第9話「論より証拠」 Aパート
イワシの大男が無念の消滅を果たした、そのおよそ半日前に時間を戻そう。
1980年10月30日、
アインザッツ博士は同志たちに書斎に集まるよう昨夜から声を掛けていた。
呼ばれたのは、砂姫乃&砂歌音の双子姉妹の実父であるミスターAこと前転時間停止男/雨滝風理雄。
逆立ち高速移動男/山本山マグマ。
赤のライダースーツに身を包み小さく燃える炎の化身/
それに、アインザッツ組のNo.2であるNASAの科学者/ラピス・スーゲィ・タカイシ博士。
この時点で犬井一子と
アインザッツがメンバーを見渡し、しかめっ面で話し始める。
「・・・諸君、おはよう。早くからすまぬ。突然だが、実は今日、私の仮説が正しければ・・・だが、夕刻辺りにあの大男パイオビッカーが出現するはずなのだ」
ミスターAが尋ねる。
「博士、それは半年前に現われた大男のことでしょうか?」
「うむ。その大男だ。正確には4月30日だな」
マグマも尋ねる。
「なぜ! 出現すると分かるのですか!?」
「正直なところ私にもまだまだ解からぬ謎ばかりだが・・・。私の仮説概要を簡単に伝えよう」
アインザッツがすっくと立ち上がり解説を始める。
「我々パイオビッカーは一定の六曜、つまり
壁に掛けられたカレンダーを老紳士が指差す。
「特にグループやチームに属さず自由気儘、且つ本能に忠実な
ミスターAらがうなずき、アインザッツは続ける。
「しかしだ。逆説的に行動パターンを解きほぐすと、パイオビッカーはある種の“数学法則”と“言語法則”に基づいて活動していることが100%に近い高確率で割り出せた。つまり、それこそが私の仮説というわけだ」
くるりと3人の方に向き直る。
「そして仮説から導き出された
老博士が人指し指を立てる。
「ミスターA! マグマくん! 奴は強敵だ。おそらく“パイオボイニャーの布”の所持枚数も多かろう。或いは巨大な“布”を持つやも知れぬ。或いは既に持たぬやも知れぬが・・・」
ミスターAとマグマの目をじっと見る。
「そこで。君たち2人には、大男から“パイオボイニャーの布”の回収を頼みたい」
博士がまだ陽も上がっていない窓の外に目をやる。
「今回は速やかに計画を実行するために犬井くんと射出くんの協力も頼もうと考えておる。もちろん犬井くんと射出くんは私が助け出す」
「やった! さすがアインザッツ様!」
マグマがパチンッと指を鳴らし喜び、ミスターAも仲間を見捨てない博士に安心する。
「ファッファ~!」っとファイファイが嬉しそうにバンザイする。
老紳士アインザッツが頭を下げる。
「私の
「博士、僕たちは博士の理想を叶えるために集まった同志です。何も遠慮はいりません」
ミスターAが改めて心の内を明かす。
マグマもミスターAに賛同する。
「たとえ! 博士の考えが180度変わっても、僕たちはアインザッツ様に着いて行きます!」
男3人がガッチリ握手を交わす。
「ありがとう、山本山マグマくん。ミスター雨滝もありがとう」
暑苦しくも固い信頼の握手だ。
「ファ~・・・」
置いてけぼりなファイファイが寂しそうに唸る。
アインザッツが炎使いにも握手を求める。
「ファイファイ、もちろん君も仲間だ」
「ファイ!」
炎使いも握手で応える。
「そこでだ。すまぬがファイファイにはもうひとつの厄介な計画をお願いしたい。すなわち、天倉寺明日花を連れてきてほしい」
「天倉寺・・・明日花・・・。ファイな!」
「我が理想実現のためには、天倉寺明日花の
そして、一同散開。
アインザッツが誰も座ることのなかった座席を見て眉間に皺を寄せ頭を小さく左右に振り、溜め息をひとつ。
「ハァ。それにしてもタカイシ博士はまだ寝てるのか。朝一番に集まるよう伝えたのに・・・。相変わらずしょうのない奴だわい・・・」
こうしてアインザッツ組は各々が計画を実行するべく出発するのであった。
ミスターAと山本山マグマはそれぞれ別行動(出勤や登校、早引きを含む)で大男の出現しそうなポイントを捜索。
但し、この2人の日中の行動は無駄足に終わり、結果、夕刻頃には一旦アインザッツ屋敷に戻っていた。
一方、ファイファイは朝から明日花を尾行。
但し明日花が学校に入る際、なんだか勘違いして砂姫乃の方を尾行。
結果、見失うこととなり、一旦アインザッツ屋敷に戻っていた。
が、ペニーに注意され、カラスを連れて再びバイクでお出かけ。
偶然にも大男出現の現場に出くわした。
そんな流れ。
謎の人物ラピス・スーゲィ・タカイシ博士は一日中、寝てたらしい。
なんだかなぁ~アインザッツ組・・・。
ところで当のアインザッツ博士。
この霧の朝、ペニーのお見送りで屋敷を出た彼が何処に向かったのか?
