第5話「立て板に水」 Aパート
恩納場・狩出温泉、裏山椎名バス停から徒歩35分。
仙境に潜む秘湯の老舗一軒宿・
温泉/単純泉、33~56度C。
効能/婦人病、神経痛、痔疾、美容にも良し。
名物/山葵、山菜、干瓢、そば、こけし。
「ィヤッホゥ~!」
「砂姫乃ちゃん、あぶないよ~」
「キャッホ~! 露天風呂~! 露天風呂~!」
「ちょっと~夜風さんまで~どうしちゃったの~」
「はい! 迷惑行為禁止! 走ると滑る! かけ湯も忘れない!」
露天風呂の岩影からナーサさんが注意する。
はしゃぐ砂姫乃(この人は想定内)と夜風(この人は想定外)を制止する憩子はひと苦労。
女子中学生3人、女子高校生1人、金髪碧眼美人マダム1人。
今宵の
女風呂の女子更衣室の棚も5つも埋まっている。
脱ぎたての衣服からも甘美な湯気が漂って来そう。
「泳ぎたくなるよ~」
砂姫乃が仰向きにぷかぷか浮いて。
「大きいお風呂ってやっぱりいいわ~」
夜風が美脚を伸ばしてお湯をぱしゃぱしゃ蹴って。
「はあ~生き返ります・・・」
憩子が眼鏡を曇らせ頭にタオルを乗せる。
ご満悦な女学生3人それぞれにナーサは話し掛けてくる。
最初は近くに流れてきた砂姫乃から。
「砂姫乃さんは日焼け跡があるけど何かスポーツを?」
砂姫乃の裸体は胸とお尻こそ小振りだが、まさに若さが弾ける!という表現が相応しい体育会系なピチピチさ。
引き締まった少女独特の肉体色香は思春期だけの秘蜜の花蕾。
「あたしは陸上やってるよ。短距離も長距離も走り高跳びも棒高跳びも何でも」
「運動神経がいいのね」
「ナーサさんは何かしてるの?」
「私はジョギングとテニスぐらいかな」
「じゃ今度、あたしとテニス勝負しようよ!」
「あら! いいわ。約束ね、砂姫乃さん!」
「約束だよ! ナーサ! あっ! あたしは砂姫乃でいいよ!」
「分かったわ、砂姫乃!」
砂姫乃は温泉の解放感もあるのか、元々の人懐っこい性格ゆえか、ナーサとだいぶ打ち解けてきた感じ。
すいーっと背泳ぎで広い露天風呂をまた楽しむ。
「
「ハイッ!」
ビクッと反応する憩子。
「あら、そんなに緊張されると寂しいわ」
「あ、ごめんなさい・・・」
「憩子さんは人見知り?」
「いえ、そういう訳でもないと思いますけど・・・」
「まぁ知り合ったばかりだものね」
湯気がふわ~と肌寒い夜の秋空に漂う。
竹を立て掛けた壁の向こう側からは鈴虫たちの鳴き声が聞こえる。
湯口からは熱いお湯が流れ、女湯に美しい波紋を描く。
波紋は次々に円い波を生み、温泉女子の素肌にリズムを刻む。
憩子の裸体でまず見る者を虜にするのが豊満なバスト。
肩近くまで温泉に浸かっていても乳房はぷかぷか
そちら以外は、いかにも文化系なおしとやかで静かな体つき。
「・・・あの。ナーサさんは宇宙がお好きなんですよね?」
「大好きよ! お仕事にしちゃうほどにね!」
「そうですよね・・・」
「憩子さんは宇宙好き?」
「はい、大好きです!・・・あんまり詳しくないですけど・・・」
「宇宙に詳しい人なんていないわ。詳しいって人がいたらそいつは嘘ツキね。解明されてないことの方が圧倒的に多いんだから」
ナーサはお湯をクルクル掻き回しながら続ける。
「それに今日の当たり前が、もしかしたら明日には当たり前じゃなくなってるかも知れないのが宇宙なんだもの。だから面白いの」
「そう・・・かも・・・」
「そうよ。だから知ってるっていう常識が逆に邪魔になることだってあるわ」
「そうなんですか?」
「ええ。常に頭を新しく、自由にしていないと。だからあなたたちみたいな若い人にはいつも期待しているの」
「私でも?」
「もちろん!」
「けど私、学校の勉強も苦手だし・・・」
「あら。学校の勉強なんて、クイズで言えばいっぱいあるジャンルの中の1つにしか過ぎないわ」
「そ、そうですか?」
「そうよぉ~。クイズの1ジャンルなんだから、得意じゃないからって落ち込むことなんてないわよ」
憩子がわくわくしてきて、物凄く笑顔になる。
ナーサも、特に若い人には前向きに頑張ってもらいたいと常々思っているのだ。
実際、ナーサは新たな職員の面接に際して学歴は特に気にしてはいなかった。
