最終話 居心地のいい関係

(レイラ視点)


 ルオからお出かけに誘ってもらった! しかも、面映ゆそうにしていた。そんな彼の姿が目に焼き付いたせいか、その日はわくわくしながら就寝した。


 朝起きると、部屋で軽い朝食を摂り、それからアメリアと複数人のメイドに装いを整えてもらった。今日はお忍びで観光名所である田舎町に行くので派手過ぎず可憐な装いにしてもらった。少し暑くなったので風通しのよい半袖の白いワンピースを着させてもらい、髪の毛をポニーテールにしてもらった。


 用意された馬車に乗ると、赤シャツに黒パンツを着たルオが真向かいに座っていた。また体の左側が隠れるような片マントを着ていた。


「マントいる? 暑いと思うんだけど」


 ルオに疑問を投げかけると、彼はマントを捲って、左腰に差してあるレイピアを見せる。私は、なるほどね、と納得した。そのあと、ルオがお前はスカート裏に短剣を仕込んでいると思ったが、とか言われたけど心外だ。私をなんだと思っているんだろう。


 まぁ、でも……最近の私の行動を鑑みれば、そう思われても仕方ないのかもしれない。


 少しして馬車は動き出した。


 馬車の中にはルオとアメリアがいる。また、四人の騎士が馬に乗って護衛していくれている。ただ、いつもと違うのは騎士は鎧や軍衣を着ておらず、上半身にのみ革鎧を着ていて冒険者のような出で立ちだった。さらにアメリアも村娘のような格好をしている。皆のこの装いは目立たないようにするためだ。


 三時間後。


 馬車は山道を通っていて、脇道が馬車の窓から見えた。そのとき――


「――ひぃ! ブラウンウルフだ!」


 馬を引いている御者が狼型の魔獣の名前を叫ぶ。


 その瞬間、私とルオは転がるように外へと飛び出して、着地した。一瞬、私達を見て呆然とするアメリアが見えた。


「閣下、レイラ様、お下がりを!」


 騎士の一人が私達が魔獣に飛び出さないように注意する。


「見るところ、相手は一〇匹か。負けはしないだろうが、お前たちでは全員、同時に相手はできないだろ」


 脇道から現れたブラウンウルフが牙を見せて迫ってきていた。


「俺が一人でやる」


 ルオはブラウンウルフに突っ込もうとするが。


「ねぇねぇ」


 私はルオに声をかけた。


「なんだ話してる暇はないぞ」


「私にやらせて」


 両手を差し伸べてレイピアを渡すように促す。


「いや俺がやる」


「私がやる!」


「なに言って――」


 ルオは私の目を見て口を止める。


 強くなった自分を試してみたい。


 館で培ったことを生かしたい。


 なにより――何もなかった私にできた唯一の武器を、ようやく見つけた才能を、この世界に抗うための力を得た私を見てもらいたい、存在の証明をしたい――戦いたい。


 心が純粋な狂気に染まっていくのを感じ、私と同調するようにルオの瞳は闇に染まっていた。


 ルオはさっきまで戦いたがっていたにも関わらず無言で鞘に納まったレイピアを私の両手のひらに置いた。


 言葉を発さなくても彼は私の気持ちを汲んでくれたんだ。分かってくれると、なんとなく思った。だって、きっと、ルオだって自分の力に気付いたときは、試したくて戦いたくてしょうがなかったに違いないんだから。


「ありがと!」


 私は左に鞘を持って、レイピアを抜く。そして、ブラウンウルフに向かって歩き出した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


(ルオ視点)


