第7話「背に腹は代えられぬ」 Aパート
「・・・パパ?!」
サングラス中年男の正体は、砂姫乃の実の父親/
「パパ・・・どうして・・・?」
「砂姫乃こそ・・・パイオビッカー? ・・・そんな・・・」
雨滝父娘はお互い「まさか!? 信じられない!」と悪い夢を見せられているようなクラクラと目眩する感覚に陥る。
砂姫乃はそれでも少しずつ落ち着きを取り戻し、やっと今、自分たちが置かれた状況を明確に理解することができてきた。
長く感じた一瞬だったが、次第に驚きが怒りと悲しみに変わっていくのを自分でも感じる。
「・・・パパ! どうして明日花を傷付けるの!?」
ミスターAこと雨滝父もこの深刻な事態を把握できてきた。
同時に彼は娘がパイオビッカーとして戦っている事実に疑問が湧いてくる。
「砂姫乃・・・砂姫乃は戦っているのか?」
「パパが答えて! パパは何してるの!? 何で!? どうして!?」
「・・・パ、パパは・・・お前たちの・・・」
夜風と梅子も、突然のこの眼前の親子の異常な境遇に声も掛けられない。
・・・しばらくの沈黙。
それを破るのはミスターA、いや、雨滝父である。
「・・・砂姫乃。・・・パ、パパも・・・アインザッツ博士も・・・悪い人間じゃないんだ・・・」
「明日花を傷付けておいて、悪い人間じゃないなんて言われても信じられない!」
父親は娘の責め立てる剣幕に言い返せない。
ミスターAは全身が脱力したかのようにその場で背を向けしゃがみ込むと、おもむろにでんぐり返しを始める。
砂姫乃も夜風も、雨滝父の意外で予想外で奇想天外な行動に無言で「???」となる。
そうして回り始めた直後、マンションの屋上からミスターAは完全に姿を消す。
砂姫乃や夜風にはまったく認識、理解できないが、
「パパ! ・・・パパ!」
周辺を見回し、父親を探す娘。
だが既に雨滝風理雄は完全に姿を消し去ってしまっていた。
棒術攻撃の痛みに伏せていた梅子が口を挟む。
「・・・ミスターAは・・・あなたのお父さんは・・・あの子を傷付けるのにずっと反対だったわ。私が、」
「だったら! どうして逃げたの?!」
怒りと悲しみのやり場が無くなった砂姫乃が梅子に噛み付く。
それまで黙っているしかできなかった夜風が、砂姫乃を止める。
「砂姫乃、やめなさい。その質問の答えは彼女には分からないわ」
棒術使いは手にしていたロッドを力なく落とす。
落ちたロッドがカランと虚しく音を立て、屋上一帯に木霊する。
立ち尽くすしかない砂姫乃。
傾いていた夕陽は沈み、町には青い暗闇が迫る。
1DKのアパート。
殺風景な室内に愛想のない家具が最低限に配置されている。
明日花は寝床で横になり、憩子から両手や右肩の傷の手当てを受けている。
「これでよし! 明日花さん他に痛いとこない?」
「うん大丈夫・・・。ありがとう・・・」
「どういたしまして」
憩子がいつも持ち歩いているキュートな救急箱に消毒液などを片付けていると、「キーン」という小さな金属音がして夜風と砂姫乃が明日花の部屋にパッと瞬間移動してくる。
「え? え? 砂姫乃ちゃんどうしたの?」
憩子が、魂が抜けたようにぐったりした砂姫乃を見て心配する。
「・・・敵が、砂姫乃のお父さんだったの」
夜風が代わりに答える。
憩子と明日花が「えぇっ?」と小声で驚く。
夜風に支えられた砂姫乃が声を震わせながら
「パパが・・・明日花を傷付けた・・・」
と簡潔に説明する。
同時に涙が溢れ出す。
「明日花・・・ごめん・・・」
憩子に手伝ってもらい上体を起こす明日花。
「・・・きっと何か・・・何か理由があるんだよ・・・」
「どんな理由でも、大人が子供を傷付けちゃダメだよ・・・」
砂姫乃は父親に裏切られた気持ちでいっぱいであった。
「それはそう・・・だけど・・・」
慰めようとした夜風もそれ以上の言葉は見付からず、憩子も明日花も言葉を失なってしまった。
開け放した窓の外はもう夜の世界で真っ暗闇に包まれている。
冷たい風も吹き始めた。
敷地に並ぶ防犯用の屋外蛍光灯。
マンション駐車場へと続く無人の通りにパトカーが停まっている。
