第13話「若い時は二度ない」 Aパート

「宇宙人まんじゅう新発売!」

「さあ! 今朝の特集コーナーは全世界注目の宇宙人です!」

「ストーン星人パン、焼けました!」

「奥さん聞きました? 宇宙人が本当にいたんですって!」

「これからはストーン星人を顧客視野に入れた商売が必要になるぞ!」

「宇宙人ラーメン再入荷しました~!」

「新商品、ストーン星人に因んだネーミングで行きましょう!」

「ぼく、うちゅうじんのやくがしたい~!」

「宇宙人セール! 大バーゲン!」

「この犬の名前はストンにしよう」

「宇宙人のモノマネします! ワ~レ~ワ~レ~ハ~」

世間では「感情が足りない」論争はほとんど起きず、単純に「宇宙人が実在した!」、「地球人は宇宙にひとりぼっちではなかった!」という事実を受けて、素直に盛り上がっていた。

そりゃもう、恥ずかしいぐらいに。

もちろん未知なるものに恐怖心を抱く者や、自らの立場や利益が脅かされるのではないか?とマイナス感情を持つ者も多かれ少なかれいるにはいた。

だが、大多数のお祭り騒ぎの前には微々たる少数派でしかなかった。



アメリカ大統領によるストーン星人のメッセージ公表から17日後、1980年(昭和55年)12月13日、土曜日、大安ダイアン、午後。

アメリカ合衆国のパイオビッカー超能力総合研究所の所員でもあるエライヒト夫妻らの呼び掛けにより、パイオビッカーとその関係者がパボ課の大会議室に集められた。

「お忙しい中、ありがとうございます。パイオツです。今日はパイオボイニャーとパイオビッカー、ストーン星とストーン星人に関して、現段階で我々アメリカとNASAが把握している事実、そのすべてを知ってもらうために集まって頂きました」

ナーサがかしこまって挨拶する。

集まった面々は(ここは別に読み飛ばしてもいいよ)、雨滝砂姫乃、漁火夜風、四方方憩子、天倉寺明日花、豊岡、斑鳩警部、坂本警部、塚前田警視、佐渡芝木夢千世警部補、アインザッツ博士、犬井一子、射出小梅、山本山マグマ、可燃花炎火、ペニー&シャーク・トルンジャーネ親子、雨滝風理雄、雪隠せちな、雪隠の所属チーム3名、近衛初穂、スクリュー波海、高市コウイチ、飯伏銀太郎ヒゲダンディー、機中マシン太、ほか見知らぬ人が10~12名ほど。それと母上千代防衛庁長官に枯杉ことな警察庁長官。そして、朱鷺羽射矢龍総理大臣である。

(ここまでが参加者紹介、ここからは読んでね)


