第11話「寝耳に水」 Aパート
「私は“パイオボイニャーの布”を全て集め、全て捨てようと考えている。完全なる廃棄・・・ディープ・シックス(Deep-six)計画だ」
アインザッツの滞在する古い洋館に、眩しい小春日和の陽光が射し込む。
降り注ぐ光子は明るさと暖かさを湛え、浴びたものに安息を与える。
無駄に広い客間のソファでは定位置の黒猫センチネルとペニーが、砂男の
重たい瞼に抗いながらペニーはその
「スリーピング・メイデン(眠りの乙女)、オープン・ユア・アイズ(目を覚ませ)、ハロー・ハロー(申す申すと)、アニマル・フォン(動物電話)・・・」
センチネルの腹部がモニター電話になる。
映し出されるのはNASA科学者シャーク・トルンジャーネ博士。
「おお、ペニー、大丈夫か?」
「大丈夫よ。おじさまも、みんなも、とても優しいもの・・・」
「そうか安心したよ。センチネルは元気かい?」
「センチネルも元気よ。サクリファイスは?」
「今はこうして動物電話になってるが、相変わらずのワガママ猫だよ」
「サクリファイスはセンチネルと違って気まぐれだもの」
「食事はしっかり食べてるのか?」
「いつもファイファイがおいしいご飯を作ってくれるの。パパはいかが? お元気?」
「ああ。パパも元気だよ」
「・・・あのねパパ。おじさまが本当のことを教えてくれたの」
「本当のこと?」
「おじさまが、これからなさること・・・」
「それは何なのかな? ペニー」
「・・・パパ。それは言えないの。ペニーはおじさまを裏切ったりしないの。ペニーはおじさまのものですもの・・・」
「はぅあ!? んな、なんだって!?」
「冗談なの・・・」
「おお・・・ペニー。意味も分からずにそういう危険な冗談はやめなさい。ビックリするじゃないか」
「一子さんがそう言うとウケるって・・・」
「それは悪い冗談だよ」
「ごめんなさい、パパ」
「それでアインザッツは・・・アインザッツ博士はこれから何をするつもりなんだ?」
「パパ。だから言えないの。だけど、計画は始まったって」
「始まった・・・? ・・・そうか。ありがとう。お前に嘘をつかせてすまない」
「大丈夫。ペニーもちょっとずつ・・・大人になるの・・・」
「ペニー・・・」
こうしてペニーの
扉の隙間からそんなペニーの様子を伺う者がいる。
炎火だ。
彼女は決してアインザッツに頼まれてペニーを監視しているわけではない。
あくまでも、一個人として見守っているだけなのだ。
通信が遮断されタイミングを見計らうと、おとなしくなった黒猫にファイファイはミルクを持ってくる。
「ありがとう・・・ファイファイ・・・」
小皿を受け取ったペニーが木製の床に置くと、センチネルがペロペロと飲み始める。
ペニーとファイファイが微笑み合う。
テラスに続く大窓の扉から午後の陽射しが2人と1匹を優しく包む。
冬はもうすぐである。
プランが進む波余城施設に斑鳩警部、塚前田警視、エライヒト夫妻が集まる。
シャーク・トルンジャーネ博士からの報告を聞くためだ。
「そう・・・。ついにアインザッツ博士が動き始めたのね・・・」
辛そうなナーサ。
「ペニーはそう言ってたが・・・アインザッツは何をするつもりなんだろう? “布”を集めて・・・。あ。・・・まさか!?」
トルンジャーネ博士が考え付き、ナーサもふと気付く。
「ええ。そのまさかでしょうね」
オットモットも思い至る。
「まさか“布”を消し去るつもりなのか?」
科学者の会話に斑鳩が口を挟む。
「ちょっとくら待った。確か“パイオボイニャーの布”は人間の手では壊せなかったはずでは? 最初の人工衛星の爆散以来、人為的に細分化できなかったと。しかも破砕された鉄屑の中や、燃え盛る火の中からも無傷で発見されたりしたと聞いたが・・・」
