第9話「論より証拠」 Bパート
「そんなに気になるなら真美が聞きなさいよ」
「え~? わたしゃ愛子に聞いてほしいのじゃ」
朝の登校風景。
いつもと違うのは愛子と真美の小競り合い。
そこにいつもと同じに砂姫乃が合流する。
「おっはよ~!」
「あっ! 砂姫乃!? オ、オハヨー!」
「さっささっ砂姫乃っ! オオオオハヨーなのじゃ!」
「どしたの? 2人とも。あたしの顔に何か付いてる?」
「え? いえいえ」
「なななななんでもないわさ!」
「変だよ、愛子も真美も」
砂姫乃が口をとがらせる。
「そーかなー?」
「あ、あの、あのさ?」
思い切った真美がいきなり質問を繰り出す。
「ん?」
「砂姫乃はさ・・・、昨日の夕方、家にいた?」
「昨日の夕方?」
「う、うん」
「えーっと・・・。夕方は友達んちにいたよ、別の学校の友達」
「別の学校?」
「うん。その子んちで8時ぐらいまで遊んでたかなぁ?」
「そ、そうなの?」
「そうだよ」
「ほら見なさい、ちゃんとアリバイがあるじゃない」
愛子が真美を責め、砂姫乃は疑問符。
「アリバイって?」
愛子が説明する。
「昨日、臨時ニュースがあったでしょ?」
「んん~・・・知らないなぁ・・・」
「テレビ見なかったの?」
「見てないよ」
真美が臨時ニュースのあらましを話す。
「ほらほら、パイオビッカーっていたじゃん、前に。最近聞かなくなったけど。それが昨日夕方、久し振りに出たのさ、港浜駅前に、2人も」
守秘義務の都合もあるが、何よりも友達に心配を掛けたくない砂姫乃はとりあえずトボケるしかない。
「へぇ~」
「ほらね。砂姫乃は何にも知らないでしょ。この話は終わり終わり!」
愛子がこの話題を切り上げようとするが、真美はまだ腑に落ちない。
「でもさー。やっぱりあの子は別人だったのかなぁ?」
「ん? 別人って?」
「あ、いやいや、なんでもないさ、なんでもないない!」
勘違いだと思いたい真美だが、どうしても気になることがある。
「いやでもあのバレッタが」
「バレッタ?」
「あぁ、あ、えっと、パイオビッカーが・1人が・女の子が・バレッタが・砂姫乃が・ソックリが・いやいやが・なんでもないが・なんでもないんじゃ!」
真美が支離滅裂になってきた。
「あたしが大男と戦ってたって?」
「え、いや、その子の、」
「真美、もうよしなさいよ。砂姫乃は知らないって言ってるんだから」
愛子が止める。
「う・・・うん・・・」
仕方なく真美は別人だったとして割り切ることにする。
砂姫乃は次第にトボケるのが後ろめたく、そして辛くなってきたところだった。
(・・・愛子、真美、ごめん。2人にはいつか話せる日が来ると思うよ・・・何も言えなくてごめん・・・)
しかし真美は気付かなかったようだが鋭い愛子は聞き逃さない。
砂姫乃は無意識に口にしてしまったのだろうが、愛子も真美も「大男」だったとはひとことも言っていない。
ところが何も知らないはずで、テレビも見ていなかった砂姫乃が「大男」と言った。
たまたまの偶然だった? そうだろうか? 本当は、砂姫乃は何かを知っているのではないだろうか? 愛子の第六感が砂姫乃を疑っている。
(けど、砂姫乃を疑うなんて、私はイヤな友達だな・・・)
愛子はそう考える。
(もしも・・・、もしもあの戦ってた女の子が砂姫乃だったとしたら・・・だったとしたら、いつか話してくれる。必ず。今は話せない事情があるのよ、きっと・・・)
真相は保留でいい。
だから愛子からあえて話題を変える。
「あ。そうそう! それよりも、来週の工場見学なんだけど!」
学校でも、昨夜の大男の事件は話題になっていた。
だが当然ながら真実を知る者は誰もいない。
テレビやラジオの情報だけでは皆の憶測ばかりが飛び交う。
噂もまったく意味がない。
加えて
それらの結果、午後にもなると大男の話題は旬を過ぎた感が漂っていた。
それこそ間近に迫る工場見学を兼ねたバス旅行の方が気になる生徒がほとんど。
そんな雰囲気で学校の時間はあっと言う間に過ぎたのであった。
放課後。
部活動(陸上競技部)に少しだけ顔を出した砂姫乃は、砂歌音の面会のために国立病院までやって来た。
砂歌音はまた多人数部屋から個室に移されていた。