隣に立っているオットモットNASA長官が続けて話す。

「え~、まず始めに、ストーン星及びストーン星人について報告します」

長官が言い終えると副長官が通路側のドアに声を掛ける。

「時坂さん、こちらにどうぞ」

入室するよう呼ばれたのは、肩に少し掛かるほどの緑の黒髪をした11~12才くらいだろうに妙に大人びてあでやかなひとりの壮絶美少女。

会場の男連中+αが思わず「ゴクリ」と息を飲む。

豊岡が「ぐえ」って小さくうめいたのは、夜風に肘鉄アタックされたかららしい。

少女がオットモットとナーサ、2人の間に立つ。

「彼女は一昨日いっさくじつパイオビッカーになったばかりの時坂さんです。え~、出会ったきっかけは、馴染みのブックストアーで・・・」

オットモットの話は長いので要約する。

この少女、心優しく美しく、見目麗しく悩ましく、頭脳明晰で嘘偽りを知らず、清らかで純粋(オットモット談)。

名は時坂瑠璃ときさか・るりという。

能力ペイシェントは、物体にキスをするとそのもの自体の年代測定ができる。

“パイオボイニャーの布”を初めて手渡された瑠璃は、白魚のようなか細い指でそれを受け取ると目を伏せ、そっと接吻をする。

会場の男連中+αが思わず「ゴクリ」と息を飲む。


「そっと接吻くちづけ、うぶのこえ。時のメロディ、元素が調べ・・・」


静かに落ち着いた声色を奏で、皆の前で少女は“パイオボイニャーの布”が造り出された年代を弾き出してくる。

「聴こえるわ・・・聴こえます・・・」

時坂瑠璃は、また精製された経過時間と外部摩擦の僅かな劣化から移動距離をも割り出す。

その結果、ストーン星は地球から18光年も離れた遠い遠い位置に存在していることが判明。

さらにところどころ付着した極微細な物質からストーン星人は鉱物ミネラル質の細胞で身体が形成されており、地球人の時間感覚で寿命は1422億歳ほどだと告げる。

少女の分析能力にも驚くが、ストーン星人の実態にも驚かされる。

会議室内が吃驚の溜め息に包まれる。

「時間の概念が崩れるなぁ」

ヒゲダンディーが唸る。

「すんごい長生きだよ!」

「毎日なにしてるのかな?」

砂姫乃と憩子の素朴な感想に周りは小さな笑い。

「歴史もかなり長そう。科学も発展するはずですわ」

雪隠せちなの言葉に周囲も納得。


ここで少し話が逸れる。

「ちょっと待って! そもそもその子の年代測定能力って正確なの?」

一子がクレームを付ける。

それで「もっともだ」という意見も出てきたので、試しに当の一子が前に出て時坂瑠璃が生年月日などを測定することになる。

OLの手の甲にそっとキスをすると。

「・・・お姉さんのお誕生日は1948年8月1日。8時19分15秒が初めて泣いた時刻です」

皆が一斉に一子を見る。

「うぅ・・・ 正解デス! マイリマシタ!」

「いいけどあんたサバ読んでたのね・・・」

梅子が呆れる。


この年齢当て実験により時坂瑠璃の能力が口から出任せではないこと、同時に彼女の告げるストーン星やストーン星人の話が事実であるという確信を全員が持てたのである。

場内はあちらこちらザワザワ騒然となるがナーサ副長官がこれを静める。

「ご静粛にお願いします。ストーン星人はそんな実態のようです。ですから・・・我々からするとですが・・・きっと、かなり長い目で物事を見ていると思っていいでしょう。もっとも彼らには彼らの時間感覚があるでしょうから、我々の思うところの気長と言えるかどうかは分かりませんが・・・」


