第6話「袖振り合うも他生の縁」 Bパート
「やはり睨んだ通り、犬井一子もアインザッツの一味だったか」
佐渡芝木警部補が答える。
「真意は不明ですが“パイオボイニャーの布”を集めているのは確実です」
男臭く渋い塚前田警視が不振な点を蒸し返す。
「しかしエライヒト副長官らの話によると、確かアインザッツ博士は宇宙人の科学を地球人が使うのに反対だったはずだが?」
「はい。その辺りをハッキリさせたいと思いましたので、犬井一子にそこを重点的に問い質したのですが・・・」
「犬井も知らないのか?」
「あの様子だと知らされていないと思います。あくまでも集めることだけを指示されており、“布”を収集した後はどうするか知らない様子でした」
塚前田警視がアゴ髭をさする。
「ボスだけが真実を知っている、か・・・。まさかアインザッツは仲間さえも信じていないのか?」
警視にも腑に落ちないことがところどころある。
「・・・或いは気が変わって宇宙人の科学力を独り占めでもしたくなったか・・・。斑鳩くん!」
いきなり呼ばれて驚く警部。
「あっ、はいはい!」
「君の担当しているパイオビッカーチーム。えっと・・・誰だったか・・・? と・・・とよ・・・」
「豊岡チームですか?」
「そうそう、それだ。豊岡くんのチーム、」
斑鳩はちょっと嫌な予感。
「チームの中で、アインザッツ側に潜入できそうなパイオビッカーはいないかね?」
斑鳩は内心(ほら来た)となる。
「いやぁ~、いませんね。と言うか、どこまで情報が共有されているか分かりませんが、みんな、
「無理か・・・」
塚前田警視は次の策を練らなければならない。
「とにかくアインザッツの狙い、コトの真相を知りたい。先ずはそれを第一に捜査にあたってくれ」
「はぁい、了解しました~」
「同時に“パイオボイニャーの布”集めもな」
「はぁい、了解しました~」
「
「はぁい、了解しました~」
「それから。ここからは独り言だ。任務が第イチだが、」
塚前田警視が節くれだった右手の人差し指を斑鳩に向けて立て、続けて同じ人差し指と親指で輪っか、つまりゼロ/OKのハンドサインを作る。
「・・・みんな、怪我したり死んだりするなよ。いざとなったら、たとえワシら上司からの命令を無視してでも無事でいるんだ。これが大前提。第イチ前の第ゼロだ」
塚前田警視と斑鳩警部、年配2人が互いにクールな笑顔を見せる。
「はぁい、了解しました~」
「いや。独り言だ。返答はいらん」
おじさん2人の双方目配せ合図に呆れながらも、一方で微笑ましく思う佐渡芝木警部補であった。
運動場で部活動を続ける野球部や陸上部たち。
校門からは帰路に着く生徒もちらほら見える。
放課後もだいぶ経ち、茜色の夕陽もかなり傾いてきた。
「さて、追跡を開始しようか」
先ほどから屋上で明日花を見張っているラフな格好(サングラス、白Tシャツ、紺Gパン)の中年男が、後ろの非常ドアから姿を現わした20代半ばぐらいの肩パッド付きのレディーススーツ(白シャツの上に薄いバイオレットの長袖ジャケット、同色の膝丈タイトスカート、黒く細いベルト、ベージュのパンティストッキング、黒いハイヒール)のロング巻き髪の女性に作戦のスタートを告げる。
「よろしくてよ、ミスターA。では、お願いできますかしら?」
準備万端を確認したミスターAと呼ばれる中年男は、おやおや、いったい何を考えているのか、雑居ビル屋上でいきなり“でんぐり返し”を始めた。
くるくる・・・くるくる・・・。
優秀なヤング体育教師のように正確で美しい前転。
「でんぐり返しが風を
すると、何と!
驚いたことに!
世界中の、いや、おそらくは全宇宙中の時の流れが止まってしまったではないか!
街を歩く人も止まり、自動車や電車も止まり、川のせせらぎも雲や風の流れも、飛んでいる鳥も虫も止まる。
太陽はプロミネンスを揺らすのを止め、惑星は自転や公転を止めた。
そう、このミスターAの超能力は、彼が“でんぐり返しをしている間、物質の変化の完全停止ができること”なのだ!