ドアの前まで来た砂姫乃の耳に室内からの会話が聴こえてくる。
「ありがとね、せっちん」
「せっちんではございません!」
病室の引き戸が開き、中から出てきた女性が砂姫乃にぶつかりそうになる。
「あら失礼。こんにちはでございますわ」
「あ。こんにちは・・・」
「・・・それでは砂歌音さん、また学校でお会いしましょう」
「ありがとうね委員長、気を付けて」
2人に会釈をして帰っていく生真面目そうな黒髪セミロング女学生。
砂姫乃はトコトコと双子姉に近付く。
「砂歌音、今の誰だっけ? 見覚えあるけど」
「学級委員長よ、うちのクラスの」
「あぁ隣の・・・それでか・・・」
「お嬢様でキツそうに見えるけど、とてもいい人よ」
「ふ~ん・・・ま、いいや。それよりどう? 具合は?」
「・・・うん。そろそろ一旦退院らしいわ」
「一旦かぁ・・・もう半年だよ。長いよ」
「長いわよね。・・・それで砂姫乃。パパに会った?」
「パパ来たの?」
「うん、
「う、うん・・・あ、いや、まだ・・・」
「何があったか知らないけど、仲良くしなさいよね」
「そうだね・・・」
「砂姫乃、一緒にワッフル食べよ。さっき委員長が持ってきてくれたの」
「・・・うん。いただきます・・・」
ワッフルの袋を開けながら、砂歌音が担当医からされた診察の話を始める。
「・・・砂姫乃、実はね、ママとパパにはあとで電話するけど。今日、先生から詳しい症状や病名を聞かされたの」
「・・・病名? ケガじゃないの?」
姉の病室を出た砂姫乃は、診察時間終了後の誰もいない廊下を1人歩く。
いつもの時間外出入口へ向かおうとした時、消灯されて薄暗い無人の待ち合いロビーから声を掛けられる。
「雨滝さん?」
7~8列並んだ向こうの長椅子から歩いてくる人影。
「あ、えっと・・・?」
灯りに近付くにつれ、次第に姿が現われる。
さっきの黒髪セミロングだ。
「すみません藪から棒に。申し遅れました。
「あ、どうも。妹の砂姫乃です・・・」
「サキノさんですの。少しだけ、お時間よろしいでしょうか?」
「・・・いいですけど」
「立ち話もなんです。座りませんこと?」
女子中学生2人が大病院の暗く広いロビーの長椅子に着席する。
「砂歌音さん、田んぼに落ちたにしてはご入院が長いですわね」
「・・・は、はい」
「体調がよろしくないのかしら?」
「あ、いや、そういうのとは・・・ちょっと違って・・・」
「言い出しにくいことでしたら無理にとは」
「いえ、その・・・お姉ちゃん、砂歌音は検査入院ってやつで・・・」
「検査入院? それにしては長過ぎません?」
「そう・・・なんですけど・・・」
「サキノさん、でしたかしら?」
「はい・・・」
「あなた、もしかして私のこと苦手なのかしら?」
「はい・・・あ、いや・・・そんなことは・・・」
「よろしくてよ。皆さんが私のこと苦手なのは承知しておりますから」
「は、はぁ・・・(まいったな、こりゃ)」
「それはそれとしてお答えくださいな」
「えっと・・・」
「それでは公平な取り引きとして、私の方からあなたに、誰にも言い出しにくいことを正直に告白します」
「は、はい・・・」
「砂歌音さんだけは私と対等にお話しをしてくださいます。お恥ずかしいことなのですが、私は砂歌音さんを唯一のお友達だと思っています。ですから、彼女の具合がとても心配なのです」
「あ・・・ごめんなさい雪隠さん」
「いいえ。謝らないでください。無礼なのは私の方なのは分かっていますから」
「あの・・・ですね・・・」
「はい」
「砂歌音は、睡眠時無呼吸症候群って病気らしいんです」
「スイミンジ・ムコキュウ? 聞き慣れないご病気ですわね」
「あたしも初めて聞いたでございますよ」
「どのようなご病気?」
「えっと、簡単に言うと寝てる時に息をしないらしいです」
「あら・・・怖い・・・」
「お姉ちゃんの場合、長い時だとご飯とお喋り以外は完全に息をしていない時があるみたいで」
「えぇ!?」
「8日間、息してない期間もあったって」
「それで砂歌音さんは平気なのかしら?」
「はい、大丈夫みたいです。だけど、それで検査に時間が掛かって」
「ご入院も長くなりそうですわね」
「あ、いや、でももうすぐ退院できそうなんです」
