第一二話 白亜の城①
馬車に揺られて三日目には森林地帯を抜けてレッド公爵領に入った。それからさらに一五時間後の夕刻、馬車から降りた私の眼前に映ったのは館という言葉では言い表せないほど大規模な建物。ルオ曰く、通称――白亜の城と呼ばれているらしいが、住んでいる人々は館と呼んでいるとのこと。
館にどれくらいの奥行があるか分からない。パッと見だと全貌が分からなかった。
そもそも館と私の間には浅い八つの反射プールが二個ずつ縦に並んでいて、その間を歩けるように道がある。さらにその道の真ん中には巨大な噴水がある。城に辿り着くまで徒歩五分はかかりそうだった。
目の前の光景に圧倒されながら、前を歩くルオ、アメリアさん、ハミルトンさんに着いて行く。
きょろきょろしながら歩いているとルオが歩行速度を落として私と足並みを揃える。
「レイラ、さっきも言ったが婚約したとはいえお前は平民だ。レッド公爵家の後ろ盾を得るには婚約だけでは不足、例はないが婿養子の逆、言うならば嫁養子の形でレッド家にきてもらう。そうすればお前はレイラ・レッド公女という名を得る」
「うん、分かったけど……」
それでも、他の貴族令嬢に妬まれる予感しかしない。ルオの権力や財力を狙ってる人もいるだろうし、それに強いし、顔立ちが整っているから……純粋にルオの事を好いてる人もいるかもしれない。
「浮かない顔しているな。不安だろうな」
「ほんとそれ、平民出を良く思わない人もいるだろうし」
「その点は安心しろ、レイラは魔眼という切り札を持っている」
「文句言う人がいたら凍らせろってこと? ルオの発想やばいんだけど」
ルオはそんなわけないだろと言って再び私の前を歩く。私は魔眼持ちだー! って言ったら他の貴族が恐れるってことかな?
いよいよ、館内に繋がる扉を目の前にする。
ハミルトンさんが扉を開いてくれて、ルオと共に中に入って、後ろからハミルトンさんとアメリアさんが続く。
私は思わずえっと声を漏らす。そこはまだ室内ではなく、地面に石材が敷き詰められた室外だった。
壁が四方を取り囲んでいて、正面と左右に一つずつ扉があった。
「レイラ様、正面が館のエントランスホールと繋がる扉でございます」
「は、はぁ……」
ハミルトンさんは手を扉の方向に差し伸ばして説明してくれるが呆気にとられた私はまともに返事ができなかった。
ずっと思っていたけど館というより城だし。
「右は騎士たちの訓練場、左は競馬場となっています」
アメリアさんも扉の先に何があるかを説明してくれた。騎士団の一つは抱えてあるだろうから訓練場はあると予想してたけど競馬場まであると思わなかった。賭けでもするのかな、それとも乗馬の訓練とか……いや、この場合どっちもかな。
皆の後ろを付いていき、ついに公爵家の住居に入る。最初に足を踏み入れたのは華美な装飾があちらこちらに施されたエントランスホールだった。それと、大勢の人達が私達が通れる道を空けて、待ち受けいた。
五〇人以上はいたが、それでもエントランスホールは広々としている。ほとんどはメイド服か洋服を着ていた。全員、レッド家の使用人に違いない。
使用人達はお帰りなさいませと一斉に挨拶をする。次にメイド服を着た人の中で最も高齢な人が私達に歩み寄る。ハミルトンさんと同じぐらいの歳かな?
「一同を代表して、此度の功績と爵位の授与を心よりお祝い申し上げます」
高齢の使用人はスカートをつまんでルオに祝辞を述べていた。
「うむ……」
ルオは相槌を打つだけで何も言わなかった。その間、アメリアさんは私に耳打ちをし、高齢の使用人はメイド長のマリアさんだということを紹介してくれた。
「おや、こちらの方は?」
マリアさんの一言と共に使用人達は私に注目する。
「レイラ、さっき言った通りに頼むぞ」
私はルオの言葉に頷く。
自分で言うのは抵抗がある言葉だけど仕方ない、私は羞恥心を抱えながら口を開く。
「ルオ・アーサー・レッド公爵の許嫁、嫁養女となるレイラ・レッド公女です」
私は照れつつも裾をつまんで自己紹介をする。
その瞬間、使用人の誰も目を丸くし、色めき立ち。それは次第に――
「閣下!? これは一体!?」
「どいうことだ⁉」
「あらあら……」
「ど、どうしましょう!」
「お気にの子がいたからあんな遠い街まで行ったんスね。それか女を漁りにいった結果なんスかね」
――喧噪に変わっていった。中には勘違いした意見もあったし、私の容姿を褒める人もいたからこそばゆくなってしまった。
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