「ほれ! キリキリ歩いて! ほいほい!」
斑鳩警部に連行される梅子。
「ふふーふ、ふっふーふふ!」
口にガムテープを貼られた梅子がパボ課に引き渡される。
斑鳩が若い婦人警官に指示を出す。
「この
「はい!」
「あと、口が曲者らしい。ガムテープは誰が何と言おうと絶対に外さんように」
「了解、わかりました!」
拘束された梅子は婦人警官2人と一緒にパボ課本部へと向かう。
「・・・砂姫乃のこと・・・ウチに任せて」
明日花の提案で、砂姫乃は家に帰さず、このアパートに泊めることになった。
「
憩子が笑顔でうなずく。
「夜風も、ありがとう・・・。憩子を送ってあげて・・・」
「えぇ。明日花さんは大丈夫?」
夜風が砂姫乃と明日花、2人を心配する。
「うん・・・ウチは大丈夫・・・だけど・・・」
3人は窓枠にもたれ、言葉なく外をぼんやり眺めている砂姫乃を見守る。
パトカーを送り終えた斑鳩警部は、再びマンション屋上へと戻り、辺りをもう一度詳しく調査し直す。
(しかし、砂姫乃くんの父親が刺客としてやって来るとはな・・・)
屋上のドア、ドアノブ、床、手すり・・・念入りに敵パイオビッカーの痕跡や、アインザッツの隠れ家に繋がるヒントはないかを捜す。
(何か手掛かりらしきものはないのか?)
その頃、封印担当の豊岡は、パイオビッカー事件とはまったく無縁の世界。
すなわち、仕事が山積みで残業中。
印刷業界は月末は更に忙しい。
「豊岡ぁ! 別の急ぎのチラシ、朝刊用、入ったばい!」
「えぇっ! もう帰れると思ったのに!?」
輪転機が「カッシャンコシャ・カッシャンコシャ」と規則的な機械音を繰り返す。
「雨滝さんのお宅ですか? ・・・こんばんは。漁火夜風です。・・・こちらこそお世話になっています。それで砂姫乃さんですが・・・はい、今お風呂に入っていて・・・いえいえ。はい。今晩はこちらで一泊するって・・・はい、いいえ。いいえ。・・・はい。それでは、はい、失礼します」
秘密ゆえに経緯を説明できない夜風は仕方なく嘘をついてしまう。
受話器を置き、溜め息を深くつく。
「砂姫乃も明日花さんも大丈夫かしら・・・」
自宅に帰ってきたばかりの夜風だが、心配が募る。
雨滝家。
夜風から電話をもらった砂姫乃のママが寂しそうに独り言で気を晴らす。
「あ~あ。砂姫乃ちゃんはお泊まり。砂歌音ちゃんは入院中。パパはお仕事先から連絡で突然の出張。今夜のママは、とっても寂しいわ・・・シクシク~」
憩子もベッドに入ったはいいが、砂姫乃と明日花が気になって眠れそうにない。
「2人ともどうしてるかな・・・?」
コロンと寝返りを打つ。
レースのカーテンの隙間から星が弱々しくキラキラと輝く。
「私も一緒に泊まればよかった・・・」
雨滝砂歌音が消灯時間もとっくに過ぎた病院内の薄暗い談話室に座り、1人、自動販売機のホット紅茶を楽しんでいる。
そこに夜勤のナースが通る。
「あら、砂歌音さん、夜遊び中?」
「スミマセン。これ飲んだらお部屋に戻ります」
「虫歯になるわよ」
「お砂糖抜きなんです」
「ふふっ。もうすぐ退院だからって夜更かしはダメよ」
「は~い、おやすみなさ~い」
「はい、おやすみなさい」
ナースが暗い廊下をチャカチャカと歩き去っていく。
と、ふと気付くと、テーブルの向かいにシルエットで誰かが座っている。
目が慣れてくる。
「・・・パパ?」
「砂歌音、こんばんは」
「こんな時間にどうしたの?」
「いや、砂歌音・・・。実は、」
「あ、分かった。砂姫乃でしょ?」
「は~。どうして分かった?」
「そりゃパパの娘だもの。大体のことは表情で分かるわ」
「砂歌音には敵わないな・・・。そう。そうなんだ」
「砂姫乃かぁ・・・それで?」
双子の姉がテーブルに紙コップをトンと置く。
「うん。・・・パパは正しいと思ってやってるんだ。だけど砂姫乃にはそれが解かってもらえそうになくて・・・」
「うーん・・・そっか・・・」
「どうしたらいいと思う?」
「・・・詳しい事情はわたしには分からないけど、そうね・・・。基本はやっぱり逃げずに話し合うことよね」