「あら。それは良かったですわね。・・・良かったですわ」
「はい、良かったでございます」
「サキノさん、お話し出来て安心しました」
「あ、いや、こちらこそ。心配かけてますです。ありがとうございます」
「それからサキノさん。次に会う時は、敬語で話さないでくださいまし。私たち同級生でしてよ」
「あ、はい、すみませんです」
「ほらまた。お気を付けあそばせ。うふふ」
「あ・・・」
「では失礼いたします」
砂姫乃を残し、隣のクラス委員長は暗くなり始めた黄昏に消える。
砂姫乃はかなり苦手なタイプだったらしく、長椅子に「へにゃ~」ともたれたまましばらくグッタリしていたが気を取り直し帰路に着く。
これでこの日は何事もなく終わるのかと思いきや、雪隠せちな学級委員長に事件が起きる。
病院を出ようとした際、何故か今になって空から降ってきた“パイオボイニャーの布”が頭の上に被さったのだ。
それはたまたまの偶然だったのか、或いは誰かの意図だったのか。
隣家の飼い猫だろうかが「あんわんやぁ~」と鳴く。
とにかく雪隠せちなは40センチほどの三角形の“布”に触れてしまった。
「? ・・・これは何かしら?」
“パイオボイニャーの布”は、布と呼ばれてはいるが、どちらかと言うと皮革に近い。
色は赤っぽい茶色。それを地に濃い色や薄い色で何らかの幾何学的な紋様、絵や文字の様なものが見て取れる。
雪隠せちなは“布”を手に取ると不思議そうにパッパッと裏や表を観る。
続けて思わず匂いを嗅ぐ。
一瞬鼻にツンとくる。
南国フルーツ? 化学薬品? 何度も匂ってみたくなる不思議な香り。
続けて舐なめてみる・・・が思い留まる。
さすがに口にするのは危険、と言うか非常識だ。
また撫でてみる。
暖かいような、冷たいような、堅いような、柔らかいような奇妙な感触。
次の瞬間、何かが取り憑いたみたいに、ぶるっと背筋が寒くなる・・・。
「! ・・・何ですの? 今の・・・?」
「ただいま~」
「砂姫乃? おかえり~!」
ママが雨滝家の次女を出迎える。
「パパもついさっき帰ってきたところよ」
風理雄が食卓で迎える。
「砂姫乃、おかえり」
「パパ! ただいま・・・」
父親の姿を見た途端、張り詰めていた感情が一気に緩む。
もともと仲の良い父娘だったのだから、お互いに気まずい状況は息苦しく、いつまでも堪えられるものではない。
「あらあら砂姫乃! 急にどうしたの、泣き出したりして!」
「砂姫乃・・・」
「パパ・・・おかえりなさい・・・おかえりなさい・・・」
ぼろぼろ泣く娘にママが戸惑ってしまう。
「砂姫乃ったらどうしたの、そんなに甘えて!」
「ママ。いいんだよ。いいんだよ」
目を潤ませた風理雄も砂姫乃を固く抱き締めるのであった。
雨滝家のお食事。
白いご飯にお豆腐のお味噌汁、ママ手作りのクリームコロッケと野菜サラダ、白菜のお漬け物。
何でもない日常だがとても素敵な時間。
近い内に砂歌音もここに加わることだろう。
美味しい夕食も済んだ砂姫乃と風理雄は2階のテラスに腰掛ける。
ところどころ少し雲が浮かんでいるが星空が美しい。
「パパ、この前、助けてくれたの?」
「あ、ああ。イワシの時か。うん、まぁな」
「ありがと」
「可愛い娘が危険な目に合ってるのを見過ごす親はいないよ。当たり前のことだよ」
「それで、パパの
「パパの超能力はな、最強だぞ!」
「あたしより?」
「たぶん砂姫乃より強いな」
「たぶんなの?」
「何にでもプラス面とマイナス面があるからな。特にこのペイシェントってやつは」
「どんな能力なんだろ?」
「どんな能力だろうね。砂姫乃もパパに秘密にしていたんだから、パパも秘密にしておこう」
「パパの意地悪」
「ははははは! パパは意地悪だぞ!」
「じゃあ、あたしもパパに似て意地悪な娘になるよ!」
この父娘にはきっと、敵だ、味方だ、思想の違いだなんて小さな事柄なのだろう。
「・・・それで、パパ。アインザッツ博士は敵なの?」
「そうだな・・・。アインザッツ博士はお前たちの敵と言えるかも知れない。敵対勢力という意味では」
「テキタイセイリョク?」
「つまり双方、考え方の違いってやつだな。だけどアインザッツ博士は人類の敵ではないよ」
「パパも?」
「もちろんパパだって人類の敵じゃない。あの天倉寺明日花くんという女の子だって傷付けたくなんてなかったんだ」
「でも明日花はケガをしたよ」
「そうなんだ。彼女には本当にすまないことをしたと思ってる。謝るよ」
「明日花に謝って」
「うん」
「絶対に謝って」
「ああ。必ず謝るよ。砂姫乃もすまなかった。ごめん・・・」
しばらくの沈黙。
ママがキッチンで後片付けをしてくれている音が聴こえてくる。
風理雄が懐かしそうにぽつりと語る。
「・・・パパが中学生の頃、エーテル・ソ・アインザッツというマイナーな詩人の詩集に出会ったんだ。図書室の片隅でね。その時からパパは彼の考え方に感銘を受けたんだ」
「どんな詩なの?」
「・・・うん。世の中に溢れている前向きさや明るさに背中を向ける哀しさ・・・。まぁ売れそうにない、そんな詩だな」
「もしかしてナーサたちとは違う考え?」
「ナーサさんたちは色々な文化を取り入れる考え方。つまり“パイオボイニャーの布”の件で言えば、地球外知的生命体の科学力を取り入れて人類の未来のために役立てたい。そうなんだろう?」
「知ってたの?」
「ああ」
「アインザッツ博士はその反対ってナーサが言ってたけど・・・」
「そう。地球人は地球人だけで進化すべきだっていうのがアインザッツ博士の考え方なんだ」
「アインザッツ博士は宇宙人が嫌いなのかな?」
「どうなんだろう。排他的だとは言えるね。けれどパパたちはアインザッツ博士の人柄や才能に惚れ込んで協力してるんだ。彼の心の美しさは、彼が書いた詩を読めば分かる。もちろん地球人の幸せは地球人自身の手で掴むべきという考え方にも大いに賛同しているけどね」
「・・・今さらだけど、パパ。ずっと分からないことがあるんだ」
「何かな?」
「宇宙人の知恵は本当に手に入るのかなぁ?」
「あぁ。・・・あれはな、そもそも全てが仮定の話だからな」
「仮定?」
「そう。まず、“パイオボイニャーの布”が地球外知的生命体から贈られたもの、かも」
「うん」
「だから“布”をすべて揃え集めて文字らしきものを解読できれば、凄いことが書かれている、かも。もしかしたら地球外知的生命体とコンタクトできる、かも。そうすれば地球外知的生命体の科学力を教えてもらえる、かも。かも、かも、かも・・・だから何もかもが希望的な仮定にしか過ぎないんだ」
「仮定って、どうなるか分からないことなのに敵対してるってバカみたい」
「確かに勝手に張り合って、バカなのかもなぁ・・・」
「あ、でも、アインザッツ博士の考え方だったら“パイオボイニャーの布”集めはしなくていいんじゃない?」
「その理由はパパたちにも教えてくれないんだ。まぁ、大体の予想は付くけどね」
「あたしには分からないよ。要らないものをわざわざ集めるなんて・・・あっ! そっか! 集めるのを邪魔してるんだ!」
「どうだろうね」
寒くなってきた2人は家の中に戻ることにする。テラスのドアを閉めながら風理雄は砂姫乃に尋ねる。
「・・・砂姫乃はアインザッツ博士の考え方をどう思う?」
「あたしは・・・自分たちの文化は大切に守った方がいいと思う」
「だよな」
「だけど・・・」
「だけど?」
「だけど、よその文化を取り入れて、新しい文化にするのもいいかも」
「すべて受け入れるって考え方か。・・・なるほどね。なるほど・・・」
「そんなに感心することじゃないと思うんだけど・・・」
「若さということはそういうことなのかもな・・・なるほどね。なるほど・・・」
「パパ、しつこいよ!」
明けて土曜日、夕刻。
砂姫乃、憩子、夜風、明日花、豊岡は、ナーサ副長官に警視庁パイオボイニャー対策課(パボ課)本部の大会議室に呼び出される。
チーム責任者である斑鳩警部も同席。
他に砂姫乃たちの知らない大人が3名、薄暗い室内に既に着席している。
「突然ニ呼び出シしましテすみまセン。今日は新しい計画にツイテ、皆様の了解を得たいト思って集まって頂きマシタ」
ナーサがOHPのスイッチを入れる。
「プロジェクト名は、マル秘! みんな集まれ! “パイオボイニャーの布”大回収計画! ・・・デハ、ご説明致しマス!」
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