第九話 始めてのおめかし

 湯船から出ると浴室のドアがコンコンと叩かれる。


「ルオ?」


「私はメイドのアメリアと申します。閣下は今、外出中です」


 ドア越しに聞こえてきたのは若い女性の声だった。そういえば、ルオは女物の服が分からないからレッド家のメイドに見繕ってもらうって言ってたような気がする。


「ベッドの上にお洋服と下着を幾つか置いてますので自由に選んでください」


「あ、はい!」


 返事をしたあと、体に付いている水を拭きとってから、タオルを体に巻く。それからドアを叩いて、今から出ますと知らせてから部屋に戻った。


 ベッドの横にはメイド服を着た茶髪緑眼の女性――アメリアさんがいた。私より少し年上だと思う、ルオと同じ位かな? 彼女は私を視界に入れると両手でスカートの裾を軽く持ち上げて挨拶をしてくれたので私も言葉を返す。


「初めまして……」


 あまり、同年代の女の子といい思い出がないせいか私は気後れしつつ挨拶を返す。アメリアさんはレイラ様ですねと聞いてきたので肯定すると、ベッドの上に置いてある洋服を選ぶよう促してくれる。


 私は洋服を見てわぁと感激する。


 スカート部分がふんわりとした黒のドレスや茶色を基調としたチェックのワンピースなど可愛い服が並ぶように置かれていた。


 本当に着てもいいのかなっていう不安もあるけど好奇心は押さえられない。


「どれでもいいんだよね! 本当に着ちゃうよ」


 私はわくわくしながらドレスを手に取って尋ねると返事は返ってこない。


「アメリアさん?」


「あっ、すみません。レイラ様の横顔がその、美しくて、つい見入ってしまいました」


 そんなこと言われたのは始めてだ。あれかな、汚れを落としたからかな。それにしたって褒めすぎな気もする。


 でも私はアメリアさんが一瞬、体の治りかけている打撲痕を見て悲痛な面持ちになったのを見逃さなかった。


「初対面なのに変なこと言ってましたね。忘れてください」


「いえいえ、なんならもっと言ってもいいですよ」


 アメリアさんは戸惑いながらもくすくすと笑う。


「レイラ様って気さくですね」


「そうかなあ……」


 始めて素の自分で他の女の子と話せた気がする。アメリアさんと今後会えるかは分からないけど、なんだか仲良くなれそう。


 私は洋服を着た自分を想像してドレスを吟味し、試着し始めた。


「――お似合いですよ」


「え~、そうかな?」


 私が選んだのは気品漂う真っ白なワンピース、胸元にある赤くて大きなリボンがお洒落ポイント! アメリアさんに褒められて満更でもない私はその場でくるりと回ってスカートをなびかせた。また、髪型もセットしてもらっている。いつもは長い髪をそのまま流していたけど今は白リボンでツインテールにしてもらっている。


「開けろ」


 廊下と繋がるドアから偉そうな声が聞こえる。


「はい! ただいま!」


 アメリアさんは足早にドアを開けるとルオが部屋に入ってきた。


「ドアぐらい自分で開けてよ」


「レイラ、俺を誰だと思って――」


 ――ルオが言葉に詰まって私のことをじっと見ていた。しばらく目が合っていると互いに視線を逸らす。


「なによ」


「マシな見た目になったなと思っただけだ」


 そのままルオはソファーのある場所まで移動して座る。一応、褒めてくれているのかな? 


「アメリアご苦労だ」


「は、はい!」


 ルオの一言でアメリアさんは萎縮する。肉食動物に睨まれた小動物みたいにおどおどしていた。


「ねぇ、ルオ。アメリアさんすっごくあなたこと怖がってるんだけど……変なことしてるでしょ!」


「別に何もしてないが、何をしてると思ったんだ」


「お仕置きと称して、こう!」


 私はベッドに誰かを押し倒すジェスチャーをした。するとルオはジト目を向けてきて、アメリアさんは口を両手で塞いでまぁと言って顔を赤らめていた。


「俺をその辺の悪徳領主と一緒にするな。大体、雇用人の身体と精神の安全は法で遵守されている。公爵家である俺が守ってないと示しがつかないだろ。むしろ俺はそういう奴らを弾圧して駆逐してきた。いいからソファーに座れ」


 弾圧はともかく駆逐って何? 怖いなあ。


 私はルオに疑わしい目を向けたまま、テーブルを挟んでルオの向かい側にあるソファーに座る。


「仮に俺がそういう下賎なことをしてたらどうする」


「最低、ゴミ、論外、終わってる、顔も見たくもないってなるかな」


 私は思ったことを早口で吐露した。


「…………俺にここまで言ったのはお前が始めてだ」


 私達のやり取りを見ているアメリアさんはひぇ~と怯えの声を出していた。


「アメリア、帰省中に悪かったな。時間外労働分の給料は約束する」


 アメリアさんの実家ってこの街にあるんだ。それでたまたまルオの仕事先がこの街だったから呼び付けられたってことかな。


「あ、ありがとうございますぅ! ではごゆっくり」


 未だにルオに怯えているアメリアさんはお暇を告げて去ると、入れ替わるようにハミルトンさんがやってきた。まるでアメリアさんが出てくるのを待っているようなタイミングでの入室だった。


「ハミルトンさん、もしかしてずっと宿屋にいたんですか?」


「ルオ様にレイラ様を守るよう扉の前に立たされておりまして」


「余計なことを言うな」


 ルオはハミルトンさんを咎めたあと、私はハミルトンさんにお礼を言う。ルオの周りはいい人しかいないのに、なんでルオは常に上から目線なんだろう。


 公爵という立場もあるから、仕方ないのかな。もしそうだとしたら今のルオは素の状態じゃないのかもしれない。


「ここからは真剣な話だ。いいか」


 ルオの神妙な面持ちに対して私はコクリと頷く。


 何について話してくれるかは想像が付く、今後の私の待遇だ。


 自然と私も真剣な面持ちになった。

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