第3話 凸凹コンビと、シオン村と、
「えぇ~~~!!! ローズさん、記憶を無くしているっスか!?!?!? 大丈夫なんですかそれ!?!?!?」
馬車の中をイーリエのとびきり大きな声が響く。あまりにもデカい声だったから頭が痛くなってしまう。やめてくれ。
「そ、そうだ。130歳くらいから190歳くらいの、60年くらいの記憶かな」
「……よくよく思ったんだが、なんでそんな鮮明にいつからいつまでの記憶が無いって言えるんだ?」
「ああ、それは130歳くらいまでの記憶が凄く濃いからだよ」
「へぇ、そうか」
…………うん? このやろ、質問するだけして会話を広げないのかい!!
ゼロの態度にちょっぴりだけ苛立ったが、チラリとアルルとイーリエの方を見ると二人とも凄く聞きたそうな顔をしていたので話を進める事にした。
「エルフは長命だけど、基本的に独り立ちするのは短命種と変わらない20歳頃からの場合が多いね。心の成長自体は短命種と同じだからね、何の不思議もないよ。
それで私は魔法がなんとなく好きだったから大魔法学校に通いだしたんだ。お金とか色々親や姉、里の人たちが助けてくれたしね」
「大魔法学校と言うと、ルボワ国とベルク国の間にある山脈に建っているっていうアレかしらぁ?」
「そうそう。私の里はツェー大陸にあったから行くのは大変だったよ。実際大魔法学校に行く目的でヨナ大陸に来てからは帰ってないね」
ツェー大陸。広大なヨナ大陸の南西、『帝国』の牛耳るヴェル大陸の南に位置する世界三大大陸の一つ。平和協定で比較的安定しているヨナ大陸、良くも悪くも帝国の圧倒的な支配で秩序を維持しているヴェル大陸とは違い、ツェー大陸は常に争いが絶えない。
その理由は未だ開拓途中の国が多かったり、大きくて力を持ったリーダーのような国が未だに居ない事による情勢の不安定が原因だ。
私の故郷の里は比較的穏やかで、仮に攻められても軽くソレをいなせるような実力者がいくらでもいるトンデモスポットだ。だから子供の頃は全く争いとかに関わる事は無かったけど、ヨナ大陸に向かう際に本当に色々な光景を目にした。
人や魔族が入り混じり争う様、子供の死体を抱え助けを呼ぶ一人の母の姿、略奪、侵略、あの大陸では今でもそんな非道な行いがまかり通っている事だろう…………。
「あらまぁ、でもしょうがないものね。あの大陸はホントに危ないし、お父様やお母様もご理解してくれるでしょうぉ」
「うん。それに一応手紙もたまに送るしね。50年に一度くらいかな?」
「分かってたけどくっっっっそ長いな、間隔が」
「時間の感覚が違うからね。ちなみに私もマイペース過ごすと何か月とか何年とか時間が過ぎちゃうんだよ」
マジか、とイーリエとゼロの二人が一緒に似たようなリアクションを取る。この男より話が出来たことにちょっとした優越感が生まれる。フフン。
「ということはよ、記憶を失ったことも知らないんじゃないのかよ。その里の人たちは」
「うん」
「ひょ~~~。俺が親族だったらビックリだけどな」
ずっと私の話をしてもしょうがない。そう考えた私はアルルたちに話を振ることにした。
「アルルとイーリエはどういう繋がりの二人なの? 年は近そうだけど、なんというか、水と油みたいな性格の違い具合だから気になってさ」
「まぁそうねぇ。人は、自らの同類と繋がりたがるって言うしねぇ。不思議でしょうねぇ」
アルルは隣のイーリエの頬をちょんと突く。ムニっ、なんて音が聞こえてきそうな柔らか肌なのが見ても分かる。
「ア、アルルさんッ!! 突っつく時は先に言って下さいっス!!」
「フフフ、そうね。ま、こんな感じで私とこの子の波長がたまたま合ったってだけよぉ。
出会いは2年くらい前、駆け出し冒険者の時にたまたま同じ依頼の紙を取ろうとした時だったかしらぁ――――」
◇◇◇
「あの時はイーリエったら凄く焦っちゃって。何度も何度も『すみません!』って、ペコペコ頭下げて謝っててねぇ」
「だ、だってぇ!! あんな綺麗な人が取ろうとした依頼を自分が、そんな!! 恐れ多いというか、すっごく恥ずかしくなっちゃって!! ウチの顔が真っ赤になったのが見なくても分かっちゃったっス……」
何だか変な所を気にするんだなぁと思いながらも私はアルルの話を促し、続きを聞く。
「で、イーリエはそこから逃げようとしたのよねぇ。ごめんなさいとかなんとか、色んなことを口早につらつら言い並べてねぇ。でも、私はその時一人だったし誰か一緒でも良いかなぁ……でも出来れば同性の方が気が楽だなぁって思ってたのよぉ。
だから――――――」
「急に腕を掴んできて、一緒に活動しませんかって言ってきたっスね!! 今思うとアルルさんにしては凄く言葉が短いというか、なんか顔が赤かったような?」
「へぇ…………顔を赤く、ね」
ふと、アルルの方を見ると今の時点でかなりお酒でも飲んだかのように真っ赤になっていた。あの調子だと湯気とか出るんじゃないか?