今この時、広大な宇宙の中で唯一無二、運動をしているのがこの男だけなのだ!
ミスターAは回転しながら仲間のスーツの女性に体当たりする。
そうして上手に回転している上に乗せ(これはこれで雑技団ばりの超絶テクニックだ)移動を始めた。
くるくるくるくる回りながら階段を降りる。
女性は立ったポーズのまま横倒し状態でカチコチに固まり、上部で振り落とされもせず、下部と同じ回転速度でくるくる回っている。
まさしくサーカスで木戸銭が取れる超絶技だ。
くるくる、くるくる。
やがてでんぐり返しペアはバスに追い付く。
正しくは、走行していたが時間停止能力の効果でストップしているバスのところまでくるくる来る。
さらにその明日花の乗ったバスを追い抜いたでんぐり返しペアは先回りをする。
くるくる、くるくる。
やがて明日花の帰り道やアパートが見下ろせる6階建てマンションの屋上へと移動すると前転運動を終える。
その途端、世界は、宇宙は、何事もなかったかのように再び時を刻み始める。
ミスターA、彼以外はまったく認識できない壮絶な
「ここでいいかな?」
「ええ。お疲れさま。いい距離ですわ」
こうして中年男と女性は、この屋上から標的の少女を見下ろし、監視することにした。
数分後、市営バスは明日花の降りるバス停に到着する。
夕焼けに照らされた静かな田舎町。
ここはまだ1960年代の町並みが色濃く残る、どこか懐かしい雰囲気の漂う住宅地。
その未舗装の道を何も感付いていない明日花がバスを降り、ナーサ副長官が賃貸してくれているアパートへと1人、とぼとぼ徒歩で帰る。
小さな個人電器屋さんの置時計がまもなく18時を指そうとしていた。
世間では帰宅時間なのだが、この地域は市内でも山沿いの町外れにあり人通りはごく少ない。
遠くにサラリーマンが1人、主婦らしき女性2人、遊び疲れた子供たちが3人、歩いているのが小さく見えるだけ。
明日花の影はそんな人たちと同様、傾いた夕陽に照らされアスファルト歩道に長く伸びる。
そんな帰り道、名字しか知らないある一軒家の門扉内にいる柴犬とチラリ目が合う。
「ワン!」
人懐っこい鳴き声に、ふと足を止める。
と、その時!
ビシュッ!と何かが彼女のオオカミカットの前髪ギリギリにかすめる。
明日花の髪が1房、プツンと切れて道路にハラリと落ちる。
柴犬はビックリして犬小屋に隠れ、明日花もビックリして周囲を見回すがそれらしい敵の姿は確認できない。
「ちょっと待って・・・どこから・・・」
慌てて近くの路地裏の影に隠れる明日花。
「チッ! 外したか!」
マンション屋上から双眼鏡で見ていたバイオレットスーツの女性が、標的を外したのを悔しがる。
「梅子さん、口が汚いよ」
ミスターAがたしなめる。
「なんですって? 私の口が汚い? ちゃんとお歯磨きは毎食後・おやつ後・プラスアルファしていましてよ!」
「いや、そういう意味じゃなくって。マイッタなコリャ」
「2発め、行きますわ!」
双眼鏡を再び構え、梅子と呼ばれたスーツの女性は不似合いな渋い木製ミニお弁当箱から梅干しを1つだけつまみ取り出す。
「次こそ命中させて気絶させてやりますわ! 本領発揮ですわよ!」
「頼むよ、梅子さん」
女性は梅干しを1つ、口に含む。
「あぁもぅすっぱい! これ苦手なのよ! あぁもぅイヤ!」
サングラス中年が苦笑いする。
梅子が酸っぱそうに口をもごもごさせる。
ツラそうだ。
だからこその
「口に含んだ、梅の種! 吹き出しゃ狙撃、スッパイナー!」
梅子が口から梅干しの種を勢いよく「プッ!」と吹き出す。
発射された種は猛烈な速度で一直線に明日花に向かう。
ギューン!と高音を発し空気を裂いて飛ぶ。
「チッ! コリオリの力が働いたかしら? 左にわずか逸れたわ」
ミスターAが
「難しいかな?」
と聞くが梅子は反論する。
「次こそ命中させて気絶させてやりますわ! 本領発揮ですわよ!」