オットモットがそれに答える。
「そうなんだ。だからこそアインザッツの考えが分からんのだ」
数学者でもあるトルンジャーネが考えを巡らす。
「このまま、色んな所に分散していても役に立たないから、現状のままでも・・・。あ! そうか! 分かったぞ!」
思わず大声が出る。
警察2人が少し驚く。
「なんだ!?」
ナーサも。
「何か気付いた?」
トルンジャーネには見えてきたようだ。
「確か天倉寺明日花くんが狙われたと言ってたな?」
オットモットも。
「そうか! 彼女の
斑鳩にも見えた。
「そう! 物質移動だ!」
塚前田も理解できてきた。
「まさか天倉寺明日花の超能力で“パイオボイニャーの布”を廃棄する計画か!」
科学者たちが大きくうなずく。
「おそらく。彼なら完全に廃棄するのを
ナーサがアインザッツの性格から導き出す。
一同が改めて口にする。
「完全廃棄・・・!」
「しかも人間の手の届かないところに・・・。それだけは絶対に阻止しなくてはいけないわ!」
岩壁に打ち寄せる波が岩肌を砕かんばかりに強烈に叩き付ける。
アインザッツ邸の呼び出し鈴のカウベルが「カランコロン♪」と鳴る。
「はいは~い」
と小走りで玄関を開けたのは、ご機嫌な梅子だ。
ところが。
「あ。あんた・・・」
梅子が驚くのも無理はない。
玄関先に立っていたのは雨滝砂姫乃だったのだから。
同じ頃、天倉寺明日花が通う中学校。
下校時間になり、何も知らない明日花が校門を出ると、ミスターAこと雨滝風理雄こと砂姫乃パパが姿を現わす。
「こんにちは。えっと明日花さんですね?」
「あ・・・はい。・・・もしかして・・・砂姫乃のお父さん?」
「そう・・・です。この前はごめん。傷はどう?」
「大丈夫です・・・。それよりも砂姫乃とは仲良く・・・してますか?」
「お陰様で良好です」
「よかった・・・。やっぱり親子は仲良くしなくちゃ・・・」
「そうだね。・・・それで・・・実は無礼ついでにお願いがあって・・・」
「ウチ・・・そろそろ来る頃だろうなって・・・思ってました・・・」
「そうか・・・。ごめん、明日花さんにしか出来ないことなんだ」
「
「うん」
「・・・やっぱりついていった方がいいですか・・・?」
「そうしてくれると助かるよ。ごめん」
「じゃあ・・・行きます・・・」
「ありがとう・・・」
2人は自動車に乗り、アインザッツの屋敷に向かう。
しばらく無言の車内であったが、助手席の女子中学生に風理雄が語り掛ける。
「明日花さんのご家族は?」
「砂姫乃は・・・何も言ってなかったですか・・・?」
「うん。何も」
明日花は砂姫乃が他人のことを無闇に話さない性格で安心する。
「・・・ウチは、母が早く亡くなったので・・・父と2人暮らし・・・。でした・・・」
明日花は砂姫乃にしたように、風理雄にも身の上を話し始めた。
アインザッツ邸の装飾が施された薄暗い木製廊下。
梅子の後ろを歩き、砂姫乃は客間に案内される。
ソファには雑誌を読む犬井一子と眠たそうなペニー&黒猫センチネル。
梅子はテーブル席に座り直し、グラスのお酒だかをひとくち飲むと再び紫煙を
「あらあら。珍しいお客様だこと。・・・えっと、砂姫乃とか言ったっけ? あんた」
ペンシルアローの一子が雑誌を置き、やや喧嘩腰で尋ねる。
「はい。雨滝砂姫乃です」
扉を背に、軽く会釈の砂姫乃。
梅子が気だるそうに頬杖をつく。
ファイファイが熱い紅茶を持ってくる。
「あ、ありがとうございます」
「ファイファイ、お茶なんていらないわよ」
「敵でもお客さまファ」
ペンシルアローOLの辛辣な言葉に料理長が返す。
その一子が続ける。
「ふん! それで? 何をしに来たの?」
砂姫乃は直球でものを言う性格だ。
