第2話「頭隠して尻隠さず」 Aパート

警視庁の隣に位置する一見なんの変哲もない、ただの大型倉庫。

だが、その地下深くには警視庁からのシークレット・モノレールで結ばれた大型核シェルターが存在する。

有事の際にはここが政府拠点となる最重要施設である。

その地下シェルター内、エリアS2、3階の一室に警視庁パイオボイニャー対策課(通称/パボ課)本部は設けられている。

当然この組織も公にはされず、ごく一部にしか知らされていない国家最高機密のひとつでもある。

とにかく平和を乱すパニックを回避する為に、世間一般にはパイオビッカーの存在はもちろん、パイオボイニャー1号が地球に戻ってきた事実でさえ一切公表されていないのだから。


そして、今まさにそのパボ課本部で、斑鳩いかるが警部が昨夜のパイオビッカー事件についての最終報告を行なっているところだ。

「え~っとですね、え~昨晩、市立のびのび公園で19時57分から20時13分に起きました一連の事件についての報告、です。え~先ず敵のパイオビッカーは自称・イヌイ・イチコ(犬井一子)。黙秘を続けておりますので詳細等不明でありますが、え~雨滝砂姫乃との対話から、おそらく推定年齢20代中頃、中小企業以上の規模の会社員と推察されます」

斑鳩警部が手元の報告書を読み上げる。

「所持していた“パイオボイニャーの布”は、え~、およそ10×14×18センチメートル。これまでの“布”と同じく、え~、サイズはやや小さいですが、やはり、三角形、であります」

報告会議に出席しているのは、パイオビッカー事件を専門とするパンパイボイ(ジャパン・パイオボイニャー対策局の略称で、パボ課を統轄管理する国際組織の日本支部)と各国からの緊急召集メンバー。

中央に鎮座するのはパンパイボイのリーダー格の内閣総理大臣/朱鷺羽射矢龍ときわ・やりゅう

「ふむ。回収か。これで18枚。しかし全てで何枚になるのか。見当は付いとらんのか?」

総理からの質問に併せ、参加人物の面々を右から時計回りに紹介しよう。

「“布”の総枚数に関しては残念ながら現在のところ不明です、総理」

防衛庁長官/母上千代ぼうえ・ちよが答える。

警察庁長官/枯杉かれすぎことなは頭を抱え、

「しかしアメリカ衛星が戻ってきただけでこんな事態に陥るなんて」

と小声でボヤき、疲労感を露にする。

「コチラの“布”は18。敵はドレホド枚数を所持シテいるカ? 我ガ国の大統領は“布”ヲ敵組織ヤ敵国に奪ワレナイカ懸念してイル」

アメリカ大統領補佐官/ホサ・カーンの言葉に、アメリカ空軍宇宙軍団司令官代理/タダイルダ・K《ケィ》も「ソウダ」と言わんばかりにうなずく。

それに対し、科学技術庁/戸々竹野出伴太ここだけの・でばんだ理学博士が返す。

「おそらくは活動時期から察するに、敵の所持枚数は我々以上だと推定されます」

その発言に宇宙物理学/茂腕手昆造もうでて・こんぞう教授が付け加える。

「我々は全ての“布”を、パズルの全ピースを揃え、一刻も早く“布”に描かれている文字らしきものや紋様の謎を解き明かしたいのです!」と力説する。

「焦ル気持チも分カリまスがソレよりモ・・・」

NASA副長官/ナーサ・エライヒト博士が続ける。

「ソレよりモ能力者パイオビッカー捜索デス。彼ラは誰モガ“布”を必ズ持ッてマス。先ズは協力シテくれる同志を増ヤスことでス。ソすれば、一石二鳥ワン・ストーン・トゥー・バードでス」

NASA宇宙生物学/コンナ・コットディ博士とモージス・ウメルナー博士も「ソウダ」と言わんばかりにうなずく。

一同は次第に誰彼となく発言し、意見を交わし合う。どうやら政治家と科学者の間に今後の展望に大なり小なり相違があるようだ。ついには議論が白熱化し・・・。

その時、総理大臣の隣席のニホンザル/パピルズが「ギャース!」と鳴き声を発する。すると場は“しん”と静まり返った。

総理大臣の朱鷺羽ときわがとりあえずまとめる。

「兎にも角にも、敵も“布”を収集しておるし、誰にも拾われとらん“布”の回収も進めにゃならん。パイオビッカーを捜すにも能力を発動するまで待たにゃならん。何にせよ我々“無能力者”は黙って待つだけか・・・」

