第6話「袖振り合うも他生の縁」 Aパート
テレビの天気予報によると、来週末には初雪が観測されるところもあるらしい。
そんな冬も本格的に始まろうとしている水曜日、朝7時50分。
温泉で一泊してからもう3日、早くも六曜は
セーラー服の雨滝砂姫乃は、今にもパイオビッカーが現われ、戦いになるのではないか?と朝から不安と緊張で気が重たい。
そんな憂鬱な心持ちで登校中の彼女は、通学路でクラスメイトの友人、愛子と真美の2人とバッタリ会う。
「おはよう砂姫乃!」
愛子に続いて、真美が朝の挨拶をする。
「砂姫乃くんは朝からいきなり眠そうだねぇ」
砂姫乃が眠そうにあくび込みの返事をする。
「ふあぁ~・・・おはよぉ~。あたしは既におネム気分だよぉ」
「何言ってんの! 花のピチピチ女子中学生がそんな調子でバラ色の青春が送れるのかね?」
真美がテンション高めに話すのを砂姫乃は困った笑顔で応える。
「真美も愛子も朝から元気だよねぇ」
愛子が返す。
「当たり前じゃない!」
真美も返す。
「少女の笑顔が世界平和の第一歩なのじゃ!」
「ねぇー!」 「ねぇー!」
2人が若者らしい華やかさで声を揃える。
「はいはい」
砂姫乃は眠い。
夜更かししている訳ではないが、砂歌音のことやこれから先の戦いなどが心配で熟睡できてないのもまた事実だった。
3人は曇り空の下、他にもちらほら散見される同じ学校の生徒たちに混じって一路歩く。
道すがら車道の補修工事を始める作業員さんと重機とが目に入る。
「・・・そう言えばさ、半年ぐらい前に変な事件あったじゃん?」
真美が切り出し、愛子が付け足す。
「隣町で暴れてた大男に殴られて、人がたくさん病院行きになった事件?」
「そう、それ。
真美の言葉に砂姫乃はピリッと緊張が走る。
愛子が突っ込む。
「でも犯人逃げたままでしょ? どうして分かるのよ? ねぇ砂姫乃」
「う、うん」
砂姫乃は、姉の砂歌音が巻き込まれた事件なので辛く、泣きたくもなるが、本能的に友人に心配を掛けたくはないし、ここは流すのが賢明だと一瞬で結論付けた。
愛子が続ける。
「だいたいイマドキさぁ、弟でも宇宙人とか言い出さないよ?」
「でも最近特に変な事件多いと思わないかね? 君たち」
真美が言い返す。
それには愛子も同意する。
「そりゃあ先週も“新幹線の速さで走る逆立ち男”を目撃した子もいるけど・・・、そんなのいるわけないし・・・砂姫乃、起きてる?」
棒術使い少女は逆立ち男の話題に内心ドキッ!とするが、聞いてても聞いてないフリが良さそうとまた判断する。
喋ればウソが下手なので、不要な一言が出そうだ。
当然、砂姫乃はここも流すことにする。
「え? なに? 寝てた」
「砂姫乃くんはホントに社会情勢に無関心ですなぁ!」
真美が呆れる。
門前に立つ教師、生徒会役員ら数人に挨拶し、校門をくぐる。
会話内容はスッカリすり替わり、流行りの人気テレビ番組などになっているようだ。
下駄箱で上履きに履き替え、廊下を歩き、階段を上り、真美、愛子、砂姫乃の3人は教室に入る。
「諸君おっはよー!」
真美が爽やかに朝の挨拶をする。
が、教室の様子がガヤガヤ騒がしい。
どうやら怪しげな話題で盛り上がっている様子。
見ると、みんなに囲まれたクラスメイトの
「ボクは見たんぼ! NASAの科学者数名が秘密裏に日本に来てるんぼっ! 絶対んぼっ! 重大な何かを日本政府は隠していんぼぉっ!」
砂姫乃がピンポイントで自分たち秘密のパイオビッカー関連の噂だと分かり、驚きで思わず「ぶーっ!」と吹き出してしまう。
愛子と真美が不思議そうに砂姫乃を見るがすぐにみんなの輪に入っていく。
クラスの男子らと印田坊介クンが恒例の言い合いを始める。
「重大な何かってなんだよ?」
「たぶん宇宙人いんぼっ!」
「
「オレは国際的陰謀よりセイコちゃんの陰毛が好きだな」
「俺の
「カネもろてもいらんわ!」
「男子、朝から汚ない話やめてよ!」
「そーよ! そーよ!」
結局、印田クンの陰謀論は笑い話に変えられ、そのうち担任がやって来て朝のホームルームが始まった。
愛子も真美も、クラスメイトみんなも日常の世界へと戻っていく。
しかし、砂姫乃だけは心の中で
(「人の口に戸は立てられない」って豊岡さんが言ってたな・・・)
と情報統制の難しさや噂話の恐ろしさをつくづく感じているのだった。
一方、憩子の中学校や夜風の高校などでも宇宙人説やらの話題が上がっていたが、同様に面白おかしいジョークとして笑い飛ばされるのであった。
警視庁パイオボイニャー対策課(通称/パボ課)本部、パイオビッカー隔離収監棟。
