第10話「待てば甘露の日和あり」 Aパート

霜月に入ってからこの4日の間に、世間を騒がせる連続強盗事件が11件も起きた。

複数の目撃者の証言によると、夜、小さな化け物どもが出現し、宝石店を襲撃する。

時に化け物の数は5~20匹以上にも及び、集団で「ヒメノタメ!ヒメノタメ!」(姫の為?)と赤子みたいな甲高い声で叫びながらショップ入口を破壊し、宝石や貴金属を根こそぎ大量に盗み出すらしい。

被害総額は数十億円とも数百億円とも言われる。

斑鳩警部は担当部署こそ違っていたのだが、捜査を進めていくうちに「どう考えてもこれはパイオビッカーの仕業に決まってる!」との結論に至ったため(そりゃそうだ)、ついに彼のチームに白羽の矢が当たったというわけだ。


「・・・事件の概要はこんな感じだ。と言うわけで、またスマンが君らに出動してもらうことになった」

斑鳩警部が砂姫乃、夜風、豊岡、それにチームに加わった明日花を前に話を続ける。

「今夜は憩子けいこくんはナーサ副長官んとこで来られんが、みんな頑張ってくれ」

夜風が質問する。

「斑鳩さん、いこいこの方の進捗状況はどうですか?」

「あぁ。相変わらず能力ペイシェント全開らしい。まだ成果は出てないがな」

「いこいこ大丈夫かな?」

砂姫乃が心配を口にする。

「ナーサは・・・絶対に無理はさせないよ・・・」

明日花の言葉に皆がうなずく。



プロジェクト『マル秘!みんな集まれ!“パイオボイニャーの布”大回収計画!』改め、『“パイオボイニャーの布”海底捜索計画』(上層部に「ちょけとんのか!」と御叱りを受けて改名させられた)が先週末から遂行されている。