砂歌音が頬杖をつく。
「やはりそうなるか」
「やはりそうなるわね」
「そうなるな」
「そうね」
「・・・うん。分かった」
しばらくの沈黙。
「それからパパ。正しいからと言って、それが必ず正解じゃない時もあるわね」
「・・・正しくても正解じゃない。難しいことを言うなぁ、砂歌音は」
風理雄が腕組みして肩を上下してほぐす。
「本の受け売りよ。でも自分が絶対に正しいと思い込んでいたら、話し合いはできないわよ。もちろん砂姫乃の方もだけど」
「そうか・・・。ありがとう。砂歌音。おまえも砂姫乃も、本当に良い子に育ってくれたな」
娘がわざとらしいぐらいに可愛らしく首を傾げる。
「どうも。パパの娘だからね。あと、ママもね」
「ああ、そうだな。ママのお陰もだな」
砂歌音は両手を下ろしイスを押さえると、身体を支えて座り直す。
「・・・パパ。砂姫乃はパパが思ってる以上に優しい子よ」
「うん、そうだな。知ってる。知ってるはずなんだ」
父親は浅く4、5度うなずく。
「砂姫乃ときちんと話し合ってね」
「ああ、ありがとう砂歌音」
「いいえ」
「じゃあ、行くよ。お大事にな」
父親は静かにイスを引き立ち上がる。
「おやすみなさい、パパ・・・」
「おやすみ・・・砂歌音」
父親との会話はそこで終わる。
しかし彼女はパパが帰る後ろ姿はまったく見た覚えがない。
見た記憶がない。
「あれ?」
きょろきょろ室内を見渡す。
手にしていた紅茶もいつの間にか冷めている。
(・・・夢でも見てたのかしら?)
双子の姉は薄暗い談話室できょとんとしている。
不思議な気持ちだった。
アパート2階の一室。
「・・・砂姫乃、起きてる?」
部屋の様子がぎりぎり判る程度なナツメ球のオレンジ色でぼんやりとした灯りの下、ひとつのお布団に明日花と砂姫乃が横になっている。
「・・・砂姫乃、お父さんが・・・敵だったんだね・・・」
砂姫乃は黙っている。
「んと・・・。あの・・・」
言い出しにくそうに話を始める明日花。
「えっと・・・ウチの父親は・・・悪い仲間と、ウチの超能力を利用して・・・密輸しようとしてた・・・」
砂姫乃が「え?」と明日花を見る。
明日花は天井を見たまま話を続ける。
「それでウチは・・・父親が、怖くて・・・凄く・・・嫌いになって・・・信じられなくなったから・・・家出した・・・」
砂姫乃が身体の向きを変え明日花の方を見る。
「それでここで?」
「・・・うん。ナーサが親代わりになってくれた」
「そうだったんだ」
「うん。・・・ウチの父親は本当の悪い人」
砂姫乃は返事ができない。
「砂姫乃。・・・砂姫乃のお父さんは本当に悪い人・・・?」
明日花が砂姫乃をじっと見る。
目を閉じて屋上での会話を思い出す。
「・・・パパはあの時、“自分は悪い人間じゃない”って言った」
砂姫乃は目を開け、明日花を見る。
「・・・砂姫乃。ウチの父親と違って、砂姫乃のお父さんは・・・まだ話せる余地があると思う・・・。砂姫乃がまだお父さんを嫌いじゃないなら・・・」
「あたしが、パパを、まだ嫌いじゃないなら・・・」
「そう。嫌いじゃないなら・・・」
被害を受けた明日花が優しい言葉を掛けてくれたことで、どうすればいいのか迷い続けた砂姫乃に一筋の光・・・広い心が戻ってきた。
「・・・明日花ごめん。話してみるよ・・・ありがとう。ありがとう・・・」
砂姫乃は涙をぼろぼろ流し明日花にありがとうを伝える。
明日花は、父親のことで涙を流せる砂姫乃がうらやましかったが、そのことは口に出さないでいた。
「砂姫乃、ウチも。守ってくれてありがとう・・・」
「明日花ごめんね・・・ごめんね・・・」
砂姫乃は張り詰めていた気持ちが穏やかになったのか、話しながら寝息を立て始めた。
明日花はそんな砂姫乃の頭を恐る恐るそっと撫でる。
(砂姫乃、元気出せ・・・元気出せ・・・)
明日花は心の中でそっと囁く。
オレンジ色の暗い灯りが温かく2人を包む。
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