「それに、知識はあとから学んでも遅くないわ。もっとも、お仕事では、知らないことは知ってる人がフォローしてくれるものよ。お互いに支え合うの。チームだからね。それより大切なのは、・・・そうね、・・・想像力かしら」
「想像力・・・」
「想像力は心を豊かに逞しくしてくれるわ。それに宇宙は観察や観測するだけじゃ勿体ない。観て、たくさんたくさん想像して、その想像が本当かどうかを確かめるために科学を利用するの」
「科学を利用?」
「ええ。私たちNASAの人は、自分たちの想像を、国のお金を使って確かめているだけなのかもね」
「贅沢ですね」
「世界一の贅沢者かもね」
憩子とナーサはとてもいい笑顔だ。
「ナーサさん。私、いこいこです。憩子のケイはイコイなの。だからイコイコで」
「じゃイコイコ、私はナーサで」
「はい、ナーサ!」
どうやら憩子も心を許し始めたみたい。
ナーサは次に夜風のところにちゃぷちゃぷとやって来る。
夜風の裸体は格別に美しい。
人によってはバストに物足りなさを感じるだろうが、とにかく色白で肌もきめ細かく、髪もさらっとストレートに長く黒く、背も高く、スレンダーでファッションモデルのよう。
ちなみに夜風にバストとヒップをプラスし、より豊潤にしたのがナーサ。
あの年齢にして、雑誌のセンターフォールドピンナップにしてもOKなほどの見事な裸体だ。
「・・・夜風さんだったわね?」
「・・・はい」
「あなた、私を信用してないデショ?」
「あ、いえ。私は」
「あなたも嘘が苦手なようね、砂姫乃やイコイコみたいに」
「・・・」
「いいのよ、疑う心はとても大切。科学だってそうやって進化してきた」
「でも科学と人は違うわ」
「そうかもね。でも最初は疑っていても、その反動であとからお互いに凄く信用できるようになるって素敵じゃない?」
「・・・私とあなたもそうなれると思いますか?」
「さぁ? それはあなたと、私次第ね」
「そうですね」
「そうね」
夜風は肩と首筋にお湯を3~4回ばかりパシャパシャ掛ける。
「ナーサさん。前、いこいこが
「やっぱりチームの頭脳だけあるわね」
「おだててないで答えてください」
「夜風さん。じゃあ私はあなたに信用してほしいから話すわね」
そう言って砂姫乃に声を掛け、憩子を手招きする。
「あなたたちに今から正直に、本当の話をします」
3人はナーサにずいっと近付く。
だが数秒の沈黙・・・。
「・・・そろそろかしら」
「何がですか?」
夜風が訝しむ。
砂姫乃が本能的にお湯の中で少し構える。
・・・と、すると。
ナーサ、砂姫乃、憩子、夜風の4人。
その向こう前方、5メートルほど先の、目の高さやや上の空間に
向こうに見える竹板の壁がぐにゃりと
そうこうしていると空間に穴が開き(そう見えた)、その中から何かがモゾモゾ現われた。
「あ、ちょっと待って・・・よっこい~しょ~・・・」
独り言を言いながら現われたのは裸の少女。
年の頃は砂姫乃や憩子ぐらいだろうか。
「砂姫乃!」
「うん!」
夜風の合図で砂姫乃がお湯の中からロッドを掴んだ両手を回しながら上げ、戦闘準備に入る。
「うなる一閃、打撃羽根! たたく乙女の尿意棒!」
「待って、待って・・・タンマタンマ。ちょっと待って・・・タンマ~ああっ!あ~っ!」
謎の少女が空間の穴から出てくると、そのままバランスを崩し温泉に全身ごとボチャン!と落ちてしまった。
「ぶはっ!」っと、お湯から顔を出した少女は少し慌てて頭を振りながら、
「あぁもぅ・・・ナーサも見てないで・・・この子らを止めてよ・・・」
とナーサに助けを求める。
「ごめんごめん。砂姫乃、待ってあげて。その子、私の友達なの」
副長官の言葉に棒使い少女がロッドを下ろす。
「ナーサさん、この人は?」
夜風が問う。
「彼女は
ナーサが紹介し、空間少女が挨拶する。
「どうも・・・ウチ、明日花です。あ~・・・えっと・・・日にちと時間を指定して・・・物質を、えっと・・・空間移動、させられるよ・・・」
明日花はそう言って鼻を「すすんっ」とすすった。
ナーサ、砂姫乃、憩子、夜風、そして明日花の5人は温泉に足だけを浸け、露天風呂の縁に座る。
火照った身体にさぁ~っと吹く秋風が心地好い。
それから副長官は改めて話を始めた。
「・・・さて。砂姫乃、イコイコ、夜風さん。じゃあ私、今から正直に話すわね」
「それでお願いします」
