第2話「頭隠して尻隠さず」 Bパート

藍色と赤みを帯びた紫色をした暗い薄明の空に少し肌寒い秋風が舞い吹く。

ここは建設途中のビルディングの14階。

工事関係者が置きっぱなしにしているのであろう使い古された置時計が19時23分を指している。

すぐ上の階は屋上で、まだまだ建築資材がたくさん積み置かれたままだ。

そのひと山、おそらくは壁だか床だかの板状資材の雨避けカバーの上に、詰め襟の黒い学生服を着た男子が風に髪をなびかせ立っている。

しかもムダに絵になっており、なかなかの男前に見えなくもない?

砂姫乃は豊岡と共に階下のフロアーから鉄骨がまだ剥き出しなままの階段をカンカンカンと登ってきて、その男子学生と対峙した。

「よく来たな!」

詰め襟が来客を迎える。

「オレの! 名前は! 山本山やまもとやまマグマ! 熱い男になれと! お祖父じいちゃんが! 付けてくれた!」

割と大声で吠え立てる男子に(暑苦しい奴が来たもんだな~)と、砂姫乃と豊岡、それに階下に続く未完成な階段の物陰からこっそり見ている夜風と憩子も、みんな同じ感想を抱く。

「さあ! “パイオボイニャーの布”を! こっちに寄越せ!」

山本山少年が上から目線で吠える。

砂姫乃が左右の腕と肩を回す準備運動をしながら歩を進める。

「寄越せじゃないよ! そっちこそ渡しなさいよ!」

「ふふ。仕方ない! ならば! 実力で奪い取るまで!」

山本山はそう言うと、クラウチングスタート型にしゃがみ、おもむろに肩幅に拡げた両の手の平をコンクリート床にぴったり着ける。

そして再度、砂姫乃と豊岡を見上げると言った。

「もう一度! 警告する! お前たちの持っている“布”をこちらに寄越せ!」

「イヤよ!」

砂姫乃が言い返す。

「だ、誰が渡すもんかい!」

豊岡も断る。

「仕方ない! では! 行くぞ!」

山本山が両足で床を蹴り、倒立姿勢で構える!


「天地逆転! 砂時計! 目にも止まらぬ! 逆立ち走り!」


すると!

な、な、なんと!

山本山マグマは逆立ち姿勢のまま、こりゃ凄い!

手を足にして華麗に?走り始めた!

その速さと来たら、狩りに挑む野生のピューマの早送り映像が如し!

そのスピードに砂姫乃たちも思わず言葉を失う!

豊岡「なにぃぃぃ!」

夜風「うそ!」

砂姫乃「スゴイ!」

憩子「ごめんなさい怖い!」

4人が思わず驚きの声を上げる。(言葉を失ってないね)

山本山少年はそうして凄まじい高速で砂姫乃と豊岡の周囲を頭を下に、足を上に走り回り始める。

翻弄される2人。

男子学生の忍法・分身の術ばりの超スピード逆立ち走りの前に、完全に逃げ場を失う女子中学生とサラリーマン。

逃げ道無し!

“パイオボイニャーの布”の力で、こんな滑稽な曲芸を、あ、いや、違う、こんな壮絶な特技を手に入れられるとは!

だが、その驚異の逆立ち走りにも思わぬ弱点があった!

「あたしもうダメ! 可笑おかしくて可笑しくって!」

砂姫乃が一番にプッと吹き出した。

それを期に、一斉に我慢の限界が決壊した他の3人までもが、一斉に笑い出したのだから山本山マグマの心中や如何に。

4人の笑いが木霊する。

倒立男子が脅す。

「笑っていられるのも! 今のうちだぞ!」

そう言われましても。

(違う意味で)確かに飽きてきた。

段々と見飽きてきた。

芸に工夫がない。芸じゃないけど。

速い。凄い。

でもそれだけだ。

笑えない。笑う為のものではないのだけれど。

凄いは凄いが単調すぎる。

もう笑えない。

砂姫乃が腰に手を当てたり、腕組みしたり妙に冷静に走り回るマグマを見る。

疲れが出るのを待っているのか?

