第一七話 訓練場の様子

 館という名の城に来てからしばらく経つ。


 館の人達と交流を重ねて侍女のアメリアさんを気軽に呼び捨てにできるようになったり、前公爵のジュードさんをお義父様と呼んでみたら、ジュードさんは別に無理して父親と思わなくていいと言っていたけど、いつものようにルオと一緒に執務室に聞き耳を立てていたら、娘ができたと言ってハミルトンさんに喜びの感情を露わにしていた。


 服の下の傷はほんとんど治りかけて、肉付きも良くなって、未だかつてない健康体になった私は館の外にある施設や設備を見学することになった。


 まずは館の東側にある訓練場を見に行くことに。


「ここがレッド公爵家が創設した騎士団、ウィリアム騎士団の訓練場となっています」


 アメリアさんは訓練場の前まで私を案内してくれた。


 青空が見える開けた場所であり、地面には芝生が生えていた。所々、石畳の床が敷き詰められていたり、砂場があって、色んな環境で騎士たちが剣、槍、弓の訓練をしたり、走り込みや重い物を持ち上げたりする筋力トレーニングをしていた。また奥の方に幾つか建物が見えた。


「また、奥の建物は騎士たちの宿舎や武器庫、そして室内訓練場となっております」


 私の視線の先に気付いたのか、アメリアさんは建物について説明してくれた。


 でも、まだ聞きたいことがあった。


「なんでレッド家の騎士団の名前がウィリアムなの? てっきりレッド騎士団みたいな名前かと思ったんだけど」


「初代皇帝の名前――ウィリアム・トランクが由来なんですよ」


「皇帝?」


 この国ってトランク王国だから初代国王って呼び方が正しいんじゃないのかな?


 ん~? と唸っている私を見兼ねたアメリアさんは口を開く。


「トランク王国の前身がトランク帝国なんですよ。そのときの初代皇帝の名前ですね」


「へぇ~私、あんまり歴史知らないんだ。ここに来る前は、ご飯食べること以外にやることがないから、娼館街やスラム街でゴミを漁って本読んでたんだ。妙な知識だけはたくさんあるけど、歴史書は見かけたことがなかったからね」


 過去の記憶を呼び覚ましながら視線を宙に漂わせているとアメリアが急に両手で手を握ってきた。


「おいたわしやレイラ様……ぐすっ」


 アメリアの目は潤っていた。過去の出来事を話すといつもこうだ。同情のあまり彼女は涙を流し、私を慰めようとする。


「だ、大丈夫だよ。今は元気だし、だからアメリアも元気出して、ねっ」


 何故か私がアメリアを励ましていた。


「すみません。取り乱しました」


「いつものことだからいいよ」


「うっ……面目ありません」


 バツの悪そうな顔をするアメリア。


「では、ここからは騎士が案内しますので私は一旦、他の業務に移ります」


「忙しいんだね」


「そういうわけではなくて、私がほとんど訓練場に足を踏み入れたことがないだけなんですよ」


 なるほどね、と答えると軍服を着た一人の女騎士がやってきた。彼女は私の前で跪く。


「騎士のバーバラと申します。本日はレイラ様を訓練場で案内する大役を担わせていただきます」


 首を垂れ、慇懃な態度をとるバーバラさん。


 黒色ショートの髪で切れ長の目が特徴的だった。


「バーバラさんよろしくお願いします」


「では、着いてきてください。なにがあってもレイラ様をお守りします」


 大袈裟だなと、思いつつアメリアと別れてバーバラさんと一緒に訓練場を回る。


 芝生上で騎士の集団が実戦形式の訓練をしているところに寄ると一人の騎士が手を止めて私の方を見る。


「おお、レイラ様だ」


 その一言がきっかけで人が、わらわらと集まり出した。


「可憐ですな」


「今日のお洋服も素敵ですね」


 大勢の人が褒めてくれるもんだから、つい照れて頬を指で搔いてしまった。


「こら、お前たち、不用意に近づくな」


 騎士たちをバーバラはしっしっと手で追い払う。


「きゃー! レイラ様よ」


「可愛いー」


 しかし、人だかりに気付いた女性騎士の集団もやって来て、黄色い声を送ってくれる。


 褒められすぎて自分でも顔が赤くなっているのが分かる。


「ルオ様が先に告白したんですか?」


 さらに女性騎士の集団は恋話を始めようとする。


「おい、誰かルオ様呼んで来いよ、嫁が来てるってな」


「ふははっ。お前、燃やされてもしらねぇぞ」


 場を茶化そうとする男性騎士。場は騒然としていたけど、嫁と言う言葉に意識を奪われる。


「まだ嫁になってないのに、やだな、もう……」


 両頬に手を当てて、身をよじらせてしまう。ルオがいないからか、堂々と体で感情を表現していた。


 ――か、可愛いと、多くの騎士が口を揃える。さらに周囲が活気づいて盛り上がってしまった。


 場の収拾がつかなかったけど、しばらくしてからバーバラさんは強引に私と騎士を引き離すことに成功する。


「すみません。今日はしっかりと騎士の訓練風景を見せてあげたかったのですが」


「でも楽しかったですよ」


「気を遣っていますね。本当に申し訳ありません」


 気を遣って言ったつもりはなかったけど、バーバラさんは生真面目な解釈をしてしまう人なんだなと思った。


 さっきみたいに人だかりができないように遠くから騎士の訓練を見守りつつ移動することになった。決闘形式で戦っている騎士や人形相手に武器を振るっている騎士、さらには鬼ごっこを体力作りの訓練に取り入れている騎士達の姿もあった。


 訓練場の奥にある建物に近づいた頃。


「私も戦えるかな」


「おや、レイラ様も武術に興味おありで?」


「だって自分の身を守れるし、それに……」


 言葉を溜めてから言いたいことを言う。


「ムカつくやつを片っ端からぶっ倒せる」


 頭の中で私に暴力を振るってきた人達を思い浮かべた。すると、バーバラさんは口が半開きのまま固まっていたのでまずいことを言ってしまったと思った。


「ああ、違うんですこれは……いや、違わないんですけども」


 取り繕うとしたけど無理だ。しかし、バーバラさんは可笑しそうに笑っていた。


「ふふははっ」


 困惑した私はバーバラさん? と尋ねる。


「急に笑ってしまってすまない。ただ、やはりルオ様の許嫁だなと思ったのだ」


「ルオも腹が立つ相手に容赦ないイメージあるもんね」


「良くお分かりで。それに昔、ルオ様に必要以上に訓練をしている理由を尋ねたときに同じようなことを言っておられた、逆らう奴を片っ端から倒せる、とな」


「うわ、怖っ。人のこと言えないけど」


「ははっ、レイラ様はユーモアがおありですね。そういう所をルオ様が好いているのかもしれません」


 どうだろう。ルオって胸の内を明かさないから、何も分からないよ。


 そのあと、私達は歩を進めて武器庫の中に入った。

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