼女の後を追い始めた。あまりに唐突だったので私も苦手な全力疾走をさせられることになってしまった。
駆ける。駆ける。駆けだしていく。私たちはいち早く『あいつら』の場所に向かっていくのだ――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます