第一一話 公爵領へ

(ルオ視点)


 今、俺達はレッド公爵領に向かった馬車に揺られている。レイラとアメリアは後ろを走っている馬車に乗せている。女性同士一緒の方がいいだろうと思ったので便宜を図った。俺がここまで気を使うとはな、どうも俺はあいつに甘いらしい。


 こめかみを押さえて、頭の中でチラつく銀髪の少女を振り払う。


「ルオ様、お疲れですか?」


 ハミルトンは俺の様子を窺ってくれる。


「少しな。ハミルトンは明日は後ろの馬車に移動してくれ」


「かしこまりました」


 理由も聞かずハミルトンを俺の指示に従ってくれる。


 俺が言わんとしていることが分かったのだろう。


 今までは見晴らしの良い場所を移動していたが、明日からはレッド公爵領に入るまで森林の中を通る。


 整備された街道を通るので一定距離ごとに王国や貴族に雇われた衛兵が滞在しているが視界が森で遮られる以上、何があるか分からない。野獣、野盗、衛兵の裏切りも考えられる。あらゆる可能性を考えて対処しなければらない。そのため、戦闘能力のあるハミルトンをレイラとアメリアのいる場所に向かわせることにした。


 街道沿いの宿に着く頃にすっかり日が落ちて暗くなっていた。事前に衛兵からの伝達で事情を知っていた宿屋の亭主は快く俺達を向かえ入れていた。亭主は粗相がないようにかなり怯えていたが、いつものことだ。敵対者は徹底的に潰す、それがレッド家だ。その話が伝播し、平民のみならず下級貴族の人達ですら俺達を畏怖している。


 珍しく寝付けない俺は宿屋から出て夜風に当たる。そこには髪の毛を解いたレイラがいた。


「よお」


 声をかけて隣に立つと、レイラは俺を素早く一瞥する。


 なんだ今の動きは、何をそんなに動揺している。


「こ、こんばんわ」


 声が上擦っているな。


「大丈夫か? 挙動不審だが」


「そりゃ……いきなり婚約とか……将来は結婚することに……」


 小声でぶつぶつと喋ってて聞き取れない。


「ここまで遠出したことがないから億劫になるのは分かるが、深夜は衛兵が見張りをしている。それに俺やハミルトンがいるから野盗や魔獣のことを気にしなくていいぞ」


「いや、そうことじゃないんだけど」


 じゃあどういうことだ?


 レイラは意味ありげに口を尖らせていた。


 しばらく彼女の横顔を見つめる、俺の視線を感じているのか分からないが髪を掻き上げて耳にかけていた。あどけない顔なのに妙な艶やかさがあった。


「見すぎ……」


「別の見てないが」


 目を細めるレイラに対して、俺はつい虚勢を張ってしまった。


「それは嘘!」


 その通りだと思って俺は鼻でふっと笑う。


「何笑ってるの、変なの、ふふっ」


 レイラは俺につられて笑っていた。こんなに愉快な奴は初めてだ。


「そろそろ眠たいから寝るね」


「ああ」


 空返事をすると、宿に戻ろうとしたレイラが俺の方を見る。


「また、明日話そ」


「ああ」


「……私の声聞こえてる?」


 空返事が気に入らないらしいな。このやり取りに何の意味があるんだ……しかし、何故か返事をしてやりたいと思った。


「レイラ、また明日な……おやすみ」


「うん! おやすみ!」


 レイラは笑顔を見せて宿屋に戻っていった。あの顔が見れるなら、寝る前の挨拶も悪くないな。


 俺は周囲を探索し、敵の影がないことを確認したあと就寝した。


 朝を迎えると朝食を摂り、馬車へと乗り込み、移動する。昼頃には森林の中へと入り、馬車の中から生い茂った森林が見えた。一応、街道を通っているから日の光が遮られることはない。


 馬車の中には俺以外に人はいない。皆、後ろを走っている馬車の中にいる。


 仮眠でも取るか――


「――チッ」


 俺は悲鳴を上げる御者の声で仮眠を中断し舌打ちをした。


 馬車の外へと飛び出す。馬車は止まっていた、前方の道を塞ぐ魔獣によって。


「ルオ様」


 ハミルトンが後ろの馬車から降りてくる、レイラとアメリアもついでに降りてきていた。


「お前らは下がってろ、馬車にいて体が訛ってるんだ。丁度良い運動相手だ」


 前方にいるのはイノシシを一回り大きくした二本角を持った獣——ワイルドボアが三体いた。敵意たっぷりにこちらを見ている。


「ひぃ!」


 ワイルドボアに気圧された御者は俺の背後に隠れる。


 歩を進め、俺はゆっくりとワイルドボアの前に立ちはだかる。


「ブモモッ‼」


 一体のワイルドボアが後ろ足を蹴って俺へと突進する。俺はすかさずコートの中にある短剣を引き抜き、魔眼で短剣に炎を宿らせ、突進してくるワイルドボアに真っ向から突っ込む。