その件にも少し触れておこう。
実はアインザッツが訪ねたのは、5名の言語学者たちのところ。
老博士は英語圏の人種である。
日本語はそれなりに達者ではあるが、決してそこまで詳しいというわけではない。
そこで彼は日本語をより深く知るために言語学者に教えを乞いに行ったのである。
言語学者たちは忙しい身ではあったが、彼がNASA科学者だと知ると快く急の面会を許す。
こうしてアインザッツ博士は学者や教授たちから十二分に納得の行く講義を受ける。
それにしても日本語を奥深く知り、堪能になろうとすることと、彼の“言語法則”仮説との関係とは一体なんなのであろうか?
その答えは、このあとすぐ。
さて、時刻は10月30日の20時すぎへ。
物語を現在進行形へと戻そう。
ベンジャ=ネッゾ岩下と名乗ったイワシ大男が、小さくも大きな夢を叶えることなく消滅した。
豊岡の花瓶から最後のイワシが、明日花の開いたトンネルを通り遠くの海へ送られる。
複雑な気持ちで弔う砂姫乃、憩子、夜風、明日花、豊岡、斑鳩警部、中年警官、若年警官、ファイファイ、マグマ、一子、梅子。
寒夜の街に寂しげな風が吹き荒ぶ。
その時、暗闇の中をコツコツ靴音を立て、公園の川沿いの遊歩道を歩いてくる者がいる。
破壊され、ところどころまばらに点灯、点滅する冷たい蛍光灯。
薄暗い街並みに響き渡る靴音。
12人が顔を上げる。
コツン、コツン、コツン・・・。
暗闇から姿を現わしたのは、エーテル・ソ・アインザッツ博士、その人。
「諸君、実にお疲れであった」
老紳士が一同に声を掛けてくる。
「アインザッツ!」
斑鳩と豊岡が声を揃える。
「イワシたちには割り切れぬ想いがあるが、人々を苦しめ続けるのを見過ごすわけにも行くまい・・・」
アインザッツ組の4人、マグマ、一子、梅子、ファイファイが博士の背後へ回る。
「諸君、お疲れであった。時に、“パイオボイニャーの布”の回収はどうかな?」
マグマが隠していた“布”を差し出す。
「アインザッツ様! こちらに!」
マグマの手には“パイオボイニャーの布”が見たところ4~5枚。
うち1枚は通常の3倍サイズはありそうだ。
「いつの間に!」
砂姫乃が驚く。
アインザッツは手渡された“布”をまじまじと眺め、
(やはりパワーの強いパイオビッカーは所持する数やサイズが違うのだな・・・)
と仮説の証拠をひとつ手にしたようで内心とても満足だ。
思わず笑みが漏れる。
「アインザッツ! お前は何を掴んだ!?」
斑鳩警部が大声で尋問する。
老博士の口許がまた少し笑ったように見える。
「私よりオットモット長官やナーサ副長官の方が色々と知っているのではないかな?」
「そりゃどういう意味だ!」
斑鳩警部が食って掛かる。
「私は今日一日で、さらに仮説を裏付ける確証をいくつか得た」
アインザッツが不敵な笑みを浮かべ続ける。
「そうだ。今、私は機嫌が良い。この際だ。少しばかり教えてやろう」
老博士が遊歩道公園の入り口のひとつ、半円型の階段を睨む。
「丁度いいタイミングで役者も揃ったようだしな・・・。こっちに来てはどうだ?」
みんなが一斉に階段を見る。
そこにいたのはオットモット・エライヒトNASA長官、ナーサ副長官、シャーク・トルンジャーネ博士の3人。
「関係者一同、大集合と言ったところだな」
「ふっ」と笑うアインザッツ。
NASAの頭脳3人が砂姫乃たちのところへやって来る。
ナーサが挨拶する。
「みんな、パイオツ。斑鳩さんと警察の方もお疲れ様です。ケガ人はいない?」
砂姫乃が代表して答える。
「うん。みんな無事だよ」
「良かったわ・・・」
軽い挨拶が終了するとアインザッツ博士が会話に割って入る。
「さて、仲良しグループのご挨拶は終わりましたかな? それじゃあ、私の仮説を聞かせてやろう」