計画を簡単に説明しよう。

“パイオボイニャーの布”が日本本州から東南東の海の上空で分散し、太平洋沖に消えたのは以前触れた通りである。

日本政府及びパイオボイニャー対策課は“布”の全回収という目的のために、協力するパイオビッカーを招集。

その中に探査捜索能力を持つ四方方憩子も含まれたというわけだ。


「嗅いだ糞臭ふんしゅうかぐわしき、感度良好アニマルレーダー!」


憩子の能力ペイシェント

生き物がひり出した糞の臭いを嗅ぐと、それらが過去や現在に見聞きしたものを憩子自身が認識できる。

さらに新鮮な糞を割って、より強い臭いを嗅ぐとその生き物と交流のあった同種個体の情報までが共有できる。

つまり、彼女の能力の場合、先ず、渡り鳥たちの立ち寄る島から糞を採取。

超能力で渡り鳥の眼を借りる。

続けて目星を着けた海域の、次は海底の糞を採取。

海魚の眼を借りる。

数百羽、数百匹の数千の眼が“布”が四散落下、水没したのを見ていた可能性がある。

今回の計画は、万にひとつ、億にひとつの気が遠くなる、その可能性に賭けているのだ。

もちろん、同時に人の眼による捜索も併せて行なわれているのは言わずもがな。



「それで、その小さな化け物って?」

夜風の問いに斑鳩警部が答える。

「証言では、石で出来たコケシみたいでフニャフニャした黒いハリガネみたいな細長い手足が生えてる、とあるな」

「何それ怖い!」

女子高生の夜風を筆頭に女子中学生2人もビビる。

「初出動の予定でしたが・・・今回・・・ウチはイチ抜けさせて頂きます・・・」

「あたしも!」

夜風があきれたように返す。

「2人とも怖がりね。あ。私、急用を思い出したわ。お先、失礼します」

席を立つ女学生たちを止める警部。

「待て待て待て。豊岡くんだけで解決できんだろ・・・って豊岡くんがおらん!」

キョロキョロ見回すと、背を向け、ドアノブに触れる寸前の印刷屋の姿が。

「あ、いや、コケシと戦うなっていうのがお祖母さんの遺言で」

豊岡が深い事情?を説明し、警部が流す。

「ばあさん先見の明があるな」

「なんの先見ですか」

夜風のツッコミ。

斑鳩警部が改めてオカルト事件ではないことを説明し直す。

「ちょっとくら落ち着け、みんな。オバケやモノノケじゃなくてパイオビッカーの能力だから、恐れるこたぁねぇよ」

豊岡が座り直す。

「・・・あぁ言われてみればそうか」

夜風たちも席に戻ってきた。

「私は最初から怖くなんてなかったわ」

「ウチも」

「あたしも」

「君らねぇ・・・。ま、そういうことなら、僕がまた大量に封印してやりますよ!」

豊岡が張り切る。

「おう! その意気だな」

警部の応援に夜風が質問を加える。

「じゃあ今から見回りに?」

「そう・・・だな・・・。とりあえず出現パターンから分析した地図を渡しておくから」

テーブルに拡げた地図を見ながら豊岡が推理を巡らせる。

「これだと次は・・・ここか・・・ここ。逆を突いて、ここ、かな?」

「じゃ、3班に分かれるとするかな」

警部が提案する。



昼間の賑わいはどこへやら、人通りもめっきり減った夜22時の商店街。

すでに開いているお店は個人経営の小さなスナックかバーぐらい。

ここはアーケードの屋根付き商店街なので、通りはいくつも並んだ蛍光灯に照らされて明るい。

そんな一画に小ぢんまりとした宝石・貴金属のショップが1件あった。

事務処理などの閉店作業を終えた従業員が鍵を掛け、店をあとにする。

まばらに帰路に着いていたであろう通行人の数人がアーケード街を通り抜ける。

数分の無人状態。

人通りが途絶え、隙を狙った奴らがいよいよ暗躍を開始する。

裏手の路地に現われたのは派手めな女性。

連続強盗事件の犯人である。

名前は、氷路多ひろたつぶてん。

先月末からパイオビッカーになったばかりの27歳、クセのある通好み美人ホステスさんである。

つぶてんは色っぽくミニスカート押さえると両膝を揃えてしゃがみ込み、大胆に砂利をガッと掴み取る。

手のひらにはいくつかの小石。

それらを地面にバッと放り投げる。

コツコツンと音を立て散らばる。

「・・・10、11、12、13。え~っと~、13は素数そすーだから~。変わって変わって変わって~ん」

指差し数えながら、わざとらしい色気を醸した独り言を呟く。

通りの古びた石畳に転がり散らばった小石、小石、小石・・・。


「拾え宝石、夢の数。貢げ者ども、あたい姫様」


13個の小石ひとつひとつがコケシ型の30センチほどの大きさにゴリゴリ変化し、次に各40センチほどの足と手がシュルシュルと生えてくる。

そして丁寧に1匹1匹それぞれが直立ポーズで規則正しく整列する。

こうして小石は女親分の子分、石コケシ13人衆となった。

「お前たち~、あたいのために~宝石ほーせき~集めて~ん」

石コケシたちが裏路地から表通りに駆け出し、命令に従う。

「ヒメノタメ! ヒメノタメ!」

子分どもは標的の宝石店のシャッターを細い手足ながらも力強く抉じ開ける。

次にアレヨアレヨと店内の展示された商品をいつもと同じ要領でチャッチャと持ち出す。

そそくさと逃げ出す13匹の石コケシの手には、盗んだ宝石や貴金属がいっぱいである。

「いや~ん! お前たち~、いい~仕事っぷり~ん!」

強奪を終えた石コケシたちはシュルシュルと小石に戻る。

女親分はそんなことお構い無し。

両手に溢れる宝石に目を輝かせ、超御満悦。


そこに、「キーン」と鳴る小さな金属音と同時に、砂姫乃と夜風が瞬間移動で現われる。

「ドロボーさん、そこまでだよ!」

砂姫乃は着地するとすぐに攻撃に移行する。


「うなる一閃、打撃羽根! たたく乙女の尿意棒!」


突然やって来た制服の女学生2人組に驚いたつぶてんが尻餅をつく。

思わず掴んだ小石を砂姫乃に投げ付ける。


「拾え宝石、夢の数! 貢げ者ども、あたい姫様!」


だが小石は石コケシに変化しない。

砂姫乃はロッドで小石を叩き落とす。

「いや~ん! 子分にならな~い! 素数そすーじゃなかったのね~ん」

女親分が色っぽく焦る。

(・・・素数だと小石が化け物に変化するんだわ)

端から見ていた夜風が気付き、すぐに砂姫乃に助言する。

「砂姫乃、きっと投げた小石が化け物に変わるのよ。気を付けて」

つぶてんは再び小石を拾い集め、棒術少女に向かって投げる。

バラバラっと撒かれた7個の小石が、今回は石コケシに変化する。

「ヒメノタメ! ヒメノタメ!」

7匹が砂姫乃と夜風を襲う。

しかし砂姫乃の棒術の敵ではない。

あっと言う間に叩き割られる。

「お地蔵さんを叩いてるみたいでイヤな気分だよ!」

砂姫乃が心苦しく感じる。

そんなこと意に反さず女親分はまた小石を次から次に投げ付ける。

放り投げられた小石群は、時にそのまま、時に石コケシの群れに変わり、砂姫乃と夜風に襲い掛かる!