「お姉さんたちも、宇宙人の科学はいらない考えなんですか?」
一子が質問に答える。
「私たちがどう考えようがあんたには関係ないでしょ!」
砂姫乃は続ける。
「あたしには分からないことだらけだけど、世界には科学が進まないと無くならない問題もたくさんあるんだって・・・」
「だから何なのよ!」
「ちょっとちょっと、一子ちゃん待ちなさいよ。そんなに喧嘩腰じゃ話しにならないでしょう?」
ついに梅子が会話に挟まる。
ペニーとセンチネルが心なしかオロオロしている。
「見なさいよ。ペニーもセンチネルも困ってるじゃない」
「まずは冷静に話を聞いてみるファ~」
梅子が手招きし、砂姫乃をテーブル席に座らせる。
ファイファイが再度お茶を勧める。
「ありがとうございます」
「じゃあ、話しを続けて」
梅子がまたグラスを傾け、頬杖をつき直す。
「えっと、あたしは深く考えてなかったんだけど、ナーサ副長官に言われて目が覚めたんです」
「何を!?」
「一子ちゃん、だまらっしゃい」
「新しい科学で、今の地球のお医者さんじゃ治せない病気やケガも治せて、それに、農作物が育たないところでも育てられるって」
梅子が真っ直ぐに棒術少女を見て説く。
「・・・あのね。砂姫乃さんって言ったかしら? 私たちはこれでも大人よ。それぐらいのこと、いいえ、それ以上の酷い問題だって、もっと身近な辛い問題だって見たり聞いたりしているわ」
「それは・・・そうでしょうけど・・・。だったら余計に宇宙人の力を借りて・・・」
うつむき加減で述べる、砂姫乃の弱々しい意見に梅子が上乗せする。
「そりゃ自分たちの手に負えない問題を他人に助けてもらえれば、そんなに楽なことはないわ。けれど、それは自立した人間として正しい選択だと砂姫乃さんは言える?」
煙草をひと飲みしたあと続ける梅子。
「何よりもだけど砂姫乃さん、本当に宇宙人に未知の科学は教えてもらえるのかしら?」
「それは・・・それは分からないですけど・・・。でも教えてもらえるかもだし、ヒントにはなるかもって・・・」
砂姫乃も、おそらくナーサたちでさえ強く言い返せない質問である。
「俺は! アインザッツ様の考えに従うつもりだ!」
そこに突然、山本山マグマが入ってきて参加、会話に強引に割って加わる。
「しかし! お
砂姫乃が顔を上げ、マグマの意見に小さな笑顔を見せる。
「そりゃあ私だって、彼の実家の田んぼや畑が大雨でダメになった時は、何とかしてあげたいと思ったわ」
一子がふと、こぼす。
「あんた彼氏がいるの!? 生意気ね!」
梅子が噛み付く。
ペニーが砂姫乃のすぐ横を静かに通り過ぎ、向かいの席にちょこんと座る。
センチネルがやや遅れてやって来て、砂姫乃の足下に柔らかく黒い身体を擦り寄せたあと、ペニーの膝上にぴょんと乗る。
「みんな、おじさまが大好きなの・・・」
センチネルの腰や背中を撫でながらペニーが砂姫乃にしか聴こえないぐらいの小さな声で言う。
「きっと、宇宙人さんの科学とか関係ないの・・・」
初対面の2人だったが、どちらもが遠慮なく話しをする。
「あたしは・・・誰とも戦いたくないし、誰とでも仲良くしたいと思う。あたしはそれだけなのかも・・・」
砂姫乃はまとまった強い意思も無く、思い付きでアインザッツ邸に来たことを少し後悔する。
「・・・帰ります。お邪魔しました・・・」
紅茶を飲み干し、席を立って一礼すると、砂姫乃は客間から出ていこうとする。
ところがドアノブを手にした時、後ろから声を掛けられる。
「あんたのその青臭くて若い真っ直ぐさ。私は嫌いじゃないよ」
声の主は梅子だった。
まだ13才の女子中学生は深く頭を下げると退室する。
「そっちはどう?」
「ぜんぜんダメっス」