違う。そうではなさそうだ。

目が冷たい。冷たい視線だ。

砂姫乃さん、その目はやめたげて・・・。



同じ時刻、斑鳩警部は憩子からの連絡を受け、赤口ジャックが出現しているというビルに向かって、頑張って走っていた。

車を使っても構わないのだが、自分の足を使う方が性分に合っていたし、何よりもそうした方が世の中の人々の些細な動きが分かるのでそうしているのだ。

そんな斑鳩警部が人混みを避けながら走り、目的の建物まであと少しまで辿り着く。

ところが、もう目の前というところで彼の行く手を阻む者が現われ、立ち塞がった。

その何者かにぶつかりそうになり急に立ち止まる。

「お~っとっと!」

斑鳩は相手の足元から上へ上へと見上げていく。

敵か?と思われたその相手。

その人は・・・。

「あんた・・・ナーサ・エライヒト博士!」



砂姫乃の山本山を眺める冷たい視線が刺さる。

相変わらず男子学生は女子中学生とサラリーマンを倒立姿勢で色んな意味で翻弄している。

あれはあれで素晴らしい走りだ。

だが、更にひとつ、逆立ち走りには弱点があった。

それこそ。

それこそ、走っている間、何にも出来ないことだ。

そう、つまり、ただ速く移動するだけで手足がほぼ活用できないのだ。

まさか足で“布”を引ったくる訳にはいかないし。

砂姫乃はそれを見極め、理解していたのだろうか。

「んもう!」

意外と持久力のある山本山少年のスタミナに対し、砂姫乃がおトイレを我慢できなくなってきて、もしかしてちょっと怒ってる? 女の子を怒らせると怖いよ?

かくして、勝負はあっさりと着く。


「うなる一閃! 打撃羽根! たたく乙女の尿意棒!」


(いつの間にか手にしていた)砂姫乃のロッドが、逆立ち走りを上回る速度で山本山マグマの股間ロッドを(笑)一撃のもとに打ち砕く、いや、叩き潰す、いや、ちゃう、なんだ、アレだ。

そんなに強くはたないよ。

ぐったりダウンさせる程度に打ち据える。

バシッ!

「ふぐリャッ!」

女子中学生・砂姫乃の若さあふれる10代の痛烈な棒さばきのテクニックが、思春期真っ只中な男子高校生の急所ピーをシュッと責め上げ、彼はたったひと振り一発で、あっけなく果ててしまうのであった・・・。

「痛そ・・・」

遠くから戦いを見ていた夜風が小声でつぶやく。

隣の憩子も

「使えなくならないかしら?」

と続けるが、はっ!として顔を赤くさせ女子高生と合っていた目を反らす。

「あ、えっと・・・ごめんなさい・・・」

もじもじ憩子を真剣な眼差しでジーっと見詰める夜風。


さて、コンクリート床に大の字で倒れている山本山少年。

しばし気を失なっていたみたいだけど、なんとか大丈夫そうだ。

「オレの負けだ! 悔しいが! “布”は! 君たちに! 譲ろう!」

潔く敗けを認め、あっちに行ったりそっちに行ったり、下腹部をぽんぽん叩き、軽くジャンプし、睾丸を下げながらみんなの5~6メートルほど先にシュタッとカッコをつけ恥ずかしげもなく立つ。

