第12話「縁は異なもの味なもの」 Bパート

さて。

あの日、“パイオボイニャーの布”の全貌を世にオープンしたまでは良かったが、「コレが正解だ!」といった決め手らしき解読も無いまま、あれよあれよと時間だけは過ぎ去ってしまった。

寄せられた解答は「平和のために戦争はやめなさい」という系統の内容ばかりだった。

もちろん、それがアタリかハズレかは誰にも分からなかったが、「そんな当たり前のことをわざわざ宇宙人が手紙で寄越さないだろ、フツーは!」というのが識者や一般人らの大半の意見であった。

もっとも、そんな当たり前のことが未だに出来ていないのも問題ではあるが。

加えて、「そもそも文字数から見てももっと長文だろ!」と誰もが思った。

しかして、学者、専門家からクイズファン、老若男女から果ては老若男女を問わず、東西と南北の謎解き好きが熱心に挑んだが全部が全部、ことごとく徒労に終わってしまう。

国家を超越し、世界全土にまでいたっている大問題ビッグ・プロブレムであったが、まさに行き詰まったのだ。

それは地球全体をも巻き込む巨大ストレスにまで発展してしまったと言っても過言ではないだろう。

「どうしたらいいんだ!」

「わからん!」

「誰がヒントだけでもくれ!」



そんな渦中の11月21日、フライデー・アフタヌーン。

アフリカ大陸の一国いっこく、そのいち地域の小さな村から、アメリカ合衆国はパイオボイニャー対策局宛てに、ある少数部族の長老がしたためた一通の速達が届く。


〈我らは“パイオボイニャーの布”の謎を、我らなりに読みほぐしてみようと試みた。打楽器による会話も用いる我らだが、“パイオボイニャーの布”の紋様通りに打楽器を叩く我らに対し、5才の子供が妙な叩き方をする。聞くと、音の無いところを叩いていると言う。その太鼓の音が大地の友の言葉にとても近いのだ〉


このアフリカからの手紙がすべての流れを変える。

解読チームリーダー/ドナイア・T・ヨムネン教授は話す。

「ワタシたちは文字や紋様に見える、ここの色濃い部分を読み取ろうとしていました。しかし違ったのです。まったく反対でした。逆に空白や余白を読まなければならなかったのです」

NASA副長官/ナーサ・エライヒト博士が付け加える。

「それが送り主たちの文化なのか、或いは洒落っ気やジョークなのか、はたまた意地悪なのか。今はまだ分かりません」


以降、クロスワード好きのカナダ主婦、中国の歴史好き少年、フィンランドの数学者、日本の中学校の駄洒落研究会、マレーシアのなぞなぞ好き少女、オーストラリアのクイズ作家、ドイツの言語学者、ブラジルのミュージシャン、パイオボイニャー対策局の学者などなど、世界各国の挑戦者たちが各々は部分的ではあるが読み解きに成功する。

さらに進めていくうち、日本語の文法に極めて似ていることも判明。

解読作業は日本語訳にて急ピッチで進み、4日後、すべてが終了。

日本の言葉も達者なアメリカ大統領/ワシガー・ダイトリオンの口から日本語訳版が発表されることとなる。

かくして11月26日、水曜日09時12分(日本時間)、メッセージ内容の初公開会見が全世界同時生中継でホワイトハウスからテレビ放送される運びとなった。



雨滝砂姫乃、雨滝風理雄、漁火夜風、四方方憩子、天倉寺明日花、豊岡、斑鳩、ナーサ・エライヒト、オットモット・エライヒト、シャーク博士は、ワシガー大統領の発表をリアルタイム視聴するためにパボ課の地下大会議室に集合する。