うなずく一同。

斑鳩警部はそんな上層部の不毛なやり取りに内心呆れながらも報告資料をトントンとまとめ直すと一礼し、とっとと退室する。


心中穏やかでいられない斑鳩。

「なに言ってんだい。お偉いさん方は現場の大変さも考えず呑気に・・・」

廊下を早歩きし、地下モノレールに乗る。

「少しは体を張ってるパイオビッカーの身を案じてやれんのか。手助けの方法はあるだろう!」

車中で警視庁の庁舎に戻りながら斑鳩はしかし夜の心配もしていた。

手帳を開き、カレンダーから六曜をチェックする。

「・・・今夜は赤口ジャックか。男のパイオビッカーが出てくるのか? 奴ら目的は何だ? やはり“布”集めか? 分からん。この世界にゃ分からん事が多過ぎる。・・・だいたいあのニホンザルは何だ?」

と頭をガリガリと掻くのだった。

一定間隔で灯された蛍光灯の薄暗いトンネルを、初老警部を乗せた自動運転モノレールは進む。

車輌最後尾に何者かの影が動いたのも気付かずに・・・。



「ここ、テストに出るから覚えとけよ!」

キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン~

数学の教師が要点を言い終えるとほぼ同時にチャイムが鳴る。

「砂姫乃! 中庭にお弁当行こ!」

クラスメイトの愛子と真美が砂姫乃をお昼に誘う。

「あたし早弁しちゃったからお弁当ないのよ。あ~あ・・・ねむいよ・・・」

つっ伏していた砂姫乃を愛子が叩き起こす。

「ほらほらシャンっとして!」

「私も購買行くから共に何をか買おうぞ!」

真美に強引に立たされ、眠たそうに押されて歩く。

雨滝砂姫乃あまたき・さきのはバサバサ髪セミショート&バスト控えめ&身長低め。

焼けた小麦色の肌なのもあって見た目は可愛らしい小学5年生ぐらいの男の子みたいである。

愛子も真美も年相応に小綺麗にしているのにね。

そんな3人の女子中学生は手を取り合い教室を出ていく・・・はずが、砂姫乃が教室のドアを開けられない。

それもそのはず、逆に一所懸命ドアを閉める方向に押して、開けようとしているのだ。

「あれ・・・? おっかしいなぁ・・・?」

砂姫乃は今ひとつ解かっていない様子。

「・・・砂姫乃、それじゃぜったいかないねぇ」

愛子と真美が声を揃えてたしなめた。


四方方憩子しほうかた・けいこは砂姫乃とはまた別の中学校の生徒であり、お昼休みは校舎の屋上のさらに上層階(貯水槽フロア)片隅の日陰にいた。

大抵はセミロングの髪を三つ編みにまとめていて、しかも太いフレームの眼鏡を掛けているので地味~なオーラに包まれていた。

身長も平均よりは低かったが砂姫乃ほど小さくは見えない。

それはやや大きめな胸囲バストのお陰かも知れない。

クラスに仲の良い友人も何人かはいたが、流行りものに騒ぐ気持ちにはなれなかったし、特に学校みたいな人が多い場所では独りの方がずっと落ち着いた。

だから、お昼休みはサンドウィッチをのんびり頂きながら、空を眺めているのがこの学校で唯一の穏やかな時間だったのだ。

憩子が鼻唄を口ずさむとスズメが5羽、近くに集まる。

彼女はパンをいくつか千切り、鳥たちに分ける。

スズメはそれらをついばむとまた雲がぽっかり浮かぶ大空へと飛び立った。

「ごめんなさい、すずめさん。また助けてね」

憩子はポーチからオペラグラスを取り出し、缶紅茶をひとくち飲んで青空を見上げた。

「だけどこれ、雲も鳥も遠くに見えるわね・・・」

それもそのはず、憩子は双眼鏡を逆に覗いているのだ。


女子高生である漁火夜風いさりび・よかぜは学区内でもちょっと有名な美人であった。

スレンダーなスタイルで切れ長の目、お洒落に束ねた腰までの長いストレートヘアからも妙に大人びた雰囲気もあったし、それに学業も常にトップクラスだったりもした。

だが、実は皆が想像しているようなクールガールな性格ではなかったし、どちらかと言うと熱くなり易かったし、ハチャメチャに楽しく遊ぶのが大好きであった。