「さっきもそう言ってなかった?」
そんな刺客ペアの会話も知る由もなく、明日花が飛んできた方角を注視する。
「あぁ・・・あのマンション屋上、かな・・・?」
明日花はキョロキョロ周囲を見渡す。
「ふぅ。これしかないか・・・」
溜め息まじりにそう言うと路地にしゃがみ込み、両手で地面の砂を掻き集め始めた。
「あの娘、
「逃げるにしてもどうせあの場所からじゃ姿は見せるしかないんだ。慌てない慌てない」
マンションの屋上では刺客が待ち伏せを決める。
這いずり回り全身が汗と砂埃まみれになりながらも、ジャリジャリと周辺の砂をいっぱい集める明日花。
両手は荒れて血が滲む。
時折、梅子が威嚇射撃を仕掛けてきて、壁や地面に種弾の痕跡を深く残す。
それでも一所懸命、明日花は周囲の砂を掻き集め続ける。
ところどころ指先から血が流れ出した。
「これくらいで・・・いいかな・・・」
敵がどうして自分を狙ってくるのかは分からない。
分からないが明日花は静かに暮らしたい。
パイオビッカーになってしまった身ではあるが、平穏無事な生活を乱されるのはイヤだ。
すごく、そう思う。
だから今だけは戦うと決めた。
・・・深呼吸で息を整える。
「
明日花の目の前の空間がぐにゃりと歪み、80センチ×40センチほどの裂け目がぱっくり出現する。
裂け目の中は彼女自身にも何だか解からないが12色の絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたみたいなどろどろカオス世界である。
明日花はその裂け目に集めた砂や小石を次々に両手で掬い放り込む。
梅子の威嚇射撃に堪えながら、汗だくになり、有りったけの力を振り絞って放り込む。
放り込む。
放り込む。
裂け目が徐々に小さくなる。
小さくなる。
閉じる。
裂け目が完全に閉じる。
砂を入れ終わった時、油断した明日花のブレザー女学生服の右肩に梅子の撃ち出した種弾が1発、直撃する。
ビスッ!
「イタっ!」
慌てて敵からの死角に入る。
右肩から多くはないが出血する。
痛む右腕を左手で支えながら明日花は時間を確認する。
右手の腕時計は18時06分。
「もうすぐ・・・」
明日花はつぶやく。
マンション屋上では梅子とミスターAが、天倉寺明日花が姿を見せるのを待ち構えている。
「あの娘、しぶといですわね。どうせ私が勝つのですから、諦めてとっととお仲間になれば痛い思いしないで済みますのに!」
「連れ去るだけなら簡単だけど、そのあと言うことを聞いてもらわないといけないもんなぁ。まぁ、あんまり若い娘さんをいじめんように」
サングラスの中の目がやり過ぎを警告する。
明日花が種弾の飛び交う中、腕時計を見る。
「さん・・・にぃ・・・いち・・・」
屋上で梅干しを酸っぱそうに口に含む梅子の真上、上空3メートルほどの高さで音も無く空間が歪む。
刺客の2人はまったく何も気付いていない。
中学生らしいキュートな白いウォッチの針が18時07分ちょうどを指す。
「ぜろ・・・」
明日花のカウントが終了すると、梅子の頭上に40センチ×30センチほどの裂け目が開き、そこから砂がパラパラ・・・パラパラ・・・2秒後にはドサーッ!
大量の砂や小石が梅子に土砂降りの土砂の雨となって降り注ぐ。
「きゃーっ! 痛い痛い! 何これ?! ぺっ! ぺっ! 痛っ!」
「す、砂!? どこから!? 梅子さん大丈夫か!?」
全身に砂を浴びた梅子が驚くわ慌てるわ。
刺客のパニックを遠くに見極めた明日花はその隙をついて逃げ出そうとする。
ところが。
「あの娘の
砂まみれの梅子が怒り心頭で梅干しを鷲掴みし、ガバッと口に放り込む。
「ぐえ! スッパい!」
「梅子さん梅子さん、落ち着かないと負けるよ」
ミスターAの忠告など聞く耳を持たない。
梅子はさらに、あぁ綺麗なお姉さんが台無しだ。
鼻にも梅干しの種を1つずつ詰める。
梅子は種弾をマシンガンのように連続発射した!
