第4話「足の下から鳥が立つ」 Bパート

「ごめんなさい、あの逆立ちの人はもういないみたいです」

憩子が能力ペイシェントを使い周囲に山本山マグマの姿を探すが、時すでに遅しであった。

雑居ビルでの小用を済ませ戻ってきた砂姫乃を憩子と夜風がそっと微笑んで迎える。

「・・・そう言えば、あれって山本山が助けてくれたと思っていいのかな?」

ふと豊岡が誰にとはなく聞く。

「分からないわ」

夜風がロングコートの胸元を閉じ直し返答する。

それにうなずいて砂姫乃も答える。

「分かんないけど、あれであたしと斑鳩さんが助かったのは確かだよ」

棒術使いはやや逆立ち男擁護寄りである。

「その山本山というパイオビッカーが、」

離れて聞いていたナーサ副長官がみんなのところにやって来る。

「アインザッツの名を出しました。そのアインザッツが私の知っている人物ならば・・・」

「・・・?」

豊岡、斑鳩警部、夜風、憩子、砂姫乃の5人がナーサの次の言葉を待つ。

しかし、出てきたのは

「・・・すみません、ちょっとこちらで調べてみます」

であった。

副長官にも分からない事柄が多い様子ではある。

事態は想像以上に複雑なのだろうか。

夜のとばりが深く重たくのし掛かり、半月がまた雲間に隠れる。

月明かりに照らされていたビジネス街は再び闇に包まれた。

「・・・2日、いえ、1日頂いて、明日でもいいでしょうか警部?」

「まぁ・・・みんな気になるだろうが。ナーサさんにも時間が必要なら、仕方ない。よな?」

斑鳩警部がまず隣にいた夜風に振る。

「・・・じゃあ、明日で」

警部は続けて憩子を見る。

彼女は一瞬ためらうも答える。

「あ、ごめんなさい、私も明日でいいです」

「いこいこと夜風がそれでいいならあたしも」

砂姫乃が聞かれる前に答える。

斑鳩は最後に豊岡に尋ねる。

「豊岡くんもいいかな?」

「僕は何より彼女たちの意見を優先します」

豊岡はそう言いながら夜風、憩子、砂姫乃を見る。

「よっしゃ。じゃ明日ということで!」

斑鳩はパンッと手を叩く。

「では、せっかくですから皆さんをご招待しましょう」

ナーサ副長官がいきなりとんでもない提案を繰り出す。

「ご招待!?」

お食事を期待したのか砂姫乃が思わず目を輝かせる。

「いえ、これは遊びじゃないんで」

夜風が丁重に辞退する。

口をとがらせ、しゅんと肩を落とす砂姫乃を憩子がなだめる。

ところがそこに斑鳩警部が口を挟み込む。

「まぁいいんじゃないか? べっぴんさんの誘いは受けるもんだ!」

「でも」

「受けるもんだ!」

「・・・もう任せます」

夜風はこういう時、大人は言い出したら聞く耳を持たないのを知っている。

特に男性は美人の誘惑には乗せられ易いということも。

豊岡が女子高校生に気を遣う。

「夜風さん、この際だから気楽に行きましょう」

「・・・ええ」

夜風は内心「豊岡さんまでニヤニヤしちゃって!」(←脚注/してない)とイライラ気分。

その心情と表情の機微に憩子だけは気付く。

「夜風さん?」

憩子に急に話し掛けられ焦る女子高校生。

「な、なに? なななんでもないわよ!」

そのあたふた具合に憩子は、夜風の思春期らしい少女の想いを察する。

「ふ~ん・・・」

「なんでもないって言ってるでしょ!」

「ふ~ん・・・」

「もう!」

砂姫乃はそんな夜風&いこいこ2人のやり取りにキョトンとしている。

だが女学生陣には、ただそういったライトの感情面だけでなく、ダークの感情面としての戸惑いや迷いがあった。

つまり、夜風はナーサ副長官という人物に心を許せないでいるのだ。

まだまだ何かを隠している気がする。重要な何かを。夜風の直感がそう訴えている。

そして同様に憩子と砂姫乃も、夜風ほどでないにせよナーサを心の奥底から信用できない。

それはこの数ヶ月の間、自分たちのチームだけでパイオビッカー活動していたことの弊害なのかも知れない。

「では、いま私が泊まっている旅館に集合で! 明日の夕方、迎えを出しますので、集合場所を決めておいてください!」