「初穂、おはなしがムズカシくって頭ぷんぷんちんかん」

「18光年先に住んでいる岩石宇宙人か・・・」

ヒゲダンディーがヒゲを擦る。

「話が壮大すぎるわね」

スクリュー波海もギリギリ着いて行ける範囲。

「ストーン星人さんとお話がしたいなぁ・・・」

マシン太くんの言葉に皆がうなずく。


ナーサが次の話題に入る。

「さて、次に。事の発端に話を巻き戻します」

ざわついていた皆が再び静かになる。

「タカイシ博士、お願いします」

「わしがラピス・スーゲィ・タカイシ博士じゃ。わしからの話はパイオボイニャー1号に積まれていた地球人類から地球外知的生命体宛ての金属円盤についてじゃ」

タカイシ博士は円盤に記録する映像や音声を選出、編纂へんさんする部署の主任もしていた。

収録されたのは、地球と地球に住む生き物のさまざまな記録。

特に人類の生活・文化が7割近くを占めていた。

しかしタカイシ博士の発表で皆が仰天したのはここからであった。

「眠たそうな者もおるな。ちと目を覚ませてやろうかのぅ」

タカイシ博士が意地悪っぽく笑って咳払いをひとつ。

「うぉっほん。ズバリじゃ。この円盤に収録されとる内容と、パイオビッカーの能力ペイシェントはすべて完全に一致するのじゃ」

「えっ?」

「なんだって?」

一同がまた驚きの声を上げ、ざわめき始める。

斑鳩警部が手を挙げて質問する。

「タカイシ博士、詳しく頼んます!」

「うむ、それもそうじゃの。うむ。例えば、キミ。名前は何だったかの?」

「あ、はい、雨滝砂姫乃です」

「お、そうじゃった。砂姫乃くんじゃったな、棒術使いの」

「はい」

「キミの棒術能力は、円盤に収録されておる中国武術の達人からじゃ」

「武術の達人・・・ へぇ~! そうだったんですか!」

夜風が挙手する。

「はい、そこのベッピンさん」

「タカイシ博士、砂姫乃の能力は解かりますが、私みたいな魔法みたいに非現実的な能力はどうなんですか?」

「キミは?」

「漁火夜風です、瞬間移動の」

「ほう、キミが。あれはの、収録されたSFマンガかSF映画じゃ」

「え? SF漫画ですか?」

「そうじゃ。ストーン星人は架空の物語を現実と勘違いしたか。若しくは架空の能力を現実化したんじゃ」

「凄まじい科学力だな!」

塚前田警視が腕組みをして身震いする。

想像を絶する優れ進んだ科学の前に皆もこれまで以上に愕然となる。

「そうじゃ。とにかくとてつもない科学力なのじゃ」

「ハ~イ! タカイシ先生~! 初穂がムチが使えるのはどーしてなんデスカ~?」

近衛初穂が聞く。

「良い質問じゃ」

「え~へへ~」

「良い質問じゃが、その答えはまだ分からんのじゃわ」

「あらら~だヨ~!」

初穂も他の者もちょっとガックリ。

「ただ今のところ、個人個人の潜在意識、例えば憧れや希望、夢、或いは根本の性格から来るのではないかと考えられておる。他に、深層心理に繋がるが、その人の苗字や名前とも何らかの関係はありそうだと言う学者もおる」

タカイシ博士は資料を閉じる。

「・・・他に質問のある者はないかのぅ?」

タカイシ博士が交替し、オットモット長官が次の報告に移る。


「次は、“パイオボイニャーの布”を入手しても、超能力を得る者とそうでない者がいる件について。コットディ博士、お願いします」

見覚えのない初老の男性がオットモットと交替し立つ。

「ハイ。多くのカタガタ、お初にお目に掛かりマス。ワガハイはNASAの宇宙生物学専門のコンナ・コットディと言いマス」

手元の書類に目を通しながら続ける。

「ミナサマお忙しいでしょうから、単刀直入に報告しマス。・・・パイオビッカーになった人は“パイオボイニャーの布”を手にした人なのデス」

スクリュー波海からツッコミが入る。

「いや、それは分かっていますから」

代表で坂本警部が尋ねる。

「しかし手にした人でもパイオビッカーにならない人がほとんどですよね?」

疑問に対しコットディ博士が答える。

「ハイ。その違いを今から説明しマス。ミナサマお忙しいでしょうから単刀直入に」

憩子がぽつり。

「単刀直入って一体・・・」

コットディの解説が始まる。

「ハイ。地球人が“パイオボイニャーの布”を手にしてデスね、拾ったり、貰ったり、触ったりで初めて能力を得るか得ないかの共通の分岐点、つまり別れ道がデスね、とどのつまり、」

「単刀直入に!」

豊岡がすかさずツッコむ。

「ハイ。要するに“パイオボイニャーの布”を手に取って、そのニオイを嗅ぐか、嗅がないかなのデス」

アインザッツが復唱する。

「ニオイを嗅ぐ?」

坂本警部も繰り返す。

「においを嗅ぐだって?」

雨滝風理雄が納得している。

「我が身を振り返れば、確かに嗅いだ覚えがあるなぁ」

雪隠せちなにも心当たりがある。

わたくしもニオイましたわ」

納得しているパイオビッカーたちにコットディ博士が追加する。

「厳密に言うと、手にしてから8秒以内に嗅ぐことデス。その時間を過ぎると手からパイオボニウム・・・これはワガハイが名付けたのデスが・・・パイオボニウムが先に体内に入り能力が発動しないのデス」

