第二〇話 二人の天才

 私はルオにダガーとスモールソードを扱えるようになりたいと言うと、基本的な立ち回りを覚えるためにレイピアの模造品を持つように言われた。


 バーバラさんにレイピアの模造品を取って来てもらっている間に、先程、ルオと手合わせをしていた茶髪センター分けの騎士が戻ってきた。飄々とした彼はリオンという名でバーバラさんと同期とのこと。また、二五歳にして騎士団の副団長らしい。


 レイピアの模造品を持った私は同じ得物を持っているルオと対峙した。壁際にはリオンさんとバーバラさんがいて、私達を見守っていた。


「まずは好きに打ってこい、遠慮せず顔を狙ってもいいぞ」


 ルオは中腰でレイピアを突き出すような形で構えた。


「痛いのはやめてね」


「レイラ相手に本気で武器を振るうわけないだろ」


 強めの口調だけど彼からは優しさを感じた。


 とりあえず、私は見様見真似でルオの構えを真似する。


「その構えは、トランク帝国流といって伝統ある剣術の構えだ」


 私はへぇーと得心するが、攻撃の仕方が全く分からない。ただ、ルオは好きに打ってこいと言ったのでその言葉に従うことにした。


「やっ!」


 私はルオに向かって武器を突き立てて、突進する。しかし、ルオは首を横に反らして武器を避ける。


「この構えは見た目通り、刺突にすぐれている。レイラの判断は正しいが攻撃が単調だな」


 ルオは喋りながら足を一歩踏み出して、私の目の先に武器の切っ先を向ける。


「うわっ、怖っ!」


 私は身を縮こまらせると、ルオはレイピアを肩に担ぐ。


「今のを踏まえてもう一度やるぞ」


「う、うん!」


 きっと間合いが大事なんだ。今度は無暗に突進しないでルオの剣が当たるか当たらないかの距離を保ちつつ、攻撃するんだ。


「ほう……飲み込みが早いな」


 私の立ち回りを見てルオが感心していた。また、リオンさんとバーバラさんも感嘆の声を上げていた。


 それから、ルオの距離を把握してレイピアを打ち込む、タイミングはいいはずなのに簡単に攻撃を捌かれる。よく見るとルオは中腰の構えから半身の構えに移行していた。


 なるほど……状況に応じて構えを変えるんだね。


 それから、私はルオの技を模倣していった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


(ルオ視点)


 ――――天才。俺はレイラをそう判断せざる得なかった。

 

 俺は刺突を捌くのに向いている半身の構え――トランク王国流の構えに移行したが、レイラはすぐに俺の構えを模倣していた。


 俺が突きを繰り出すとなんとか横に攻撃を受け流していた。もちろん全力は出していない、レイラのパワーとスピードに合わせているが、それにしたって飲み込みが早すぎる。


「今の構えはトランク王国流といってだな、トランク帝国流の後にできた流派だ」


「ふーん、突きに強い構えだとは思ったんだ。だってトランク帝国流は点で攻撃するのに対して、トランク王国流は線で動いているからね」


 レイラはレイピアを持っている方の手首をくるくると回しながら、的確なことを言う。


 俺は思わず目を見開いてしまった。


「そこまでは把握しているとはな、さすがレイラだな」


 そう言うと、彼女は口元をむにむにと動かしたあと口を開く。


「なによ、珍しく褒めてくるね」


「照れているのか」


「違うし」


 否定はしているがどこか嬉しそうに見えなくもない。


 レイラの力に合わせてレイピアを打ち合う。彼女は動きどころか剣筋すら良くなってきている。


「ほんと俺をどこまでも――」


 ――揺さぶってきやがるな。


 しばらくレイラに稽古をつけていたが、体力がない彼女は息絶え絶えになっていた。


「終わりにするか」


「はぁはぁ……うぅ、一本も取れなかった」


「取れるわけないだろ」


 悔し気なレイラを尻目に俺はリオンとバーバラのところに寄る。


「閣下……レイラ様は武術の心得があるんですか?」


 リオンは神妙な顔で尋ねてきた。


「いやない、あるはずがない。全くのド素人だ」


 俺はハッキリと事実を伝えるとバーバラは口元に手を当てて考え込む。


「まるでルオ様ですね……」


 彼女は床に尻餅をついているレイラを見てぼそりと呟く。


 リオンとバーバラは過去の俺を彷彿したんだろう。


 初めて、剣を持って騎士に師事を受けた日、俺はその日のうちに騎士を負かした。それから、より強い剣士を呼び寄せて師事を受けたが、一日のうちに俺が剣士を打ち負かすほど強くなってしまうので、屈強な剣士たちは涙目で帰ってしまった。