・・・つもりがさすがに
酸っぱさと悔しさに涙目の砂かぶり梅子であったが、口内の種をすべて吐き終えた後、左右の鼻の穴の種2個がポポンと抜け、地べたに落ちてコロロンと転がる。
「お~の~れ~!」
怒りが最高潮に達した梅子が別のお弁当箱を取り出してくる。
「これはお婆ちゃんが漬けた大粒の梅干しなんだから!」
そう言うとまずは1つ食べる。
「スッパいーッ!」
「いや梅子さん無理しないで。はちみつ梅干しにしてもらえばよかったのに」
「それじゃ
半べそで実を食べ終える梅子。
さっきまでと大して種の大きさは変わらない気がするが。
「プッ!」と発射された種弾はターゲットを確実に捉えて一直線に超高速で飛ぶ。
明日花は刺客の死角に入っていたつもりだったがカーブミラーに姿が映り込んで丸見えだったのだ。
数歩、動いたのが逆に不味かった。
このままでは直撃は避けられるが跳弾で深傷を負ってしまう。
危うし! 明日花!
ギギューン!
種弾が宙を割き、一旦電柱の金属板に命中、キンッ!と鋭い音を立て、直ぐさま跳ね返る。
その音に初めて明日花は自分が最悪の状況に置かれていた事実に気付く。
弾かれた種弾の速さは落ちることなく真っ直ぐ明日花の眉間を狙い飛ぶ。
もう退避する時間の余裕もなければ、素早く身体を避ける余力もない。
恐怖で体も心も硬直してしまう。
直撃を覚悟する。
(凄く痛いだろうな)
明日花はついに観念を、
「明日花! お待たせ!」
聴き覚えのある声が明日花の頭の中に響く。
駄目だと固く閉じていた両目を開くと、自分の前で壁になって、跳弾種を弾き返してくれた者の姿が目に入る。
「もう大丈夫だよ! 安心して!」
砂姫乃だ。
砂姫乃がロッドを左手から背中、さらに背中から右手に持ち変えて、素早く回転させると身体を捻り、新たに迫り来る種弾を地面にカンカン叩き落とす。
梅子がマンション屋上から双眼鏡でその様子をすべて見ている。
「あの
ミスターAが梅子の横に来て屋上の手すりに手を掛け、身を乗り出す。
「あの
傷付いた明日花を壁になって守っている砂姫乃。
「明日花さん立てる?」
崩れた明日花にもう1人、声を掛ける者がいる。
夜風だ。
「・・・うん」
薄明に紛れた全裸の夜風が明日花に肩を貸す。
「まずはここから逃げるわね」
夜風に抱えられた明日花を瞬間移動で逃す戦略だ。
「娘十七、目を伏せよ、夜に限るは瞬間移動!」
夜風は明日花を抱いてその場から一時退却する。
2人が姿を消すと同時に、彼女らを狙った梅子の放つ梅干しの種が砂姫乃を襲う。
だが、
「うなる一閃、打撃羽根! たたく乙女の尿意棒!」
砂姫乃の棒術の前には到底敵ではない。
2発、3発、4発と続けざまに狙撃されるがすべて叩き落とす。
「くっ! あの棒娘、や、やるわね・・・!」
砂まみれの梅子が焦り始める。
「ミスターA、何かいい作戦はないの?!」
戸惑う種弾女。
だが次の瞬間、バイオレットスーツの前に突然、砂姫乃と夜風が出現した。
驚く梅子とミスターA。
着地と同時に砂姫乃は素早く回したロッドを梅子に打ち込む!
バシッ!
ひかがみ(ひざの裏)を強打された梅子は立っていられなくなり、その場で倒れる。
しかし砂姫乃のロッドは回転を止めず、もう一発、ビシィッ!っと梅干し女の右肩を打ち据える。
と同時にロッドはそのまま近くに立っていたミスターAの頭部一撃を狙う。
咄嗟に後ろにのけ反って避けたつもりの中年男だったが砂姫乃の棒突きが予想より速かったため、わずかにサングラス部分にヒットする。
砂姫乃のロッドが振り切れると男のサングラスは屋上のコンクリート床にカシャンと落下した。
砂姫乃は明日花を傷付ける憎い敵を睨み付ける!
が、まさかミスターAと呼ばれる中年男の刺客が、砂姫乃自身のパパであるとは、棒術使い少女は想像すらしていなかった。
「・・・パパ?!」
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