その数は何十匹、いや見る見るうちに百数十匹にも増える!

砂姫乃は夜風を守りながら石コケシを砕いていくが、さすがに限度を超える。

「捕まってたまるもんですか~ん!」

つぶてんは石コケシの増産を止めない。

まだ増え続ける。

そう、戦っている場所が悪かったのだ。

夜風がやっと状況を理解する。

「砂姫乃! 失敗だわ! ここお花屋さんだったわ!」

偶然か。

いや、氷路多つぶてんは意外にしたたかだった。

後退りしながら花屋の裏にまで逃げてきたのだ。

裏口には園芸用の小石の入った袋が積み上げられている。

完全にコケシ女親分の策にはまってしまったのだ。

「お前たち! その子たちをとっとと~どっか遠とーくに捨ててきっちゃって~ん!」

砂姫乃と夜風に予想外のピンチが訪れる。

まさかの事態に陥った。

100匹以上の石コケシに囲まれてしまったのだ。

棒術少女は必死に抵抗して石コケシを破壊し続けるが、その速度を上回る早さで子分どもは次々に増える。

「夜風、キリがないよ! おトイレにも行きたいし!」

「ダブルパンチのダブルピンチね・・・」

夜風は、砂姫乃を連れて逃げ出そうか?とも考えた。

だが、ここで強盗犯を取り押さえないと次のチャンスはないだろう。

パイオビッカーが追跡者だと知ったからには、もう再犯しない可能性もある。

今捕まえないと、きっと次はない。

しかし豊岡と明日花は別行動でどこにいるのか分からない。

一体どうすればいいのか?

この危機的状況を乗り切るいい方法はないのか?

