第3話「猫に小判」 Aパート
それは
アメリカ合衆国フロリダ州、メリット島へと続くハイウェイ。
時刻は真夜中、午前01時42分。
NASA長官オットモット・エライヒトは激しい雷雨と強風の中、勤務先のケネディ宇宙センターへと自家用車を走らせていた。
一瞬の稲光がハイウェイを照らし浮かび上がらせるが、彼以外、前にも後ろにも、対向車線にもまったく車の姿は無い。
暴風雨のせいでワイパーを最速で動かしても見通しは悪い。
大量の雨水が道路を覆い、車はまるで川に流されたボートのようだ。
排水口から噴き出す泥水もゴゥゴゥと轟音を立てる。
気晴らしのつもりでスイッチを入れているラジオのジャズが雑音で途切れ途切れに聴こえる。
ハンドルを握るオットモットは泣いていた。
出逢って40年以上になるというのに、妻にケンカで負け通しであった。
妻ナーサは頭脳も腕力も度胸も彼よりも
いつもワイフの必殺技が炸裂した。
マーキュリーパンチ!
ジェミニチョップ!
アポロキック!
ケンカは何度もしたが、しかし別れられない。離婚など考えられない。
様々なトラブルを2人で乗り越えてきた。
結局、最後はいつも彼から謝っていた。それで良かった。
オットモットはナーサを愛していた。
惚れた弱みというやつであろう。
思えば、初めて出逢ったエレメンタリースクール時代。
学級委員長だったナーシィに対し、悪ガキだったオッティー少年は数え切れないほどの意地悪をしたものだった。
例えば、7才のフィールドデイの朝、濡れたTシャツを
「ちょっと待って!」砂姫乃が。
「ごめんなさい、その話はまた今度・・・」憩子が。
「ごちそうさま」夜風が。
「夫婦ゲンカは犬も食わない」豊岡が順に話を遮る。
「あら、そう? でもね、あの人ったら」
「もぉええって!」
ナーサ副長官が斑鳩警部に止められ、しぶしぶ続きを語り始める。
オットモット・エライヒト博士が豪雨の入場ゲートで雨合羽の警備員に軽く挨拶したのちに、たまたま飛び込んだルームがパイオボイニャー1号の管制室だったのは、果たして偶然だったのだろうか。
実は、超外宇宙捜索機パイオボイニャー1号の電波送受信はおよそ4年以上もまったくゼロに途絶えていた。
その為、既に活動不可能状態、或いは行方不明状態に陥ってしまったと結論付けられ、ついにこの5日後、計画自体が完全に打ち切りを迎えようとしていたのだ。
ところが。
鼻水をすするオットモット博士が気まぐれにスイッチをオンにした計測機器に、パイオボイニャー1号からの4年ぶりの電波受信がされている事実を発見したのだ!
オットモットは計器を再調整し、間違いがないことを幾度も確認した。
急いで受話器を取る。
「ナーサ! 聞いてくれ! 大変だ!」
「あなた! お野菜食べる気になったの!?」
「待った待った! 話を聞いてくれ!」
02時52分。
エライヒト夫妻の電話連絡により、パイオボイニャー計画の関係者10名が急遽真夜中に集められる。
因みに一応その10名を紹介しておこう。
コンナ・コットディ
シャーク・トルンジャーネ
ソリヤ・スマンコッテ
モージス・ウメルナー
ヤットレー・マヘンワ
ヤランカ・マジメーニ
ヨウ・ユウワ
ラピス・スーゲィ・タカイシ
アトランティス・アートマン
エーテル・ソ・アインザッツ
(敬称略、ジャパニーズかきくけこ順)
以上。参考までに。
彼らは各々の役割をこなし、やがて解析の結果、その受信データが1枚の静止画像であることを突き止める。
モニターを凝視するメンバーたち。
そこに映し出されたもの・・・。
それは、パイオボイニャーのアーム先に取り付けられたカメラから、パイオボイニャー自身の機体を撮影した写真であることが判別できた。
だが、徐々に画像が鮮明になると、その場にいた全員が驚愕した。
「Oh! ジーザス!(神よ!)」
最終的に映し出されたものとは・・・。
それは、パイオボイニャー1号の機体、全長約2メートルの大半が赤茶けた“布”で覆われている、というまったく理解し難い、想像を超えた謎の怪現象であった!