波余城海岸のパボ課施設の食堂。
『“パイオボイニャーの布”海底捜索計画』に協力する探査系パイオビッカー4名が短い休憩を取っていた。
細マッチョで27歳のスクリュー
「探し方を根本的に変えなくちゃいけない気がするわ」
有名女子プロレスラーでもあるスクリュー波海が他のパイオビッカーたちに相談を持ち掛ける。
「僕もそう思うね。そもそも海が広すぎるんだ」
一番歳上のヒゲを貯えたダンディーな能力者も同じ意見らしい。
別の男子高校生らしき少年も疲労が全身から吹き出ている。
「ああ~脳が爆発しそうっス~」
ホットミルクティーを飲んでいた憩子が突然パッと思い付いたアイディアを提案する。
「ごめんなさい、私、鳥の眼で探してるんですけど、鳥って眼はいいんですが、あまり海を見てくれないんです」
「あ、僕もバードアイ能力なんで、それ、分かります」
ヒゲダンディーも同じように思っていたらしい。
「それで思い出したんですけど、先月、私たち、鳥の頭と人の頭を入れ替えるパイオビッカーと戦ったんです。それで」
「あっそうか! 渡り鳥の頭を人の頭に変えて!」
波海がパチン!とフィンガースナップで指を鳴らす。
「はい。悪い人だったので協力してくれるか分からないんですけど」
「良いアイディアよ! 早速ナーサ副長官に進言してみるわ!」
スクリュー波海が猛ダッシュで食堂を飛び出す。
まだ火の点いていない暖炉の上に置かれている古い置き時計。
前の住人が置いていったままなのだろうか。
まもなく18時を指そうとしている。
既に陽は落ち、森に囲まれた屋敷は完全な夕闇に支配されている。
砂姫乃が去ったあと、大広間に残った一子、梅子、マグマ、ペニー、センチネル。
誰もが次の言葉を探している。
棒術少女の言っていること、言いたいことは理屈では誰もが解かっていた。
要はそれをただの理想と取るか、目標と取るかだ。
残る問題は、それを何十年、何百年、何千年かけてでも自分たちの力で成し遂げるか、或いは手っ取り早く優れた者の力を借りて成し遂げるか、である。
そんな折、ファイファイが食卓に並んだ食器を片付けながら重たい口を開く。
「・・・アインザッツ博士が言ってくれたファ。ファイファイは、命を与えられた炎だって。アインザッツ博士は優しいファ」
重ねる食器がカチャンと鳴る。
「・・・だけど、本当は違うファ・・・」
仲間たち皆が「え?」と料理長に目を向ける。
「ファイファイ、本当は火事に巻き込まれて死ぬはずだった人間ファ・・・。焼け死にそうになってた時に“パイオボイニャーの布”が偶然たまたま被さって、それでファイファイは超能力を貰って、命を生き長らえられてるファ・・・」
カップとソーサーをトレイに乗せる手が微かに震えている。
「宇宙人の科学が無かったら、ファイファイは今、ここにいないファ・・・」
突然の悲しい告白にそこにいる誰もが思わず涙を浮かべる。
最初にペニーが泣き出した。
その嗚咽を切っ掛けに一子も梅子も、マグマでさえも、皆が涙をこぼした。
さみしくて、かなしくて、うれしくて泣いた。
ファイファイも改めて命を噛み締め泣いたのだろうか。
炎のベールを纏った顔の表情は見ることができない。
きっと涙なのであろう。
自身の炎で焼かれ、「じゅっ」と何度となく小さく短い音を立てた。
「じゅっ」
「じゅっ」
それは儚い音だった。
砂姫乃は玄関に向かったつもりだったが、何をどこでどう間違えたのか、複雑広大な古洋館ですっかり迷ってしまう。
(あれ? おっかしいなぁ・・・こっちだと思ったんだけどなぁ・・・)
同じような部屋が左右に幾つも並んでいる。
規則的に並ぶロウソクの灯りだけの薄暗さもあって、なお分かりづらい。
(不気味だなぁ・・・怖いなぁ・・・イヤだなぁ・・・)