「ナーサは手紙の内容を知ってるの?」

砂姫乃が尋ねる。

「いいえ。私は知らされてないわ。オットモットもよ」

NASA副長官であり、解読チームの責任者のひとりであった彼女もまだ全容は聞かされていないらしい。

「完全な秘密主義ですね」

豊岡が用心さに感心し、斑鳩警部が性悪を言う。

「誰かが全文を既に読んでて、テメエの利益になるよう改変してんじゃねぇか?」


「間に合ったようだな」

そこに現われたのがアインザッツ博士とその一派。

犬井一子、射出小梅(梅子)、山本山マグマ、可燃花炎火ファイファイ、そしてタカイシ博士。

「あらあらアインザッツ博士。お久し振り」

ナーサの挨拶にアインザッツが応える。

「おう。諸君も久しいな。どれ、大統領の重大発表とやら、如何ほどのものか楽しませてもらおうじゃないか」

あちらでは梅子と一子が棒術少女に手を振っている。

「砂姫乃チャン元気?」

「あ。どうも・・・」


一同が雑談に興ずる暇もなく、公共テレビ局の生放送特別番組が緊急生中継に切り替わる。

早速、アメリカ大統領が地球外知的生命体からのメッセージを解読チームの付与したナンバー通り読み上げる。

以下、それをそのまま、注釈を交えつつ、ここに書き記す。


01

〈地球のみなさん、こんにちは〉

02

〈私たちは地球からストーン(※1)っと遠く離れた星に住むストーン(※1)人です〉

(※1=鉱物を指す固有名詞だと考えられるのでストーンと訳した。なお、文字遊びを用いた文章らしいため、あえて駄洒落にもしやすい単語を選んだ)

03

〈あなたがたは、超能力者を見て、わたしたちストーン人の科学力に驚いたでしょう〉

04

〈地球人の科学力は受け取った手紙(※2)からおよそ理解しました〉

(※2=パイオボイニャー1号に搭載されていた地球外知的生命体へ向けた金属製メッセージ円盤のこと)

05

〈私達の科学は、地球の科学より数億年はストーンっと進んでいます〉

06

〈あなたがたはストーン星人の進んだ科学技術を欲しいと思ったはずです〉

07

〈私たちは、皆で話し合いをしました。その結果を伝えます〉

08

〈議論の末、ストーン人の科学を地球人に授けるべきだという結論に至りました〉

09

〈しかし残念ですが、地球人はストーン星人と比べると、基本の感情が〉

10

〈1つ足りない、という事実も手紙から解かりました〉

11

〈あなたがた地球のヒトが、同等の感情を持たない生き物を〉

12

〈同等に相手してないように、感情が1つ足りない限り〉

13

〈ストーン人も地球人を同等で見られないのです〉

14

〈この事実を理解し、改めて最後ひとつの感情に地球人が目覚めた時〉

15

〈ストーン星からのメッセージに載せてあるシステムをお使いください〉

16

〈システムが、目覚めた感情をオルゴォン(※3)感知し、自動で私達に知らせてくれオルゴォン〉

(※3=ここのみ直訳、且つ文末で同じ文字が使用されているので駄洒落として訳した)

17

〈その時、ストーン星人の科学をあなたがたに必ず伝えに来まストーン〉

18

〈地球の皆様の眠れる感情が覚醒しますように〉

19

〈いつまでも、お待ちしてオルゴォン〉


「・・・こ、これは? これは真面目に訳しているのか!?」

改めて文章を読み直した大統領は、ダジャレ混じりも相まって理解が追い付かない。困惑の表情。

目の前のマスコミ関係者も言葉を失ない、途方に暮れ、戸惑いを隠し切れない様子。


・・・特番テレビの進行担当アナウンサーもアシスタントのお姉さんも反応に困っている。

「え~。え~、アメリカのダイトリオン大統領の発表でした。えっと、ダジャレが・・・ダジャレでしたよね? ダジャレですが、え~。え~、あ、解説の小末田こまつた教授、ど、どう思われますか? 感情? 感情に目覚めるとは?」

「え? はぁ。え? あ~。ど、どうなんでしょう? 小末田、ストーンっと困った感情です」

スタジオに設置されている視聴者からのご意見・質問など受け付け電話数台も後ろでジャンジャン鳴って止まない。


「くっくっく・・・ ふふふ・・・ はっはっはっは! ・・・感情が足りない、か!」

アインザッツがメッセージ内容にこらえ切れずに笑い始める。

「あっはっは! こりゃマイッタ! 地球人は足りないと来た!」

「感情が足りんか! ははははは!」

「そりゃあ~イカンジョ~じゃ! ひ~っひっひっ!」

オットモットも、シャークとタカイシも大声を上げて笑う。

国際電話の直通でパイオボイニャー対策局に「今の大統領の発表は本当なの?」と問い合わせていたナーサも、通話を切るなり溜め息のあと笑い出す。

「ふぅ~・・・ ふふっ・・・。本当にあのままだそうよ。ふふふ。地球人は感情が足りないって書かれてたって。ふふふ」

科学者たちがとにかく笑い始める。

最初はテレビと同じで困惑していた斑鳩も豊岡も風理雄も、夜風と憩子と明日花、一子と梅子もジャパニーズ・ダジャレを除けて発表された内容を反芻するうちに、次第に意味が分かってきて笑い出した。