 俺はブラウンウルフに向かって歩き出すレイラを止めようとする騎士を咎めていた。


「閣下! 何を言っているのですか! このままではレイラ様が!」


「夫人がどうなってもいいのですか、女性ですよ!」


 騎士を俺の方を振り返って、珍しく反抗してくる。レイラも随分とレッド家の連中に好かれたもんだ。


「男だの女だの、そんなことに囚われるな。この世は強いか弱いか、それだけが真実だ」


 俺は喋り終わると同時に魔力を感知し、レイラの方を見る。


 レイラが足を一歩踏み出すと、足先から道が凍った――魔眼の力だ。迫ってきていたブラウンウルフは突然、凍った道に足を滑らせて倒れ始める。


 そして、レイラは跳躍し――


「――はっ」


 華麗に空中から一匹のブラウンウルフの急所を突き刺し、声を上げる暇もなく絶命させる。


 それから氷の道に着地した瞬間、器用に跳躍し、立ち上がろうとしているブラウンウルフの急所を突き刺す。


 それから、ぴょんぴょんと跳んで三匹目、四匹目――――あっという間に一〇匹目の魔獣に止めを刺す。


 しなやかさを兼ね備えた必要最小限の動き、高い精度を誇る突き。あいつと手合わせをして分かったのはあらゆる状況において、効率を重視し最善の選択をするような戦い方をしていることだ。それが今の動きに現れていた。


 レイラは最後の魔獣に止めを刺したあと、氷の道を越えた先に飛び立つ。彼女はレイピアを振って、剣先に付いた血を落とす。


 カンッ。レイピアが鞘に収まった音がした瞬間、氷の道は砕けて散り、氷の粒が巻き上がった。


 周囲の騎士達は空いた口が塞がっていなかった。


「嘘、だろ……」


「あ、あんな真似我々じゃ、とてもじゃないができないぞ」


「剣を持って三ヶ月ぐらいしか経ってないはずですよね……」


 驚く騎士を横目に俺はレイラに寄る。


「ルオ、ありがとうね」


 俺はレイラからレイピアを受け取り、左腰に下げる。


「強くなったなレイラ」


「ほんと? 騎士に勝っちゃったりして……ちょっと調子に乗りすぎかな?」


 面映ゆそうにするレイラ。


 騎士に勝つか……もうレイラはその辺の騎士より強い。当然、力は後ろにいる騎士には劣るだろうが技量のみで圧倒できる次元の強さにいる。一〇年以上かけて騎士になるやつだっているのにな。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


(レイラ視点)


 私はあっという間にブラウンウルフを狩った。


「ごめんね」


 そしてレイピアを鞘に納めながら一言、ブラウンウルフに言う。これは自己満足だ。襲ってきたあの子達が悪いとは思うけど、言わずにはいられなかった。あまり苦しめないように一撃で絶命させたのも自己満足だ。


 それから、私はルオが近づいてくるのに気付いてレイピアを返して、騎士に勝っちゃったりして、なんて調子こいた台詞を言ってしまった。


「魔獣と戦うのが初めてとは思えない動きだったぞ」


「そうかな」


「ああ、普通は戸惑うものだ」


「じゃあ、ルオは初めて魔獣と戦ったときは戸惑ったの?」


 想像が付かない、敵を前に慌てるルオなんて。


 予想通り彼はそんなわけないだろ、と言った。


「だよね。強ければ死なないけど、弱かったら死ぬだけだから慌てる必要なんかないよね」


 馬車に向かいながら私達は歩く。


「よく分かってるじゃないか、それだけがこの世の――」


「真実だから?」


 私が首を傾げながら、そんなことを言うと、隣にいるルオは目を丸くする。


「もしかしてルオが言おうとしてたこと当たってた?」


「そんなところだ」


「やったね」


 私が微笑むと、ルオは僅かに口元を綻ばせる。


 こんな話題で笑いあうなんて、あまりにも歪だ。だけどそんな歪さが心地よかった。心底、彼と気が合っていると思った。


・あとがき

 最後まで読んでいただきありがとうございます。本作品は公募に出したまま眠らせるのは勿体ないと思い、修正を加え、物語の途中にはなりますが公開に踏み切りました。


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孤児の少女は少年公爵の許嫁となり、武術と魔眼の才能が開花する ネイン @neinneinstorystory

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