 すれ違いざまに短剣を振るい、ワイルドボアを背にする。


「ブ、ブオォォ……」


 横薙ぎで体に致命傷を負ったワイルドボアは鳴きながら、横たわる。


 すかざす俺は跳躍し、もう一体のワイルドボアの脳天に短剣を突き刺し、そのワイルドボアを足場にして残ったワイルドボアの脳天をも突き刺す。


 俺は短剣に付いた血を懐から出した布で拭いながら、横たわった三体のワイルドボアを見下ろす。

 

 抜かりはない、確実に絶命している。


 短剣を鞘に納めて、皆の所へと歩く。


「ルオ様、ご苦労様です」


 ハミルトンは慇懃に礼をし、アメリアも労りの言葉をかけてくれた。


「今日は農村の宿で泊まることになっている、そこでこのワイルドボアを解体して肉を村人に振る舞え」


「かしこまりました」


「アメリア、お前もだ」


「は、はい! 分かりました」


 ハミルトンとアメリアに指示を下す。


「ルオって平民に優しくするときあるんだ……」


 レイラが失礼なことを言っていた。


 理由も無く肉を振る舞うわけじゃないからな。あながち間違った認識ではないが。


「こうでもしないと村人は俺に怯えて夜も眠れないからな。公爵として心象を良くする必要もあるしな」


「そんなことだろうとは思った」


 得心した顔をするレイラ。俺が理由も無く善行に走るわけじゃないと思ってたらしいな。


 理由もなく善行を働いたのは……レイラにご飯を上げたり、助けようとしたときぐらいだ。


 それから、馬車に戻り、今度こそ仮眠を取る。 農村までの道程は特にトラブルもなく順調だった。


 森林の中にある農村に着くと、村人は俺を視界に入れる度に頭を地面につける勢いで首を垂れる。見慣れた光景だから気にはならなかったがレイラがそんな村人を見て苦笑いをしていた。やはり、他の人から見ると異常な光景らしいな。


 ワイルドボアの解体は村の猟師が手伝ってくれたおかげで手短に終わった。振る舞われた肉には皆喜んでいた。なにより料理上手のアメリアが手持ちの香辛料で味付けしてくれたおかげで特別美味しいものになっていた。


 そして、この日の晩も俺は寝る前に外へと出た。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


(レイラ視点)


 馬車での移動は楽しかったし、アメリアさんとずっと話していたから退屈はしなかった。共通の話題がルオのことだから、ほとんど彼の話をしていた気がする。


 二日目にはハミルトンさんが同じ馬車に乗っていた。なんでもルオが私達の身を案じてハミルトンさんを警備代わりに同席させたらしい。


 アメリアさんとは気軽に話せるようになっていたけどハミルトンさんはかなり年上なこともあって、常に敬語で話していた。だけど、正式に公爵夫人になった際には使用人には敬語を使わない方がよいと言われた。立場上、一挙一動が注目されているから威厳と尊厳を保つために必要なことらしい。


 面倒だなーと思いつつ、正式に公爵夫人になるってことはルオとけ、け、結婚してるってことだから、そのときの生活を想像してしまって、こそばゆくなった。


 農村では目新しい木造の建物で泊まることになっていた。なんでもお忍びで色んな街を行き来している公爵家の人間のために造られたらしい。ここでもしみじみと公爵家の偉大さを思い知った。


 就寝する時間になると、私は外へと出た。別に寝れなかったわけじゃない。彼と会えると思ったからだ――


 ――ほら、来た。


「よお」


 昨日の夜と同じようにぶっきらぼうにルオが話しかけてくる。


「ルオって結構、夜行性だね」


「かもな」


「じゃあ、いつも夜更かししているんだ」


「別にそういうわけじゃないが……」


 妙に歯切れが悪い。


 もしかしたらルオも私と会えると思って外に出たのかな。それにいつも路地裏で会ってたのは偶然じゃなくて会いにきてくれてたのかな。そうだったらいいな。

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