第二四話 全速力で捜索

(ルオ視点)


 俺は革鞄を付けた愛馬を走らせる。すると、並走している騎士団団長バルザックが声を掛けてくる。


「閣下、わしらが夫人を探してきます。待機してくだされ、あり得ない話ですが森で野獣や野党に遭遇したら危険です」


「人数は多い方がいい。それに俺が誰かに不覚を取るとでも思っているのか?」


 鋭い眼光でバルザックを睨みつける。


「焦っておられますな。取り乱すと閣下と言えども足をすくわれますぞ」


 バルザックは顎に蓄えている白髭を撫でる。


「取り乱すわけないだろ。いくぞフィルド!」


 愛馬の名を呼び、全力疾走させる。


「いや、閣下、取り乱してんじゃん……」


 背後からバルザックの声が聞こえたが気にしないようにした。いつものことだ、たまにあいつは変な茶々を入れてくる。実力もさることながら、人柄が大らかで人望もある。だからこそ三〇歳から二〇年間、団長として君臨し続ているのだろう。


「帰れなくなるほど、馬を走らせたってことは……レイラのやつ、相当、森の奥深くまで入っていったな」


 俺は一旦、馬を止めて、レイラの行き先を予想する。


 この森は館から離れれば離れるほど木々が生い茂って方角が分からなくなる。比較的、館側に近い方では木々の間の距離も広く、道を沿うように植林されているせいもあって行き来しやすいが、奥に行けば行くほど手入れされていないところが目立つ。


 さらに森の奥の方は狩猟場となっており、野生動物もいる。また、池もあって釣りができるようになっている。いわゆる娯楽のための場所だ。


 狩猟場に入ると道は途絶えるはずだ。迷子になった自覚があるのなら、レイラは道なき道を進むはずがない。ならば、どれだけ遠くても狩猟場の手前にいるはず。


 ポツリ、ポツリ、と降ってきた雨が俺の頬を伝う、それは勢いを増して強雨となる。


「チッ」


 舌打ちをする。レイラを雨に濡らせて風邪を引かせるわけにはいかない。


 一時間後。


 狩猟場の手前には幾つか小屋が点在している。手当たり次第に小屋を見て回ることにした結果、最後に寄ると決めた小屋の窓から明かりが漏れていることに気付いた。


 俺は馬を小屋に隣接してある厩舎に止める。厩舎にはレイラが乗っている馬がいたので、彼女がここにいることを確信する。


「元気そうでなによりだ」


 俺はレイラの馬に声をかけたあと、体からポタリポタリと雨の雫を垂らしながら小屋の前へと移動し、力強くドアを叩く。


 …………しかし、ドアは開かない。


 人の気配はする。そして、よからぬ雰囲気が扉越しに伝わってきてる。殺気を放たれているな……十中八九レイラだろうが万が一の可能性もある。


 ほんの少し力を入れて思いっきりドアを押す。


 バキッ――俺の力に耐えきれず内鍵が壊れる音がした。そのまま、勢いよく扉を開ける。


 その瞬間、小屋の明かりが消え、俺の顔目掛けて短剣が迫る。勢いがある剣筋だがそれは見せかけだ、恐らく寸止めをし、俺の首に突きつけるつもりだ。つまり、目的は牽制か脅し。