という流れで、結局、みんなはナーサに押し切られる形で明晩の予定を半ば無理矢理に決定されてしまったのだった。



鬱蒼とした山奥の森に佇む築数百年かと思しき大きな洋館。

流れる雲々から覗く朧半月の怪しさもあり、その建築物は一層、不気味さを醸し出している。

その一角、書斎を兼ねた図書室に、アインザッツの姿があった。

大きな椅子に浅く座り、手にした“パイオボイニャーの布”の1枚を拡大鏡で細かく観察すると、また深く溜め息をつく。

コンコン。

そこにノックの音がする。

扉がギギギと軋み、わずかにひらく。

その隙間から、洗い立てで濡れたくしゃくしゃの銀髪、淡い水色と白色の寝間着、そんな出で立ちの小柄な少女が紅潮した顔を覗かせる。きっと湯浴み直後なのだろう。

「おじさま・・・」

「ペニー、どうかしたのか?」

老紳士が少女に問う。

ささやくように話しながらペニーが入室する。

「おやすみのごあいさつがまだだったの・・・」

「そうか・・・」

「・・・おやすみなさい、おじさま」

「うむ、ゆっくり休むと良い、ペニー」

博士の返答に満足したのか、はにかんだ少女は膝を曲げカーツィをすると、扉をそっと閉め、自室へと帰っていく。

縦長の木枠大窓からは月光の眼差し。

ペニーが歩くと燭台のロウソクは空気の流れに揺れ、長く続く廊下に落ちる影も揺れる。

少女の足音が去ると、アインザッツは座り直し、机上燈を点けると白い便箋と羽根ペンを引き出しから取り出す。

ふた息ほど置き、手紙をしたためようとする。

だが、インク瓶に浸けたのはペン先でなく、羽根側であった。



閑静な住宅地の一戸建て。

四方方しほうかたの表札。

憩子は門扉を開け、段数の少ない階段を上り、帰宅する。

「ただいまー」

「おかえりー。けいちゃん?」

女性の声がする。

「お母さん今日、早かったのね」

玄関で靴を脱ぐ憩子をエプロン姿の母親が出迎える。

「今夜はお父さんもいるわよ。久しぶりに家族が揃ったわね。手を洗ってきなさい、ご飯にしましょ!」

「は~い」

憩子はスリッパを履き、廊下を小走りする。



12階建てマンションの10階部分、角部屋。

留守の際は室内の電灯は消され、白いレースのカーテンが半分だけ閉められている。

大切なのは完全にオープンされたベランダの窓。

こうしておけば誰にも見られずに一気に室内にまで入ることができる。

漁火夜風は瞬間移動の能力ペイシェントでいつもそうやって帰宅する。

パイオビッカーとして出入りする時、つまりおよそ陽が暮れてから以降はマンションのエレベーターは使っていない。

1年少し前に仕事の関係で両親は隣県に引っ越した。

夜風は既に今の高校に通っていたので今は一人暮らしである。

父親にも母親にも月に2~3度は会っているし、この年頃であればさほど親に甘えたい訳でもなかった。

それに今は砂姫乃や憩子いこいこがいる。

夜風は冷蔵庫から作り置きしていた野菜サラダを出して紅茶を淹れクロワッサンを頂く。

そんなひと時、サイドボードの上の電話が鳴る。

ジリリリリン。ジリリリリン。ガチャ。

「あ、お母さん。うん大丈夫よ。今ご飯してたの。うん。平気よ、もう1年以上だもの。慣れたわ。うん。またそっちに行くから、お父さんにも無理しないよう言って。うん。うん。じゃ、おやすみなさい。うん。」

受話器を置く。

置いた途端、瞬間移動女子高校生は急にひと恋しくなってきた。

本当は夜風も寂しかったのだ。

ダイヤルを回す。呼び出し音。

「はいはい雨滝です!」

「砂姫乃? 夜風です」

「夜風! どしたの?」

砂姫乃が元気に話してくれる。

本当の夜風を出せるのは仲間の憩子いこいこと、この砂姫乃だけだ。

「ははぁ~ん。さてはこの砂姫乃ちゃんと話したくなったんだな?」

「・・・うん」

この電話は長くなりそうなので、ここまでにしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る