「と、とにかく! 私とイーリエはその時の依頼を機に一緒に動いて、なんやかんや意気投合して、今の今までずっと二人で共に活動してたって訳なのよぉ。今は一緒の宿の部屋で寝たりしてるものねぇ~。
それに、この私の髪飾りも誕生日プレゼントでイーリエがくれた物なのよぉ~! もうずっと付けてるわぁ。こんなに可愛くて素敵なんだもの」
あの髪飾り、確かバラの髪飾りだと思う。リベルティの古くから存在し、未だポピュラーな花。花言葉は、『告白』『愛情』だったっけ。魔法学校の図書室で見たとても古い文献にはそう書いてあった。
そして今度はイーリエの顔が真っ赤になっていく、なるほどコレは――――――
「…………お似合いなコンビじゃねぇか。凸凹コンビかと思ったが、案外そうでもないのかもな」
クソッ。ゼロのやつに言葉を盗られた……私も言おうと思ったのに。
「そういう貴方たちも仲良さそうだけど、確か今日知り合ったのよね?」
「ん? そうだけど。まぁ、私はまだこの男の事を全然知れてないけど」
「ウフフフフ」
私がそんな事を言うと、アルルはいきなりにやけだした。口を右手で隠し、その下で口を三日月のようにしつつ笑みを浮かべる。あまりにも悪者がする笑顔を浮かべ方で一周回って面白いなと思った。
「まぁまぁ、初日はそんなものよぉ」
「いやいや、私の記憶のゴタゴタがなんとか済んだら解散するし…………」
いや、それはちょっと冷たいか?とか思いつつゼロの方を見たが、彼は何一つ表情を変えなかった。私の発言に反応する代わりに彼は口を開き、
「こういった危険もある仕事でのパートナー関係は、大切だ。戦いにおいて大事なのはまず、手数だ。人が多ければ多いほどより多くの手数を得られる。加えて、その仲間との関係が良好であれば戦い方の幅も広がるだろう。連携したり、あえて囮になる戦術を取れたりするのは、『信頼』があるからだ。
この人なら自分の事を裏切ったりしない。この人なら自分の命を任せても良い。そう考える事が出来るからこそだ。
だが、それほどに厚い――――――君たちのようなとても仲の良いコンビは、」
必ず命を落とす
――確かに、ゼロはそう言った。驚いた。まさか彼がこんなに空気が読めないとは。
ま、彼の言う事に間違いは無いと思うし面倒事はゴメンだから割り込まないでおこうっと……。
「…………」
アルルは何一つ――つい先ほどまでの不敵な表情を崩さず、イーリエは明らかに怯えている様子で、沈黙する。
ガタン。ガタン。馬車の車輪が何かに躓く度に車体が揺れる。なんか、こんな空気は嫌だ。きもちわるくなる。
そもそも、なんでゼロはいきなりこんな事を言いだしたんだろうか。
沈黙を破ったのは、アルルだった。
「それで、ゼロさん。それでどうしろって言うのかしらぁ?」
「…………」
アルルの返答に対し、ゼロは鋭い眼光で返す。ますます収拾がつかなくなってないかい? コレ。
「確かにそうでしょうねぇ。出来る事が増えると同時に、弱点も増えるでしょう。例えば、私たちの片方が死んだらもう片方は今まで通りに戦えるのか。動揺せず、そんな事になってしまった窮地を脱することが出来るのか…………ってコトよねぇ? 他にも判断が鈍っちゃうとか、パートナーが人質にされたらとか、色々あるでしょうけど。
それでもね。私は、イーリエちゃんと一緒に居るのが楽しいのよ」
アルルはイーリエの頭を撫でながら、まっすぐ、逆に彼を突き刺すようにゼロの金色の目を見つめる。
「一人では何とも思わなかった事が、イーリエと一緒だと楽しい思い出に変わった。
一人では何とも思わずに黙々と食べる食事が、イーリエと一緒だととても美味しく感じた。
一人では助けようともしなかった同業者を、イーリエと一緒なら共に手を指し伸ばしてあげられた。
ゼロさんの言う事はとても合理的で正しいわぁ。そしてその正しさは、実体験から来てるのかしらぁ?」
その一瞬、彼の眉がピクリと歪む。
「もしそうなら、分かるでしょ? 誰かと一緒に動く。そして、大切な誰かが出来る。その大切な誰かと、温かい日常を過ごせる。