瞬間移動女子高校生がやや冷たく返す。
「私、実はね、明日花にあなたたちを見張ってもらっていたの。正しくは他のパイオビッカーチームもね」
憩子が疑問をぶつける。
「どうしてですか?」
「それはイコイコ、あなたの
「私の?」
「ええ。“パイオボイニャーの布”を集めるのに、イコイコ、あなたの探索捜査能力が不可欠なの。だから私は明日花にその“物を探す
ナーサが憩子の半分曇った眼鏡越しに目をジッと見詰める。
「そうか。明日花さんから聞いていたのね。だからあの時、いこいこのことを知っていたのね」
夜風は合点がいく。
「そうなの。内緒にしててごめんね」
ナーサが夜風たちに謝罪する。
「ウチも・・・コソコソしなくていいのにって・・・。ナーサって意外と遠慮するタイプで・・・」
明日花がナーサの気性を説明するが。
「遠慮と言うより用心よ。だって、誰が敵で、誰が味方か判らないじゃない?」
ナーサの言い分に対し、憩子が聞く。
「敵?」
副長官が座った姿勢でそのまま温泉に浸かり直し、話を続ける。
「“パイオボイニャーの布”の全貌が、もしも仮に地球外知的生命体からのメッセージだったとしたら。その先、彼らと交流するのか、しないのか。科学者の中でも意見が分かれているの」
「と言うと? 地球外知的生命体の科学力を享受するかどうかの?」
夜風の質問に、砂姫乃がこそっと憩子に聞く。
「キョウジュって何?」
「享受は、まぁこの場合、異星人の科学力を受け入れるってことね」
「ふ~ん・・・受け入れていいと思うけどなぁ」
「そう思うわよね」
砂姫乃の素朴な回答にナーサも同じ意見だ。
夜風がさらに話を聞き出そうと進める。
「それで例のアインザッツという人は?」
副長官がお湯を掻き分け少し離れ、みんなの方に向き直る。
「アインザッツは・・・おそらくNASAで一緒に働いていたアインザッツ博士、彼だと思います」
「NASAの?」
憩子が尋ね、副長官は返答に首を縦に振る。
「パイオボイニャー1号帰還の秘密を知っている人物は少ないし、それに彼がもう何日もNASAに出勤していないのよ、休暇届けも辞表も出してないのに。行き付けのパブにもブックストアにも来てないそうだし、自宅電話も繋がらないし」
砂姫乃が眉間にシワを寄せる。
「それ怪しいよ!」
夜風も憩子も砂姫乃の意見に同じだ。
さらに夜風が聞く。
「どんな人物なの? そのアインザッツという人は」
「フルネームはエーテル・ソ・アインザッツ。宇宙生物学の権威で人文科学者。それだけじゃなくてロマンチストな詩人でもあるの」
ナーサ副長官はアインザッツ博士が敵でないことを望んでいるようだ。
「・・・けれど、地球外知的生命体からの技術や知恵は人類に必要ない、と考えている人よ」
「ナーサとは反対なんだ。・・・どうしてなのかな?」
砂姫乃が残念がる。
憩子と夜風もうなずく。
ナーサも残念そうだ。
ナーサ副長官は10ヶ月前のNASA会議室でのアインザッツとの言い争いを思い出す。
「地球人は地球人だけで進化しなくては意味がないのだ! ふんがー!」
アインザッツが興奮気味に声を荒げる。
「意味があるとかないとか一個人の意見よりも人類全体の幸せを・・・」
副長官は反論するが。
「それも一個人の意見じゃないのかね!」
ナーサは湯気の帯が続く月夜を見上げながら、重たい口を開く。
「アインザッツは、地球人は地球人だけで進化すべきだとの思想の持ち主なの。それが生物の自然な進化の形だと考えているのね、きっと」
夜風が頭に巻いていたタオルを閉め直しながら言う。
「私はアインザッツ博士の気持ち、分からなくもないわ」
副長官もうなずく。
「確かに分からなくもないの。けどね、地球の科学は・・・特に医学、農学はもっと進んでもいいと思うの」
砂姫乃が言う。
「でも異星人の科学が役に立つのかなぁ?」
「役に立たないかもね。けれど役に立つかも。それに役に立たなくてもヒントにはなるかも」
副長官の言葉に夜風が返す。
「そうね。科学は悪用しない限り、進んでいる方がいいわよね」
ナーサ副長官が大きくうなずく。
「そうなのです。あくまで悪用しなければ・・・」
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