豊岡が眉をひそめ、

「キミ、女性を前にして少しは遠慮しろよ・・・」

とツッコむ。

そうして山本山マグマは、自らの“パイオボイニャーの布”を砂姫乃に手渡そうと学生服の中に手を入れる・・・

と、その時だ。

暗闇の中から一匹の小さな白い蛾がふらふら~っとやって来る。

豊岡や砂姫乃、あっちの方から見守る夜風と憩子も突然の人懐っこい蛾の珍入に思わず「???」と動きが止まってしまう。

とても意味ありげに山本山少年の周囲をぱたぱたくるくると飛ぶ蛾。

3~4周ほど周回したその蛾が、きょとんとしている男子学生の目の前でピタッと空中停止する。

羽ばたきもしていないのに。

そして、砂姫乃たちからは見えないが、どうやら停止している蛾の向こう側の羽に何やら映像が映し出されているらしい。

しかも音声は聴こえづらいが、確かに山本山少年はその映し出されている“誰か”と会話を始めた様子なのだ。

「アインザッツ様!」

男子学生はそう言った、はず。

砂姫乃と豊岡にはそう聴こえた。

少年と雑音混じりの誰かの声が会話を続ける。

〈やま・・とや・・・・や・つら・・に・・・・ぬ・の・・・わた・しては・・・なら・・ぬ・・・・・〉

「しかしアインザッツ様! オレは! 彼女らに敗けてしまったのです! だから!」

山本山マグマは言い訳をするが、相手方は許さない雰囲気のようだ。

〈なら・・ば・・・・・・・・・・・・〉

聴き取れない。

聴き取れないが、何かが言い渡され、奇妙な事態が起きた。

ふらぁ~と山本山が上半身だけをまぁ~るく、おぉ~きく揺らしたかと思いきや。

「やっぱり・・・ 渡すの・・・ やめる・・・」

さっきまで鬱陶しいぐらい熱かった山本山マグマが突然、急激に冷めてしまったではないか。

「え?」

砂姫乃が驚く。

「いきなりの心変わりだな。脅されたのかな?」

豊岡も不思議そうである。

砂姫乃と豊岡と敵の男子学生の様子がおかしいことに気付き、夜風と憩子が3人のそばに駆け寄る。

「どうしたの?」

夜風が豊岡に尋ねる。

「いや、突然彼が暑苦しくなくなって、」

そう説明しかけると、いきなり山本山少年は“布”も出さないまま勢い良く走り去ってしまう。

「オレはダメな人間なんだぁ~!」

と叫びながら、ビルの階段をいくつも猛スピードで駆け降り、街を歩く人々が彼の大声にドキッとなり驚いて道を譲る事案発生。

早送りのピューマの如く、ピューっと、マぁ、どこかに行ってしまった。

「ええ・・・なんだったのよ、今の?」

砂姫乃がまるで不気味な妖怪や魑魅魍魎でも目撃してしまったみたいな、あと味の良くない怪訝な面持ちで憩子たちをぐるっと見渡す。

憩子も困った表情で

「ごめんなさい、もしかして催眠術だったの?」

と問うが答は誰にも解からない。

憩子が夜風の高等学校制服をつんと引っ張る。

「もしかすると、会話相手の能力ペイシェントの片鱗を見たのかも知れないわね・・・」

と夜風がぽつんとつぶやく。

砂姫乃がハッとする。

豊岡が「え?」と驚いて夜風を見る。

憩子が軽くビクッと震える。

4人は完全に夜が更ふけた空を見上げる。

瞳に入ってきたのは、町の明かりのせいもあって星は見えず、ただただ深い暗闇が拡がるだけの空恐ろしい空間であった。


「お~い、みんな~、はぁはぁ・・・ ちょっとくら、いいか~? はぁはぁ・・・」

斑鳩警部が階段を登って来た。

4人がハッと我に帰る。

「パイオツ~。はぁはぁ・・・遅れてすまん。どうだ赤口ジャックは?」

「に、逃げられました。“布”も一緒に」

豊岡が残念そうに溜め息混じりに答える。

「そうか、仕方ないなそれは。いや、しかしみんな無事で良かった良かった」

初老の警部がほっと胸を撫で下ろす。

「けどね斑鳩さん、ちょっと妙な事態が起きて・・・」

夜風が珍しく率先して警部に報告する。

「ん・・・?」

斑鳩が心配げに耳を傾けた。


夕暮れの薄明かりをバックにしていたビルのシルエットが完全に夜の暗闇に溶ける。

周囲のビルは仕事に勤しむ人たちもまだ多く、活気に満ちていると言っても過言ではない。

それらに比べると、パイオビッカーたちの背負った運命は重い。

彼女たちは自分の幸せを望める日は来るのだろうか。

建設途中のビルディングは鉄骨や配線やパイプが複雑に絡み合い、そして暗く、寂しい。


「そうか・・・ なんだろ? 敵のボス登場ってな感じだな・・・」

斑鳩警部がアゴの無精ヒゲをさすりながらこぼす。