「アインザッツ! わしの息子はどうしている!?」
トルンジャーネ博士がいきなり質問する。
それにアインザッツが答える。
「あぁ、君の息子は元気にしておるよ、安心したまえ。だから、いいかな? 私の仮説を発表するが?」
「アインザッツ! わしらの娘はどうしている!?」
オットモット長官が質問する。
それにアインザッツが答える。
「君らの娘は・・・知らぬな。え? いや、だいたい君ら夫婦に子供はおらぬだろう!」
「そーでしたっ!」
オットモットがペロッと舌を出す。
ナーサが立て続けに質問する。
「アインザッツ博士! 私の貯金箱はどうしたかしら?」
「知らぬわ!」
「やっぱり?」
「なにこのコント。本当にこの人たちNASAの学者さん?」
憩子のツッコミに、思わずみんなも苦笑い。
「いやいや。さすがは世界中のお利口さんが集まるNASA。どんな時にも小粋なジョークは忘れんなぁ」
斑鳩警部が感心する。
「だーかーらー! いいかな? 私の仮説を発表するよ?」
アインザッツ博士がちょっとイラッとした。
その場にいる全員が気を引き締め、「ゴクリ」と唾を飲む。
そんな緊迫感に機嫌を直したアインザッツが嬉しそうに仮説を説明し始める。
「コホン。では始めよう」
「早く話せ!」
オットモットが急かす。
「誰のせいで遅いんじゃ!」
「あなた、科学者で詩人なんだから、本当は発表したくてたまらないんでしょ!」
ナーサに図星を突かれて恥ずかしそうなアインザッツが顔を真っ赤にして、両手を上げてプンプン照れる、違う、怒る。
そして話し始める。
「黙らっしゃい! オッホン。さて・・・今度こそ始めるぞ。え~。イワシの大男、アヤツが初めての現れたのがおよそ半年前、1980年4月30日の
「ぶっ!」
砂姫乃と誰ぞか5~6人が思わず噴き出す。
「うそ!」
夜風とナーサが思わず声を合わせる。
「あいつ、ノーベルユーモア賞狙いか・・・」
オットモットが呟く。
「改めて発表してソレ? 冗談でしょう?」
豊岡も突っ込む。
「おいおい駄洒落かよ、アインザッツさんよぉ!」
斑鳩警部が呆れて笑う。
アインザッツ組の面々も詳しくは初耳。
マグマが尋ねる。
「アインザッツ様! 本当なのですか!?」
「うむ。そう考えるのが自然なのだ」
「なるほど! 僕はアインザッツ様を信じます!」
アインザッツ博士は真剣な眼差しのまま説明を続ける。
「正直、私も信じられぬ。しかし、今はまだ実例が不十分なので断言こそできぬが、この駄洒落こそが地球外知的生命体、T.E.(ティー・イー)の行動原理になっているのだ!」
老博士は大真面目らしい。
元部下アインザッツの仮説にオットモット長官は否定的だ。
「そんなアホな! 地球外知的生命体の理念がジャパニーズ・ダッジャ~レばり遊び心を基盤にしているだなど、到底信じられない!」
夜風も改めて否定、砂姫乃と憩子に同意を求める。
「まさか! ねぇ?」
「ねぇ」 「ね」
憩子、砂姫乃も否定派だ。
「僕らがテレビ漫画のキャラクターだったら、そんな仮説、聞いた途端に気ヲ付ケの姿勢で空中を縦横無尽に飛びまくってますよ」
豊岡がご丁寧に否定する。
誰もが疑いの眼差し、訝しい表情だ。
それでもアインザッツ博士はめげない。
「だが、これが事実なのだ。駄洒落文化が根底にある。そこはお前たち日本人の方が理解しやすいはずだが?」
「あ~・・・言われてみれば・・・。確かに日本人は駄洒落や言葉遊びが好きだな。あり得るかもな・・・。100%否定するのも違う気がしてきたぞ・・・」
斑鳩は何だか納得してきた様子だ。
「警部、本気ですか!?」
豊岡が戸惑う。
「まぁな。可能性はいつでもゼロじゃないからな」