その特別取調室G03では、
「おはよう犬井さん、それじゃあ、オホホ。今日も始めましょうか!」
国家公務員らしからぬ大胆なボディコン衣装のセクシーダイナマイトギャル佐渡芝木がパイプ椅子にムッチリボヨヨンと腰掛ける。
「ふん! お色気過剰の美人刑事さんも毎日毎日ご苦労さんだわね! けど、私はなーんにも喋らないわよ!」
連日の取り調べに少々やつれ気味のOLは、シンプル質素な囚人服に身を包み化粧っ気はないが、やはりなかなかの美人である。
「オホホ。まぁそうでしょうね。そうだと思ったから、ワタクシ今日は面白いものをオホホご用意しましたわ。あれ、持ってきてチョーダイ」
「・・・はい」
指示された女性警官2人が一旦退室する。
「ア、アレって何よ?」
犬井が聞く。
佐渡芝木がニヤリオホホと笑う。
「公務員による拷問は禁止されていますからね、オホホ。アナタに相応しいアレをご用意しましたのよ、オホホホホ」
犬井の背後の扉がガチャガチャっと開く。
「警部補、持ってきました」
「ご苦労さま。・・・おぉっと! 犬井さん、まだまだ。オホホ。まだ後ろを向いちゃダメですわよダメダメ! ダメよダメ! オホホ」
囚われのOLの背後に巨大な何かがゴットンと据え置かれた。
女性警官2人が再び退室し、取り調べ室には取り調べ捜査官と被疑者だけが残された。
「オホホホホ! さて、それでは参りましょう!」
佐渡芝木が犬井の前にバババン!と仁王立ちする。
「SMG(エス演じ)! OBLC(怯えるし)! @U(あっと言う)! ドールと踊ろう、1(アン)、2(ドゥ)、3(トロワ)!」
「あ、あなた!? パイオビッカーだったの!?」
女性捜査官がまさかの能力使いだった事実に驚きおののくペンシルアローOL。
「犬井さん動いちゃダメですわよ、オホホ」
振り向こうとする犬井を止める佐渡芝木警部補。
「な、何をするの?!」
背後から機械音がし始める。
ウィーン・・・ウィーン・・・ウィーン・・・
「え? な、なに? なに?」
犬井が次第に大きくなる謎の機械音に恐怖心が増大してくる。
「犬井さん、オホホ、見ちゃダメですわよ」
「え? え? え?」
ウィイーン・・・ウィイウィーン・・・ウーウィイウイウイーン・・・
ついに耐えられなくなった犬井一子がおもむろに振り返る!
「キャーッ!」
そこにあったもの、それは・・・!
「オホホ。犬井さん、喋りたくなければ喋らなくてワタクシは構わなくてよ、オホホホホ」
振り返った犬井一子が見たもの。
それは高さ2メートル、上半身がヒト型、下半身が箱車の黄銅製ロボットだった!
「オホホ。犬井さん、このマシーンは拷問・・・ぃぇ、尋問ロボット/獄天則。アナタの新たなベストフレンドですわよ」
「あ、あんたたち、ここここ国民のぜぜ税金でここここんなもの作ってんのぉ?」
「アナタが素直に話せば作らなくても済みますのよオホホホホ! オホホホホ!」
尋問ロボット/獄天則がギリギリギッタンと音を立て、犬井の間近にドドン!と進み寄る。
さらにガコンガコンと機械音をさせ黄銅の腕が大きく動き、佐渡芝木夢千世が渡したロープを上手に使いこなし、犬井一子を通好みの特殊な縛り方で椅子にくくり付ける。
「いい痛いイタイ痛い! こ、こんなこと許されるとおおおもおも思ってんのぉ?! いやーん!」
獄天則が大きな目を右→左→右→左→右→真ん中とグルリと見回したあと、犬井を睨む。
「オホホ。さぁ楽しい尋問のお時間でっすわよーっ!」
佐渡芝木が嬉しそうに笑う。
その時、獄天則が首を小刻みにカタカタ揺らし、ゴトゴト目を剥き、ギリギリと口を開く。
「コンニチハ。私ハ獄天則。
このセリフにOLはまさに恐怖スパークに拍車が掛かり失神寸前のセクシーな悲鳴を上げる。
「きゃめてー!!」
もともとそんなに根性が据わってなかったのか、ロボットに何をされるか考え過ぎたのか、いとも簡単あっさりと犬井一子は落ちてしまった。
「ごめんなさいごめんなさい! なんでもきいてください! なんでもはなします! キャーッ!」
古びた洋館の装飾が施された長い廊下。
天使の梯子のように陽光は射し込みはするものの、外界の眩しさに反し、埃っぽいこの一画はとても暗い。
そこに淡い水色のエプロンドレス姿のペニーが逆光でぼんやり輝きを放ち、佇んでいる。
「あのねパパ、おじさまが能力を使える人を探してるって・・・」
ペニーが半開き格子窓の外にいるカラスの羽に映った誰かと話している。
パパと呼ばれた男が尋ねる。