「脳よりも先に、身体に行くと目覚めないのですね」

雪隠せちなが尋ねる。

「ハイ、そうデス。8秒を越えてからだと体内のパイオボニウムにより抗体や免疫が作られ、超能力者になれないようデス。つまり、8秒の違いデス。たった8秒、こんなこっとで」

博士は自作のイラストで説明をする。

「パイオボニウムを嗅ぐことにヨリ、鼻から脳に直接ストーン・ストレンジパワーが働き掛け、細胞等々にミラクルマジックが起き、ファンタジック超能力者になるのデス」

夜風たちが胡散臭そうに眉間に皺をよせる。

「いきなりふわっとしてきたわね」

雪隠が質問する。

「博士、抗体や免疫ができた人に変化などは起きないのでしょうか?」

「ハイ。それはまだ分かっていないのデス。今後の研究課題のひとつデス」

「我々! 地球の科学では! 解明は難しいのだ!」

マグマが当然のことを叫ぶ。

「そんな当たり前のことをそんな大声で・・・」

憩子が小声でツッコんで周りがうなずく。

ヒゲダンディーが大きく息を吸う。

「う~ん。8秒以内に嗅ぐか嗅がないかの違いか・・・」

スクリュー海波がふと考える。

「良いことだったのか、悪いことだったのか」

砂姫乃がすぐに返す。

「人助けに役立つんだよ、良いことだよ」

だがその意見に明日花は疑問気味。

「けど・・・悪いことに使う人もいるし・・・」

夜風が応える。

「けれどそれって結局その人が善人が悪人かの違いよ。能力はあとからだわ」

豊岡が座り直す。

「誰がパイオビッカーになってもおかしくなかったってことか・・・。きっと運命の悪戯だな。受け入れるしかない・・・」


今まで黙って皆のやり取りを聴いていた朱鷺羽総理がここで初めて口を開く。

「日本に、いや、世界にとって、今が大きな転換期なのは間違いない」

総理の言葉に一同が姿勢を正す。

「もちろん人類にとっての転換期だが、それは宇宙人がコンタクトしてきたからだというは二の次で・・・」

総理がパイオビッカーたちを見詰めながら思うことを話し続ける。

「しかしそれよりも、直接、人類のそばにいる存在。つまり、君たちパイオビッカーの存在が何よりも転換期だとワシは思う」

そう言いながら立ち上がる。

「雨滝砂姫乃くん、雪隠せちなくん、近衛初穂くん。君たち3人が流れを変えてくれた。改めて礼を言わせて貰う。ありがとう!」

頭を下げる朱鷺羽射矢龍。

「あ、いえいえ! そんなあたしたちは・・・」

「そうですわ。人として人助けは当たり前です」

砂姫乃と雪隠が起立して恐縮する。

「でも初穂、ソーリにお礼を言われてうれしいヨ!」

総理大臣がぴょんと立ち上がった初穂を見て笑う。

「近衛くん、ワシも君と同じ時代に生まれて嬉しいよ。・・・それから」

朱鷺羽が人差し指を立て小さく振る。

「そうなのだ、雪隠くん。その“人として”が大切なのだ。近頃の人間はめっきり・・・いや、スマン。おっさんの愚痴は止めておこう。歳を食うと説教臭くなってイカンな」

斑鳩、坂本の両警部がフォローする。

「いえ、総理。仰りたいこと、よく分かります」

「よく分かります」

「そうか。分かってくれるか」

朱鷺羽が集まった皆を一通り見渡し、続ける。

「ここにいるパイオビッカー諸君は正しき心を持った者たちだ。みんな、これからもそれぞれの正義を貫いてくれ! 頼んだぞ!」

全員が起立し、総理に頭を下げる。

パイオビッカーの誰もが朱鷺羽の言葉を心の中で繰返し、復唱し、刻み込む。

(正しき心を持ち、正義を貫く・・・)


