第1話「犬も歩けば棒に当たる」 Bパート

駅前公園の入口にパトカーが2台停まっている。

特に夜は目立って世間一般の騒動になりかねないので、もちろんサイレンも鳴らさず、また回転灯も使われていない。

そこにさらに遅れてきた1台からコートの年配男性が降りてきて、豊岡、砂姫乃、メガネの女の子(憩子=けいこ=いこいこ)の3人のもとへ走り寄り、さらりと敬礼する。

「おっ、いつもパイオツ~」

この挨拶は、特殊超能力“ペイシェント”を操る者=パイオビッカーに対して行なわれる。

すなわち、「パイオビッカーお疲れ様です!」の略である。

豊岡が会釈しコートの男に報告する。

「斑鳩さん、お疲れ様です。捕まえたのは女性ひとり、“布”はまだ確認できてません」

「お、わっかりました。豊岡くんも砂姫乃くんも憩子けいこくんもパイオツ。先にあっちの話を聞いてくんで、ちょっとくら失礼するよ」

「お疲れ様です」

敬礼と簡単な挨拶を済ませた斑鳩警部は、続けて先に来ていた警察官たちの方へスタスタと小走りすると詳しい状況を聞きに行く。

つまり、悪のパイオビッカーが現われ、それを善のパイオビッカーが捕縛したという先ほどの一連の事件についてだ。

警官の1人が手にしたメモから要点を抜粋する。

「砂姫乃さんの報告によりますと、女はイヌイ・イチコ(犬井一子)と名乗ったそうです」

「ああ~ やはり今日は女か。六曜の大安ダイアンの日はいつも女だな。赤口ジャックだったら男で・・・ うん、それで今は豊岡くんがいつも通り?」

「はい、花瓶に閉じ込めています」

「了~解。しかしその犬井っつーのはここで何をしとったんかね・・・? ま、うん、ほいほい。ご苦労さん。あとはワシらパボ課が引き受けるよ」

「よろしくお願いします」

斑鳩警部は一通り簡単な引き継ぎをすると豊岡たちの方へと戻っていく。


「それにしても大したものですね、パイオビッカーは」

警部が去り、残された警察官たちが仕事をひととき忘れ、何とはない会話を始める。

「まったくだ」

「あの棒術の少女ですが・・・」

「あぁ雨滝砂姫乃あまたき・さきのさんな」

「まだ中学生と聞いたのですが、ショートカットがよく似合って可愛らしい・・・」

「そうだな。しかしパイオビッカーに惚れちゃいかんよ」

「あ、いえ、そういう意味ではなく・・・」

「ははは、冗談だ。しかしな、彼女らは生きてる限り、戦い続けなきゃならないんだから」

「・・・そう・・・ですね・・・」

「あぁ、そういうことだ」

若い方の警官が遠くに立っている砂姫乃を切なそうに見る。

小雨はいつの間にか止み、雲間から幾つかの星々の輝きが瞬き始めた。


一方、何だか落ち着きのない砂姫乃、そんな彼女をなだめる憩子、花瓶の封印をチェックしている豊岡、手帳を開いて何をか考えている斑鳩警部。

「それじゃ僕は斑鳩警部と本部へ戻りますね」

「はい、お願いします。私は砂姫乃ちゃんと夜風さんと一緒に帰ります」

豊岡がヨイショと花瓶を持ち直して返答する。

「うん、夜風さんに風邪をひかないようにと伝えておいてください。じゃ僕はこれで。お待たせしました警部」

憩子が返す。

「斑鳩さんも豊岡さんもお気を付けて」

続けてもじもじしている砂姫乃。

「よ・・・よろしく・・・」

「パイオツ、また飯でもごちそうするよ。ほれ砂姫乃くん、早く済ませてきなさい」

警部が苦笑いしながら軽く手を挙げ、花瓶を抱いたサラリーマンとパトカーに向かう。

大人2人を見送る憩子がふと気付くと砂姫乃の姿がない。

あれ?と思い、振り返ると、あっちの方の公衆トイレに駆け込む砂姫乃がいた。

メガネの憩子が困った笑顔でつぶやく。

「砂姫乃ちゃんのペイシェントはおトイレの我慢だもんね。がんばって!」

そう独り言を言い終えるか終えないかのところに「キーン」と金属音が鳴ると同時に少女が1人、全裸で(慣れた感じで絶妙に見えないポーズで!)パッと出現しメガネブレザーの女の子の右隣に立った。

「砂姫乃のアレも大変だわね」

「! 夜風さん! あビックリした! ごめんなさい!」

ふふっとウインクして微笑むやや歳上の少女。

この夜風よかぜという高校生はとてもアダルトな雰囲気だ。

味方と知り、ほっと胸を撫で下ろした憩子が突如現われたオールヌードの先輩にロングコートを羽織らせる。

「夜風さんは服を脱がなきゃいけないんだから、それも大変ですよ」

「でもそれでこんな風に瞬間移動できるんだから、まぁヨシとするわ」

「そう・・・かな?」

「遅くなったけど家に連絡したの?」

「はい、公衆電話、空いてるところを見付けられたので」

「いこいこ(憩子)のその“探知レーダー”も便利だと思うわ。あ、砂姫乃。じゃ帰ろっか、私が送ってくわ」

向こうから手を拭きながら身軽になった棒術使いが戻ってくる。

「あ、夜風、あたし寄る所があるから、いこいこ連れてってあげてよ」

「砂姫乃、お見舞い?」

右手内側の腕時計をちらりと見る棒術使い。

「うん、時間外だから庭から会うだけ、なんだけどね」

「それじゃあ、またね」

「砂姫乃ちゃん、気を付けてね」

「そちらもよ!」

夜風はコートの中に憩子をくいっと引き寄せ腰に手を回すと、遠くにあるビルのひとつをじっと見た。


「娘十七、目を伏せよ、夜に限るは瞬間移動!」


砂姫乃が見守る中、2人の少女は一瞬にして姿を消す。

見送ったあと、テレポーテーション能力はいろいろと便利そうだな・・・そんな事を考えながら、砂姫乃は双子の姉が入院する病院へと走り始めた。

たったったった・・・時折水溜まりを飛び越えジャンプ。

足取りは軽い。

が、心の内はどうであろうか。



ひと仕事を終えたパイオビッカー4人、砂姫乃、豊岡、憩子、夜風、それと警視庁パボ課(パイオボイニャー課)斑鳩警部に警官4人ほども。

誰もがほんの目と鼻の先に設置されているコンクリート製の大型すべり台(オクトパスの形)のてっぺんに腰かける、ひとりの女子学生の存在にまったく気が付いてはいなかった。

彼女は首のコリをほぐすように頭を2~3度クルリと回す。

「は~ぁ。えぇっと、“パイオボイニャーの布”は未回収ぅっと。でもウチがいるのバレなくて、あぁ~良かった。」

女子学生はすっと立ち上がると両手でチェックの制服スカートをポンポンとはたく。

「あのチームの捜索探査系のパイオビッカーはあの眼鏡の子みたい、あぁ、ちょっと待って・・・きゅう・・・はち・・・しち・・・なな・・・ろく・・・ごぉ・・・よん・・・さん・・・にぃ・・・いち・・・」

謎の女子学生が指を折り折りカウントする。

「ぜろ・・・」

すると、すべり台のすぐそばにウニョロンと自転車が出現した。

空間のすき間から普通の通学用らしき赤い自転車。

「バッチリ時間通り。パンクは・・・してないかな? キーは・・・付いてる。エライコエライコ(偉い子偉い子)」

そうつぶやくと女子学生はスカートをひらりなびかせ自転車に乗り、ゆ~っくりキコキコと雨上がりの鬱陶しさの待つ往来へと消えていった。


分厚い雲がまた星空を覆い始め、おぼろ月は静かに町を照らした。



ぼんやりした月明かりと庭先のゆるい蛍光灯に白い壁が照らし出されている。

近付く物音に鈴虫たちが鳴くのを止めた。

砂歌音さかね・・・、砂歌音・・・」

病院の敷地内にこそっと忍び込んだ砂姫乃が、外から窓を小さくノックする。

「・・・砂姫乃?」

病室のベッドライトで本を読んでいた砂歌音がカーテンをめくる。

外に妹の姿。静かにからからと窓を開ける。

「砂姫乃どうしたのこんな時間に?」

「うん、具合どうかなと思って」

小声で双子姉妹の会話が続く。

「大丈夫。もうすぐ退院できるって先生が」

「そっか、良かった」

「ママとパパも夕方来たよ。砂姫乃はちゃんと勉強してる?」

「砂歌音がいないと集中できるからね」

「うそ、してないでしょ?」

「うそです」

「ふふっ。帰ったらまた勉強見てあげるね」

「お手やわらかによ。じゃ、また来るね。お大事に」

「うん」

ふたりはそっとハイタッチし、砂姫乃は病院の暗い庭に姿を消し、それを見守り終えると砂歌音は同室の患者に気遣い、そおっと窓とカーテンを閉め、本の続きを読み始めた。

病院の駐車場を横切り、小さな通用門をくぐり抜けた砂姫乃は、たったっと走り自宅へと向かった。

「砂歌音をこんな目に合わせたこと、あたしは絶対に許さない!」

棒術使いの少女は心の中でそう叫ぶと二度、三度、涙を拭った。

街灯に照らされた水溜まりに砂姫乃の駆ける後ろ姿が映る。

強いパイオビッカーも悲しい時には泣くのだ。

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