砂姫乃、マグマとファイファイはどうもよく分からない。

「え? どういうこと?」

砂姫乃がナーサに聞く。

「あぁ~ もう~ 笑っちゃうわよね」

笑いすぎて涙目になったナーサがやっと砂姫乃の質問に答える。

「砂姫乃、ダジャレは別に考えなくていいわ。あのね、私たちは彼らストーン人と比べると喜んだり、怒ったり、悲しんだり、怖がったり、驚いたり、そんな感情がひとつ足りないそうなの。ストーン人から見ると、ね」

「な、なにっ!? 宇宙人は! 地球人を! 見下しているのか!」

「ファファ~!」

マグマとファイファイがちょっと怒るがアインザッツが落ち着かせる。

「マグマくん、ファイファイ。そうではない。彼らに悪意はないはずだ。いや、故に厄介なのだが。純粋に地球人の覚醒を待っているのだろう」

夜風が困った笑顔でさらに噛み砕いて分からない勢に説明する。

「だからね、地球人はまだ感情が未熟なんだって」

明日花は真剣な表情で付け加える。

「砂姫乃・・・、ウチら地球人はもっと・・・進化しなくちゃいけないんだ・・・」

「進・・・化・・・?」

今ひとつピンと来ない砂姫乃に風理雄が説明する。

「とにかく。宇宙人の・・・ストーン星人と訳してたか・・・彼らの科学は、今の我々のままでは手に入らないってことだよ」

アインザッツが砂姫乃を始め、皆に対して皮肉めいたことを言う。

「やれやれ。何のためにこれまで我々は対立していたのか。まぁ、ある意味、私が最初に望んでいた展開だとは言えるがな」

斑鳩が返す。

「しかし完全に断られ拒否された訳じゃない。かと言って、地球の生物が現代まで持たなかった感情を持て!だの、掴め!だのと言いやがる。どっち付かずか。もどかしいな」

「しかしじゃ。アインザッツくんの肩を持つ訳じゃないが、これで良かったのかも知れん。これでな」

タカイシ博士がとにかく強引にまとめる。

「そう思うのが一番健康的かもね・・・」

ナーサもやり場のない思いのまま、とりあえずまとめに入るしかない。

「幸せは、やっぱり自分の手で掴まなきゃいけないのかなぁ・・・」

砂姫乃がぽつりとつぶやく。



雨滝砂歌音は、母親、雪隠せちなと一緒に自宅テレビで生放送を観ている。

「ママには難しいわ・・・」

「いいえ、おばさま。おそらく現在の人類には理解できませんわ。そうですわね、砂歌音さん」

「うん。・・・そうよね。人間がまだいだいたことのない感情だなんて・・・」

砂歌音にだってまったく分からない。



生放送のテレビでは、街頭での生インタビューの様子が映し出されている。

「宇宙人のメッセージが発表されましたが、どう思いますか?」

「えっ? う~ん・・・ よく分かんないです」

30代ぐらいのサラリーマン男性も困り顔でインタビューに答えている。


豊岡は素朴な疑問をぶつける。

「しかし足りない感情って何でしょうね?」

斑鳩警部が即答。

「分からん。喜び、怒り、悲しみ、怖れ、驚き、あと何だったか・・・」

シャークが付け足す。

「嫌悪とか、期待とか、信頼。・・・その辺りだな」

斑鳩が続ける。

「あ、ども。・・・それ以外なのか、或いはその延長か・・・」

応えたのはオットモット。

「基本の感情だと訳されていたし、おそらくは現在持っているものの延長線上ではないんだろう。根本になるもっと大きな感情のことなんだろう」

夜風が問答に加わる。

「喜んだり、悲しんだり、怒ったりじゃない、まったく別の感情だなんて・・・あるのかしら? 想像も着かないわ」

タカイシ博士が言う。

「だからこそ彼らに言わせれば、我々は生物として進化途中なのじゃ・・・」

シャークも続く。

「考えて出てくるようなものじゃないだろうしなぁ・・・」

砂姫乃が分からないなりに思い付く。

「もしかして、パイオビッカーが何かヒントなのかな・・・?」

オットモットが答える。

「そうかも知れないね。しかし、そうじゃないかも知れない」

シャークとナーサが返す。

「何も分からん」

「分からないわね」


流れているテレビ特番では、宇宙人に詳しいらしい自称チャネラーが珍妙な解説を加えてスタジオを凍らせている。

「ベントラ~ ベントラ~ ストーン星人の意志が~ 見えてきました~ 石だけに~」


「なんじゃアレ? 誰が呼んだのよ?」

一子の冷たいツッコミ。

「さあ? あんた分かる?」

