第一六話 幸せという感情②

 私が自己紹介をしたあと、ジュードさんは口を開く。


「そなたのことは大体ルオから聞いた。レッド家一同を代表して歓迎しよう」


 ジュードさんの言葉は上辺だけかもしれない、だって孤児で身元不明の女がいきなり自分の息子と結婚……じゃなくて婚約してるからね。心の中でどう思っているかは分からない。でも、私を本当に疎ましく思うのなら婚約に反対するはずだから……そこまで悪く思われてないのかも。


「体の具合はどうかね、長旅で疲れてないか?」


「はい、お陰様で元気です」


「ルオとアメリアがそなたの体の傷を心配していたが、痛むか」


 体の傷――暴力を受けて体中に残っている打撲痕。都市を出て数日経つからか強い痛みはない。この傷が人に知れ渡るのは嫌だけど、アメリアさんと、それにルオが心配してくれてたという事実がちょっと嬉しいかも。


「痛みはありますけど平気です」


「ルオが家の者に頼んでそなたの傷に効く、薬草を取りに行っている。その薬草で薬師が塗り薬を作るのでアメリアに塗ってもらうといい」


 私は目を大きく見開く。


 ジュードさんの表情こそ代わり映えしないが、私を気遣っていることが言葉の端々から伝わる。怖いけど、良い人だ。


 私はジュードさんに歩み寄り、オフィスデスクの前に立つ。


「ジュードさん、ありがとうございます」


 私の言葉にジュードさんは少し微笑んで見せてくれる。ルオと違って笑顔をハッキリと見せてくれる。


「礼ならルオに言うんだ」


 私はルオの下に戻り、ありがとう、と言う。


「公爵夫人になるやつが傷を負ったままだと俺の体面に関わるんでな、当然のことだ」


 相変わらずの物言い。だけど今回は様子がおかしい。顔を横に向けて、片手のひらを立てて表情を見せないようにしていた。


「なにしてんの」


 呆れたような声で尋ねると、額に手を当ててるわけじゃないのに敬礼の練習だとか抜かしていた。そんな敬礼あってたまるかと言いたくなったけどジュードさんの目の前だからいつもの調子で喋るのを思い止まった。


 少しすると、外側からドアが三回ノックされる。ジュードさんが入れと言うと、ドアが開いてやってきたのは執事のハミルトンさん、メイド長のマリアさん、そして私の侍女アメリアさんだった。


「レイラ、挨拶は済んだからいくぞ」


「うん」


 私は部屋から出るルオの後を追い、すれ違う、ハミルトンさんとマリアさんに会釈し、アメリアさんには手を振った。


 廊下に出た私は自室に戻ろうかなと思っていると、ルオと目が合う。


「なにしてんの」


 あろうことかルオは執務室の前で聞き耳を立てていた。


 似つかわしくないことをやっているルオは私に向かって手招きをしていた。


「私が言うのもなんだけど、お行儀悪いよ」


「このタイミングで父上がレイラの侍女と使用人のトップツーが居合わせるというこはだ……十中八九、俺とレイラについて話し合いをするに違いない、気になるだろ」


「気になるけど、そんなコソ泥みたいな真似したくないよ」


「……言ってることとやってることが違うが」


 私はルオと同じように聞き耳を立てていた。体が勝手に動いてしまっていた。


 これで悪口言われてたらどうしよう。優しくしてもらったぶん立ち直れなくなりそう。


「不安がるな、父上の性格を考えたら悪いことは言われないと思う」


「やっぱり、ああ見えて凄く優しい人なの?」


「どうだろうな、敵には容赦ないことは知っているが。なんせ俺が生まれる前、海を越えて他国が攻めてきたとき、一日で戦争を終わらせた父上は虐殺の黒獅子と呼ばれていたらしからな」


 虐殺!? 黒獅子!? 不安でしかないんですけど。


 私は恐る恐る神経を耳に集中させて室内の会話を聞く。


「窓に反射して映っている二人を見て驚いちゃったよ」


 ジュードさんの声が聞こえる。というか驚いちゃったって何? 口調どうした?


「いつも他人に冷たいルオが女の子と耳を引っ張り合ってたんだよ。あのときの二人を絵画にしたい」


 ――――ジュードさん⁉⁉


「さすがルオの選んだ子だ。ぺっぴんさんだ」


 私のこと!? 恥ずかしいんだけど。というか――――親バカ。


 ハミルトンさんとマリアさんの愛想笑いが聞こえるし、居心地悪そうにしているアメリアさんが容易に想像が付く。


「予想通りだ。大したことは言ってない」


 ルオを聞き耳を立てるのをやめていた。彼は夕食を食べに行くぞと誘ってくれたので元気よくルオの背中を追った。


 何はともあれ館の人達に受け入れてもらえて心が温かくなるのを感じていた。これが幸せっていう感情なのかもしれない。

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