 俺は口角を吊り上げて少し付き合うことにした。


「なっ!」


 短剣を二本指で掴んで止めると、驚嘆する声が聞こえる。声の主は短剣を手放し、後ろへと跳び、傍にある家具を投げつけようとする。


 俺は跳躍し、逆さ向きで小屋の天井を蹴る。そして――


「きゃっ!」


 ――俺は天井を蹴った勢いで、そのまま下にいる相手に向かって飛び、床に押し倒す。相手は短い悲鳴を出していた


「中々いい判断だったが、戦う相手は見極めた方がいいな」


 俺に襲いかかった相手――膝に挟まれて倒れているレイラに忠告する。


「うぅ、わ、私には結婚を誓い合った人がいるの! 屈しないから!」


 レイラは目を瞑りながら両手を何度も突き出して俺をどかそうとしていた。


 にしてもこいつは何を言ってるんだ。


「おい、変なこと言ってないで目を開けろ」


 俺は突き出された左腕を掴み、すかさずレイラの額を人差し指で弾く。


「痛っ……あ……」


 レイラは右手で額を押さえながら俺と目を合わせる。


「ルオ~」


 涙目を見せてくるレイラは俺に向かって手を伸ばしていた。その間、レイラの顔に俺の体を濡らしている雨の雫が滴り、レイラは冷たい、と言って片目を閉じる。


 俺は立ち上がりながらレイラの腕を引っ張る。


 立ち上がったレイラは目を擦っていた。


「ルオ、ごめんね。雨が降ってる中、探し回らせて」


「むしろ、いい運動になった。ちょうど雨の中を走りたいと思ってたんだ」


 気丈に振る舞うと、しばしの静寂が訪れる。


「…………いや、それはいくらなんでも強がりすぎだから、ほんとごめんね」


 気を遣わせてしまった。


「お腹空いただろ、座ってろ」


「食べ物持ってきたの?」


「ああ、どこぞの誰かが行方をくらましたからな、夕食を食べる余裕がなかった」


「う……返す言葉もない」


 しょんぼりと項垂れるレイラを尻目に俺は厩舎に行き、馬に括り付けた革鞄を開ける。中には果物が入った瓶詰めと布に包んだカトラリーが入ってる。


 革鞄ごと食べ物を持って、小屋に入る。道中で空を見上げると雨がかなり弱まっていることが分かった。


 それから俺は小屋のテーブルにカトラリーと瓶詰めを置き、魔眼の力で暖炉に火を点けたあと、体を軽く拭く。火の勢いが増すのを待っている間、外に出て適当に木の枝を集めて狼煙を起こす。これは館の連中に俺達の無事を知らせるためのものだ。


 狼煙が十分に巻き上がったのを確認して、俺はようやく小屋のチェアに座って食事を摂った。


「このリンゴ美味しい」


 レイラは一切れのリンゴを食べる。


「レッド家が抱えている果樹園が作ったものだからな、品質にはこだわっている。食卓に出る農作物も基本的にレッド家の土地から採れている」


「それが資金源ってわけね」


「収入の大部分は地代だがな。貴族というのは大小関わらず、広大な領地経営に縋っているところがある」


「なんか難しそ」


 あっけらかんとしているレイラはリンゴを口に運んで美味しそうに頬張る。


 一早く、食事を終わらせた俺はパチパチと音を鳴らす暖炉の前に立った。


「にゃ、なにしてるの⁉」


 背後からレイラの慌てた声が聞こえた。


「服が濡れているからな、脱いでる」


「そういうのは先に言ってよ」


 ある程度体が乾いたとはいえ、服は雨を吸い取って濡れている。乾かすために俺はまず上半身を晒した。


「うわ、ムキムキ……」


 肩越しにレイラを見ると目を両手で覆っている――かと思えば、指の間から俺を見ていた。


「なに見てんだ」


「見てないし」


 耳を赤くしたレイラは背を向ける。


「レイラって、たまに言ってることとやってることが違うよな」


「はい……?」


 レイラは困惑した声を出したあと、再び喋る。


「ルオも似たようなもんでしょ……」


 尻すぼみに喋るレイラの言ってることはあまりにも不明瞭だ。俺も言ってることとやってることが違うらしい。レッド公爵家当主一〇代目の俺がそんな行動を取るはずがない……と、自分に言い聞かせてみたものの違和感を覚えてしまった。


 記憶を辿ると気恥ずかしくなりそうだからやめよう。


 この小屋には泊まるための用意が棚の中に入ってあるので、常備されてある質素な服に着替える。


 レイラも着替えたいらしいので俺は背を向けて、彼女が着替え終わるのを待つ。


「今日はここに泊るの?」


「ああ、雨はまだ降ってるし、狼煙を上げて小屋の近くにいることも知らせてある。わざわざ夜道を無理して移動する必要はない」


「へ、へぇー。ベッド一つしかないけど」


 上擦った声を出すレイラ。男の傍で着替えてるから緊張しているのか?


「棚の中に寝袋がある。俺はそれで寝る」

 

 それからレイラが着替え終わると、お互い、まだ眠くないので暖炉の前に座った。

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