梅子が向かいにいた憩子に振る。

「ごめんなさい、分かりません・・・」

一子がリモコンを取り、大型テレビモニターを消してしまう。

「まだ! 見てる!」

マグマがリモコンを取り返しまた点けて、梅子が呆れる。

「見てもしょうがないでしょうに・・・」


そんなやり取りをよそに、斑鳩がメッセージを掘り返して科学者たちに聞く。

「そんで、自動の感情感知システムというのは何なんだ?」

ナーサが質問に答える。

「“パイオボイニャーの布”の絵はまだ未解読なの。あそこらが説明や設計図にでもなっているんじゃないかしら」

オットモットが不明点も多く、世間に公表していない部分がある事実を告白する。

「実は“パイオボイニャーの布”の7箇所に、“三角形が宇宙の基本”という言葉が書かれているんだ。この言葉が絵解きのヒントなんだろう」

豊岡がつぶやく。

「“三角形が宇宙の基本”、か・・・」

マグマと憩子、一子とファイファイ、砂姫乃と梅子が顔を見合わせ頭を傾け「さっぱり分からない」という表情。

アインザッツがナーサの設計図論に独自の解釈を加える。

「三角形が基本ということは、おそらくは平面ではない発想ではなかろうか。すなわち、縦、横、高さか。もしくは三角錘さんかくすい。とどのつまりは立体設計図。そんなところだろうて」

ナーサも同感らしい。

「えぇ。私もそう思うわ。あの絵が彼らの言うシステムへと繋がるのでしょう」

夜風が科学者を信頼し安心する。

「そっちはまだ分かりやすそうですね」

ナーサら科学者がうなずく。

砂姫乃が風理雄パパにこっそり告白する。

「あたしにはさっぱり分からないよ」

「理屈では分かったような気がするけど、パパにも詳しくはさっぱりだよ。まぁ宇宙人が親切心で何か機械だかの作り方を教えてくれてるんじゃないかな」

風理雄の感想にタカイシ博士も同意しているようだ。

「ミスター雨滝、そのぐらいの認識で、きっと良かろうなのじゃ」


しかしオットモットはもっと考える。

「感情・・・心の揺れも確かだが、表から見える表情のことかも・・・」

NASA長官が独り言のように続ける。

「サルの仲間が人類に進化して得た、顔の表情筋のカタチとしての“喜び=笑顔”が地球の生き物として最新、且つ現段階で最終表情だろう・・・。表情を顔に出すのはヒトだけ。いやイヌやサルにもそれらしい表情こそあるが・・・ヒトがそう捉えるだけとも言える。いや、何よりも個体差を問わず表情を確実に作るのはヒトのみ・・・」

オットモットの思案にナーサが寄り添う。

「考えても答えは出ないわ、きっと」

アインザッツも言う。

「感情の問題だからな。何らかの経験がないと・・・例えば人類が経験したことが無いぐらいの・・・」

言い掛けて言葉が止まる。

アインザッツと同時に学者勢と風理雄、斑鳩、豊岡と夜風、明日花が「ハッ!」となる。

少し遅れて一子、梅子、憩子が「ハッ!」となり最後に砂姫乃、マグマ、ファイファイが「ハッ!」となる。

「人類が経験したことが無い! それってつまり!」

オットモットが大声を上げ、ナーサも歓喜する。

「それって今よ!」

ほぼ皆が声を揃える。

「そうだ! それだ!」

「それよ!」

地球人がかつて経験したことが無い・・・。

それは・・・!

地球外知的生命体との出会い!

そして超能力者の出現!


これらが新たな感情を人類に呼び起こす鍵なのか!?


・・・ところが。

「・・・けど、特に新しい感情は湧かないファ・・・」

ファイファイの悲しそうなつぶやきに明日花も同感。

「・・・ウチも」

夜風とナーサもだ。

「実は私も・・・」

「私もよ・・・。奇妙な感覚で興奮もするけれど、新しい感情には至らないわ・・・」

タカイシ博士が溜め息を吐く。

「わしら地球人はSF(サイエンスフィクション)として、宇宙人のコンタクトやエスパーに慣れてしまったのかも知れんのう・・・」

アインザッツが諦め気味に首を振る。

「想像が現実を超えてしまって、目の前の事実に感動できぬとは・・・」

オットモットが嘆く。

「何ということだ! 人間の想像力が逆にあだになるとは!」

「ふりだしに戻っちまったか・・・」

斑鳩のひと言に、一同は深い深い溜め息が出てしまうのであった。

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