頭を上げた総理が尋ねる。

「・・・それでオットモット博士、他には?」

「そうですね・・・ 今は・・・ ここまで・・・です」

「ありがとう。オットモット博士、ナーサ博士、タカイシ博士、コットディ博士、ご苦労さまでした。それに皆もありがとう。ワシらは仕事があるのでこれで失礼するよ」

皆は総理大臣や防衛庁長官、警察庁長官を見送る。

その後、ナーサは集まってくれた人たちに閉会の挨拶をする。

「それじゃ皆さん、パイオツです。今日はこれで解散ということで・・・。お疲れ様でした・・・」

オットモットが締める。

「また動きがあれば集合、或いは連絡しますので、よろしくお願いします。パイオツ!」



「砂姫乃、憩子いこいこ、明日花、ちょっといい?」

大会議室を出ようとするチーム仲間に夜風が声を掛けてくる。

「斑鳩さんも少しだけお時間をください」

斑鳩警部も豊岡に呼び止められる。


「・・・実は、私たち婚約したの」

「夜風さんと僕は婚約しましたのです」

夜風と豊岡が共に、仲間へいきなり衝撃の告白だ。

「コンニャク!?」

「砂姫乃ちゃん、婚約コンヤクね、結婚。夜風さんおめでとうございます!」

「結婚ってことなの? そっか! 夜風、豊岡さん、おめでとう!」

「夜風も・・・豊岡さんも・・・おめでとうございます」

憩子に続いて砂姫乃と明日花もお祝いを告げる。

「ありがとうね」

「みんな、ありがとう!」

幸せそうな2人に斑鳩が拍手を贈って喜ぶ。

「めでたいめでたい。そうかそうか! やっぱりなぁ! いつかこの日が来ると思ってた!」

「え? 斑鳩さん知ってたの?」

砂姫乃の問いに警部がニンマリ笑う。

「砂姫乃くん、これでも一応刑事だからね。人のちょっとした仕草も見てるよ」

砂姫乃がペロッと舌を出す。

「そうでした、刑事さんでした」

「斑鳩さんにはバレてたのか。恥ずかしいな」

「恥ずかしいわね・・・」

豊岡と夜風がさらに頬を染める。

「なぁに! 照れるこたぁないぞ! 男女が好き合うのは美しいこった! なぁ!」

砂姫乃も憩子も明日花も大きくうなずく。

まるで自分のことみたいに嬉しい。

「それで夜風、豊岡さんみたいなおじさんと結婚しようって思ったのはどうしてなの?」

「砂姫乃・・・それは直球すぎるよ・・・」

「さすがは斬り込み隊長、おじさんとは誰もが言いづらいことをハッキリ言う」

明日花に続く斑鳩の言葉も豊岡には効く。

「おじさん・・・ですよね・・・」

「豊岡くん、己の人生に自信があれば、年齢なんか気にならんもんだぞ!」

「は、はぁ・・・。ま、まぁ・・・」

「うふふ。明日花、こういう時は直球でいいのよ。あのね・・・」

「うんうん」

砂姫乃も憩子も明日花も斑鳩も耳を傾け聞き入る。

「彼ってすごく真面目でしょう?」

「キャー! “彼”だって! 聞いた? 聞いた? 砂姫乃ちゃん? 明日花さん? 斑鳩さん?」

「いこいこ、やめてよ!」

「ひゃあ~! 全身がムズ痒くなってきたぞ、こりゃ!」

斑鳩警部まで冷やかしたりして。

夜風と豊岡は耳まで真っ赤っかだ。

初々しいね、こりゃ。

「結婚かぁ~」

砂姫乃が再び繰り返す。

もしかして、砂姫乃も結婚に憧れがあるのかな?