5~6分ばかり迷いながら進むと、あっちの角を曲がった辺りから人の声がする。
(あぁ、よかった。誰かいる。聞いてみよう)
小走りで声がする部屋へと向かう。
扉の前に立つと、それが父・風理雄とアインザッツ博士の会話であることが分かる。
砂姫乃は咄嗟に部屋に飛び込んでしまう。
「パパ!?」
「砂姫乃!?」
風理雄も驚くが、砂姫乃も驚く。
2人に加え、明日花までもが部屋の中央に据えられたテーブル席にいたのだから。
「明日花・・・!?」
「砂姫乃・・・!?」
明日花も驚くが、
「ミスターAの娘!?」
アインザッツも驚く。
砂姫乃が聞く。
「明日花どうしたの!? こんな所で!?」
「あ、えっと・・・」
明日花が言葉に詰まる。
「パパ、これはどういうことなの!?」
「あ、えっと・・・」
風理雄も言葉に詰まる。
「アインザッツ博士! あなたが明日花とパパを騙したのね!?」
「あ、えっと・・・」
アインザッツも言葉に詰まる。
「砂姫乃、落ち着きなさい!」
風理雄が娘をなだめる。
「明日花さんを連れてきたのはパパなんだよ」
明日花が砂姫乃をなだめる。
「ちょっと待って・・・。ウチが・・・言われるままについてきたんだ・・・」
「どうして?」
明日花は告白する。
「砂姫乃。・・・ウチは・・・迷ってる。宇宙人の科学を受け入れるか・・・、受け入れないか・・・」
「明日花・・・」
「ウチの能力で・・・ウチの父親は悪いことを企んだ・・・」
悲しい顔をして明日花はその場に立ち上がる。
「新しい科学が来ても・・・またそれを悪用する奴らが出てくる・・・。それなら・・・来ない方がいい・・・」
抵抗もなく女子中学生が一緒にここに来た理由が判明する。
「明日花さん・・・君はそう思ったからついてきてくれたんだね」
「はい・・・」
砂姫乃は腑に落ちない。
「でも明日花、犯罪をする人は、新しい科学が無くても犯罪するよ。犯罪は道具がするんじゃなくて、心がするんだから」
「え!? あ~。あ・・・そうか。それもそうだね砂姫乃・・・」
明日花はすぐ納得する。
上手くいきそうだったディープ・シックス計画があっと言う間に壁にぶち当たる。
いきなり頓挫か?
「天倉寺明日花くん。そう、いとも簡単にあっさり気持ちを変え、引き返してもらっては困る」
アインザッツ博士がいきなり不利になって焦る。
「ミスターA、やはり君の娘は私の思想に仇をなす。すまんが私の
老紳士がテーブルを離れ、砂姫乃の前に立ち塞がる。
風理雄も立ち上がり、明日花と共に双方の中間に位置する。
「アインザッツ博士、僕が砂姫乃と話してみますので、少しばかり猶予をくれませんか・・・」
父親として説得を申し出るが。
「いや、若い娘の心は気難しい。年寄りの話になど耳を傾けぬ!」
博士は
「ミスターA、これは私と君の娘の勝負である。黙って見ていたまえ」
いよいよアインザッツの闘志がみなぎる。
「アインザッツ博士・・・。分かりました。やむを得ません。それならば僕も見極めさせて頂きます」
娘の方に向き直り、風理雄が中立の立場で事の次第を見守る。
「砂姫乃、アインザッツ博士の
「パパ、あたしは負けないよ! どんな
棒術少女がロッドを構える。
「ふふ、良い心掛けだ」
「よし! 行くよ!」
棒術使いがダッシュし、回転させたロッドで老博士に挑む。
「うなる一閃、打撃羽根! たたく乙女の尿意棒!」
砂姫乃が先制攻撃を仕掛ける。
だがエーテル・ソ・アインザッツが祈るように両の手を合わせ、手練れの忍者が如く、カシン! シュパッ! ジャキンッ!と10回ほど型違いの印を結んで構える。
「明日花さん、目を閉じて!」
風理雄が自らも目を閉じながら指示する。