 それから俺は一人で鍛錬することが多くなった。いくら権力を持ったとしても圧倒的な武力で命を奪われてしまえば元も子もない。それに公爵である俺自身が強ければ、争いや暗殺に対しての抑止力にもなる。


 また、腕が立つおかげで公爵が授与されるまでは、公子として様々な事件を解決して貴族としての責務も果たすことができた。都市カラドロッグでストロング元男爵を捕らえたのも貴族としての責務を果たすためだ。


 まあ……鍛錬をしているのは、事務仕事の気晴らしのためという理由もあるが。


「楽しそうですねぇ」


 リオンに指摘されて、俺は口角が吊り上がっていることを自覚する。


「……レイラが俺の剣技を追い抜いたら面白いと思わないか?」


 俺の言葉にリオンとバーバラが顔を見合わせる。


 バーバラが口を開く。


「正直、考えにくいですね。あり得るのでしょうか……それに面白いとはどいういうことでしょうか?」


 バーバラは直情的な騎士だ。取り繕わず、素直に思ったことを聞いてくれるので話がしやすい。少々、気真面目過ぎる面があるが。


「俺がレイラに追い抜かれたら、きっとすぐに追いつこうとするだろう。いや……俺なら一日足らずで追いつく。そしたらレイラは俺を追い抜こうとするかもしれない」


「つまりお互い無限に強くなれるってことですね!」


 リオンは俺が言いたいことを要約してくれた。


「まっ、机上の空論だがな」


 俺は二人から離れて、レイラの下に戻る。


「私もう疲れたー。うへぇ……」


 怠そうにしているレイラは舌をべーっと出す。


「安心しろ。今日は訓練を体験したいと聞いてたからな、体を動かすのはもう終わりだ。その代わり俺の話に付き合え」


 レイラは話って何? と疑問符を浮かべてた。


「身を守るために剣術を身に着けるのもいいが、生まれ持った魔眼を使いこなさない手はないだろう。だから魔眼の使い方を教えてやる、今日は俺が言ったことを覚えてればいい」


 俺は横に構えたレイピアに炎を纏わせた。 


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 幾度か見たルオの魔眼の力。私は足を抱えて座り、ルオが炎を纏わせたレイピアを見つめる。


「今まで意識しなかったかもしれないが、魔眼はなにも現象を顕現させるだけではない」


 そう言うと、レイピアの炎は消えていった。


「こういう風に点けた火を消すこともできる。レイラの場合は生み出した氷を消せるってことだ」


「そっか、そうじゃないとルオの火がずっと点いたままだもんね」


 正直、今まで氷を消すという発想がなかった自分に呆れてしまった。


「しかしだ……魔眼だからって何も対象を見る必要はない。慣れればこんな芸当もできる」


 ルオはレイピアを持った腕を横に伸ばす。どうやらレイピアを視界に入らないようにしたみたいだ。


 すると、ルオがレイピアを直視しているわけでもないに、レイピアは独りでに炎を纏う。


「どうやったの?」


「こればっかりは鍛錬するしかない。俺達の体に流れている魔力を通して魔眼の力を使ったんだ、そうすれば直視せずとも周囲に魔眼の影響を与えることができる」


 それからルオは半身で構える。


「魔眼と魔力を応用した技を見せてやろう。魔力は触れた物体にも通すことができる。だから今から魔力をレイピアに通して、剣を振った瞬間に魔眼の力を使う!」


 ルオは喋り終わると同時に、レイピアを上から下へと振るう。その瞬間、炎の斬撃がレイピアから飛び出して壁へと衝突した。


「おお~」


 私は拍手をした。あれができたら絶対、かっこいいと思った。それに、剣を振るって氷の斬撃が出せるなんて華麗じゃない? なんて思ったりもした。


「私もやりたい」


 ルオをレイピア担いで、背中を見せる。


「精進することだな」


 彼は去って行った。なによ、かっこつけちゃって、でも凄く勉強になった。


 それから、リオンさんに別れを告げて、バーバラさんに訓練場を隈なく案内してもらって一日を終えた。

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