「どんな能力を使える人を捜しているのかな? 分かるかい? ペニー」
「えっとね」
その時、一点透視の長い廊下の向こうに背の高い老紳士が黒いロングコートを脱いで壁フックに掛ける姿がペニーの目に写る。
「あ、おじさま。おかえりなさい」
異変に気付いたアインザッツが広い歩幅で足早に近付いてくる。
「今ね、パパとお話ししてるの」
老紳士の表情が一瞬にして険しくなる。
だが、カラスは駆け寄る博士に驚き、バサバサと忙しい羽音をさせると山の彼方へと飛び去ってしまった。
「あっ・・・」
少女がカラスを寂しげに見送る。
「ペニー、パパと何か話をしたのか?」
「はい。おじさまが大切な人を捜してるって」
「あぁ、ペニー・・・。いいか? 人を捜してることは私とペニー、2人だけの秘密なんだ。もう誰にも言っちゃいけない。分かったか?」
「パパにも?」
「パパにも」
「・・・はい、おじさま」
「うむ。よろしい。ではお部屋に戻っていなさい。きっとセンチネルが待っているよ」
「はい」
ペニーは薄暗い廊下を歩き、静かに自室に帰っていく。
そんなペニーを見届けつつ、アインザッツは心の中で悲しく想う。
(ペニー。君は美しい魂を宿している。人を疑う心を持ち合わせていないのは素敵なことだ。しかし・・・それはいずれ・・・)
博士の悲痛な溜め息が暗い廊下に影を落とす。
「・・・センチネル?」
部屋に戻ったペニーは扉を開くと小さな声で問い囁く。
「ニャ~」と鳴き声がする。
部屋の暗闇から黒猫が現われペニーの足下にまとわり「ゴロゴロ」と甘える。
ペニーはセンチネルを抱き抱えると大きな古椅子にちょこんと座り、黒猫の背を撫でながら小さなあくびをひとつ漏らす。
「スリーピング・メイデン(眠りの乙女)、オープン・ユア・アイズ(目を覚ませ)、ハロー・ハロー(申す申すと)、アニマル・フォン(動物電話)・・・」
センチネルのピンク腹にモニター画面が発現する。
暗い室内の大扉窓からの光だけに照らされた埃たちがゆらゆらと漂ってペニーとセンチネルの周りを浮遊する。
あたかも妖精たちが祝福のために降らせた光の玉のように。
またそれは神の流した涙にも見えた。
取り調べを終えた佐渡芝木警部補は隣室に移る。
そこに居るのは先輩の斑鳩警部。
気を失なった犬井を女性警官2人が抱えて連れ出すのがマジックミラー越しに見える。
「相変わらず佐渡芝木くんは豪快な取り調べをするなぁ」
女性捜査官は顔を真っ赤っかにしている。
「斑鳩先輩・・・恥ずかしいので、もう言わないでください・・・」
斑鳩警部が苦笑いする。
「しかし佐渡芝木くんの
「先輩、もう堪忍してください・・・」
「とか何とか言って、実はノリノリだったりしてな!」
「やめてくださいってば先輩! ノリノリでやってたら我慢にならないので人形は動いてくれないです!」
「あ、ま、そうだな」
佐渡芝木は耳まで真っ赤にして目に涙を浮かべて斑鳩を恥ずかしうらめしそうに何度となくチラッチラッと見る。
「人間、捉えどころのない、得体の知れないものにこそ、恐怖を感じるもんだからなぁ」
斑鳩の言葉に佐渡芝木もうなずいた。
が。
「・・・あ。先輩、それってもしかして私のことですか?」
「いやいやいやいや!(・・・そうかも)」
砂姫乃たちの住む街から3市ほど離れた大きな街の中学校に、
ここも砂姫乃、憩子、夜風、それぞれの学校と同じように、ここ数ヶ月の奇妙な事件や目撃談、ラジオ番組からの宇宙人の噂が生徒のみならず教師たちの間でも話題になっていた。
また、少数派ではあるがパイオビッカーについて思い出したかのように口にする者も何人かいた。
そして当然、明日花がこうして帰宅中にすれ違う人々の中にも、パイオビッカーであることを隠して生活を送っている者も少なからずいるであろう。
実際、バス停で並ぶ明日花を見張る者がいた。
5階建て雑居ビルの屋上。
そこから双眼鏡越しに天倉寺明日花を見下ろすサングラスを掛けた中年の1人の男。
そいつが羽を広げたドバト(鳩)に映ったアインザッツ博士と通信会話を始める。
「アインザッツ博士、ようやくお捜しの能力の所持者、天倉寺明日花を発見しました」
羽モニターの画面内のアインザッツが指示を出す。
「よろしい。引き続き見張り、隙があれば、私の元へ連れてくるのだ・・・」
「了解しました」
通信を終えるとアインザッツ博士がつぶやく。
「“パイオボイニャーの布”のためには、彼女の
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