それはもちろん地球人が人工衛星用にと持たせていた物ではない。
解からない。
まったく何なのか解からないが、“数行に及び、規則正しく列を作り並ぶ文字らしき紋様と、絵が描かれた布”がまとわり着いて、宇宙風になびきバタバタとはためいているような写真。
「あぁ、あれは、可憐な娘が幼少期から編み込み、編み込み、編み込み続けた曼陀羅の真理を彷彿させる。そうだ、眩いペルシャ絨毯のように
そう謳ったのは、その場にいた誰だったか。
あの“布”は何なのだろう?
その場で議論がされる。
どう観ても自然に成形されたものではない。
では地球外知的生命体が造ったものなのか?
ならば意図して巻かれたのか?
ただ宇宙空間を漂っていたのを偶然に引っ掛けただけなのか?
答えが出ないまま謎は保留するしかない。
05時03分。
アメリカ大統領/ワシガー・ダイトリオンは就寝中に起こされ報告を聞かされる。
09時00分。
のちのパイオボイニャー対策局がアメリカに於いて内密に創設される。
だが、重要なのはここからである。
事態は思わぬ方向へと進む。
“布”の写真を受信してから6日後、ソ連(当時)の人工衛星が地球に接近する謎の物体をキャッチしたのだ。
ワシガー米大統領はソ連(当時)のボルシッチ・ピロシキコフ書記長にすべてを打ち明け、協力を要請した。
ボルシッチは事態の重大さに快諾し、更に各国の要人にすべて真実を話すことを薦めた。
こうして国際パイオボイニャー総合対策局が一般国民には知らされず、秘密裏に結成されたのである。
さて、接近してきた謎の物体であるが、それはお察しの通り、当のパイオボイニャー1号だった。
しかし何故、百数十億キロメートルも離れた宇宙を飛んでいるはずのパイオボイニャー1号がこんなにも早く引き返して来られたのか?
しかもあの“布”を身にまとったままの帰還である事は各国の人工衛星からの映像で確認できる。
それは回収可能なのか。
やがてソ連(当時)が帰還機影を発見してから12日後、パイオボイニャー1号が地球の大気圏に再突入する時刻が来る。
パイオボイニャー対策局は、日本の本州上空を通過ののち、落下地点を日本列島の東南東、約2073キロメートルの海域と特定。
(この事実は伏され、パイオボイニャー1号は“火球”目撃談として小さく新聞記事に載る)
こうして帰還した人工衛星の破片は回収された。
ところが、だ。
肝心要の“布”が欠片ひとつ見付からない。
何も発見されなかったのだ。
だが、重要なのはここからである。
事態は思わぬ方向へと進む。
落下時の映像を分析した結果、“布”は空中で四散、散り散りに散らばったと判明。
つまり日本から太平洋の上空で幾十枚かに分散、バラ蒔かれた状態なのだ。
その枚数は不明。
その時から“布”は“パイオボイニャーの布”と安直に名付けられた。
パイオボイニャー対策局は日本政府から警視庁、防衛庁、海上保安庁等々、各機関へ連絡。
こうして日本国内での“パイオボイニャーの布”捜索が開始され、現在まで継続して行なわれている。
だが、重要なのはここからである。
事態は思わぬ方向へと進む。
「また!? 思わぬ方向だらけだよ」
砂姫乃が挟む。
「だって仕方ないじゃない! 次から次に予想外づくしなんだもん!」
ナーサ副長官が返す。
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