次にアインザッツは素早く大きく両腕を真横いっぱいに拡げ、再びザッと胸の前で左右の手刀を十字にクロスさせると、迫る砂姫乃にかざす。
すると老博士の全身から黄金の輝きが放たれる。
「
砂姫乃がアインザッツ博士の発する怪光線タイプの
と言っても何かしらの外傷を負うのではない。
負うのは、そう、強いて例えるならば、心の傷だろう。
ビームが当たったその途端、勢いはまるで無くなり、女子中学生はその場にへなへな~としゃがみ崩れる。
「あたし・・・やっぱり間違えてたよ・・・」
さっきまでの威勢はどこへやら、棒術少女は一変、完全に落ち込みモードに突入してしまった。
「アインザッツ博士が正しかったんだ・・・」
砂姫乃がしょんぼり・がっくりに変わった事態に明日花がビックリする。
「砂姫乃! 砂姫乃! どうしちゃったの砂姫乃!」
頭をうな垂れ、グッタリと床にヘタリ込んでしまった砂姫乃に駆け寄る心配症の明日花。
「ちょっと待って! ・・・おじさん! 砂姫乃どうなっちゃったの!?」
風理雄に助けを求める。
「明日花さん、安心して大丈夫だから」
「・・・でも!」
風理雄がアインザッツ博士の超能力を説明する。
「アインザッツ博士の
「将来の後悔・・・を、前借り・・・?」
「そう。人間は後悔する生き物なんだよ。砂姫乃は現在、心に迷いがあるんだ。だから、迷った結果の未来には、選択を失敗したとか、心残りの未練だとか、幾重もの悔いが必ず待っている。その後悔、今後の何十年か分すべてを抱え込み、積み立てたのを、今、一気に背負った姿なんだ、この砂姫乃は」
「・・・元に戻るの?」
「人によるけど、2時間もすれば元の砂姫乃に戻ると思う」
明日花が砂姫乃を心配そうに見る。
体育座りで頭を抱え、ズ~ン・・・と落ち込み、最悪のマイナス気分でいじけたままだ。
当のアインザッツは
「ファイファイ!
とディナーを猛烈に催促中。
「えぇえ・・・ちょっと待って・・・」
その壮絶な食い意地の張ったアインザッツのいじましさに明日花もかなり戸惑う。
興奮状態で食事を待つ老紳士に、ミスターAが冷静に質問する。
「アインザッツ博士、アインザッツ博士、明日花さんは連れて帰ります。よろしいでしょうか?」
「よい、よい! それよりも今は食事じゃ!」
「では。僕も今宵はこれで失礼します」
「分かった分かった! ファイファイ! 早く! 早く! ごーはーんー!!」
激しく食事を待ちわびるアインザッツをあとに風理雄は砂姫乃を肩に抱え、明日花と共に屋敷を出ていく。
明日花が聞く。
「おじさん、あのアインザッツ博士は放ってていいの?」
「大丈夫。とにかく今はここを出よう」
相変わらず砂姫乃は後部座敷で塞ぎ込んでいる。
森の道を抜け、通常のアスファルト道に出る。
車を走らせる風理雄が助手席の明日花にふと、こんなことを言う。
「明日花さん。僕はね、かねてから感じてたんだけど、アインザッツ博士は、自分がどこか間違えているのを分かってるような気がするんだ」
それを聞いた明日花も夜道をまっすぐ見詰め答える。
「ウチも・・・話してみて・・・そんな気がしました・・・」
「今度、博士とゆっくり話し合ってみるつもりだ」
「それがいいと・・・思います・・・」
アクセルを踏み直す。
決心したドライバーたちを乗せた車は夜道を直進し、一路、雨滝家へと向かう。
アインザッツ邸では老紳士がとにかく「ばくばく」ご飯を食べていた。
が、ある瞬間ふと我に返る。
満腹になったのか。
「・・・おや? ファイファイ。ミスターAと彼の娘と明日花くんは?」
「ファイな。博士がいいと言ったので、帰りましたファ」
「えっ?」
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