第二三話 熱心に馬術の習得②

 馬術を習うにあたって個人的に重要だと思ったのはバランス感覚だ。馬を少しでも早く走らせると、上下に大きく体が揺れ動いてしまう。そのため、馬と一体化したつもりでバランスを取らなければならなかった。


 時間はかかったけど、早足ならば自由自在に馬を操れるようになった。馬に乗れるようになったおかげで、行動範囲が広がったので館周辺にある施設も把握できるようになったりもした。また、館の後方には広大な森が広がっていて、そこも敷地のほんの一部だということにも驚いた。


「レイラ様、あまり遠くに行かないでください。私、馬に乗れないので……」


「大丈夫、大丈夫」


 館裏にある庭で馬に乗った私は、隣にいるアメリアを安心させる。それでも、彼女は不安な面持ちをしたままだ。


 乗馬をするときはいつもバーバラに見てもらってるけど、私が乗馬に慣れてきたのと、今日はレッド公爵領にいる騎士一同が訓練場で集結する日でもあるのでアメリアを傍に置いている。


 私は庭を駆け抜ける。頬と髪を撫でる風が心地よく、ルオが言っていた解放感が得られるという意味が良く分かった。


「はぁ、はぁ!」


 遠くからアメリアの激しい息遣いが聞こえる。


「待って、待ってください……いきなり遠くに行きすぎです」


 走ってきたアメリアは両手を膝につけて項垂れる。


「あはは……ごめんね。でも今の私なら、すぐに館に戻れるから大丈夫だよ」


 私はアメリアを置いて、再び駆け出す。


 移り変わりゆく景色を見るのが楽しい。


「コルク、行くよ」


 馬の名を呼んで、足で合図を送って加速させる。このとき、手綱を引っ張ったり、バランスを崩せば、馬の走りを邪魔をするのでリラックスすることを心掛けた。


 森に入ると、木々が鬱蒼と生い茂っていた。元気良く育っている木々から、もうすぐ夏の季節がやってくるのが感じられた。


 ――時間がどれくらい経ったか分からなくなった頃。


 さてと、そろそろ戻ろう。


「………………」


 馬を止めて当たりを見渡す。果てしなく広がる樹林が方角を狂わす。


 ここはどこですか。


 馬から降りて頭を抱えてしゃがむ。


「あああああああ! しまったああああ! 迷子になっちゃった!」


 私の咆哮と共に馬がヒヒーンと鳴いた。


「ああ……私のせいでアメリアが怒られてるかも。監督不行き届きみたいな理由で……」


 馬に乗ることをやめて手綱を持って歩く。


「コルクごめんね。調子に乗っちゃったよ」


 馬の首を撫でる。すると、コルクは私の手に頭を擦りつける。


「慰めてくれるの? ありがとう」


 しばらく歩いていると、日が落ちていくのが分かった。


 本格的にまずい。暗いと夜道を歩くのもままならない、明かりを灯すための道具もない。


 鬱屈とした気分で歩いていると前方に煙突付きの掘っ立て小屋があるのが見えた。小屋に近づくと、厩舎と連なって並んでいることが分かった。私はコルクを厩舎で休ませて、小屋の中に入ることにした。


「誰もいなさそう」


 小屋の中を窓から覗くと真っ暗だ。ただ、厩舎が綺麗だったので定期的に手入れされていると思う。


 ――ポツリ。


 小屋のドアノブに触れた手に一滴の液体が落ちた。


 顔を見上げると雨が降り始めていたのが分かった。良いタイミングで小屋を見つけたことに安堵していると。


「うわっ!」


 ザーザーと強い雨が降り出した。急いで小屋の中に入ることにした。内鍵だったのでしっかりとカギをしめる。


 最悪だよ。でも、この程度のことを最悪って思えるぐらい、今の私は幸せな生活を送れてるってことかな。雨に打たれながらゴミを漁ってた頃なんて生きるのに必死で濡れるのが嫌だとも思わなかったよ。


 心境の変化を感じつつ、小屋の中へと入った。


 やはり、室内は綺麗に手入れされてそうだった。シンプルな内装で、ベッド、棚、テーブル、二脚のチェア、そして暖炉があった。また、テーブルの上にはランプ型の魔道具が置いてあって、火を点けなくても明かりを灯すこともできた。


 とりあえず、ベッドに座って雨が過ぎ去るのを待つことにした。


 皆、今頃、私を探しているに違いない。申し訳ないことをしちゃった。馬に乗って風そのものように駆け抜けていきたいとか、意味の分からないこと考えてたら……やらかした。


 探してなかったらどうしよう。一人で迷子になるようなやつは公爵家にいらん! とか。


 そんなことあるはずないのにネガティブな考えをしてしまう。


 私は自分の頬を叩く。


「よし」


 気を取り直してレイラ。とりあえず、今はここで過ごそう。念のために軍衣の下に仕込んだダガーを取り出す。武器の仕込み方もルオから教えてもらった。ダガーは鞘の中に入っていて、軍衣の下にはダガーの鍔を引っかけれる紐がある。

 

 とりあえず、護身用にダガーは枕元に置こうと思ったそのとき。


 ドンドンッ! 小屋のドアが外から乱暴に叩きつけられた。私はルオや騎士達との訓練を思い出し、即座にダガーを鞘から抜き、奇襲ができるようにドアの横に立った。

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