「おそらく会話の相手はアインザッツでしょう」

女性の声がして、人影が階段を登ってきた。

砂姫乃、憩子、夜風、豊岡の前に見知らぬ人物が姿を現わす。

「・・・おばさん誰?」

尿意を後回しにした砂姫乃がロッドを持ち直し構え、口火を切る。

「私はナーサ・エライヒト。アメリカ航空宇宙局NASAで副長官を務めています」

近付いてきたのは50歳ぐらいであろうか、金髪碧眼で高身長な美人のおばさまである。

「お。このべっぴんさんはだな、実は、まぁ、単刀直入に言えばパイオビッカーの理解者だ。あぁ~と言うか、なんだ、パイオボイニャー計画の責任者のひとりだな」

斑鳩警部が簡単な人物紹介を付け加える。

砂姫乃たちは自分たちの敵対者でないことに一応は安堵するが、同時に何故こうしてわざわざやって来たのかを知りたかった。

豊岡が尋ねる。

「その副長官さんがどうしてここに?」

ナーサ博士が答える。

「あなた方は今、日本の警察の管理の下、活動しています。私たちも表面上は、そう、同じです」

女性博士はもどかしそうに話を続ける。

「しかし政治家は・・・私の国アメリカもそうですが・・・政治家は“パイオボイニャーの布”を外交の道具、個人の私利私欲に使うことしか興味を持っていません」

砂姫乃たちが耳を傾け始める。

「私たち科学者はあの“布”の本当の意味を、地球外知的生命体が“パイオボイニャーの布”を地球に送り込んできた本当の意味を知りたいのです!」

ナーサ・エライヒト博士が力説する。

「そして、その先にある未来が見てみたいのです!」

だが砂姫乃も憩子も夜風も豊岡も、突然の来訪者の言葉をいきなりは信用できない。

「・・・・・」

パイオビッカー4人が不信そうな表情を露骨にする。

そこで斑鳩警部が助け船を出す。

「今日、本部会議でな、まぁ毎度のこったが、政治家どものやる気の無さとカネ目的さにはワシも呆れたんだよ。んで、ナーサ博士は、」

副長官が斑鳩に感謝するポーズを取り、自らの言葉で話し始めた。

「私は子供の時から宇宙人に会いたいと夢見てきました。けれど皆にその夢を笑われ続けてきました、両親や兄妹たちにさえ。そうしてNASAに入りパイオボイニャー計画に携わったのです。“パイオボイニャーの布”はその夢の大切な第一歩、糸口なのです・・・!」

ナーサ・エライヒトの瞳は希望と涙に輝いている。

「な。ナーサ博士は自分の夢を叶えたいんだ。分かってやれよ、みんな」

警部自身は果たして夢を叶えられたのだろうか。

「2人がそこまで言うなら・・・」

砂姫乃が腑に落ちてなさそうに返す。

他の女学生も完全に納得は行っていない様子。

しかし豊岡は、

「うん、分かりました。僕は・・・僕はナーサさんの言葉を信じます」

と、あっさり信用する。

この素直さが豊岡の良いところなのだ。

「どうも・・・ありがとう・・・」

涙を浮かべた副長官がサラリーマンに握手を求め、彼はそれに答える。

「それで私たちにどうして欲しいのかしら?」

夜風の質問にナーサが答える。

「信用して欲しいのですが、そうできない心情も理解できます。ただ、今はとりあえず、手を貸して欲しいのです」

「えっと、よく分かんないんだけど、能力者と“布”集めに協力してってこと?」

砂姫乃は話を簡単にしたいのだ。

ナーサがうなずく。

「待って」

夜風が挟む。

「地球外知的生命体が“布”を送ってきたってホント?」

「はい、我々はそう考えています」

NASA副長官が話を進める。

「あなた方パイオビッカーの不可思議な超能力は“布”が与えているか、或いは潜在能力から引き出していると考えられます。そうすると、どうしても地球の科学や自然現象では説明できないのです」

「それは・・・まぁ・・・そうですが・・・」

豊岡も自分たち自身の謎だらけに混乱してきたようだ。

「それと、えっとアインザッツ、だったっけ?」

砂姫乃が思い出し、豊岡も追随する。

「あー、そうそう。そのアインザッツってのは誰なんですか?」

4人の困り悩む顔にナーサ・エライヒト博士が切り込みを入れる。

「そうですね。解かりました。それでは事の発端から順にすべてを話しましょう・・・」

「しかしナーサ博士、日本語達者ですな?」

斑鳩警部がツッコむ。

「会議中ノ話シ方は政治家を騙ス為ノ演技デス」

「え、それ必要!?」

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