・・・と、その時。

「おめでとうございます」

小さな祝福の声が聞こえる。

夜風が振り返ると、視線のちょっと下にペニーがいる。

「・・・あ、ありがとう・・・」

夜風には誰なのか分からない。

ペニーはもう一度、「お幸せに」と告げると退室中のアインザッツのところまで走り去る。

「? ・・・あの子は?」

夜風が誰にともなく尋ねる。

砂姫乃が以前、少し会話したのを思い出す。

「あ。あの子、アインザッツ博士のお屋敷にいたよ・・・」

「そう・・・。不思議な女の子ね・・・」


ペニーはアインザッツらと合流する。

「ワタシも結婚しようかなぁ~!」

一子のひと言に梅子が噛み付く。

「どうせすぐ別れるわ、あんたじゃ」

「あら? ジェラシー?」

「何ですって? 切れる別れる離れる! 切れる別れる離れる!」

「やめんか! 2人とも!」

「アインザッツ様に! 叱られたっ!」

「ファファファ~!」

あっちはあっちで楽しそうで何より。



NASAの一室。

科学者たちが騒々しい。

それもそのはず。

「“パイオボイニャーの布”の設計図が解読できました!」

「やはり地球人の新たな感情を感知してストーン星へ送信する装置のようです!」


数時間後、早急にダイトリオン大統領が指示を下す。

アメリカの決断は早い。行動も早い。仕事も早い。

「現在、集積用メインレーダーはアーツメルド砂漠に、サブレーダーは世界各国180ヶ所に急ピッチで建設が進んでいます」

助手の報告にモージス・ウメルナー博士が答える。

「うむ。しかしこんな簡単な装置で感知できるんだナー」

ヨウ・ユウワ博士も不思議に思う。

「サブレーダーが空気中の新感情エレメントを感知してよ、メインレーダーに送信よ。そこからストーン星にまた送信よ。中学生でも考え付き、高校生でも文化祭で組み立てられそうよ。なんとも簡易で不思議な装置よ・・・」