オットモットとナーサの夫婦も心が揺らぎ始める。
「まさか!ということが、真実ということも無きにしもあらず」
夜風が「はっ」と気付く。
「もしかして、大安がダイアンで女性、赤口がジャックで男性っていうのもジャパニーズ・ダジャレ?」
「いかにも。さすがはチーム
老博士が「そうそう」と大きく首を縦に振る。
ナーサが息を飲む。
「何だかアインザッツ博士の仮説が真実味を帯びてきたわね・・・」
次に砂姫乃が聞く。
「ところで、T.E.(ティー・イー)って? 地球外知的生命体のことなの? T.E.って何の略よ?」
アインザッツが即答。
「それは、“ちきゅうがい・エイリアン”の頭文字だ」
夜風が言う。
「地球外・宇宙人なの? 変じゃない? そもそもエイリアンってA-L-I-E-Nでしょ。頭文字はAじゃないの?」
またアインザッツが即答。
「E-I-R-I-A-N、日本のローマ字でEだ」
一同が一斉に溜め息を吐く。
「ええ・・・」
ナーサが息を飲む。
「何だかアインザッツ博士の仮説が胡散臭さを帯びてきたわね・・・」
「どっちやねん!」
オットモットが妻にツッコむ。
憩子がふと疑問に思う。
「でもあたしたちは
アインザッツが答える。
「さすがはチーム
「何だか未解明だらけすぎない? それ」
憩子がツッコむ。
しかしナーサが悔しそうに呟く。
「でも未解明ながらもいろいろと掴んでいるようね。さすがはアインザッツ博士だわ」
「だが、我々だって遊んでいるんじゃない。アインザッツが知らぬ事実を掴んでいる可能性だってあるんだ」
オットモットが妻をフォローする。
「そうねっ! 例えばっ! 同じように“パイオボニャーの布”を手にした者でも、パイオビッカーになる者、ならない者の違いの秘密とかっ!」
ナーサがアインザッツに聞こえるぐらいの大声で言い返す。
砂姫乃たちが驚く。
「えっ!? 解明されたの!?」
ナーサが勝ち誇る。
「ま、だいたいわね。知らないでしょっ! アインザッツ博士っ!」
ナーサたちがアインザッツ組を「どうだ!まいったか!」とばかりに見る。
・・・が、既にアインザッツ、マグマ、ファイファイ、一子、梅子、5人とも全員が姿を眩まし、消え去ってしまっていた。
斑鳩警部が握った拳を叩く。
「・・・逃げやがった!」
街はようやく静けさを取り戻したようだ。
オットモットが運転するワゴン車。
砂姫乃、憩子、夜風、最後部座席でぐっすり寝ている明日花を、順番に自宅に送り届ける道中。
廃墟の街を通り過ぎ、車は平穏な夜の国道をひた走る。
砂姫乃がふと口にする。
「あたし不思議なことがひとつあるんだけど」
「どうしたの?」
夜風が尋ねる。
「大男にやられるって思って、次に目を開けたら別の場所に立ってたんだ。あれ、なんだったのかな?」
「・・・瞬間移動みたいね、あ、私じゃないわよ。あたしは砂姫乃と山本山を抱える力はないもの」
「うん。夜風だったら助けてくれてる姿が見えるもん」
憩子が会話に入る。
「ごめんなさい、もしかしたら砂姫乃ちゃんのパパかもね」
「パパが?」
助手席のナーサも同じ考えらしい。
「そうね。不思議じゃないわね。どんな能力かは分からないけれど、娘を助けたのかもね」
夜風と憩子も、オットモットも微笑んでうなずいてくれる。
「そっか。パパなら・・・うれしいな」
砂姫乃はそっと目を閉じる。
車に揺られながら、少女たちは静かに心地よい眠りに
夜街の一点透視に車は少しずつ小さくなる。
明日からは平々凡々な、いつもと同じ繰り返しの日常がまた続くのだろう。
しかし、それが本当の平和というものなのである。
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