第二六話 二人の夜②

 ――それから一時間経ったあと、暖炉の火とランプの明かりを消した私達は就寝につき始める。


 私はベッドに潜り、ルオは棚の中にある寝袋を取り出そうとしていた。


「ほんとうに寝袋で寝るの? 寝心地悪いよ」


 ブランケットから顔を覗かせる。

 

「俺を誰だと思っている。領内の街で殺人事件が起きたとき、森の中に逃げた犯人を追跡しに、木を背にして寝た男だぞ」


「公爵のやることじゃないね」


「そのときはまだ公爵じゃない」


 だとしてもおかしいから。


「なんでそんなに頑張るの?」


「仕事の一環だ。俺達、貴族は地代が主な収入だが、何もしなくていいわけではない。貴族には貴族の責務がある。あぐらを掻いて仕事をしないやつもいるが、俺は主に治安維持を務めてきた」


 ルオの能力を考えたら治安維持が妥当か。貴族じゃなくて兵士や騎士に向いてるねと言おうと思ったけど、なんか今の私にも当てはまりそうだから何も言わないでおこう。


「ルオ、私のせいで床で寝るのは申し訳ないから……その……入っていいよ」


 顔を熱くさせながら、ブランケットの一部を翻してルオを誘う。暗いから私の顔色は見えないはず。


「…………」


「あれ? ルオ?」


 ルオは手に持っていた寝袋を床に落として体を強張らせていた。


「いや、なんでもない。そうだな、そうさせてもらうか」


 ルオは落とした寝袋を拾って棚に戻して、ベッドに近づく。


 でもルオはブランケットを掴んだまま、また固まっていた。そんな姿を見守っていると、彼の頬がほんのりと紅潮しているように思えた……でも、暗いから気のせいかもしれない。


「もしかして照れて――」


「そんなわけないだろ」


 返答が速すぎるよ。


 私は呆れ顔でベッドに潜り込むルオを見る。


「…………」


 あろうことかルオは顔をこちらに向けていて、目と鼻の先に彼の顔があった。なにしてるの? と言いたかったけど、じっと見られていると口が乾いて、まともに息ができなくなるくらい緊張して声が出なくなった。


「呼吸、できてないぞ」


「だ、誰のせいよ……」


 弱弱しい声で抗議すると同時に異変に気付く、自分のことばかり気にして気付かなかったがルオの息遣いもたどたどしい。


「ルオも息、変だよ」


「訳の分からないことをいうな。レイラの顔を見てるとまともに寝れん」


 ルオは勢いよく背を向けた。


「私の台詞なんだけど」


 私も背を向けて寝ることにした。


 ――しばしの静寂が訪れた。


「……レイラ、悪いな同衾させてもらって」


「ううん、いいよ」


 自然と背中同士が合う。ルオは体を離すことはしなかったので私は彼に背中を預けた。


「おやすみ、ルオ」


「ああ」


 目を瞑り、私の意識はまどろみの中に沈んでいく。


 信頼出来て落ち着く背中だった。心なしか彼からも信頼を感じられた。


 心がより深く居心地の良い場所に引き込まれるように。


 私の意識は眠りについた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


(ルオ視点)


 俺達は一緒の寝床で寝ていた。


 目が覚めた俺は上体を起こすと、レイラがベッドから降りようとして、俺の体に足を引っかけて倒れる。


「俺がいること忘れてないか?」


 レイラは俺に覆いかぶさっていた。


「あー、そーだーそーだー」


 おぼつかない口調のレイラ。どう見ても夢心地のようだ。


 寝起きが悪いタイプらしいな、ぐっすり寝れて何よりだがな。


 そのとき、


「――閣下! 夫人! ご無事か!」


 小屋のドアを吹っ飛ばすかの勢いで、突入してくる騎士団長のバルザックと部下の騎士達。


「閣下……?」


 呆然とするバルザックと騎士達。


 ふわふわとしているレイラは突入者を見て、首を傾げていた。


「お邪魔しました」


 バルザックは何かを察したような顔をして退室しようとした。


 レイラが覆いかぶさっているこの状況……あいつは妙な勘違いをしたらしい。


「待てバルザック……違うぞ」


 俺は言外にやましいことをしていないと伝えた。呼びかけられて立ち止まったバルザックは不敵な笑みを浮かべる。


「ええ、分かっていますとも、そうだな皆!」


「はい!」


「もちろんです」


 違う、絶対に分かってない! こ、こいつら。したり顔を見せやがって、このことは黙っておきます、みたいな感じ出しやがって。


「おい、レイラ目を覚ませ。お前から誤解を解くんだ!」


「いたーい、引っ張らないでー」


 未だに夢心地な少女の両頬を軽く引っ張った。


 そのあと、事態を把握したレイラは大慌てで何もしていないこと、床で寝る俺を不順に思い同衾させたことを説明した。あのときのレイラの狼狽っぷりは目に焼き付いている。顔がリンゴのように赤く、喋り続けている間は何度も言葉を噛んでいて、ああいう彼女の姿も悪くない。

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