石コケシどもがジリジリと間合いを詰めてくる。

汗だくで息を切らせる砂姫乃が頑張って石コケシどもを倒している。

「まずいわね・・・」

夜風の口から諦めそうなひと言が漏れる。



走馬灯ではないが、夜風は砂姫乃と初めて出会った日をふと思い出す。

「生まれて初めまして! 雨滝砂姫乃です!」

あの時の敵パイオビッカーはこの小柄な女子中学生がいなかったら逃げられていたに違いない。


「さけぶ大空、ミクロ影、見るに見られぬ拡声縮小!」


敵の男は、大声を発している間は身体を小さくできる悪人だった。

豊岡が封印しようとしても小さ過ぎて狙いが定まらなかった。

豊岡も夜風も憩子も敵に翻弄されるばかり。

そんな窮地へ斑鳩警部が連れてきたのが砂姫乃だった。

この棒術使いの少女は運動神経も良く、機転も利いたし、根性も据わっていた。

そして何より気立てが良かった。

雨滝砂姫乃はすぐに漁火夜風、四方方憩子、豊岡と打ち解け合った。

これまでチームに直接攻撃ができるメンバーがいなかったので、砂姫乃の加入はパイオビッカーを取り押さえる際に本当に助かったものだ。

それに先日のイワシ大男の件でもそうだったがパワー系の敵にも、鳥男のような面妖不気味な敵にも砂姫乃は怯まない。

その勇気はチーム全体の士気をも高めた。



そんな強い砂姫乃でも、多数で絶え間なく攻められるとまだ子供な女子中学生の持久力という体力面でどうしても厳しい。

手にするロッドも重たい。

尿意も苦しい。

このままでは強盗犯を取り逃がすだけでなく、砂姫乃も夜風も石コケシの襲撃に傷付いてしまうだろう。

為す術もなく2人は最大のピンチに陥る。

「ヒメノタメ! ヒメノタメ!」

砂姫乃と夜風にジワジワ迫り来る小さな化け物ども。

12~13メートル離れたところから命令を下すコケシ女将が高らかに笑う。

「キャハハ! あきらめて~ん、泣きながら逃げなさい~ん!」

その時だ。

鎌鼬かまいたちかと思うような鋭い疾風が一陣走り、石コケシ17匹が一瞬にして横一文字に斬り裂かれる。

ひと呼吸置き、声がする。

「あなた方が素数の数だけ生まれるのでしたら、わたくしも素数の数だけ斬ってさしあげましょう」

上半身と下半身に分断された小さな化け物が地面にバタバタと転がる。

声の主がひと振りした日本刀を鞘にシャキン!と納める。

砂姫乃と夜風が目を開けると、商店街の眩い蛍光灯を背に、日本刀を脇に携えたセーラー服の眼鏡少女が立っているのが見える。


「旅のお共に、つば鳴り聴かそう。傷み憎いは、御便刀おべんとう


チャキッ!っと刃音を鳴らせ少女はまた鞘から素早く日本刀を抜き、石コケシども23匹、素数の数を正確にバキャッ!と斬り捨てる。

再び納刀すると、また抜刀し、石コケシを素数分、確実に斬る。

納刀、抜刀。

そんな斬撃を7回ばかりも続けると、石コケシは1匹残らず斬り刻まれる。

氷路多つぶてんは日本刀使いの鮮やかさに「これは勝てない」と観念する。

何しろ穏やかな気迫を見るに、人間まで斬ってきそうな勢いだったのだから。

へなへなとヘタリこみ戦意を失う女親分を見届ける日本刀使い。

少女は左手で持った日本刀のつかを右の拳でコン!と叩き、刃に付着した石の粉をはたき落とす。

そのままひらいた右手だけで柄を持つと、クルリと刀を回し鞘にチャキン!と納める。

砂姫乃と夜風は少女の精緻な刀使いに驚きを覚え、また感謝の気持ちを伝える。

「ありがとうございます。助かりました」

「ふぅ。ありがとう、もうダメかと思ったよ・・・」

夜風と砂姫乃がお礼を述べる。

「礼には及ばぬでござる・・・いえ、及ばなくてよ」

刀使いパイオビッカーが返答する。

が、砂姫乃がふと声の主に聴き覚えがあるのに気付く。

棒術使いが身体を傾けて少女侍サムライの顔を覗き込む。

「・・・あれ? あれ? もしかして、雪隠ゆきがくれさん?」

刀使いが振り返る。

「あら? そうおっしゃるあなたは・・・」

夜風が尋ねる。

「砂姫乃、お知り合いの方?」

「うん。お姉ちゃんのクラスの学級委員長」

「あなた、砂歌音さんの妹さんよね?」

「そだよ。雨滝砂姫乃だよ。雪隠さん眼鏡してるから分からなかったよ」

黒髪セミロングのクラス委員長は学校以外では眼鏡らしい。

「あら・・・。サキノさんも戦ってらしたなんて・・・。まぁ・・・」

雪隠せちなも驚く。

「雪隠さんありがとう。本当に助かったよ! それじゃさ、仲間に紹介するから一緒に来てよ!」

砂姫乃が敵ではないパイオビッカーだと安心し、さらにいつもの人懐っこさを取り戻し、雪隠を誘う。

ところが。

「・・・いえ、わたくし、急ぎますから」

「え~? そんなこと言わずに」

「いえ、結構です」

「そんなこと言わずに!」

「いえ」

「そんなこと言わずに!」

「いえ、急ぎますので!」

「そんなこと言わずに!」

「お放しください! わたくし、おウンコがしたいのですわ!」

あらま~。

雪隠クラス委員長ったら・・・。

耳まで真っ赤。

けど、知らなかったとは言え、これは砂姫乃が悪い。

「え・・・?」

砂姫乃が戸惑う。

「し、失礼しますわ・・・」

足早に商店街から走り去る赤面した雪隠せちな。

砂姫乃と夜風はかなり反省・・・。

「・・・どうやら彼女の我慢ペイシェントは、砂姫乃と同じ、便意のようね」

夜風が冷静に分析する。

「べんい?」

「えぇ。しかも大きい方」

「ありゃあ・・・あたし悪いことしちゃったよ」

「仕方ないわ。知らなかったんだもの・・・」


刀使いクラス委員長は夜の街を走る。

必死に走る。

自宅まで帰るのか。

間に合うのか。

「恥ずかしいですわ・・・。恥ずかしいですわ・・・」

便意と戦いながら急ぐ女子中学生。

走れ、せっちん。

急げ、せっちん。

もうすぐ、せっちん。

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