ウメルナーに科学者らしからぬ言葉がよぎる。

「動物磁場、オーラ、オド、オダイル、オルゴン・・・そう言えばストーン星人もオルゴォンと言ってたナー。偶然かナー」

ユウワも同じ感想だったらしい。

「よう言うわ。ボクもオルゴンを思い出したよ。生命として体の奥底から湧き上がる単語なのかもよ。だから偶然ではないのかもよ」

「NASA勤めがトビオスコープ、いや、キルリアン装置を思い起こすのは問題かナー」

「よう言うわ。むしろこれはオカルトだよ。やはりストーン星人の科学は魔法かも知れないよ」

「ああ・・・そうだナー・・・」



翌日、日曜のお昼前。

明日花が部屋の掃除をしていると呼び出しチャイムが「ピンポン♪」と鳴る。

「はぁい・・・ちょっと待って・・・」

扉を開く。

玄関先に立っている客人に見覚えはない。

「え・・・っと・・・?」

けれど客人は自分を知っている様子。

「明日花さんね? わたしは砂姫乃の母親で、雨滝静香です」

「・・・砂姫乃のお母さん?」

「ええ。突然ごめんなさいね」

「いえ・・・。あ。どうぞ上がってください・・・、散らかってるけど・・・」

部屋の中はむしろ綺麗に片付けられている。

段ボール箱が4~5箱、ボンボンと無造作に置かれているだけだ。

「あら? どうしたの? まるで引っ越しみたい」

「あの・・・ウチ・・・ナーサと一緒に・・・アメリカに行くことにしました・・・」

「まぁ・・・。そうなの・・・。実はね、今日こちらに寄せてもらったのはそのことだったの・・・」

「・・・?」

「明日花さんに雨滝家の娘になってほしくて」

「え? え? ウ、ウチを・・・!?」

「そうなの。いきなりで驚いたでしょう? ごめんなさい。砂姫乃と同じで丁寧に順序よく話すのが苦手で・・・」

「い、いえ・・・いえ・・・」



「妙な時期だが転校生を紹介する」

四方方憩子しほうかた・けいこです。よろしくお願いします!」

「あれ!? いこいこ!?」

「ごめんなさい砂姫乃ちゃん! 転校してきたよ!」

「何だ雨滝、知り合いか?」

「トランジスターグラマーんぼっ!」

「インボーに一票!」

「男子はエッチね!」



「せっちん、お医者さんになるって砂姫乃から聞いたよ」

「あら、秘密にしてって言ってましたのに。砂姫乃さんはお喋りですわね」

「あの子はウソが苦手だからね」

「仕方ありません。そうです。外科医を目指しています」

「外科? もしかして刀で斬る癖が付いたの?」

「まさか! 母が内科医ですので、違う道を選びましたの」

「私の睡眠時無呼吸症候群は外科治療で治るかな?」

「切って治るのでしたら、私が切って差し上げましてよ」

「おぉ怖い。ふふ。その時はよろしくね」



「マシン太、次、これ頼む!」

「パパ、これクマちゃんぬいぐるみだよ、僕じゃ直せないよ」

「ありゃ? じゃパパが直すよ」

「パパにお裁縫は無理でしょ。ママがするわ。貸して」



「スクリュー波海! 強い! まさに女子プロレスの大海原に暴れ舞う竜巻スクリュー!」

「波海姐さんサイコーっス!」

「波海さん10回目の防衛戦、勝利か! 凄いぜ!」

「波海さんステキ~ッ!」

「うおっしゃー!! 次の挑戦者は誰かしらーっ!!」



「初穂ちゃ~ん!」

「初穂~!」

「みんな~! 初穂うれしいヨ~! ありがと~だヨ~!」

「初穂ちゃ~ん!」



「マグマ、今日は天気が良さそうだ。日向ぼっこがしたい」

「お祖父ちゃん! それなら! 屋上がいい!」

「マグマはいつも元気だな」

「お祖父ちゃんが! 元気を! くれてる!」

「そっか、そっか。わしもマグマに負けんよう元気にならなにゃ」



「女3人だけなのも久しぶりだわね」

「何か甘いものでも作るファ?」

「じゃ、おぜんざいがいいわ」

「それじゃ白玉が合うわね」

「一子、あんたバカ? おモチでしょ普通は」

「いや白玉でしょ普通は!」

「わかったファ! わかったファ! どっちも入れるファ!」



「豊岡くんもついに結婚か」

「夜風さんが高校を卒業したら、ですけど」

「早くしてやれよ!」

「そうしたいんですけど夜風さんの提案なんです」

「早くも尻に敷かれとるなぁ」

「そうかもです。・・・斑鳩さんは結婚して何年ですか?」

「あ? あぁ30年になるかな」

「30年ですか! いろいろあったでしょう?」

「わしは仕事の虫だからな。家にゃあんまり」

「あ。でも仕事柄、仕方ない面もありますよ」

「そうだがな。ま、退職してからが嫁さんとの時間よ」

「大切にしてください。奥さんも時間も」

「豊岡くんもな。若い嫁さんはアレやコレや大変だぞ、きっと」

「夜風さんは大丈夫です」

「お? ノロケか?」

「あ、いや、そんなつもりでは・・・」

「冗談だよ。夜風くんなら大丈夫だ」

「はい、僕もそう思います!」



そんな風に、人類(全体)にとって大きな一歩の中にあっても、人類(個人)にとっては小さな一歩が幾つも幾つも積み重なる。

そうやって歴史は刻まれてきたのだ。



3ヶ月ばかりが過ぎた。

世間では残念ながらストーン星人の話題は過去の話となりつつあった。

宇宙人=ストーン星人そのものが人類の前に直接に姿を現わしたわけではないので、そうした騒動も日が経つに連れ、どうしても沈静化してしまうのは仕方がないことであろう。

一過性の流行ブームとまで言わないが、人々の生活の根底に潜み、良く言えば完全に浸透した状態、悪く言えば意識さえされなくなっている状態となった。


「熱し易く、冷め易い。人間なんて、そんなものか・・・」

テラスのアインザッツがふと、こぼす。

「・・・おじさま?」

聴き逃したペニーが首を傾げる。

「旅にでも出るか、ペニー。男ふたりの旅もきっと悪くないだろう」

「ペニーは、大人になったら博士のお嫁さんになるの・・・」

「おお! そうかそうか。それは楽しみだな! ハッハッハッ!」

アインザッツとペニーが大扉窓から屋敷内へと姿を消す。

残された黒猫のセンチネルが空に向かって大きなあくびをひとつして、またお昼寝に戻る。

それはまるでストーン星に中間報告をしているみたいだった。

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