ところが周囲は彼女をそういう風に扱ってはくれなかったのだ。

昼食時間の今だってお上品に小さく可愛らしいお弁当をおいしく頂いてはいるが、本当は校則を破って学校外に親子丼を食べに行きたい気分だったのだ。

「い、漁火さん・・・あの・・・お箸が逆ですよ・・・」

隣の席の男子(夜風に憧れているらしい)が彼女に声を掛ける。

それもそのはず、夜風はお箸の持ち代と使い代を間違えているのだ。

「あらホント。ありがと」

夜風は男子生徒に微笑んでお礼を言うとお箸の上下を持ち直し、お弁当を続けた。


豊岡とよおかは38歳。

ややひょろっとして貫禄も無く、髪型もこざっぱりして、猫背でちまちま歩くのが特徴なぐらいのお酒もタバコも飲まない優男。

大きめの印刷会社で輪転機を回したり、時には仕上がった印刷物を社用車で配達したりもしていた。

お給料も少なかったし、帰りも午前様になる日も多かったが何故か自分の生真面目な性分に合っている気がしていた。

お昼休みと呼べるようなまとまった休憩時間は無い生活だったが、ご飯はいつも美味いと感じていた。

何故か既婚者と思われがちだが、出会いがないので女性と付き合ったことはない。

回る輪転機の隣で豊岡は配達の日替わり弁当を頂く。

「ごちそうさまでした」と手を合わせお弁当箱の蓋を閉じようとする、が閉まらない。

それもそのはず、蓋が上下反対なのだ。

「豊岡ぁ、それじゃあ閉まらんばい!」

同僚たちが笑う。

豊岡も一緒になって笑う。


この町では、そんな4人が秘密のパイオビッカーチームとして“パイオボイニャーの布”を集める為に毎日・・・いや、毎日は言い過ぎか・・・週に2日、3日ばかり・・・奔走しているのだ。

砂姫乃も、憩子も、夜風も、豊岡も、自分たちの平穏無事で幸せな日常を守る為なのだと信じて。



この日、宵の口。

自宅で宿題をこなしていた砂姫乃に連絡が入った。

母親の

「砂姫乃ちゃん電話よ~」

という呼び出しに急かされ、2階から1階の廊下に飛び降り、下駄箱に置かれた黒電話に出る。

「お待たせ! 砂姫乃だよ!」

〈あ、砂姫乃ちゃんごめんなさい憩子けいこです〉

「いこいこ! 出たの?」

〈うん。今から夜風さんが迎えに行くから、お部屋で待ってて〉

「オッケー!」

砂姫乃はおトイレを済まそうとするが、「おっと・・・」と思い止まり引き返し、玄関に並べていた靴を拾い上げる。

急いで自室に戻る。

「砂姫乃ちゃん危ないから走らない!」

母親が注意する。

「は~いママごめん~!」

階段を駆け上がる。

窓を全開にする。

カーペットの上にいらない折り込みチラシを敷く。

ワインレッド地に白ラインのトレパンとトレシャツを整え、白い靴を履き、靴紐を締め、チラシの上に立ち、学習机の上のマグカップに入った2杯のコーヒーを一気に飲み干す。

そして深呼吸。

ふうっと身震い。

我慢ペイシェントオッケー!」

金属音が耳に入る。

「よし!」

全裸の夜風が砂姫乃の部屋に瞬時に出現する。

「砂姫乃お待たせ!」

「行こう! 夜風!」

女子高生は女子中学生の腰を抱く。

「身体熱いわね?」

「夜風が冷たいんだよ」

砂姫乃も落とされないよう両腕を夜風の首に回し、しっかりとホールドする。

中学生は両目をぎゅっと閉じる。

瞬間移動のこの時だけは未だに慣れない。


「娘十七、目を伏せよ、夜に限るは瞬間移動!」


2人の少女は一瞬にして姿を消す。


・・・直後、砂姫乃パパが部屋をノックする。

「砂姫乃~、パパと一緒に風呂入ろ~、砂姫乃~」

数度ノックするが室内からは返事がない。

「開けるぞ~・・・あれ?」

パパは砂姫乃がいないのにちょっと驚く。

「砂姫乃・・・また黙って砂歌音のお見舞いか? ひとこと言ってけばいいのに・・・」

そうつぶやくと残念そうに扉を閉めた。

もちろん、中学生の砂姫乃はパパと一緒に入浴するはずがない。・・・ない!

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