コレって、凄く甘美なのよ。知ってしまったら、もう元には戻れない。ええそうよ、今の私にはイーリエ無しでの日常は考えられない。それ程に、大切。
…………仮に、貴方の言う通り互いの繋がりのせいで互いが無残に死んだとするわぁ。もし――――――もしそうなったなら、亡骸が一緒なら、私は寂しくない。悲しくなんて無い。
少なくとも、死んだとしても一緒になれる道があるんだもの。なら生きてるうちに、大切な人との日常を噛みしめておかないと…………でしょう?」
アルルは少しも表情を歪めず、とても清々しい様子でゼロに言い放った。
「……………………そうだな。お前たちと、俺は何か違うのかもしれない。邪魔して悪かった」
ゼロはそう言うと、馬車の外を眺め始めた。因みにイーリエはもうこれ以上無いほどに顔を赤くしていた。手をパタパタさせてなんとか顔の火照りを拭おうとするが、それでも赤くなってしまうようだ。
……なんか、壮大なプロポーズみたいなことさせて無いかな。申し訳なさ過ぎて、私も顔が赤くなりそうだ。穴があったらそこで100年くらい隠居したい。
「ア、アルル……さん。あの」
「イーリエ」
「は、はいッス!!!」
次の瞬間、アルルはイーリエの手を握った。繋いだ。指を絡めて、まるで一つになるように。
「ぴ、ぴぇ……」
「フフフ。もうあそこまで言っちゃったもの。一生私のパートナーよぉ」
「ぎ」
何か潰れたかのような声を立て、イーリエはバタンと倒れてしまった。流石に脳がパンクしたのだろう。
「あの」
「うん? どうしたのかしらローズさん?」
どうしても、聞きたかった。何だか頭が痛い。私にも、そんな人が居た気がしてならない。だから、さっきのゼロの言葉も胸に突き刺さって抜けそうに無い。なのに、
「どうして、怒らないのかい?」
するとアルルは私の唇に人差し指を添え、ゼロやイーリエに聞こえないくらいの小声で囁いた。
「人の考えなんて星の数ほどあるのよ。それらに一々ぶつかったら心が持たないわ。例え長命種のエルフだろうと。
だから他人の考えはまず第一に受け入れ、嚙み砕いて、飲み込んだり吐き出したりする。ここで大事なのは、自分の考え、意志を曲げないこと。
そりゃあ自分が間違っていたら改める必要はあるわぁ。でも、ほとんどの場合人の考えに間違いなんて無いの。ゼロさんだって、あの言葉は私たちを気遣ったが故に口から出たのだろうしねぇ。
人生の答えは無数にある。私が今辿っているのは、その無数の答えの糸の中の一本にすぎないの」
「あ…………」
「フフフ。コレ、楽して生きるコツよぉ」
そう言うと彼女は「少し寝るわね」と言い残し、目を閉じてしまった。
私は何も言葉を言い出せなかった。自分より100歳以上も幼いはずなのに、こんなにちゃんとした考えが出来るんだ。
「……ぃ」
また、頭が痛い。わ、私は、前にもそう感じた事がある?
「私も、瞑想でもするかな」
チラリとゼロの方を見る。彼はまだ外を眺めていた。馬車の後方、もう既に日が沈み始めている。
アルルの瞳には、強固な意志が感じ取れた。なら、彼の瞳からは何が感じ取れたのだろう。そう思ったが、考えを散らして瞑想することにした。
『ゼロさんの言う事はとても合理的で正しいわぁ。そしてその正しさは、実体験から来てるのかしらぁ?』
一体、彼の瞳から何を感じ取れてしまうのか。怖くなったからだ。
◇◇◇
もう夜になってしまった。ご飯は各自事前に用意した携帯食で済ませてしまった。ゼロはその類のものを持っていなかったようだが本人が「大丈夫だ」と言ったし、大丈夫なんだろう。
「もうすぐシオン村ですぞ」
私たちが道中ギャーギャー騒いでいても文句一つ言わずに馬車を走らせていた御者が口を開く。なら、もうすぐなのだろう。
支度を始めよう――――――
「で、ですが…………お客さん。私の目にはシオン村がその、」
「燃えているように見えるのですが…………」
とした時に聞いた御者のその言葉に、私たちは目を丸くせざるを得なかった。
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