第二五話 二人の夜①
(レイラ視点)
狩猟小屋にて。
暖炉の前にチェアを二つ置いて、ルオと並んで座った。チラッとルオの様子を窺う。彼は髪の毛を乾かすためにタオルを頭に被っていた。
行方知らずになった私を探すために彼はびしょ濡れだった。彼だけじゃない、館の人達もきっと雨に濡れただろう。それに気掛かりなことが一つあった。
「ねぇルオ、聞いていい?」
「ああ」
生返事をするルオは被っているタオルを取っ払って腕を組み、火が煌めく暖炉の中を見る。
「私がいなくなったあと、アメリアはどうしてたのかなって思って……アメリアが私に目を離したせいとか言われて、とばっちり受けてそうで……」
アメリアを気の毒に思い、言い淀んでしまった。
「普通に考えれば、主人を見失った侍女は解雇されるだろうな」
「えっ! そんな!」
ルオに思わず体を向ける。そんな私をルオは首だけを動かして見てきた。
「私が悪いの、アメリアは何も悪くないから」
「解雇したとは言ってないだろ、今のは一例を言っただけだ」
「なんだ、良かったぁ」
ホッと一息を吐いた。
「アメリアは酷く取り乱していたぞ。俺の自室に入ると、スライディング気味に頭を床に突っ伏して、謝りながらレイラの状況を語ってくれた」
うわぁ……私がアメリアに頭を下げたいよ。
「泣いているうえに気が動転していて、右往左往していた。誰かのおかげでな」
うぐっ!
ルオの最後の一言で精神的ダメージを負った。
「あんまり私を虐めないでくれるかな」
「くっくっ……」
なんか不気味に笑いだした。性格悪いなー、人のこと言えないけど。
「だがレイラがいなくなったことで良いこともあった」
「なにそれ」
私は目を細めて、ルオを睨む。すると、ルオは首を横に振る。
「先に言っておくがお前がいない方がいいという意味ではない」
そうだとしたら、私、本気で泣いちゃうよ。
「俺がこの小屋に入って来たときの的確な判断力は見事だったと言わざる得ない。明かりを消し、相手の虚をついたところに間髪入れずに刃物を突きつけようとするのはさすがだ。感嘆に値する。それに刃物を俺に摑まれたときに手を引いたときの決断力も素晴らしい」
そう言ってルオは独りでに拍手していた。
変な人だ。それに――
「――――びっくりするぐらい嬉しくないんだけど」
思ったことを素直に伝えた。
「喜ぶと思ったが」
私をどんな目で見てるんだ。確かに剣を振るのは楽しいし、ムカつくやつを片っ端から倒すのも楽しそうだけど。
「短い付き合いだけど、ルオは戦いが好きな気狂いで、強さを誇示したいっていう顕示欲の塊ってのは分かるよ」
「相変わらず思ったことを率直に言いやがるな」
「でも、私は違うから」
私は一呼吸置いて喋る。
「理不尽を強いてくる人を、理不尽な世の中を――――」
心が闇に染まっていくのを感じ、過去の境遇が頭の中でフラッシュバックした。
「――――私の力で捻じ曲げてみたいから強くなりた……あっ」
ここで私はしまったという顔をする。
「って言うのは冗談でーす」
てへっ、と私は自分の頭を小突いて前言撤回した。
「いまさら取り繕っても遅いぞ」
冷淡な口調で一蹴された。
「うぐ……」
言い返すこともできないので口を噤む。
「だが、レイラが腹に抱えてあるものは把握しているさ。復讐からくる嗜虐欲、支配欲、それらを満たしたときの愉悦という甘い毒に酔いしれていることをな」
「それは言い過ぎ! そこまでおぞましいかな? 気狂いとか顕示欲の塊とか言われたこと根に持っているの? それだったらごめんね、カウンターはやめてね」
思わず早口で捲し立てた。
嗜虐とか支配とか、そこまで深く考えてないし。そりゃ、嫌な目に合ったから、やり返したいけど、それは誰でもいいわけではなくて、ちゃんと嫌な目に合わせやがった本人に仕返しをしたいし、世の中を捻じ曲げたいとか言ったのは、支配したいわけじゃなくて、いい方向に変えていきたいなって意味だから。
「そもそも私はそのお……武術に励めば……ルオの力になれるっていうかあ、話せることが増えるから最近、頑張ってるところはあるし……」
私は奥底に抱えている黒い感情とは違う感情を引き出す。しおらしく、両手の人差し指同士を当てて手遊びをしてしまった。
ルオは顔を私とは反対の方向に向けつつ、足を組む。僅かに口元が緩んでたのが見えた気もした。
「せいぜい必死に俺に付いてくるんだな」
いつも通り偉そうだ。
「朝だろうが、夜だろうが……いつでも試合相手になってやる」
急に小声になるルオ。でも、その言葉ははっきりと耳に届いた。
「うん、お願いね!」
私は元気よく答える。
こんな物騒な婚約関係があっていいのだろうか。
でも、私とルオは、きっと、こうやって距離を縮めていくんだ。
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